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兄、デレ発動

 他の子どもと違って、ユウトはレオを見ても怖がるそぶりは見せなかった。

 それどころかレオが兄だと伝えられてからは、初めて親鳥を見た雛鳥よろしく、こちらの上着の裾を持ってちょこちょこついて回る。


 正直、可愛すぎて仕事行きたくない。


『レオくん、ちゃんと出社しなさい。研修中の3ヶ月は給料が日割りなんだから、ユウトくんのことを養えなくなるぞ。ユウトくんにも色々教えて、学校に行けるようにしないといけないし』


 5日目の休みを取るために連絡をすると、電話の向こうの荒谷に注意された。


「……一応兄として、基本的なことは俺が教えている。それに学校の方はまだ手続きが終わってないだろう」

『もう三神が大体の手配を終わらせてるぞ。ユウトくんの制服を作りたいから採寸もしないとと言っていた。……弟を会社に連れてくることを許可してやるから、明日は来るんだぞ』

「あー……分かった。明日は行く」


 レオは渋々了解する。

 確かに、ユウトを養うには働かなくてはいけないのだ。こうして飽きずに子どもを眺めてばかりいるわけにも行くまい。

 とりあえず弟同伴で会社に行ってもいいというなら我慢しよう。


「……レオお兄ちゃん、明日どこかに行くの?」


 通話を終えると、すぐ近くでアラヤ社から借りてきた教材動画を眺めていたはずのユウトがこちらを見ていた。

 まだこの世界に適応できていない弟は、一人にされるのが不安なのだろう、捨てられた子犬のように眉尻を下げる。


(くっ……クソ可愛いっ……!!!!)


 レオはユウトを連れ帰ってからこちら、もう何度脳内に浮かべたか分からない単語をまた上せる。だって仕方がない。弟が可愛すぎる。

 しかしそれを素直に表に出すのはまだはばかられて、レオは懸命に平静を装い、能面顔に徹した。


「……明日は会社に行かねばならん。だが、お前も一緒にだ」

「えっ……、僕も行っていいの?」

「ああ。社長の了解済みだ」

「そうなんだ! 良かった」


 一緒に連れて行くと告げると、途端にぱあと顔をほころばせる。

 それにまた『激可愛い』とレオは無表情のまま、脳内だけで身悶えた。


 記憶喪失とはいえ、ユウトは自分が何者であるか以外の知識は持っている。レオが弟の記憶を消す際に、そうなるように細かく条件を付けたからだ。


 おかげでそこから来る気質が変わることはなく、素直に懐いてくれる子どもに癒やされた。

 まさに今は、レオの理想の状況と言える。


「じゃあお兄ちゃん、今日のお休みは何をするの?」

「そうだな……そろそろお前の部屋を整えるか。リビングにソファも欲しいし、家具を見に行こう」


 この数日間で弟の服や生活家電、キッチンツールなどは揃えていたが、家具はベッドとテーブルくらいしか買っていなかった。

 休みが今日までなら、今日中にまとめて買って配送手配をしておくべきだろう。


 幸い装備を売って手に入れた資金はまだあるし、ユウトとの快適空間のためならば、レオは金を惜しみはしない。

 ……しかし、当のユウトはあまり乗り気ではないようだった。


「僕の部屋……ベッドはあるし、今のままでいいよ?」

「は? いや、ベッドしかないの間違いだろう。一応クローゼットは作り付けがあるが、机も何もないじゃないか」

「でも、僕を引き取っただけでも大変なのに、これ以上お兄ちゃんに負担を掛けたくないもん」

「……ふたん?」


 思わぬ単語に、レオは一瞬理解不能に陥る。

 が、すぐにその意味を咀嚼して目を丸くした。


「待て待て、別に俺はお前に負担を掛けられてるなんて思っていないが?」

「でも僕がいるせいで会社にも行けてなかったし、僕にご飯を作ってくれたり服を買ってくれたりしたのも『兄としての義務だから』って言ってたし……」

「あー……それは……」


 言った。確かに言った。

 ユウトが喜ぶことをしてあげたくて、やったはいいがそんな本心を覚られたくなくて、超能面顔で『お前にこうしてやったのは兄としての義務だから』とうそぶいた。それもそこそこの回数言った。


 どうやらそのせいでユウトは、レオが自分を引き取ったのも養っているのも全部、好意からではなく、兄としての義務感からだったのだと理解してしまったらしい。


 これはかなり重大な失態だ。


「僕、レオお兄ちゃんのこと大好きだから、一緒にいたい。だから負担になりたくないの」


 何だかすごく可愛いことを言っているが、ここは萌えている場合ではない。

 レオはやたら吹き出してきた変な汗を拭いながら、言葉を探した。


「ぎ、義務感だけでお前といるわけじゃない。それにこの金は支度金のようなものだし、俺の負担にはならない」

「負担にならなくても、せっかくのお金を僕のものに使わなくていいよ。それに、そのお金がなくなったら僕は結局レオお兄ちゃんの負担になるってことでしょ……?」

「いや、だから負担ではなくてだな……」


 すっかり目の前でしょげてしまったユウトに、レオは困り果てる。

 能面顔で平静を取り繕う余裕もない。

 自分の本心がこの子どもに誤解されていることが、ひどく不安で苦しいのだ。


(そうか、この感覚は……)


