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異世界からの来訪者

 三神イツキ女史は、相当な面食いである。


 性格がクソでも、素性が分からなくても、顔さえ良ければ犯罪以外は何でも許す。飲み会の帰りの道すがら、酔いつぶれて落ちてる美男を拾うのも日常茶飯事だ。2・3人まとめてお持ち帰りすることもある猛者である。


 とは言っても目的は鑑賞であるから、介抱して眺め回すだけなので問題が起こったことはないのだが。




 そんな三神が、ある日社長に呼び出された。


「緊急での依頼が来た。急ぎ竜古神社に行ってくれ」

「竜古神社ですか? あそこの神主は確か対暴課のミキちゃんのドストライクなので、仕事なら彼女を回しては?」

「男の好みで仕事を振るんじゃない。……とはいえ、この案件もそういう意味でお前向きだが」


 そう言って肩を竦めた社長は、依頼メモを三神に向かってぴらりと見せる。

 それほど大きくないこの会社は、社長が依頼を受けて、それを下に割り振るスタイルなのだ。そしてその仕事内容は、少々特殊だった。


「異世界人の保護回収、ですか?」

「竜神を祀っている社に突然降って湧いたらしい。まだ目を覚ましていないようだが、神主たちが対応に困っているそうだ」

「だったら対魔課のラノベ好きのコウシンくんの方が」

「その異世界人は、180センチ超えの男前らしい」

「行ってきます」


 三神は受け取った依頼メモを素早く自身のバインダーに挟むと、社長に一礼する。相手が美形なら異世界人だろうがなんだろうがどうでもいいのだ。まず拝んでこなくては。


「ほんと、現金だなお前は……。まあいい、言葉が通じなかったり暴れたりすると困るから、一応防御課と言語課の人間を連れて行け」

「いえ、美形に他人の手出しは無用です。そこは私のテリトリーなので、私が対処します」

「まあ、お前は相手が美形であればあるほど力みなぎる奴だからな……。そこまで言うならとりあえず一人で行ってこい」

「イエス、美形男前万歳ヒャッホー」

「おい、それが退出の挨拶か?」


 突っ込まれたが気にしない。

 敬礼をして社長室を出た三神は仕事用のバッグとコートを持ち、他の社員に外出を告げて屋外へ出た。

 一刻も早く男前の元へ向かうためだ。


 通りかかったタクシーをつかまえて竜古神社を行き先に告げる。

 そして、三神はそこに着くまでの間に、これから必要であろう確認事項を細かくバインダーにまとめていった。




 三神が竜古神社に着いたのは、それから20分後だった。


 タクシーを降りると、細身の神主が出迎える。会社に緊急の依頼をしてきた相手だ。

 ひとりでここに居るということは、未だに異世界人は目を覚ましていないのだろう。男前が降って湧いたとされる奥の社は、ぴたりと閉ざされているようだ。


 一刻も早くその男前異世界人の姿を拝んでみたい。

 が、さすがに三神もTPOはわきまえている。こう見えて仕事はきっちりこなすタイプなのだ。


 逸る気持ちを抑えつつ、三神は神主に挨拶をした。


「アラヤ社、特殊事案対応課課長の三神です。ご依頼の件で伺いました」

「はい、来て頂いてありがとうございます。私どもではどうして良いか分からなくて……」

「男ま……いえ、異世界人が現れたという話ですが、詳細をお聞きしても?」


 バインダーを開きながら、困惑した様子の神主に訊ねる。

 すると彼は、少し周囲を気にしながら訊ね返した。


「……以前別の担当の方が来られたことがありますが、三神さんは私のことはお聞きになっていますか?」

「ええ。あなたがここに祀られている竜神様の声を聞くことができるということは聞いています」

「そうですか……知っているなら話が早い」


 実はここの神社はいわゆる竜穴の通り道で、常識外の事が起きやすい立地なのだ。神主も竜神の声が聞こえるという特殊能力を持っていて、超常現象に巻き込まれやすかった。

