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魔引きの魔女  作者: 片桐 楚江
〈邂逅編〉
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第五章

「ふう。今日は中々、手応えのある相手だったわね」

《ですね。おかげで遅くなってしまいましたが、夕飯には間に合いそうです》

 本日の討伐も無事に終えての夕暮れ、いわゆる『逢魔が時』に差し掛かった町並みを、屋根から屋根に飛び移りながら眺める。初陣のもたつきを考えると、この動作にも慣れたものだ。

 近頃は詩乃の誘導があるおかげで、ずいぶんと効率よく魔獣の救出と魔法少女の討伐ができるようになった。初めはこいつらの結託を訝しみもしたが、いざ恩恵に与ってみるとありがたいことこの上ない。裏工作万々歳だ。

『ナツ! ナツどこにいる⁉』

「はい⁉ え──詩乃?」

 などど思い返していると、突如頭の中に詩乃の声が響いてきた。紛れもなく念話だ。

『聞こえてないのか? おい、ナツ!』

「は? え、ちょっ──これどうやって返事すんの⁉」

 念話の使い方が一切わからない──教えられてない──あたしは、向こう側で焦っている詩乃になす術がない。

《詩乃、ケンです。棗もそばにいます。どうしました?》

 慌てふためいているあたしの横で、ケンが会話に割り込む。

『どうしたもこうしたもあるか! 緊急事態だ。魔獣の大群が宮境町に接近中だ!』

「……は? え、どういうこと?」

《詩乃、詳細をお願いします》

『なんでも時空のつながりを強引に叩き割って攻め込んで来るらしい。端末から知らせが入ったそうなんだが、私のはぶっ壊れてるから情報が遅れた』

 話を聞きつつ要点をまとめ、言葉をつなぎ合わせる。

「つまりそれって──」

 魔獣が決死の総攻撃を仕掛けてくるってことか?

『大方、ズルズルと戦力差が開く前に総力決戦に持ち込もうって腹だ。奴らもケツに火が付いてるからな。ぼちぼち派手なのがくるとは予想してたが、よりによって今日とは』

 なおも詩乃の状況分析は続く。頭の回転が速いこと速いこと。

『で、その情報を元に『太陽ルチル』は現在、挟撃の準備中って寸法だ』

「……相当ヤバくない? それ」

 詩乃の言葉を聞き、最悪の筋書きが脳内に描かれていく。

奇襲とは、相手の虚を突いて初めて成立する戦法だ。情報が相手方に筒抜けの状態で迎え撃たれでもしたら、魔獣は一夜にして壊滅だ。

 時代劇の悪代官じゃないけど、『飛んで火にいる夏の虫』とはまさにこのこと。

「ケン! どうするの?」

 傍らのケンに尋ねるも、あたしはそれが愚問だと気付く。どうするもクソもない。これまでだってたくさんの魔獣を助けてきたことを思えば、一刻も速く駆けつけるべきだ。

《……早急に戻り、対策を検討しましょう。浮足立つのは危険すぎます》

 それでもケンは、焦燥に身を任せず、話し合うことを選択した。わずか一瞬で、衝動を理性で押し止めたのは、さすが王様だと心底思う。

『……了解。とにかくまずは合流だ。どこに行けばいい?』

《でしたら棗の家に。我々もじき到着します》

『わかった。急いで向かう!』

 念話を切断したのか、詩乃の気配が遠ざかる。

《棗!》

「言われなくても! 『兵香槍攘』!」

 魔兵装を呼び出して魔力を注入、背中にケンが乗ったと同時に突撃を発動。一気に加速し、一目散に我が家を目指す。



「ああ! 棗、ケンちゃん! よかった帰ってきて」

 家に着いて早々、庭先で不安そうにしていた母さんが出迎えてきた。

「ナツ! ケン! ちょうどよかった」

 あたしたちの到着から数秒と経たず、詩乃が庭へ降り立った。風呪文を唱えていたらしく、強めの風が辺りに吹き荒ぶ。

「え? ……ひょっとして詩乃ちゃん? あなたも魔法少女だったの⁉」

「あ、いや……おばさんそれは──まあ、はい」

 母さんは変身した詩乃の姿を見るなり、その正体を即看破した。何が《少々効きが悪くなる程度です》だ。これじゃただのザルじゃねーか!

「失礼ですがおばさん、その話はまたあとで──」

 詩乃は律義に頭を下げて、母さんの質問を受け流した。

「てか母さん! どうしたのそんな慌てて?」

「うん……突然庭で大きい音がしたから、そしたら──あれが魔獣なの?」

 母さんの指差す先を追っていくと、連合の一部に生息しているカンガルーとかいう動物に似ている魔獣が仰向けに倒れていた。

「な⁉ 家に来たのか? ……おい! しっかりしなさい! うぅ──」

 抱き起こそうと駆け寄ると、カンガルーは片腕が根元から切断され、胸に魔法少女のものと思しき闘剣が深々と突き刺さっていた。地面には血の池ができあがり、こと切れていないのが不思議な有様だ。まさかと思い、お腹の袋を確認したが、幸い子供は入っていなかった。

《……ワ、我ラガ王。オ久シブリニゴザイマス……》

 傍らにいるケンに気が付き、カンガルーはわずかに頭を上げた。

《……何があったか、話していただけますね?》

 ケンが優しく、しかし有無を言わさず促す。本当は喋るなと言ってあげたいけど、ことは急を要する。例え血反吐を吐いてでも説明してもらうしかない。

《我々ハ偵察デ先行シテイマシタ。ソコニ待チ伏セサレ、私以外ハミナ討チ取ラレマシタ。コノママデハ奇襲ハ失敗デス。我ラガ王、ドウカ……ドウカ──》

《偵察ということは、小規模な転移座標がありますね? それはどこです?》

《今、オ教エシマス──》

 か細い声で答え、ケンとカンガルーはコツンと、鼻と鼻を突き合わせた。口頭では説明しきれないことを、概念で伝え合っているのだろうか?

「情報は確かなようだな。魔獣の一斉蜂起と、万全の態勢で迎え撃つ魔法少女。これだけ眼に見えた展開もない。……磨り潰されるぞ。文字通りの意味で」

 隣で聞いていた詩乃が現状をまとめる。

《──止めなくては》

 ケンはのそっと立ち上がり、うわ言のように呟いた。

《座標は割れました。行きましょう。転移座標から潜入し、彼らをこちらに顕現してしまう前に説得するのです》

 その瞳は使命に満ちていた。魔獣を率いる王様の眼だった。

「そうね、やるしかないわね!」

 パシッと拳を打ち、自らを鼓舞する。よく考えなくても、あたしはこういう事態を未然に防ぐためにケンと契約したんだ。ここで行かなきゃ魔女が廃るってもんだぜ!

