修行と勉強
新しい母と父の元、新しい生活が始まった。
「あなたがゼノアくんね。私、アルフレッドの妻のアルベルタ。よろしくね。困ったことがあったら、何でも聞いてちょうだい」
アルベルタさんは、夫と違って明るい茶色の髪を肩口くらいまで伸ばしており、天然パーマがかかっているのだろう、髪の毛一本一本にカールがかかって、横に広がっていた。口調や顔から優しそうな印象を強く受ける。この世界の大人は全員こうなのだろうか。
「はい、ありがとうございます。ゼノアです。よろしくお願いします」
アルフレッドさんと同じように、握手を交わした。
「そして娘の……あら、カリーナったら、どこ行ったのかしら。カリーナー! こっちきてちょーだい! ゼノアさんがきたわよー!」
「はーい! 今行くー!」
カリーナと呼ばれた娘が、2階から返事をした。階段を走って降りてくる茶髪の少女はどこかで見たことがあった。
「はーい、私がカリーナでーす……って、あー! あんた! あの時のー!」
「君は……俺の看病してくれていた……?」
「あら? あなたたち、知り合いだったの?」
アルベルタさんがあらまあ、と驚いた表情で口に手を当てる。
「そうそう! この人、私がお父さんのお手伝いしてるときに、タオル変えたりするの任されたのよ! 安静にしとかないといけないってのに、勝手に動いたりしようとして! 私、大変だったんだから!」
これからこの家にお世話になろうという挨拶のタイミングなのに、どうやらあまり歓迎されていないようだ。
「こら。カリーナ。患者さんにそんなこと言わない。ゼノアさんはまだ完治していないのよ? 怪我人なんだから!」
「怪我人なのに、すっごい動こうとするのよ。その体でトスカナの村に戻ろうとするし、私どんだけ大変だったか……」
と言いかけたところで、いらないことを呟いてしまったと気づき、口をつぐんだ。
「カリーナ? まさかまた重篤な患者さんを外に連れ出したりしてないでしょうね?」
優しそうなオーラを出していたアルベルタさんの空気がピリッとした。
「し、してないよ! 当たり前じゃん。患者さんは病院で治るまでじっとしてないといけないんだもん」
カリーナは明らかに焦っている表情で顔が強ばっている。きっと以前にも同じような出来事をやらかし、こっぴどく叱られたのだろう。普段優しい人は怒ると怖いというのは、どの世界でも同じようだ。
「そ。ならよかったわ。ゼノアさんも片腕がなくなるなんてとても悲惨な目に遭われているのよね。気持ちは大丈夫?」
ピリピリした雰囲気は収まり、俺の心配をしてくれた。自分に対する敵意がなくなったことで、カリーナがほっと胸を撫で下ろしている。
「はい。まあなんとかもっています。しかし、僕はゆくゆくは冒険者になってあの魔物を退治したいんですが、片腕がない状態だと冒険者は厳しいですよね。それをどうしようかと悩んでいるところで……」
「そう……。若くしてこんなひどい目にあったんだから、魔物と触れ合わない田舎の街で大人しく過ごすという選択をおすすめしたいのが本音だわ。世の中の冒険者という職業の人の中には、強いモンスターとの戦いに敗れて戦死する人もごまんといるし、運よく生き残ってもそれこそゼノアさんと同じように四肢の一部を欠損したり、魔物の毒などを受けて腕や足を切断する羽目になった人もたくさんいるの。それで凶悪な魔物がほとんど出ないこの町に引っ越してきて、安全に余生を過ごす人が多くいるのよ」
そうなのか。やはり冒険者というのは過酷な職業なのだな。よく異世界アニメとか漫画では、転生した瞬間から強力な魔法が使えて、無双する話がたくさんあるけど、あんなの夢物語だよな。それでも……。
「でも僕はやらなければならないんです。家族を殺したあの魔物の正体を突き止め、滅ぼすまではこの人生やめられません。僕は本来あそこで死んでいたはずの人間です。それでも生き延びられたのなら、僕はこの命を使って必ずあのモンスターを倒します」
俺は強い覚悟をもって、ブレない口調でアルベルタさんに意志を伝えた。
「そう……覚悟しているのね。わかったわ。ちなみにその腕についてなんだけどね……」
と話しかけたところで、玄関の扉が開いた。
「君に新しい腕を与えることができるよ」
アルフレッドさんだった。
「あら、あなた。早かったわね。お仕事終わったの?」
「ああ。今日は患者が少なかったからね」
と言い、カバンをソファに置き、着ていた白衣を脱いで、ソファの背もたれのところにかける。
それよりも先ほど言いかけたとても気になることについて俺は追求した。
「腕を与えるっていうのはどういう?」
「義手だよ。この町には冒険による深手を追った冒険者たちが冒険者を諦めて平穏な余生を送理に移住してくるんだ。その中には腕や足を失った人も少なくない。そこでうちの病院では義手や義足も作っていて、提供することができる」
なんということだ。この世界にそんな技術が存在しているのか。技術が発展しきった21世紀の地球であれば、義手や義足なんて当たり前の時代だが、ここはよく言っても中世のヨーロッパ。まだ産業革命も起きていないような技術レベルだと予想していた。だが確か、たまたまウェブサイトかなんかで見たところによると、義肢は紀元前にもうすでに誕生していたという記述もあったな。じゃあ存在すること自体は何も不思議ではない。
「ほんとですか!」
「ああ。しかし、申し訳ないが、これを作る技術はこのベローナの町があるジェノバという大国の中で、王都ベルガモ以外にはこの町にしか存在しない貴重で高レベルな技術を使って、金属製の義手との人体との間に神経をつなぐ。しかもその義手に使われる金属は、危険な魔物が生息する山にしか存在しない鉱物を使う。その鉱物を採取するのに、王都のギルドに多額の金額を支払って依頼する。ここまで言っている意味がわかるな?」
「つまり、多額の料金を払えってことね?」
聞いていて途中から周りくどいと思い始めたところだ。
「その通り」
「いくらですか?」
「500万リブラだ」
「わかりました。稼ぎます」
「交渉成立だ」
そして2人は握手した。
こうして、俺はアルフレッド一家の家にお世話になることになった。