 そして超現象的事案の対応に困ると、こうしてよくアラヤ社を利用しているのだ。

 いわゆる我が社のお得意様と言っていい。


 ただその用件はまちまちで、普段は別の課の人間が来ているため、三神が来るのは初めてだった。

 それでも、その情報はもちろん把握している。


「異世界人の来訪は、竜神様に関わりが?」

「はい。どうやら他の世界の竜族が送り込んできた人間を、竜神様が受け取ったようなのです。そして今は竜神様が眠らせて下さっているのですが……」

「……何か問題があるのですか?」

「実は、異世界から飛ばされてきた人間は二人いたそうです。しかし、困ったことに一人が別のところに落ちて保護されたようで……。その片割れがいないことで、この異世界人が暴れるかもしれないと竜神様がおっしゃっています」

「……なるほど」


 どうやらこれは意図的に送り込まれてきた異世界人のようだ。

 竜神が拾ったことを考えると、悪意を持ってやって来た者ではなさそうだけれど。


「私どもが対策するとして、竜神様はどこまでこちらのサポートをして下さるようですか?」

「言語の変換を。とりあえず我々と、言葉は通じるようにして下さるそうです。それから、別のところに保護された者の方には加護を与えると仰っています」

「……竜神様が直接加護を? そちらの異世界人が失われると何か問題があるということかしら。……まあ、その片割れが無事だと分かっているなら、暴れるかもしれないというこちらの異世界人も説得できそうですね」


 会話が可能なら、後はどうにかなる。

 相手が美形となれば尚更だ。

 少々特殊な事案を扱うアラヤ社で課長を務める三神は、やはり少々特殊な能力を持っていた。


「……では神主様、その異世界人がいる社の中へ案内して頂いてもよろしいですか?」

「ええ。ではこちらへ」


 ようやく、件の美形男前とご対面だ。

 三神は内心でうきうきしながら、神主の後について竜神の社に入った。


「この奥です。足元にお気を付けて」


 社の中は薄暗く、一番奥に竜を象ったご神体があり、燭台の炎でゆらゆらと照らされている。

 だいぶ厳かな和の空間だ。


 しかしそのご神体の手前の床に、場違いなファンタジー鎧を身に纏い、剣を佩いた人間が横たわっているのが見えた。

 あれだ。美形男前。

 そのシルエットだけでも、三神の好みのスタイルだと分かる。


(180センチ超えの長身、ゴツすぎないほど良い筋肉にスレンダーな身体……これはかなりの上玉では?)


 この身体に整った顔が乗っているなんて、できすぎではないだろうか。あまり期待値を上げると落胆する羽目になるし、少し疑って掛かろう。


 そう思いながら近付いた三神は、多少の予防線を張りつつ真上から異世界人の顔を覗き込んだ。

 その途端。


「くっ……!!」

「ど、どうしました、三神さん!?」

「か、顔が……顔が良い……! いや、顔も良い! 美形成分キャパ大きすぎて目玉破裂する……!」

「大丈夫ですか!?」


 思わずよろめいて、その場で膝をついてしまう。

 それに驚いて駆け寄って来ようとする神主を、三神は手で制した。


「……失礼、何でもありません。先に伝え聞いてはいたのですが、あまりに顔が良かったので動揺しました」

「顔……? ああ、社長の荒谷さんに依頼の電話をしたときに、なぜかこの異世界人の顔が良いかどうか聞かれたので、男前だとお伝えしていましたが……それが何か?」

「いえ、こちらの事情ですのでお気になさらず。美形男前は国の宝……社長はこれを見越して私を指名したのでしょう。後はお任せを」


 一度大きく深呼吸して、再び立ち上がる。

 相手がこれだけの美形なら力を発揮するのに何の問題もない。

 三神は軽く周囲を見回すと、神主を振り返った。


「燭台の位置を少々いじってもよろしいですか?」

「ええ、どうぞ」

「では、彼の近くに燭台を移動して……。後は私ひとりで十分ですので、神主様は一度社の外に。あなたが社の扉を閉めたら、この異世界人を起こすように竜神様にお伝え下さい」