「詩乃、あんたはどうする?」

「ん? ああ、そう……だな」

 と、詩乃は曖昧に言葉を濁した。その気持ちも、なんとなくだけど理解できた。

 詩乃にとって、あたしたちとは情報を交換し合うだけの関係だ。ここから先に付き合う義理はない。むしろ利益を追求するなら、この瞬間に裏切るって選択肢も、詩乃にはある。

「まあ、いいか。何ができるかわからないが、現場にいればなんかしらあるだろ? 第一、こんな状況で帰っても、気になって何も手につかねーよ」

「……ありがとう、詩乃」

 こちらの考えを裏切るように、詩乃はあっけらかんと言ってのけた。ホント、大した奴だよこの方は。

「そういうわけだから母さん、またちょっくら行ってくるから」

 オドオドしている母さんに向き直り、心配させないように笑顔で伝える。

《母君、申し訳ありません。彼は、戻ってから荼毘に付したいと思いますので》

「う、うん。わかったわ。みんな気を付けてね」

 振り向き様にもう一度微笑んで見せ、ひょいと屋根に飛び移る。

「さあ、ここが大一番よ。大丈夫あんたたち?」

「応。まかせろ」

《各々、武運長久を祈りましょう》

 あたしの焚き付けに、一人と一匹から気持ちのいい返事が戻ってくる。士気は上々、気分はそこそこ。慢心もよくないけど、過度に不安がるのもダメだ。

「いよっしゃ‼ 行くわよ! 詩乃、ケン!」

 あたしは『兵香槍攘』の突撃、詩乃は『森羅万唱』の風呪文でそれぞれ飛び上がり、魔獣の示した転移座標目指して飛翔した。



「はいは~い、手~上げな~っ! 動くんじゃね~ぞクソ共」

 転移座標があるという森に入ってすぐ、あたしたちは捕らえられてしまった。

「そこの犬っころもよ! 妙な真似したらぶっ放すわよ!」

「…………」

《…………》

 抵抗しても無意味と悟ったのか、詩乃とケンは粛々と指示に従い地面に膝をつく。

「あんたたち、なんのつもり⁉」

 文句を言う間にも、草影や木の上から、魔法少女たちがゾロゾロと湧き、あたしたちを中心に一定の間隔で展開してくる。逃げ場はない。完全に囲まれた。

 色鉛筆をひっくり返したように色彩豊かな魔法少女たちの恰好は、薄暗い森の中でもはっきりと判別できる。彼女たちが持つ魔兵装が、決して逃がすまいとこちらに構えられるのも。

「まずは変身を解きな! さあ、早く!」

 ヒカリの持つ機関銃に背中をツンツンとつつかれる。

「──クソッ!」

 言われるがままに変身を解除する。あたしも詩乃も、動きやすい私服姿に戻る。

「あんたたち! こんなことしてる場合じゃないでしょ! もうすぐ魔獣の大群が──」

「安心しろ。魔獣の総攻撃というのは偽情報だ。お前たちをおびき寄せるためのな。今日も世界はいたって平和だ」

 暗闇の向こう側から、快晴色に煌めく魔装衣をなびかせ、アカリが現れる。

「どういうことだこれは⁉ アカリ! さっきの通達は──何がどうなってる⁉」

 ようやく話のできる奴がおでましとばかり、詩乃が声を張り上げる。

「まさかこんなに事がうまく運ぶとはな」

 クックックと喉を鳴らし、アカリはほくそ笑む。

「まずは確認だ。貴様が先王だな?」

《いかにも。私こそ、魔獣を統べる王。ああ、あなたがたにとっては『だった』でしたか》

 ケンは毅然と答えた。淡々と皮肉を織り交ぜる辺り、このお犬様も神経が太い。

「貴様を拘束し、しかるべき準備が整ったのち、魔界に引き渡す。本当なら今すぐ首をはねてやりたいところだが、お上の勅だ。命拾いしたな」

《それはありがたい限りですね。ならばせめて、今回の種明かしをしていただけますか?》

「ふむ、いいだろう」

 わざとらしく言葉を溜め、アカリはエラそうに腕を組んでみせ、あたしたちを見下ろしてきた。ひょっとしてこの子、これがやりたくてあたしら座らせたのか?

「貴様がこの近辺に潜伏しているであろうことは、当初から予想していた。ヒカリの報告を聞く限り、何者かが手引きして逃がしたであろうことも含めてな」

 アカリの披露する推理の的中率に、冷や汗がこめかみを伝っていく。憶測だけでそこまでドンピシャに当てられるとか、このお子様はどんだけ思慮深いのよ?

「当初わたしは、シノ、お前を疑っていた。宮境町の学校に通い、地域にも精通しているお前なら、『森羅万唱』の隠蔽能力でそれが可能だったからだ」

「…………」

 傍らで黙秘している詩乃を盗み見る。

 まさか詩乃にそんな嫌疑がかかっていたとは。当時は魔女なんて概念もなかっただろうし、裏切者がいると考える方が自然なんだろうけど、なんか申し訳ない。

「もう一つ教えてやろう。数週間前、魔獣を使って宮境高校の生徒を誘拐したのは、このわたしだ。……厳密に言えば指示を出した。だがな」

「……はあ⁉」

 いきなり話が飛び、うっかり素っ頓狂な声を出してしまった。さっきからこの子には驚かされてばかりだ。

「身内がさらわれれば、お前は動かざるを得ない。そして、魔獣の不祥事ともなれば先王、貴様も現場に赴くだろうと踏んだ。すべてわたしが仕組んだことだ」

「…………」

 アカリから真相を聞かされ、驚きもしたが納得もした。

 魔獣は一般人には絶対手を出さない。あの時はあたしも頭に血が昇っていたけど、基本はケンと同じ考えだ。魔獣と関われば関わるほど、あの魔獣の行動は奇怪的だと感じていた。

 でも、それが魔法少女側の謀だとしたら、辻褄は合う。

「ちょっと待て! 今『魔獣を使って』って。まさか、さっき家にいた魔獣って──」

「こいつのことか?」

 アカリが答えると、木陰からヒュンと何かが飛び出し、アカリの隣に着地した。

「──やっぱりっ!」

 さっきまで家で死にかけていた、カンガルーの魔獣だった。いや、死にかけという体で操られていた。だな。どうりで虫の息なはずだ。

《ワ、我ラガ王。オ久シブリニゴザイマス。我ラガ王、王。オ久シ、オ久シ、オ久シ──》

「うるさい、もういい」

 アカリはカンガルーに刺さった闘剣を無造作に引き抜き、まるで寄ってくる蚊を払い落とすように、シュ! と一閃。その首を刎ね落とす。忘れられたように突っ立っている胴体も蹴り飛ばし、あたしたちの眼の前にグチャっと崩れ落ちる。

「ほいきた死ね~っ! もう死んでるけど~っ!」

 チチチチチチチチチチッ‼

 死体に向かって、ヒカリが容赦なく機関銃を乱射。ピチャンピチャンと水が弾けるような音を立て、さっきまで魔獣だったものが、あれよあれよと肉片に変わっていく。

「んな⁉ お前なんてこと‼ 腐れ外道‼ 生き物を──命をなんだと思ってる⁉」

「勝手に言ってろ」

 あたしの憤慨には取り合わず、アカリは引き抜いた闘剣をこちらに見えるように掲げた。

「これがわたしの魔兵装『疑心暗忌(ぎしんあんき)』だ。こいつは傷付けた対象を一定時間魔力で操ることができる。貴様たちのような謀反者を炙り出すにはうってつけの獲物だ」

