エピローグ
前話の後書きにもあった通り、今回で最終話となります。
最後までお付き合いのほど、よろしくお願い致します。
「管理していたって……どういうことですか!」
「そのままの意味じゃ。あの世界は元々、ワシたち大賢者が人間の生態を調査するべく創った世界。大賢者といえども本当に次元を超えた異界の地に送ってしまえば干渉をすることは困難じゃからな」
「ということは俺たちが数年間も過ごしたあの世界は……」
「貴様ら大賢者の箱庭の中だったということか」
「ま、そうなるな」
俺たちはその時、全てを知った。
あの世界は大賢者によって創られた世界で、その全ての事象が彼らの管理下の元で動いていたと。
そしてメロディアやクローレたちとの馴れ初めから歪みの神殿に辿り着くまでの全てが、大賢者たちの実験のために作られた出来事だったと、そうバルトスクルムは言った。
「バカな……今までの全てが創られた運命だと?」
「騙して悪かった。本当はこういうことはしたくはなかったのじゃ。だがお主たちを一人前の賢者に相応しい姿に変えるためにはこれしか方法がなかったのじゃ。だがおかげでお主たちは変わってくれた」
「……変わった、だと?」
「ああ。今まで犬猿の仲じゃったお主たちが最後は力を合わせて、守るべき者たちのために力を尽くした。転移前のお主たちでは考えられぬ行動じゃ」
「「……」」
俺たちは何も言わずにただ無言で俯く。
でも、よくよく思い返せば全てが新鮮だった気がする。
メロディアやクローレと出会って、俺は初めて人の温もりというものを感じた。
俺より実力のあるヤツしか、心を開かなかった俺がいつしかわけ隔てない関係を作れていたんだ。
そしてボルも同じように変わった。
特にクローレの存在は彼にとって大きなものだったのだろう。
何故か彼女には心を開いているかのような一面があった。
今までのボルじゃ決して考えられない行為も何度か垣間見た。
そして何より、俺たちがデス・ナガンと対峙していた時に今まで辛辣を越えた彼の対応が少し柔軟になっていたことが顕著に表れていた。
今までのそういった事柄を一挙にかき集めてみると、俺たちはいつからか――
(変わっていたのだろうか?)
もちろん、自覚なんてない。
でも、あの世界で学んだことはそれなりにあった。
俺の知らなかった色々な世界を知った。
そして何より、俺はあの日常が楽しかった
もっと大雑把な言葉で表せば……
「好き……だったのか? 俺は、あのみんなといた当たり前のような日常を……」
「そうじゃ。その心がお主たちを新たなステップへと導いた。今まで周りの環境に流されず、我が道を行っていたお主たちを、あの何でもない日常が成長させていたのだ」
「この我が……日常を楽しんでいた、だと?」
信じられないような顔をするボル。
だが彼も心当たりがあるのか、何も言うことなくじっと黙り続けていた。
「ワシはそれに気がついてほしかったのじゃ。賢者というものは己の道だけを信じ生きるものではない。自分を見つつ、他人も見て、さらに周りの環境にも目を配る。そして人に”何か”を与えられるものとなって初めて、賢者として人を導く存在になれるのだ。だからワシは驚いている。精神の成長と共に賢者として必要なことを自覚無しに行っていたお主らの行動がの」
「バル爺……」
だがその時、俺はふとあることを思いだした。
「そ、そういえばバル爺。あの二人は……俺たちと一緒にいたメロディアとクローレはどうなったのです?」
「クローレ……」
ボルも俺の一言に反応し、バルトスクルムの方をスッと向く。
するとバルトスクルムは、
「ああ、あの小娘たちのことか。安心せえ、二人なら――」
バルトスクルムは事の顛末を言おうとした時だ。
『レギルスさーーん! ボルゼベータさーーん!』
(ん、この声は……)
背後から聞こえてくる甲高い声。
その声は少しずつ大きくなっていき……
「やっと、見つけました! バルトスクルム様から候補の儀を受けてから、お二人の居場所をお聞きしようとしたのですが姿を消してしまって……こんなところにいらしたのですね」
「ホント、道に迷いまくったわよ。それにしても賢界って何にもないとこなのね」
「メロディア……」
「く、クローレ……」
俺とボルがきょとんとしながら見つめていると二人は不審に思ったのか、
「ど、どうしたんですかお二人とも」
「何ですか? あ、もしかして変な目で私たちを……」
「いや、見てねぇって。それにしてもお前ら、その恰好……」
「ほっほっほ、中々似合っているよぞ。二人とも」
「「ば、バルトスクルム様!?」」
バルトスクルムの存在に気がついた途端、二人は同時に声を張り上げる。
というかバルトスクルム様って……
「どういうことですかバル爺! 何で二人が賢者候補の証である白装束を着ているのです?」
「ありゃ、言ってなかったかの? 今日から二人は、新たな賢者候補としてワシの弟子になったのじゃよ」
「「は?」」
俺たちはもはや固まってしまってこれ以外喋る事すらできなかった。
ボルも度肝を抜かれたかのようなほっそい目でただただ無言を貫いていた。
「これからよろしくお願いいたしますね。レギルスさん、ボルゼベータさん」
「よろしくお願いします。というか、まさかお二人があの世界の人間ではなく、賢者の卵であったとは……どうりで破格の強さを持っていたわけです」
二人は、その白装束を揺らしながらニッコリと微笑む。
が、俺たちの脳はまだ今の現状についていけていなかった。
「二人が賢者候補になっただと?」
「そういうことじゃ。二人には賢者として素養があると踏んでワシがお主らと共に連れてきた。いわゆるスカウトってやつじゃな」
「連れて来たって……別世界の人間をこっちの世界に連れてくることは違反じゃ……」
「そうじゃな。だが、あの世界は別次元の元に存在した世界ではない。ワシ等大賢者が意図的に創造した世界じゃ。そういうことならば賢王法規の違反とはならない」
「は、はぁ……?」
もう滅茶苦茶で何が何だか分からない。
だが一つだけ安心したのは二人が無事だったということ。
見た限り、二人と大きな怪我はしていないみたいだしって……あれ?