「わかりました」


 神主は、ここで何をするつもりなのかなどという余計な質問はしない。

 アラヤ社への信頼もあるだろうが、そもそもこの手のありえない事象を解決するのに、常識的な方法などありえないと分かっているからだ。話の分かるお得意様である。


 すんなりと頷いた彼は燭台を移動すると、「よろしくお願いします」と一礼して社を出て行った。


「さて、と……」


 横たわる異世界人と二人きりになった三神は、再び男の顔を上から見下ろす。うん、やはり男前だ。

 燭台が近くなった分、先ほどよりもその端正な顔立ちが如実に分かる。


 緩く癖のある黒髪は目元まで掛かり、少々陰のある人物のようだ。見るからにワイルド系、その眉間にはずっとしわが寄っている。

 剣を佩いているからにはもちろん剣士、使い込まれた様子の鎧にほとんど傷がないところを見ると、かなりの達人だろう。


(これに暴れられたら大変だわ。……彼を窘めるためにも、はぐれた片割れの方も捜索する必要があるわね。そっちも異世界人なら、アラヤ社に依頼が来そうだけど)


「……ん」


 そんなことを考えていると、見下ろしていた男が身じろいだ。

 閉じていたまぶたがぴくりと震え、薄く開けられて青みがかったグレーの瞳が覗く。

 彼を眠らせていた竜神の術が解けたのだ。


 男の視線は始め焦点が合わずに揺れていたが、やがて三神の視線とぶつかった。


「……誰だ?」


 うん、声も良い。これは交渉するに足る優良物件。

 だが目付きがすこぶる悪い。答え次第ではこちらをすぐに切り捨てようとでもいう剣呑さだ。

 それを真正面から受けても目を逸らすことなく、三神はにこりと営業スマイルで微笑んだ。


「私は三神イツキと申します。異世界から突然現れたあなたの事情を聞こうとこちらに参りました。以後お見知りおきを」

「異世界……? っ、チビ!?」


 その言葉で唐突に自身の状況を思い出したのか、がばりと起き上がる。

 そして焦ったようにこちらに問いかけた。


「俺と一緒に飛ばされてきたやつがいるだろう! そいつはどこに行った!?」

「残念ながら、おひとかたは別のところに飛んでしまったようです。ここにはあなたしかいません」

「なんだと……!? こうしてはおれん! チビを探さねば……!」


 いきなり問答無用で暴れるようなことはなかったが、どうやら飛ばされてきた片割れに並々ならぬ執着があるようだ。

 そちらも美形なのだろうか。だったらセットで鑑賞したい。チビというからには彼より年若か、体格で劣るのだろうが、目の保養ならば何でもいい。


 三神は取り乱す男を眺めながら、すっと彼に手を伸ばした。


「落ち着いて下さい。この世界のことを何も知らないあなたが、どうやってその方を探すのです?」

「そんなもの知るか! 手当たり次第に探す! 邪魔立てするなら殺すぞ!」

「あらあら、そんな剣幕ではせっかくの男前が台無し……いや、そんな顔も男前ですね、うん、さすが。でもまあ、とりあえず座って」

「は……!?」


 そのまま出て行こうと立ち上がりかけた男は、三神が左手でその腕をぽんと叩いて窘めただけで再び座り直した。

 ただその顔は、不可解そうにこちらを見ている。それが彼自身の意思による行動ではなかったからだ。


「……貴様、俺に何をした……!?」

「まずは現状を把握しないと動きようがないでしょう? だから落ち着いて話をするために、ちょっとだけ動きを制限させてもらったのです」


 そう言った三神は、さっきまでの営業スマイルを消してニヤリと笑う。その顔に、男がちょっと引いたのが分かった。

 うん、男前は嫌そうな顔も男前だ。


 三神はそんな表情も楽しみながら、うきうきと男の正面に座った。


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