エピローグ2/2
「──よっ! ──ほっ! ──はっ!」
スキップの要領で、ビルの合間をピョンピョンと一っ跳び。
風が顔に吹き付け、つい眼を細めてしまう。魔力で全身を覆っているからゴミが入ったりはしないんだけど、こればっかりはいつものクセでどうしても慣れない。
《だいぶ上達したね、紗百合》
この辺を一望できる丘の公園に到着すると、わたしの契約精霊である、さるぼぼのマサハルが誇らしげに話しかけてくれる。
「うん! もう下を見ても怖くないよ!」
えっへん! と胸を張り、天の川のように輝く街を見下ろす。これからは、わたしがこの街を、この世界を守るんだと思うと、自然と胸が高鳴る。
「早くお仕事したいなー。魔獣、早く出てこないかなー」
攻撃も防御もいっぱい練習した。先輩たちから魔獣のこともたくさん教えてもらった。準備は万端だ! さあ、魔獣たち、わたしはここだよ来るなら来い!
《油断しないでね。近頃は魔女っていう、魔獣に味方する人もいるみたいだから》
そんなわたしの心を読んだみたいに、マサハルが心配そうに念を押してくる。
「うん、アカリちゃんも言ってたね。前いた人たちも、そいつにやられちゃったって……」
異世界からやってきた悪い魔獣をやっつけるなら大丈夫だけど、同じ人間相手にちゃんと戦えるかな……? ひょっとしたら、魔獣に騙されていたり、家族が人質に取られて、仕方なく戦っているだけなのかもしれないし……。
《でも安心だよ! 紗百合は先輩たちと違って魔女を倒せる能力を持った魔法少女だからね。紗百合が魔女を倒したら、人気者間違いなしだよ!》
まるでお見通しとばかりに、マサハルがタイミングよく励ましてくれる。
「そうだよね。……わたし、がんばるよ!」
そう、それこそわたしの強み。わたしと、わたしの魔兵装には、魔女を封印する特別な力があると、マサハルが最初に教えてくれた。
先輩たちにそのことを話すと、みんなすごく驚いていた。わたしのことを『切札』とか『隠し玉』と言い、とてもよくしてくれた。
嬉しかった。こんなわたしでも、誰かが必要としてくれることが、幸せだった。
最初の頃は魔兵装を出すのも一苦労だった。魔獣の勉強も、まるで授業科目が一時限増えたみたいで嫌だった。こんなことで魔獣と戦えるのか、ちょっぴり不安だった。
でも、わたしは負けずにがんばった。
魔兵装をすんなり出せるようになった時、嬉しくて泣いてしまった。先輩たちも喜んでくれた。練習して勉強して、今はこうやって一人で街を跳び回ることだってできる。
楽しいことばかりじゃなかったけど、わたしにとってかけがえのない想い出ばっかりだ。
「──⁉」
そんな魔法少女としてのこれまでに思いを馳せていると、背中に氷を入れられたような、ゾクっとする感覚が全身に伝わってきた。
「……え? 今の──」
人が月明りを背に、時計台の上に立っていた。
「──きょ⁉」
驚きで変な声が漏れてしまった。
自分でも間抜けだって思ったけど、これはしょうがない。
想像してほしいな。妙な気配がして振り向いたらあんな変な人がいるなんて、誰だってこんな声が出ちゃうよ。わたしじゃなくてもこうなってたはずだよ……。
《紗百合、まずは落ち着いて。深呼吸だよ深呼吸》
「……うん。はあ──ふう……」
マサハルに言われるがまま、息を吸って吐いて、改めて時計台に突っ立っている人影を観察する。月明りで逆光になり、こちら側からは人の形をした影にしか見えず、顔はもちろん表情さえもわからない。
「ええっとー……」
「…………」
人影はジッとわたしを見つめている。……ような気がする。
「……──……っ」
わたしが何も言えないでいると、人影は夜風に流される髪を、かきあげるように直した。その仕草から、とりあえず女の人なんだなってことはわかった。
「……えっと、あ、あ──」
そして、この状況で現れる人物の選択肢から、最も可能性のある名前を呼んでみる。
「──あの! ……あなたが、魔女さんですか⁉」
「…………」
答えない。さすがに『はい、私が魔女です』ってすんなり答えてくれるとは思ってなかったけど、実際に無視されると思っていた以上に心がチクチクする。
「…………ふ!」
人影は右手を横に掲げると、手からブワァと音を立てて真っ黒な炎を噴水のように湧き出し見せた。それは人影の背丈と同じくらいの棒になると、今度はチアダンスで見るバトンように振り回し始めた。炎をまとわせて舞い踊る姿は、まるでサーカスみたいだ。
「…………」
踊りが終わると、人影は不思議な形をした棒を肩に担いでいた。
《あれは……鎌? ……鎌を操る少女──間違いない! 紗百合、あいつが魔女だ!》
その動作を見てマサハルが叫ぶ。どうやら、本当の本当に魔女みたいだ。
《紗百合、あの魔女を倒すんだ! 彼女は魔獣と同じくらい危険な存在だ!》
「……う、うん、わかったよ! ──来て! 『千変万華』!」
右手を夜空に掲げ、魔兵装の名前を叫ぶ。
手のひらから溢れんばかりの花びらが次々と噴き上がり、わたしの手を中心に花弁の渦が生まれる。それがパンッ! とクラッカーのように弾けると、手には椛色に光る猟銃が握られていた。
銃口から引き金、ストックに至るまで、すべてが例外なく椛色。
初めてこの子を呼びだした時、毎日お父さんが作っている漆塗りのお椀みたいだと思った。わたしは一瞬でこの子のことが好きになった。
さらにその先端には、またまた椛色の闘剣が据え付けられている。
刃の輝きは本体のきらびやかな感じとは違ってギラギラで、野生動物のみたいな鋭さを持っている。
「……落ち着け……練習通りに──」
カシャ──スチャ──ジャキッ!
魔女からは眼を放さずにボルトレバーを操作し、魔力弾を装填する。
「よし……いくよ! 魔女──っ!」
地面を蹴り、魔女目指して跳び上がる。
例え魔女が相手でも、絶対負けないっ! この世界の魔獣は、全部わたしがやっつける!
「だって──わたしは、魔法少女なんだからっ!」
自らに言い聞かせるように叫び、わたしは『千変万華』の引き金を引いた。
数ある作品の中から『魔引きの魔女』〈邂逅編〉を選択していただいたみなさん。
ここまでのお付き合い、本当にありがとうございます&お疲れ様でした。
複数の人の眼に触れる場所に作品を投稿という、なんともいえない緊張感に身を預けながらも、どうにか一区切り走り切ることができました。
読んでくれる人がいるということが、ここまでやる気に直結するとは……。ホント、人と人のつながりって大切ですね。
書くにあたって相談にのっていただいた方々を含め、ただただ感謝の一言に尽きます。
さて! そんなことをのたまっている舌の根も乾かないうちに、これからの話をば。
次巻は書き溜めている分を現在再編中であり、そう遠くない時期にお届けできると思います。
ではでは、この作品に関わってくれたすべての方々の武運長久をお祈り申し上げまして、お別れのあいさつとさせていただきます。
またお会いしましょう。