「…………っ!」

 怒りを叫ぶその一方で、冷静な自分が神経を研ぎ澄ます。

 アカリの話が真実なら、実に恐ろしい魔兵装だ。戦闘には向かないものの、諜報に内偵、今回のように他勢力を同士討ちさせるなど、立ち回り次第によっては一個人では到底生み出せない大戦果を上げることができる。

 持ち主の性格も相まって、とことん智謀・策謀に向いている取り合わせだ。

「話を戻す。──あの日はシノがボロを出すんじゃないかと期待していたのだが、まさか魔獣側にも魔法少女がいるとはな。ああ、魔女っていうんだったか」

 そこでアカリはあたしを一瞥し、わざとらしく訂正してきた。

「いやね、変だな~って思ってたのよ。魔獣にやられちゃう子が最近やけに多いなって。そんで調べてみたらあんたよ、魔女」

 一方ヒカリは、ムカつく喋り方でニヤニヤとあたしたちの周りをウロウロしている。

「うまいことシノが潰してくれるかな~なんて思ってたら、手打ちになるし。挙句手を組んじゃうんだから、ホント驚いたわよ」

「…………」

 ヒカリの挑発にも乗らず、詩乃はただただ黙っている。

「ってことは、会議の時点であんたたちは──」

「そうよ。あんたが魔女だってことは知ってたわ。ことがことだから私とアカリだけだったけどね。どうよ、驚いた?」

「ええ……」

 嘘だろマジか……。ってことはつまり、あの時あたしが焦りまくってたのも、こいつらは全部知った上で泳がされてたってわけか。とんだ道化だなおい。

「……私ってそんなに怪しかったか?」

 あたしが謎の敗北感に苛まれていると、ここまでだんまりだった詩乃が口を開いた。よりにもよってそこを聞くかこの状況で?

「……ええ、結構おかしかったわよ。最近のあんた」

 これにはさすがにヒカリも面食らった様子。

「だって、いつもすんごい血走った眼で化物ぶっ殺しまくってたあんたが、急に新入りの手助けばっかりやりだすんだから。何かあったって思うわよ」

「……そうか」

 腑に落ちない顔をしていた詩乃だったが、ここで言い合っても意味がないとわかっているようで、大人しく引き下がった。

「なんのためにそんなお金が欲しいのか知らないけど、そんな簡単に諦めてるんじゃ、ろくな願いじゃないんでしょうね?」

「──‼」

 頭の奥で何かがカチッと鳴った。衝動が身体を突き抜け、怒りが一瞬で沸点を通り越す。

「お前……詩乃の気持ちも知らないで──」

「やめろ、ナツ。これ以上取り乱すな」

 立ち上がって一発殴りかかろうとするあたしを、詩乃が肩を掴んで制す。

「安心しなさい魔女。こいつはね、あんたと組んでから魔獣を一匹も殺してないのさ」

「……は?」

「は? じゃないでしょ。こいつはあんたに洗脳されて、化物を殺せなくなっちゃったのよ」

「え、え? そうなの詩乃? だって、あの時仕事がやりやすくなるって──」

「…………っ」

 言葉に詰まりつつ隣を見ると、詩乃はどこか恥ずかしそうに視線を彷徨わせていた。

 その顔が答えだった。

 詩乃にとって魔獣の討伐は、ここにいる魔法少女たち同様、願いを叶える手段でしかない。

 それが、あたしと戦い、魔獣と関わり、言葉を交わし、考え方が少しずつ変化していったのだとしたら──

「詩乃──」

「うるさい何も言うな!」

 咄嗟に名前を呼んでみたら大声で遮られた。

 割り切ることは簡単だ。お兄さんのこともある。詩乃からすれば、そう決断をした方がずっと楽だったはずだ。それでも、詩乃は逃げずに事実と向き合い、悩んでくれていた。

 その事実が、あたしは無性に嬉しかった。

「話が長すぎるぞヒカリ。いい加減本題に入れ」

「はいはい。わかってるわよ」

 人がせっかく暖かい気持ちになっていたところに、さも当然とばかりに二人が割って入ってくる。腹は立つけど、こいつららしいやり方ではある。

「シノ、弁明の機会をあげるわ。この魔女に落とし前つけさせて、二度と私たちの邪魔をしないと誓わせなさい。そしたらあんたを『太陽ルチル』に復帰させてもいいわ」

 なるほど、そうくるか。

「ヒカリさん! どういうことですか⁉」「聞いてませんよそんなの!」「どうせまた裏切ります」「ここで始末するべきです!」「こんなのと一緒に戦えない」

 と、これはヒカリの独断だったのか、周囲の魔法少女たちから大顰蹙を買ってしまう。

「黙れぇっ!」

『──⁉』

 殺気のこもったヒカリの一喝に、魔法少女たちは背筋を震わせて押し黙った。

「強いわよこいつ。お前たちが束になってかかっても瞬殺よ。そんな逸材、遊ばせておく方がバカでしょ? それとも何、あんたらこいつより効率よく化物退治できんの? ねえ?」

 ヒカリの権幕とあからさまな挑発に、魔法少女たちはチラチラと両隣を見ながら、自信なさ気に俯いてしまった。敵方とはいえ不憫な光景だな。

「シノ、また一緒に化物退治しましょうよ。あんたがいれば『太陽ルチル』は鬼に金棒よ。稼げる獲物、優先で回してあげるから。悪い話じゃないでしょ?」

 打って変わって下手にでるような言い回しで詩乃に語りかけるヒカリ。これまでの行いを見ている限り、その姿からは胡散臭さしか感じられない。てか、こいつにこんなこと言わせるくらい、詩乃って強いのか? いや、実際強かったけども。

「さあ……どうすんだよシノ⁉」

「……──」

 ヒカリのキレぎみな物言いを、煩わしそうに受け流し、詩乃はすうっと立ち上がる。


「『手に結ぶ、水にやどれる月影の、あるかなきかの、世にこそありけれ』──変身」


 詩乃は厳かに呪文を唱えると、前に見せてくれたUSB錫杖から、梵字が幾条も飛び出し、手と足から絡みついていく。それらが行き渡り、全身を漆黒に染めた途端一気に弾け、すっかり見慣れた夜色の法師様が屹立していた。

「……悪く思うな。ナツ」

 元の大きさに戻った『森羅万唱』をシャンと鳴らし、詩乃は切先をあたしの喉元に向ける。

「…………」

 まあ、普通に考えたらこうなるわね。

 詩乃の変わり身に、あたしは別段驚かなかった。

 ケンも言っていた。詩乃にとって、お兄さんが最も大切で、生きる目的そのものだと。

 人の命は平等じゃない。人間誰しもが『誰かにとっての何か』である以上、そこに公平なんて概念は存在し得ない。詩乃にとって、あたしという『友達』よりも、お兄さんという『家族』の方が、優先度の高い存在だった。それだけのことだ。

 寂しくないと言えば嘘になるけど、立場が逆ならあたしも詩乃と同じ決断をする。だからこそ、ここで文句を垂れるのはお門違いなのだ。

「短い間だったけど、ありがとう詩乃」

 本心からの言葉だった。敵対勢力でもあるあたしたちに、よくここまで協力してくれたと思う。いくらお礼を言っても足りない。

「あたしは別に恨んだりしないし、そっちも気にすることないけど、これだけは約束して」

 黙して語らず、ただ真っすぐとあたしを見つめる瞳に告げる。

「絶対、詩乃の望みを叶えなさい。あたしを切り捨てるなら、それくらいは昇ってもらわないと、あたしを踏みにじった落とし前にはならないわよ?」

 最後にニヤリと、煽るような微笑みを添える。

「……わかった。必ず、成し遂げる」

 詩乃は端的に呟くと、錫杖を高く振り上げた。


 ピギィッ! ピキッ──ッ! パキィッ!


