亜種
ベルガモで冒険者生活を続けて早、5年がすぎた。俺は14歳になっていた。討伐しながらニュースと本を読んで知見を深める毎日。そして、スライムが出ればいち早く依頼を受けて倒しにいく。
だが俺1人でスライムを倒し切るなんてことはできるわけもなく、手遅れでいくつもの村や町が壊滅したこともある。5年で20の町村が壊滅した。その度に「なんでもっと早くきてくれなかったんだ」と罵られたこともある。「お前がスライムを誘き寄せてるんじゃないか」とも言われた。嫌われ者になっていく。しかし、冒険者の中には数人自分のことをスライムを討伐できる優秀な冒険者だと信頼してくれる人もいる。
もう100体以上討伐してきた。しかし、それでも一向にいなくなる気配はなく、むしろどんどん増え続けている。冒険者もたまたま遭遇し、殺されるケースが後を立たない。普通のスライムであれば、もう1人で倒せるようになってきた。今世界でスライムを倒せる冒険者は俺1人しかいない。
初めは塩酸のビンを持ち歩き、それをぶっかけることで倒す。
しかし、やり方を少し変えて、塩酸を蒸発させて、「塩」という粉末状態にした物を振りまき、そこに水を生成する魔法をかけて、酸にしてそれを広範囲にスライムに対してかけて溶かすという戦闘方法に。
そんな俺を見て、都市のなかで異名がついた。強いのに、たった1人でスライムだけを狩る変わり者の冒険者、「スライム・スレイヤー(スライムを狩る者)」という名前だ。
「あら、ゼノアさん。こんにちは。今日もスライム退治?」
ギルドの受付のお姉さんが声をかけてきた。前世から目立つのは好きではないが、みんなが近寄りたがらないスライムばかりを好んで狩っているのは俺くらい。嫌でも悪目立ちしてしまい、ギルドの運営側にも顔と名前を覚えられてしまっている。この受付のお姉さんも、俺が週5で受付をしているため、すっかり顔馴染みになってしまった。
「アンジェリーナさん、おはよう。ああ、今日ももちろんスライムだよ」
俺は人見知りでコミュニケーションを積極的に取る方ではないので、今日も会話を最低限にしてとっととクエストに出発しようとする。
「もう、アンジーって呼んでって言ったじゃん、もう何年もお話しする仲なんだからさ」
アンジェリーナさんは、いつものように距離を詰めるように気さくに話しかけてくる。
「……わかりましたよ、アンジーさん。で、このクエスト受けますんで、いいっすか?」
前世の時代から、他人に対しては一定の距離を保ちたいタイプなので、ささっと会話を切り上げて、クエストに向かいたい。レンタルDVD屋さんとかでも店員さんとは顔も合わさず、業務的な会話で早く切り上げたい人生だった。
「はいはい、そんな急かすなって。もう全くつれないんだから……」
軽くため息をつきながら、クエストの受注の手続きをしてくれるアンジー。彼女は今はギルドの受付をやっているが、実は昔冒険者をしていたこともあるらしい。とは言っても業務的な話くらいしかしない関係のため、どんな冒険者だったかなどの話はしたことがない。
「はい。OK。気をつけて行ってきてね。スライムはAランクの超危険モンスターに指定されてるんだから」
「わかってますよ」
毎回言われてこちらも少し呆れ始めているが、気持ちはわかる。スライムは王都のギルドが公式に、ドラゴンに並ぶ超危険モンスターとして指定しているのだ。それを毎日狩りに行こうとするのだ。いくら他人でも心配になって無理もないだろう。しかし、俺は今まで数百体のスライムを討伐するにあたって死んだことは一度もなく、しっかりこなしてきている。前世のダメダメ人生と違って今回の人生では自信を持って生きられる気がする。
「あ、ちょっと待って。言い忘れてたことがあるわ」
振り返り、ギルドを出ようとした瞬間、アンジーさんが呼び止めた。
「今回のスライムなんだけど、どうやら今までのスライムとは違う種類なのかもしれないんだって」
「違う種類?」
「うん。今までのスライムは体表が青色だったでしょ? でも今回見つかった個体は緑色っぽい色をしているらしいのよ。体の色が違うだけならいいんだけど……」
そこまで聞いて彼女が何を言いたいのかを察した俺は、言葉の続きを遮り続けた。
「なるほど。行動パターンとか体の性質も変わってる可能性があるということですか」
「そう。さすがよくわかってるわね」
当然だ。スライムばかりを狩り続けた日々だったが、練習のためや武器の素材集めのために、もちろん他の魔物を討伐する依頼もいろいろ受けてきた。魔物には一見同じ個体に見えても、攻撃パターンや習性が異なる個体がいる。そういった奴らは「亜種」や「別種」と呼ばれ、別の名前がつけられているが、「亜種」たちの特徴は揃って、原種と体表の色が異なる。例えば、ゴブリンの亜種だったら、原種と牙や目の色が違っていて、獰猛さが増す。そう言った魔物に遭遇すると、攻撃パターンも違うため、原種に対する戦い方では太刀打ちできないケースが多い。実際に、原種は簡単に討伐できるパーティーが亜種に出会って、見たことのない攻撃を仕掛けられ、全滅したケースもよく耳にする。これは大半の魔物に存在するため、スライムに起こってもなんら不思議ではないのだ。つまり、スライムにも亜種や別種などの個体が新たに発見されてもおかしくはない。
「わかりました。気をつけます」
「無理そうだったら帰ってきなよ」
そういうアンジーさんだった。