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ユウト、無理矢理連れ出される

 生徒たちが泊まる各部屋は、教師の見回りがあるため鍵は掛かっていない。つまり、いつでも誰でも入れるのだ。


 リョウは大きく舌打ちした。


 一緒に売店に行く約束をしていたのに、勝手にどこかに行くようなユウトではない。それにドライヤーを出しっ放しにしたり、タオルを椅子の上に放ったままにしたりするようなだらしない性格でもない。


 明らかに無理矢理連れ出されたのだ。


 そう即座に理解して、もちろん思い浮かべたのは自分と入れ替わりで浴場を出て行った三人組だった。

 リョウがしばらく戻ってこないことを分かっていた奴らは、部屋で風呂に入っていたユウトをからかいに来て、そのまま引っ張り出して行ったのだろう。

 よく見ればテーブルの上にユウトの携帯端末も置きっ放しだった。


(……ほんっと、救えない奴らだな)


 こんなことが、今すぐ近くで仕事をしているだろうレオに知れたら大変なことになる。

 頼むからユウトを連れ戻すまでは着信が鳴ってくれるなと思いつつ、リョウは彼の携帯をポケットに突っ込んで廊下に出た。




「リョウくん、ユウトくんがいじめっ子トリオに連れられてあっちに行ったよ!」


 同級生に目撃情報を訊ねながら歩き回っていると、階段ですれ違った女子から声を掛けられた。

 リョウとユウトは女子の間で凸凹コンビとして認知されていて、時折別々で行動しているとこうして声を掛けられることがあるのだ。


 特にユウトは同学年の女子より小さくて弟のようなので、マスコット的に可愛がられている。だからあの三人組を煙たく思っている女生徒も多かった。


「あっちって……この奥か?」

「うん、そっちの方。少し遠くてよく聞こえなかったけど、ユウトくんが『イノシシが危ない』とか何とか言ってたみたい」

「イノシシ……! 分かった、行ってみる。ありがとな」


 リョウは情報をくれた女子に礼を言って片手をあげると、すぐさま示された方に向かった。

 もうこれ以上の情報は必要ない。ユウトたちは外だ。

 思った通り、通路の突き当たりに非常口が見えた。見れば鍵も外されている。

 それを開け放てば、目の前は例の真っ暗な森だった。


 おそらくは先生からイノシシの件を聞いた奴らが、肝試し感覚でユウトを怖がらせようと連れ出したのだろう。

 もちろん小心者の三人組にはユウトに怪我をさせる意図はなく、ただ自分たちが優位に立ち、嫌がらせをして溜飲を下げたいだけなのだ。その危険性をまったく認識しないまま。


(一応レオさんたちが結界を張ってるだろうけど、危険なことには変わりない……。ユウトの携帯に連絡がないってことはまだ大イノシシ退治は終わっていないはずだし、早く探さないと)


 非常口を出てすぐのところには、ユウトたちの姿はないようだ。

 リョウは外に出て扉を閉めると、手頃な尖りのある石を拾って森に入った。


 一定の間隔で、手にした石で木に目印となる傷を付ける。

 簡易的なものではあるが、行って戻るだけならどうにかなるだろう。今は周到な準備をする暇はない。

 夜の森など、正直迷うために入るようなものなのだ。まあ、いじめっ子たちにそんな危機感はないのだろうが。


 周囲が木に覆われてしまえば建物の明かりだって見えなくなるし、望む方向に真っ直ぐ進むことだって難しい。すでに彼らは迷子になっている可能性があった。


(先に先生に知らせてくるべきだったかな……。だけど、大イノシシがいる状態でみんなで森に捜索に出るのは逆に危険だし、騒ぎが大きくなるとレオさんたちにも迷惑が掛かる)


 リョウは父の職業柄……というか、父の趣味嗜好に巻き込まれて、小さい頃から特殊環境下で過ごすことがよくあった。

 おかげである程度の危険には対処できるし、動物の気配などにも敏感だ。

 だから教師を呼んで危機の及ぶリスクを増やすよりは、自分で対処することを選んだ。


(……迷ったらその場に留まるのが定石なんだが……迷った自覚がないのか、迷ってうろうろしてるのか、追いつかないな……)


 最初は獣道のように少し通りやすい木々の合間を歩いていたのだが、どんどん草木の密度が増してくる。

 携帯のライトで周囲を見ると、踏まれて折れたばかりの小枝や足跡が見て取れるから、ここを通っているのは間違いない。ただ、慎重に印を付けながら歩くリョウと違って、彼らの移動速度が速いのだ。