 もはやこれまでと、これまた時代劇調な台詞が頭をよぎった直後、ガラスにヒビが入っていくような、鳥肌の立つ音がどこからか聞こえてきた。

「な、なんだこの音? アカリ!」

「わからない。付近に建物はないはずだが……」

 見渡すと、アカリとヒカリを始め、魔法少女の面々も揃って周囲を警戒していた。どうやらあたしだけじゃなく、全員にこの音は届いているようだ。

「ねえ、あれ……」

 あたしは無意識に、それを指さしていた。不気味に響き渡る、音の正体を。

 空間に亀裂が入っていた。

 何もない場所に、ないはずの場所に、強化ガラスを金槌でぶっ叩いたような、キラキラと煌めくクモの巣模様がそこにあった。

 パキッ! ピキィ!

 あたしたちが頬けている間にも、謎の亀裂は気味の悪い音を響かせ、舳先を拡げている。

「魔女! これあなたの仕業⁉ さっさと止めなさい! 往生際が悪いわよ!」

「知るかよあんなの! だいたい知ってたらあたしもこんな驚いてないっての!」

「はぁ? だってあなた魔女でしょ? 魔女だったらああいうこともできるんじゃないの⁉」

「いやそれ、いくらなんでも言いがかりがすぎるって……」

 そんな理由でいちいち犯人にされてたらたまったもんじゃないっての。

《主──》

 緊張感のないやりとりをしている隣で、ケンが呟く。


 ──パリンッ!


 見てくれのわりにはあっけない音を立て、亀裂は弾けた。

 びゅゅおぁぁーー‼

 瞬間、台風でもやって来たのかと思うほどの強烈な突風が、一帯に巻き起こる。

 枯葉やら枝やら、軽いものはあっという間に吹き上がり、石やら岩やらはゴロゴロ転がっている。魔法少女たちの悲鳴も重なって、たちまち辺りは大混乱に陥った。

「……うっ! なんだこれ……⁉」

 飛んできた砂埃がチクチクと、肌を晒している箇所に吹き付けてくる。それらが邪魔して思うように息ができず、腕で口を覆い隠して軌道を確保する。

《主! 主なのですか⁉》

 立っていられないほどの強風にもかかわらず、ケンは物ともせず叫んでいた。

《主、今参ります‼》

 そう叫ぶケンの口には、色とりどりに発光している小瓶が咥えられていた。見間違えるはずがない。今日まであたしが討伐し、封印した魔法少女たちの魔力塊だ。

「ちょっ! 待ちなさいケン! それは──」

 ガリッ!

 あたしの静止がく前に、ケンは小瓶を一気に噛み砕いた。

 ブォォアァァーーッ!

 砕けた小瓶から魔力が溢れ出し、ケンを包み込む。最初は数色あった光が、ケンの身体に馴染むように、次第に白一色へ染まっていく。

「……おお」

 あまりの変化に、感嘆の声が漏れる。

 犬というより狼だった。

 刃のように鋭い爪が地面にめり込み、随所に丈夫そうな筋肉が見て取れる。どこか間の抜けていた顔は凛々しく整い、毛も流れるように細く、威厳のある光沢を放っている。そして何よりデカい。標準的な柴犬サイズが一変、路線バス程度にまで巨大化していた。

 外側からの供給とはいえ、魔力は魔力。本来の姿に戻ったケンは、とにかくすべてが躍動感に満ち満ちていた。悔しいけど……カッコいい。

「──って、関心してる場合じゃなくて! ケンとりあえずちょっと待──」

《今しばらくお待ちを、主!》

 こっちのことなどお構いなしに、ケンはブワッと勢いよく跳躍すると、亀裂の中へ飛び込んだ。まったく、言い出したら聞かない犬だ。

「な⁉ クソ! だったらせめてこいつだけでも──」

 ケンの追撃は無理と判断したのか、ヒカリはあたしを標的と定め、鉄色に鈍く光る機関銃をこちらに向ける。どんな状況でも獲物は逃さない。魔法少女の鏡だね。

「……やっば」


「『散りぬべき、時知りてこそ世の中の 、花も花なれ、人も人なれ』──絶‼」


 背後から聞き慣れた声がしたと同時、視界が一面桜色に染まる。

 チチチチチチチチチチッ‼

 遅れること一拍、機関銃から発射された無数の弾丸が、続々と眼前で止まっていく。勢いを殺された弾丸は、思い出したようにポロポロと地面に落ちていく。とりあえず、ハチの巣にはならずに済んだらしい。

「シノ! どういうつもり⁉」

 桜色の向こう側では、ヒカリが鬼のような形相で捲し立てている。

「……安心しろ。魔力の障壁だ。外からは破れない」

 詩乃が耳元で囁き、腕を掴んで立たせてくれる。見回すと、桜色の膜のような物が半休状に展開し、あたしたちを包み込んでいた。

「答えろシノ!」

「口にしなきゃわからないか? 私はこっちに付くってのが」

「……『太陽ルチル』を、魔法少女を裏切るの?」

「おもしろいこと言うな、ヒカリ。私がいつ、お前たちの仲間になるって言った? 一から十まで思い出してみろよ。一言も言ってないはずだけどな?」

 怒気を含んだヒカリの問いかけに、詩乃は億劫そうに答える。

「この──‼」

 詩乃の挑発を受け、ヒカリの表情が怒りに歪む。声を荒げすらしないものの『めちゃくちゃ怒ってる』ってのは伝わってくる。

「お前たちとの付き合いもここまでだ。……私は、私の信じる正義で動く!」

 啖呵を切り、詩乃は縫い付けられていた『太陽ルチル』の組織紋をビリッと破り捨てた。

「……そうですかそうですか! そりゃあご立派なことね! でもさーシノ、どうすんのこの状況? 壁の中に逃げ込んでも何も変わらないわよねぇ?」

 ヒカリは吐き捨て、障壁に肘を付いて偉そうに寄りかかる。

「ナツ」

「──『快刀乱魔』」

 言うが早いか、あたしは獲物の名を呟き、それが闘剣として顕現するのも待たず、眼前の障壁に叩きつけた。

 サクッ──

 時間差で形成された刃は、小気味のいい感触を右手に伝え、障壁を貫いた。

「……え?」

 そして漆黒の炎を帯びた切っ先は、ヒカリの胸に吸い込まれるように突き刺さっていった。

「……へ? な、に──」

 起こったことを確かめるように、ヒカリは胸に刺さる闘剣とあたしを交互に見る。

 あたしのもう一つの魔兵装『快刀乱魔』は、魔力で形成されたものは容赦なく切断する。当然、魔力で作られた障壁だろうと例外ではない。

 詩乃がこの結界をわざわざ『魔力の障壁』と教えてくれた時、すぐに『これをやらせるつもりだ』と悟った。そのためにヒカリを怒らせ、障壁ギリギリまで誘い出したことも。

 これぞ以心伝心の連携攻撃だぜ!