 ここに至って、今さらのように思い出した。

 元いた世界でも、自分の素直でない態度からチビに誤解を与え、その命を捧げさせる事態になったことを。


 そしてこちらの世界に飛ばされる時に、今度こそこの子どもを心のままに慈しもうと思っていたことを。


 あの時の後悔を、もう味わいたくないと思っていたのに。


(……俺はまた、同じことをするところだった)


 己の本心を知って欲しいくせにそれを知られないように立ち回るなんて、笑い話にもならない。ただの愚か者だ。


 ……でも大丈夫。まだ二人の生活は始まったばかり。この挽回の機会はいくらでもある。

 自分にそう言い聞かせて、深呼吸をひとつ。

 レオはようやく心の虚飾を取り払い、しょげて俯く子どもの旋毛を見た。


「ユウト」

「……なあに?」


 名を呼べば、弟はこちらを見つめて可愛らしく小首を傾げる。


「お前、俺のこと大好きなんだろう?」

「うん。僕レオお兄ちゃんのこと大好き」


 何の躊躇いもない答えが、こそばゆくも嬉しい。

 レオは自身の目元が緩むのを自覚しながら、今度こそ素直に科白を吐いた。


「俺もユウトが大好きだ。一緒にいたいと思っている」


 その言葉に、ユウトがぽかんと口を開けて動きを止めた。

 うん、大変可愛らしい反応だ。

 レオは弟が次のアクションを起こすまで、柔らかい気持ちで待つ。


 やがてその意味をじわじわと理解したらしいユウトは、頬を紅潮させ、ぱああと笑顔を輝かせた。


「ホント!?」

「もちろんだ。だから俺は、お前のために何でもしてあげたいんだよ。……『兄の義務』ってのは撤回だ。ユウトに色々してあげられるのは、『兄の特権』だったんだ。負担でもなんでもないんだよ」


 さっきまでどう答えるか考えあぐねていたというのに、素直な気持ちを吐露しだしたら、言葉はすらすらと出てくる。

 無理に顔を作る必要もない。


 なんて心が楽で幸せな気分だろう。

 その気持ちのままにユウトを手招きして、その身体をすっぽりと腕の中に収める。そうすれば、弟も安心したようにそこに落ち着いた。


「納得したなら、一緒に家具を買いに行こう。ユウトの居心地のいい部屋を作ってやりたいんだ。何が欲しい?」

「僕の部屋は勉強机だけでいいよ」

「……まだ遠慮するのか? こんなの負担じゃないと言ってるのに」


 自分の言葉は完全に信じてもらえていないのだろうか。

 ここまでの経緯があるから仕方がないとはいえ、少々落ち込む。


 しかし落胆したレオに、ユウトはふるふると首を振った。


「そうじゃなくて。……寝る時と勉強する時以外は、どうせレオお兄ちゃんとリビングにいるから。必要ないなあって」


 他意もなくそう告げられて、落ち込んだ気分が途端に上向く。

 つまりそれは家に居るほとんどの時間を、レオとリビングで過ごすつもりだということだ。

 全く、可愛いことを言いやがる。


「そうか、なら仕方ないな。じゃあ、一緒にリビングで過ごすのに大きめのソファを奮発するか」

「大きいソファ……?」

「何だ、いらないのか?」

「えっと、僕は小さい方が好き。その方がお兄ちゃんとくっついて居られて安心するから。……あ、でもお兄ちゃんが大きい方がいいならそれでかまわないんだけど」

「小さくする!」


 俺の弟可愛すぎか。いや、知ってた。

 愛情を抑えていた今までの反動みたいに、たまらずぎゅうぎゅうと抱き締めて頭を撫で回す。

 そうされているユウトも嬉しそうで、レオもさらに嬉しくなる。

 何だここ、天国か。


「他にも何か欲しいものないのか。家具じゃなくてもいいぞ」

「欲しいもの……は別に浮かばないなあ。それよりも、どこか行きたいかも」

「どこか?」

「うん。どこでもいいんだ。……僕の記憶、空っぽで寂しいと思ってたけど、そこがお兄ちゃんとの楽しい記憶で埋まるなら嬉しいと思って」

「あああああ、俺の弟世界一可愛いぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!!」






 翌日、すっかりユウトにデレ全開になったレオは、弟と手をつないで出社し、アラヤ社の社員たちに三度見されたのだった。


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