 これは迷って焦って移動している、と考えて良いのかもしれない。


 そう思いながら木に印を付けようとして、リョウははっと手を止めた。


「うわ、ヤバ……っ!」


 木の幹に、月明かりに照らされたアラヤ社製の呪符が貼り付けてある。

 まだ新しいそれは、間違いない、レオたちが張った結界の呪符だった。

 つまり、ここから先はいつ獣が出てもおかしくない場所だということだ。


 リョウは慌てて結界から出る。

 自分の力量でどうにかできるのはここまでだ。もちろん教師を呼んできたところで意味はない。この先で無理にユウトたちを追っても、レオたちが護る対象を増やしてしまうだけなのだ。

 もはやこの段になって、レオの怒りを買うことを躊躇ってぐずぐずしている場合ではない。


 結界から少し離れると、リョウは自身の携帯端末を取り出した。

 仕事中ではあるが、おそらく誰かと組んで行動しているだろうから、レオが携帯の通知を切っていることはないはずだ。


 リョウからの電話はつまり、ユウトに関すること。通知にさえ気付けば、無視されることはないと断言できる。


 果たして、コール三回でリョウの携帯の向こう側が応答した。






「ねえ、動かないで助けを待った方がいいよ。どんどん森が深くなってる気がするし」

「うるせえな、お前の指図は受けねえんだよ!」


 ユウトを連れ出した三人組は、軽い気持ちで入った森で出口が分からなくなり、闇雲に歩き回っていた。

 これだけ広い森の中、どうせイノシシに会うことなんてないだろうと考えていたけれど、それ以上に深刻な状態だ。充電前だった三人の携帯は、ライトを点けていたら早々にバッテリー切れを起こし、連絡すら取れない。


「多分リョウくんが僕がいないことに気付いて、先生に連絡してくれると思う。だからこの場に留まっていた方が」

「お前の指図は受けねえっつってんだろ! 荒谷なんかに助けられたくねえんだよ!」


 そう言いつつも、三人は自分たちの冒した失態に戦々恐々としていた。

 見つかって先生に怒られるくらいならまだいい。

 ここで遭難して誰か一人でも欠けたら。大イノシシに遭遇して、怪我をしたり命を落としたりしたら。


 当然そんな覚悟をしての行為ではなかった彼らは、どうにか自力で帰れないかと右往左往するしかなかった。

 ユウトのことだって、別に怪我をさせたり死んで欲しかったりしたわけではないのだ。少し怖がらせて、優位に立ちたかっただけ。


 彼らはどうにか四人で無事に戻りたかった。


「……ねえ、待って、変な臭いがする」

「変な臭いぃ?」


 そんな時、ユウトが不意にそう言って立ち止まった。

 それから周囲をきょろきょろして、眉間にしわを寄せる。


「何これ……紫色の靄っぽいの。どんどん濃くなってる……?」

「紫の靄? そんなの見えねえぞ……ん?」


 ユウトの言葉にそう返した時、三人は別の異変に気が付いた。

 森の奥から、ばきり、ぼきりと枝や木が折れる音が聞こえてきたのだ。それはゆっくりと、しかし確実にまっすぐとこちらに向かってきているようだった。


「ちょ、ちょっと待て、まさか……」

「嘘だろ、何か馬鹿でかいもんが近付いてきてる……!」

「おい、何か目が光ってるぞ……!」


 まだ距離があるというのに、遠近感が狂いそうな大きなシルエットが視線の先にあった。

 間違いない、イノシシだ。それも巨岩のような。

 荒い鼻息と、枯れ枝を踏みしめる蹄の音がじわりと近付いてきて三人の恐怖を煽る。


 ヤバい、逃げなくては。

 そう思うけれど、しかし足が竦み上がってまったく言うことを聞かない。


 そんな中、突然ユウトが一人で前に出て行くのに、三人は慌てた。


「お、おい、危ねえぞ!」

「うん。……だけどあの大イノシシ、何となく僕を見ているみたいだから。……みんな、ここにいて」

「あっ、待て!」


 そう言うと、いじめっ子たちの言葉を聞かず、ユウトはイノシシの前を横切って走り出した。

 それに明らかに反応した大イノシシが、彼を追って身体の向きを変える。最初からなのか突然動き出したからなのかは分からないが、狙いをユウト一人に絞ったのだ。

 そのままユウトは大イノシシの気を引いて走って行く。


 角度を変えたと同時に月光に反射した大きな瞳と牙の鈍い光に、三人は標的から逸れたにも関わらず全身を震わせ竦み上がった。


「ちょ、ヤバいって、あいつ死ぬぞ……」

「……あんなチビで、足も遅いのに」

「木の枝が邪魔して全然逃げられてねえ……」


 自分たちは一体どうすればいいのか。

 ユウトを置いて逃げ出す気にもなれず、三人はハラハラとその行方を目で追うしかなかった。


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