「あ……ああ、これで私もお終いか。呆気ないもんねぇ……」

 討伐されたという状況を理解したにもかかわらず、ヒカリはどこか落ち着いていた。志半ばで倒れる無念より、もう魔法少女にならなくてもいいのだという、安心の方が勝っているような気がした。

「あんたとは、魔の付かないところで出会いたかったわね。そしたら友達になれたかも」

「冗談じゃないわ。誰が……あんた……なん、か」

「そうかな? あたしあんたみたいなの、別に嫌いじゃないけど」


「────、────……」


 あたしは障壁越しに顔を寄せ、わずかな音で掻き消えてしまうほどの小さな声を、ヒカリの魔法少女として残す、最後の言葉を受け取った。

「ふぅ!」

 胸から闘剣を引き抜くと、ヒカリはそっと眼を閉じ、障壁にしな垂れかかるようにして気を失った。その姿を見届け、切先に灯った向日葵色の魔力塊を持ち歩いている小瓶に移す。

「──お姉ちゃん‼」

 ヒカリの後ろから、アカリが走り寄ってくる。

「お姉ちゃん! お姉ちゃん! お姉ちゃん!」

 アカリは顔をグシャグシャにしながら、ヒカリを呼び続ける。

 その反応から察するに、どうやら二人は姉妹だったようだ。ヒカリとアカリ。会議の時から名前が似ててややこしいなと思ってたけど、そういうことだったのか。

「う──っ! ひっ……お姉、ちゃん……っ!」

 アカリはすすり泣き、姉の身体を抱きしめている。あれだけエラそうにしていても、中身はやはり小学生。化けの皮が剥がれればこんなもんだ。

 気が付くと、いつの間にか風は収まり、森は静寂を取り戻していた。

 戦いの真っ最中だというのに呑気なもので、障壁を囲んだ魔法少女たちは、いきなり組織の副官が討ち取られた衝撃に、ポカンと口を開けて惚けている。

「……ありがとう詩乃。助かった」

 手を掲げながら、今しがた自分を救ってくれた恩人を労う。

「気にするな。危ない時はお互い様だ」

 普段と変わらない仏頂面で、傍らに居続けてくれる相棒が答える。

 お兄さんの手術代を貯める。今回の裏切りで、詩乃が魔法少女としてその願いを叶えることは、もうできない。

 自身が魔法少女になった動機。詩乃はその存在意義を曲げてまで、あたしの味方をしてくれた。この信頼には、一切の比喩なく命を賭けて応えなければ、魔女以前にあたしが廃る。

「私も腹を括る。こうなったら、最後までお前の道ずれになってやる」

 その姿からは本人の言葉通り、決めた道を進もうとする意志が宿っていた。

「やっぱ、あんたのケチんぼは一味違うね~!」

「だから言ってるだろ? 私は倹約家なんだよ」

 詩乃は鼻をフンと鳴らす、褒めろとばかりに胸を張る。

「あの先に、ケンがいるんだよね?」

「みたいだな」

 二人してケンが飛び込んだ亀裂を見上げる。あれが魔界なのか、その先には山脈のような地形が窺える。こっちの世界とは違い、全体的に茜色のような色彩に染まり、おどろおどろしい気配がここからでも伝わる。

「でも──」

「ああ。その前に──」

 詩乃は言葉を区切り、振り返る。

 視線の先には、未だに気絶したヒカリを抱き締めたままのアカリがいた。

「お前たち──人殺しがっ! 絶対に、許さないっ!」

 一通り泣き喚き、悲しみが怒りに変速したのか、アカリは鋭い眼光をあたしたちに向けている。頬に残った涙の跡が、障壁の光を跳ね返してうっすら光っている。

「そっくりそのまま返してやるわ。あんたが感じてるその気持ち、それがあんたたちに討ち取られた魔獣と、その家族の気持ちよ。よかったじゃない? 一つお利口さんになってさ」

「黙れ魔女が‼ お前もだ裏切者‼ 生きて、このまま帰れると思うな! お前たち!」

 アカリの怨嗟の声が響き、はっと我に返った魔法少女たちが、思い出したように各々の魔兵装を構えなおす。

「障壁解除ののち散開。私は無力化、お前は討伐だ。合図したらまず前方に──」

「狩れ! 狩れっ! 狩れぇっ!」

 すっかり馴染んだ認証呪文を口ずさみ、漆黒の炎が全身を舐めまわす。魔装衣が形成されるのも待ち切れず、待ったなしで走り出す。

「おい、ナツ! 解除してからだって──」

 詩乃の静止を背中で受けて止め、変身と同時に鎌形態に接続した『兵香槍攘』と『快刀乱魔』を振りかぶり──

 パキィィンッ!

 ──立ちはだかる障壁を自らぶち破った。

「──っ! 殺せぇぇーー‼」

 アカリの絶叫を合図に、魔法少女たちが殺到してくる。

「よくもヒカリをやりやがったなぁ!」

「……消えな、さいっ!」

 先鋒として突っ込んで来たのは二人。左側に夕焼け色の鉾槍(ハルバート)。右側からは若草色の大槌。

「……ほい! はあっ!」

 夕焼け色初撃を鎌で受け流し、よろめかせたところに一発、顔面に拳をお見舞いする。

「へぶ……っ!」

 絵に書いたように鮮やかな鼻血を散らし、一度下がろうと試みる夕焼け色。

「させるか、よぉ!」

 突撃で一気に距離を詰め、その襟首を掴み上げる。

「うぐ──この!」

 まだ幼さの残る気の強そうな顔が一転、あれよあれよと驚愕に染まる。

北斗(ほくと)!」

 捕らえられた相方を救わんと、若草色は大槌を目いっぱいに振り上げる。

「だったら! 返してあげるってーの!」

 もはや用済みとばかり、若草色へ夕焼け色をぶん投げる。

「……危ない!」

 突如自分に飛んでくる夕焼け色を前に、若草色は今まさに打ち込もうとしていた大槌を手放し、その身体を抱き止めた。普段も仲がいいのか、互いを想い合う見事な判断だ。

「でも残念! そこは避けるべきだったわね!」

 晒した隙を逃さず、組んず解れつしている二人の側面に回り込み、両名もろとも鎌の刃を突き立てる。我ながら見事な二枚抜きだ。

「がは! 嘘だろ……⁉ ()希那(きな)

「……卑怯、者!」

 ついぞ一匹の魔獣も狩れなかったであろう二人の恨み言を聞き流し、事務的に魔力塊を回収。次の目標に意識を切り替える。

「小癪な……行きますわ!」

 次にかかって来たのは深海色の鞭使い。着崩された着物が場違いに色っぽいお姉さんだ。この人が少女を自称するのは、ギリのギリでダメなんじゃないかと思う。

「はぁ! えいやぁっ!」

 ビュンビュン!