(俺、何で二人の身の心配なんてしているんだ?)
俺はそんな他人の心配をするのような人間じゃなかったはず。
だがこれは今に始まったことじゃない。
俺はいつしか二人がピンチな目に遭うたびに心の隅で二人を気にかけていた。
今までその対象は自分が認めたボルだけだったはずなのに。
弱いのは全ては自業自得だと割り切って生きてきたはずなのに、俺は……
(そうか。もしかしてバル爺の言っていたことって……)
「で、話はここからなのじゃが。二人には彼女たちの指導役として面倒を見てもらいたい」
「な、なんだと! なぜ我らがそんなことを……」
歯向かうボルにバルトスクルムはニヤリと笑い、
「なぜって、お主らしか彼女たちの指導役は務まらないからじゃよ。別に一気に二人を見る必要はない。分担して指導してやればいいことよ」
「いや、我はそういうことを言っているのでは……おい、レギルス! 貴様はどうなんだ!」
「……えっ? えーっと……なにが?」
「貴様……何をぼーっと突っ立っているか! 我らは今、面倒事を押し付けられたのだぞ」
「め、面倒ごと?」
別のことを考えていたからか、会話の内容が全然入ってきていなかった。
だがボルがバル爺に歯向かっているところを見ると、何か面倒な提案をされたに違いない。
するとその時だ。
クローレとメロディアが脇からひょっこりと顔を出し、
「私はボルゼベータさんに指導役をしてもらいたいです。正直に言うと、彼には少し興味があったので」
「えぇ! じゃ、じゃあ私はレギルスさんに指導役をしてもらいます。私もレギルスさんのことをもっともっと知りたいので!」
「は? 貴様らは何を言っている? 我は絶対に指導役なぞしないぞ!」
「えっ、指導役? それってなに? どゆこと!?」
会話は混沌と化し、かみ合わない。
だけど、この賑やかさは悪いとは思わなかった。
むしろ少し心地がいいくらい。
今まで感じたことない感覚だった。
そして、俺も心の片隅では――
「これからよろしくお願いしますね、ボルゼベータさん!」
「ちっ……あのジジイ、勝手なことを言いやがって」
「そう言わないでくださいよ。私ができることなら、何でもしますから。あ、もちろんできることならですけどね」
「そんなものはいらん。我は気分が悪くなった、帰る!」
「あ! ちょっと待ってくださいよ、ボルゼベータさん!」
「ちっ」と舌打ちをしながら去っていくボル。
憤怒の心を表情に表しつつもなぜかボルの怒りはいつもより柔らかいような気がした。
そして、俺も……
「レギルスさん、これから……よろしくお願いしますね!」
「あ、ああ……よろしく、な」
とびきりの可愛らしい笑顔を向けるメロディアに気ごちない笑みで返答する。
そして俺は、この瞬間に思った。
俺の片隅に潜んでいたこの心は……決して意図的に作られたものじゃないと。
今までの俺は全て利己的な感情で生きていた。
ボルだって口では相棒といいつつも、やはりどこか気ごちない場面があった。
それは他人のことなど、一切度外視し、ただ自分だけのことを考えて生きてきた俺の本当の姿だったのだろう。
でも、今の俺はこうして、他人に目を向けている。
この笑顔も、元々はあの出来事から始まったことなのだ。
『私に先ほど見せていただいた治癒魔法を教えてはいただけないでしょうか!』
あの出会いがなければ、俺たちは何も変わらなかっただろう。
そして俺はこうして、一人の少女に笑顔を与えることが出来た。
苦しみから無理に気力を振り絞っていたあの時の笑顔から本当の笑顔に、俺は変えることができたのだ。
(……なるほど。これが人の温もりを感じることで手に入れられる優しさというものなのか)
賢者というものは誰にでも好かれ、そして人を導ける存在でないといけない。
昔はそんなこと馬鹿馬鹿しいと思っていたけど、今は……
「ふっ、これは一本取られたな。あの大賢者様に」
「え、何がです?」
「いや、何でもない。んじゃ、俺たちも行くか」
いつの間にかバルトスクルムの姿はなく、俺とメロディアだけが残されていた。
ホント、気まぐれなお師匠様だ。
俺はメロディアにそう言うと、彼女は「はい!」と元気よく返事をする。
(これから大変なことになりそうだな、色々と)
俺はググッと腕を伸ばすと、ふぅ~っと一つ、ため息をつく。
(ま、細かいことはいいか)
俺はそう心で思うと、一歩前に出て歩き出す。
俺たちが賢者になるための道のりはまだ長い。
でも、少しだけ近づけたような気がする。
この出会いと、その出会いが新しい自分を与えてくれたおかげで……俺は心の底から人を知ろうと思えることができたのだから。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
追放モノは初めて書いたので至らない点が多々あったと思いますがたくさんの方からアドバイス等をいただいたことで次に繋げるための作品作りができたかなと思います。
本当にありがとうございました。




