プロローグ
新たな仲間を加え、四ヶ郷棗は今日も魔法少女討伐に勤しんでいた。
そんな魔の付く稼業にも慣れつつある日々の中、迷子の魔獣を逃がし終えた直後、棗たちは謎の魔法少女から奇襲を受けてしまう。
向こうは黙して語らず、ただ一振りの刀を掲げ、技のみで語らんと攻めかかる。
謎の魔法少女の目的、そして棗たちが切り拓いていく未来は?
世界の片隅で繰り広げられる、裏世界田舎町活劇第二弾、ここに開幕。
何故か、これが夢であるということはすぐにわかった。
「…………」
その事実を捨て置き、今自分が立っている空間を見渡す。
どこかに光源でもあるのか、真っ暗闇というわけではなく、距離感を失わない程度には周囲が確認できる。洞窟のような自然と、トンネルのような人工物を思わせる特徴を併せ持つ、とにかく不思議な場所。
「…………」
足元では深海色の着物をまとった、妙齢の女性が倒れ伏している。心臓は貫かれ、生気を失った両の眼が、うっすらと開いたまま虚空を見つめている。
特別な知識などなくても、女性がこと切れているのは一目瞭然だ。
「…………」
状況から察するに、この女性をこのようにしてしまったのは、どうやら自分らしい。
「あ、あ──ひ、ひ……」
途切れ途切れの悲鳴に視線を向けると、足元の女性とどこか似た装いをした椛色の少女が、眼を限界まで見開き、歯をカタカタと鳴らして腰を抜かしていた。
その手には持ち主と同じ色をした狙撃中が握られ、先端にはこの場所の光を凝縮したように煌めく銃闘剣が、獲物を品定めする獣のようにギラついている。
「──っ!」
右手の『相棒』を握り直し、少女に向かって一直線に駆ける。
「ひ、ひぃ⁉」
一歩近づくにつれ、少女の顔に絶望と恐怖が折り重ねられていく。
「あ、ああああああっ!」
裏返った悲鳴を上げ、少女が銃口を向ける。
ドォンッ!
瞬間、左のこめかみから焼け付くような熱さが走る。放たれた銃弾がギリギリでかすめたのだ。髪の毛の焦げ付く、チリチリという嫌な音が耳元から聞こえる。
『また生えてこなくなったらどうしよう?』と、どこか他人事のような思考が頭を通り抜けるも、速度は緩めない。ただひたすら、少女を目指して疾走する。
──ドォンッ! ──ドォンッ! ──ドォンッ!
「くそ! なんで──? くそっ!」
少女は素早い動作で次弾を装填し、次々に鉛玉を撃ち出す。冷静さを欠いているのか、至近弾は初撃のみで、あとは足元で弾けるか、虚しく後方へ流れていく。
どれだけ殺傷性の高い舞装を身に付けていようと、こうなってしまえば丸腰と大差ない。
「ひぃ⁉」
難なく少女の懐に入り込み、狙撃銃を真ん中から両断する。そうしてがら空きになった少女の心臓に、躊躇いなく『相棒』を突き立てる。
「うぐうっ! この、──魔女が‼」
大粒の涙をその両眼に溜め、少女は恐怖と怒りをない交ぜにした顔で吐き捨てた。
「好きなだけ恨みなさい。あなたには、その権利があります」
耳元でそう囁き、少女の腹を蹴って『相棒』を引き抜く。
「……く、あ──⁉」
運がいいのか悪いのか、少女はそのまま近くにあった縦穴に落ちてしまった。注意して覗きこむと、その姿はあっという間に見えなくなってしまった。
「──うお⁉」
跳ね起きて周りを見回すと、そこは殺風景な小部屋だった。
「? ここ、は?」
ふと下を見ると、自分は布団で寝ていた。おかしい、いつも園のみんなと雑魚寝だから、決まった場所でなんて寝ないのに……。
「ああ、そうか……」
徐々に覚醒していく意識が、現状を正しく認識していく。物が少ないのも当然だ。つい先週ここに引っ越して来たばかりなんだから。
「またあの変な夢か。あ──」
はっと思い出し、いつも枕元に置いているメモと鉛筆を手探りで掴み取る。
「…………今日も、ダメか」
一筆目を入れるところまできて、がっくりと項垂れる。
いつもそうだ。どんな夢だったかを思い出そうとすると、そばから内容がポロポロと零れ落ちてしまう。 すぐに書きとれるように準備していても、手に取る頃には忘れている。
そして最後に残るのは、『なんか怖かった』という、お粗末で漠然とした感想だけだ。
「はあ……」
すぐに寝直す気分にもなれず、なんとなく布団から出てカーテンを開く。
月の光が差し込み、部屋を淡く照らす。この島から見える月は、園の窓から見上げていたそれとは違い、ずいぶん大きく感じられた。
「……そんなわけないのに。場所は違っても高度は同じなんだから」
視線を横に移し、壁に掛けられた真新しい制服を見つめる。前の学校に比べてどこか垢抜けない、正直に言ってしまうと田舎臭い。そんな印象のセーラー服だ。
とは言えものは考えようだ。別にこれを一人で着るわけじゃない。もしかしたら着ているうちに愛着なんかも湧いてくるかもしれない。
言い聞かせると少しだけ前向きな気分になり、再び月に視線を戻す。
「自分ならやれる。やってみせる」
向こうにいた頃と変わらない月を見上げて、自分は静かに誓った。