 握られた鞭で幾重にも風を切り、深海色は巧妙にあたしの退避箇所を潰していく。

「いよっと! うおっと! うあ、ヤベ⁉」

 やりあうこと数秒、繰り出された鞭が鎌に絡みつく。

「捉えました! さあ、みなさん今のうちに──」

「ほーん。で?」

 ドヤ顔している深海色を余所に、あたしは鎌を力任せに引っ張った。

「うえ⁉ え、ちょっ──なんで⁉」

 こちらが動くとは考えてなかったらしく、深海色は姿勢を崩してこちらにつんのめる。鎌が封じられたぐらいで動けなくなるなんてこと、絶対有り得ないのにね。

「え? そんな、ちょっと待──」

「待たねーよ」

 そのまま右手を胸元に引っかけて力任せに着物を引き裂くと、プルンという音が聞こえてきそうなくらいの、女性であれば誰しもうらやむ豊満な乳房さんがこんにちはしてきた。

「い、いやぁぁーー‼」

 魔装衣の色に反して、深海色は顔を真っ赤にしてしゃがみこんでしまう。露わになった胸を隠すため、鞭まで投げ出してしまう始末。

「はいはいー。お疲れ様でーす! ──いよっと!」

 その縮こまった背中を、サッカーボールよろしく蹴っ飛ばし、様子を窺っている三人組へシュート。見事な三点先取。ちなみにルールとかは知らん。

「後ろががら空き!」

「死ねよ魔女がっ!」

 切羽詰まった金切声に首だけ動かすと、背後から新たな二人が飛びかかってきていた。曇天色に深森色。両方ともに闘剣を握りしめ、血走った形相でこちらを捉えている。

「──迅‼」

 さっきまで吹き荒れていたものと同等の突風が、横合いから二人をかっさらう。

「言わんこっちゃない! 背後に気を配れ! 勝手に動くな! 援護ができん!」

 要点を抑えた的確なダメ出しの数々が、後ろから聞こえてきた。

「ごめんごめん。抑えられなくてつい」

 謝りつつ、飛ばされた方々へ視線を送る。

「い、痛い……痛いっ!」

「うぐ……っ! ちっく、しょ──」

 当の二人は全身血だらけ傷だらけになってもがいていた。

「うへー痛そー。えげつないことするなー」

「お前こそ、なんて足癖の悪い魔女だ」

「最高の褒め言葉ね。 てか、裏切者さんが人のこと言える?」

「だな。さて、もう一仕事だ! 互いに位置を把握しつつ叩くぞ!」

 背中合わせでお互いを皮肉り合う。こういうのなんかカッコいいな!

「がってん! 後半戦開始ぃ!」

 背中で語り合い、あたしたちは迫る魔法少女たちに向かって再び走り出した。



「──んま! ざっとこんなもんかしらね~?」

「『太陽ルチル』壊滅だな。これでしばらくは大人しくなるといいが」

 すべてが終わり、すべてが過ぎ去った戦場を見渡す。

 この場にいる魔法少女のうち、半数は確実に討伐した。もう半数も軒並み手負い揃い。誰もかれもが負傷箇所を抑えて苦痛に呻き、無傷で立っている者など一人もいない。

 後半戦もあたしたちの独壇場だった。

 まず、こいつらは人間相手の戦闘に慣れていない。

 これまで魔獣相手にしか戦ってこなかったのだから無理もないが、あえて隙をさらして油断を誘う。軽口を叩いての挑発、情報の収集など。とにかく駆け引きがからっきしだった。

 次に連携のなさ。

 いくら頭数を揃えていようと、統率を欠いた集団が同時に攻撃できるのなんて、精々二・三人が限度だ。それ以上増えてしまえば、不用意な接触や同士討ちの可能性もある。こうなってしまえば、一対十だろうと一対百だろうと、結局一対一の連続でしかない。

 ましてあたしの背中を守ってくれるのが、魔の付く付かないに関係なく最も信頼できる相棒とくれば、恐れるものなど何もない。

 そして最大の利点。魔法少女には、魔女を討伐する手段がない。

 魔法少女は魔獣を討伐することのみを前提に生み出された存在であり、魔獣相手ならともかく、魔法少女同士で討伐し合うことなど、はなから想定されていない。

 それっぽくキメていたヒカリと、悩み抜いてくれた詩乃には申し訳ないけど、魔女にならないことを誓わされようが、錫杖でタコ殴りされようが、あたしは知ったこっちゃないのだ。

 当然、攻撃をもらえば痛くもなるし苦しくもなる。しかしそれを補って余りある安心感が、あたしの前のめりな戦法を後押ししてくれていたのだった。

「これなら、『太陽ルチル』の撤収も大丈夫そうね」

「そのために半分残したからな。全部討ち取ってたら魔界に行くどころじゃない」

 討伐した魔法少女は、魔力喪失の影響でしばらく気を失ってしまう。

 よってここにいる全員を討伐はせず、介抱させることも織り込んである程度残しておく必要があった。もちろん、これから魔界に殴り込みをかけるに際し、追撃されないように弱らせておくという側面もあるけど。

「じゃあ、行こう。なんかあの穴、さっきより縮んでるっぽいし」

 見ると、ケンが飛び込んだ亀裂は、できた時に比べてだいぶ小さくなっていた。眺めているこの瞬間も、ヒビの端っこが時間を戻すようになくなっていきている。

「空間を無理矢理つないでるから、元に戻ろうとする力が強いんだろ。急ぐぞ」

「あいよ。さっさとケンを連れ戻して──」


「待てっ!」


 声に振り返ると、魔法少女が一人立っていた。確かめるまでもなくアカリだ。ずっとヒカリのそばにいたから、その姿は傷一つついていない。

「まだ決着はついてない! 戦え! 逃げるな‼」

 アカリは捲し立てる。誰もが疲労困憊の中、未だ戦意は衰えてはおらず、両の瞳はあたしたちに対する憎悪で満ち満ちている。

「ちぃ! ……往生際の悪い。ナツ、仕上げにあいつを──」

「待って詩乃。あたしが話すから」

 苛立たし気に舌を打つ相棒を制し、小さな魔法少女へと進む。

「どうした? 来いよ! 戦えよ魔女‼」

「……アカリ」

 わがままな子供を諭すように、アカリの両肩に手を置く。持てる勇気のすべてを注ぎ込んでいるのか、身体はわずかに震えている。

「見てわからない? あんたの仲間は半分討伐、半分も虫の息よ。これ以上の戦闘は無理だから、回復を待ってみんなを家に帰してあげなさい」

「ふ、ふざけるな! お前たちでやっておいて、なんだその言い草⁉ まだ……まだわたしがいる! わたしと戦え! 魔女!」

「それはできないわ。あんたにはここにいる全員を送り届けてもらうんだから。もちろん、あんたじゃ戦っても勝負にならないしね」

「だ、だとしても──」

「勘違いしてるようだけどアカリ、あたしたちが逃げるんじゃなくて、あたしたちがあんたたちを見逃してあげるのよ。ほら、ヒカリを一人にしていいの? ──じゃあね」

 最後にそれだけ言い残し、アカリの肩から手を放す。

「甘いな」

「知ってる」

 鋭い視線を飛ばしてくる詩乃をそれっぽくやり過ごす。改めて亀裂を見上げると、隙間は人一人通れるほどしか残されていなかった。

「先に行く」

納得していないという顔を隠そうともせず、詩乃が飛び込み、あたしも続く。

「この……魔女が‼」

 背後から、アカリの絶叫が聞こえたが、今度は振り返らなかった。



「ふう……ここが魔界か」

 亀裂を潜り抜けると、そこは魔界だった。

 見上げた空も、遠くに見える山々も、何もかもが茜色に染まり、わずかな濃淡の違いがそれらの境界を区別している。辺りを見回しても、木の一本も草の一本も見当たらない。ひたすら荒れた大地が広がっているばかりだ。

「……あ、アレ? 穴がないっ!」

 まさかついてこないだろうなと思って亀裂を確認すると、ギザギザした山脈が果ての果てまで続いていた。

「ちょうど塞がったみたいだな。……ナツ、もう少し緊張感を持て。ここが魔界のどの辺りかは知らんが、敵地なことには違いないんだからな」

 周囲に気を配りながら、詩乃が忠告してくる。

「そうね。……でもどうやって帰る?」

「来てすぐに帰り道の心配とは余裕だな。とにかくケンを探すぞ」

 こらちの返事も待たず、詩乃は風の呪文を唱えてブワっと浮き上がる。

「あ、ちょっと待って詩乃!」

 あたしも急いで『兵香槍攘』を呼びだし、そのあとを追う。

「……とは言ったものの、どこから探せばいいのやら。ナツ、何か見えるか?」

「いた! 詩乃、あそこ!」

「早⁉ なんだこのご都合主義……」

 思いの外っさりとケンは見つかった。そこらじゅう茜色の世界とあって、あいつの白く輝く毛並みはよく目立つ。

 ケンの前には、同じように発光する人のようなものが立っていた。あの大きさのケンと一緒にいて、違和感がないということは、結構な大きさだ。

「あれが魔王、なのかな?」

「あの犬っころの言ってたことが本当ならな」

「うん。どうしよう」

 ひとまず遠目から様子を窺ってみる。あれに割って入らなければならないことを考えると、さすがに無策というわけにはいかまい。

「ねえ、詩乃。あたしを強化してくれるような呪文ってあったりする?」

「おう、あるぞ。強化の呪文だな。待ってろ──」

「……あるんだ」

 そんな打てば響くように返事が返ってくるとは思わず、うっかり口が滑ってしまった。

「は? お前が聞いてきたんだろ。で、どうすんだよ。いるのか?いらないのか?」

 と、明らかに気分を害された風の顔をしている詩乃さん。

「す、すみませんでしたいります超いりますお願いします!」

 両手を合わせて謝り倒す。ここまでいろいろと迷惑かけてるし、これ以上刺激してしまうと本気の本気で爆発されかねない。

「……よろしい。じゃあいくぞ──」

 詩乃は錫杖を構えなおし、そっと眼を閉じる。


「『捨ててだに、この世のほかはなき物を、いづくかつひの、すみかなりけむ』──援‼」


 詩乃が呪文を唱え終えると、錫杖から乳白色に発光する球体が数個飛び出し、周回するようにあたしを囲んだ。それらはゆっくりと近づき、身体に触れる寸前で、パンッ! と、風船が割れるように弾けた。

「うお⁉ え、ちょっと……何これどういう──」

 球体がより小さな光の粒となって、あたしの身体を包み込む。粒はだんだんとあたしの中に馴染んでいき、やがて消えていった。

「……おお! おお、スゲーッ! なんかさっきよりスゲーッ!」

 さっきまでの疲れが嘘のようになくなり、身体が軽い。頭もすっきりし、自分にとって都合のいいこと以外、どうでもよくなってくる。我ながら語彙力に乏しい感想だが、そうとしか言いようのない全能感が全身を駆け巡っていた。

「腕っぷし、スピード、心意気。その他諸々が当社比一・五倍だ。有効時間は五分。それまでに決めてこい! 絶対ケンを連れ戻せ!」

 珍しく熱苦しい激を飛ばし、詩乃は風呪文の効力を失い、ゆっくりと降下していく。

「ありがとう! ここで決めるわ!」

 またがっていた『兵香槍攘』を握りしめ、角度を下にずらして狙いをケンに定める。

 今のあたしは一・五倍、元の姿に戻ったケンだとしても、寝ぼけた性根を叩き直すくらいはできるはずだ。

「行くわよ犬っころ!」

 自らの啖呵を合図に突撃を発動。落下の勢いも上乗せして加速する。強化されていることも含めて、これまでで最高速度だ。これまでとは比べ物にならない速さで、ケンの姿が大きく鮮明になっていく。


「ケェェーーンッ‼」


《な⁉ 棗⁉ どうしてここに──ギャンッ!》

 ケンは咄嗟にキュッと身をよじり、突撃を回避した。急な軌道修正もできず、初激は胴をかすめるに留まった。

「──んの、バカが‼」

 深々と大地に刺さった『兵香槍攘』は捨て置き、とりあえず横っ腹に拳を叩き込む。

「何してんだよお前! 魔王に会って! 話し合うんじゃ! なかったのか! よぉ!」

《な──棗……っ! やめ──話を……き、聞いて──キャウンッ!》

「お前が真っ先に戦ってどうするんだよ⁉ お前がここに辿り着くまで、どれだけの魔獣が狩られて、傷ついたと思ってんだ⁉」

《それはもちろんわかっています! だからそここうして──》

「それを台無しにしようってんなら、あたしがお前をぶっ潰す!」

《棗、誤解です。お願いですから話を──》

「あ~痛ぇ~な……だったら──」

 いい加減殴り疲れ、刺しっぱなしの『兵香槍攘』を力任せに引き抜き──

「せぇーのっ!」

バチィィーンッ! バチィィーンッ!

 そのまま穂の部分を持ってケンに打ち付ける。

《キャン⁉ な、棗! 待──キャウン!》

「おら! なんとか言ってみろよ! ケンッ! おいっ!」

《や、やめて──詩乃、詩乃はいますか⁉ お願いします助けて~っ!》

「お、おいナツ! 待て、やめろ! おい──」

 突然、両腕の自由が奪われたと思ったら、詩乃が耳元で叫んできた。

「止めないでよ詩乃! ここでこいつの眼を覚ましてやらないと──」

「いや、だから! やめないとそいつ目覚めるどころか死んじまうぞ⁉」

「…………へ?」

 間抜けな声を出してしまった直後、突然ケンの身体が発光した。

「うお──⁉」

 先程の逆回しのように、ケンの身体はみるみるうちに縮んでいく。その光景を呆然と眺めていると、ほどなくして変身する前の大きさへと戻った。

《……あ、ありがとうございます詩乃。助かりま、した……》

「……どういたしまして」

 光が収まると、毛はボサボサでところどころに腫れのできたケンが現れた。

 ケンはいささかぎこちない足取りで、トボトボとあたしの前にやってきた。

《棗、何か私に言うことはありますか?》

「う……っ!」

 なんともバツの悪い雰囲気の中、ケンの第一声が、無音の魔界に響く。

「え、あ……その……な、何が?」

《聞こえるように言いました》

「っ! ……な、なんかそのボロボロ感……あんたを拾った時思い出すわね!」

《どの口が言いますか》

 文字通りの意味で、身も心もヨレヨレの状態であたしを見上げてくるケン。

「うっ! ……ご、ごめん……なさい。なんか……いろんなこと考えてたら、頭に血が昇っちゃって。こ、これもあたしの中に眠ってる『狂気』のせいかな? なんて──」

《それはただの思慮不足です。私を亡き者にし、魔獣の王にでも君臨するつもりですか?》

 ケンの抗議に、脂汗やら冷や汗やらが引っ切り無しに出てくる。危ねー危ねー。あと一歩であたしがこの世界の王になるとこだった。

「だーっ! なんだよ! いきなりでっかくなって飛び出してったら魔王のとこ乗り込んで直接対決する気だって考えるだろ⁉ 必死になって止めるでしょ⁉ あたし間違ってるかな⁉」

「そんなの当然だ。ケンが怒ってるのは、ちゃんと相手の言い分も聞いてやれって話だよ」

 醜い言い訳をしているあたしに、詩乃が容赦なく追い打ちをかける。

「そ、それはそうなんだけど──」

「わかってんなら、ホレ──」

 詩乃はあたしのお尻をポンと叩き、ケンの前に突き出した。何をするべきかわかっているなと、眼だけで念を押してくる。

「……す、すみませんでした。……ケン」

 踵を揃え、腰を折って頭を下げる。我が国伝統の、かつ模範的な謝罪だった。

《……もう二度と、私を袋叩きにしないと誓えますか?》

「いやそれは無理。今後あんたがバカやらないとは限らないし。その時はまた止めるし」

《小娘が──っ! ……いえ、わかりました。今日のところは、よしとします。……はあ》

 罵倒の一つもくるかと身構えたが、ケンは途中で言葉を飲み込み、疲れ果てたように引き下がった。良くも悪くも、あたしという人間を理解してくれているようで何よりだ。

「……んで、さっきからここに突っ立ってる巨人が、魔界の魔王さんってことでいいのん?」

 この流れをズルズルと引きずっても気まずいだけなので、強引に話を逸らす恰好で物言わぬ巨人を指さす。

《いかにも。主、もう大丈夫ですよ》

 ケンの合図に巨人は、ケンと同じく光の粒をサラサラと散らし収縮していく。

「……ん? ん?」

「え? そんな縮むの?」

 光の巨人はどんどん小さくなり、ついにあたしと詩乃の背丈も下回ってしまった。

「「は?」」

 光が治まると、びっくりするくらいぴったりと詩乃と声が重なった。


「やあ、四ヶ郷棗さん、赤岩詩乃さん、初めまして。ぼくが魔王です」


 魔王は少年の姿をしていた。

《その姿で会うのは久しぶりですね、主》

「そうだね。懐かしいね」

 微笑みを浮かべてケンの頭をなでるその少年は、どこにでもいる休日に犬の散歩をしている少年のそれにしか見えない。

 小学校高学年くらいか? さっきまでやりあっていたアカリと同い年くらいに見受ける。ていうか、最近やたらとこの年代に縁があるな。

「ん? どうしたの二人とも。ずっと固まってるけど?」

 キョトンと首を傾げる自称魔王。

「………………」

 言葉が出てこない。聞きたいことは山のようにあるけど、その山をどういう段取りで処理していけばいいのか、まったく考えられない。

《主、二人は主の姿を見て驚いているのですよ》

「ああそっか、そうだったね。ぼくたち魔人族は、赤子で生まれて年寄りで死ぬというわけではないんだ。年齢や容姿なんかは、見せかけでしかないから」

「……理由になってなくない?」

 なんとも複雑な心境だ。魔王っていうくらいだから、しわくちゃの仙人的な爺さんか、精々筋骨隆々なおっさんみたいなのかと思ってたら、とんだ変化球だ。

「あの……とりあえず、なんでこうなってるか、説明していただけます?」

 よくわからんが、なんでか敬語で尋ねていた。



《立ち話もなんなので》と、ケンが言うもんだから、みんなしてその場に腰を降ろして話を聞くことに。魔王・獣王・魔女・魔法少女が魔界で車座になるとか、どんな混沌空間だ?

「──と、いうわけなんだよ」

《はい》

 ケンが合いの手を挟み、魔王は話を締めくくった。

「ええっと、つまり──実は魔王側も息子に反乱起こされて、今まで魔界を逃げ回ってて、ケンの反応を察知して呼び寄せた。と」

いろいろと長ったらしい説明ではあったけど、まとめるとそういうことらしい。

《その通りです。さすが棗、理解が早い》

 魔王の前で浮ついているのか知らないが、やけにケンの機嫌がいい。別にいいんだけど、まるで自分の手柄みたいな顔してるのが腹立たしい。

「事情はわかったわ。とりあえずこれだけは言わせて──」

 首を軽く回して、深呼吸を数回。腕の関節も適度に柔軟して解し、息を大きく吸う。

「──揃いも揃って息子に寝首掻かれるとかどんだけ無能なんだよお前ら⁉」

 なんかもう、いろんな部分が限界で言わずにはいられなかった。

「《いやぁ~~お恥ずかしい》」

 揃って頭に手を当てて、申し訳なさの欠片もないケンと魔王。

「二代目が跡を継ぐとロクなことにならないってはっきりわかんだな……」

 隣で詩乃も呆れ返っている。こっちはこっちでまた違う切り口で辛辣だ。

「逃げ回ってたって、あんた魔力は? 魔法少女から定期的に送られてくるんでしょ? それで戦うなり、こっちに逃げるなりできたはずじゃ──」

「あー、実はその補給路もあっちに押さえられちゃってて、一応魔力は使えるけど、それもそう多くはないんだ。だから君たちの世界にも行けなくて……ゴメンね」

「…………」

 電気止められた苦学生かこのガキは⁉ 魔の付く連中って詰めが甘いのばっかだな!

《という現状も鑑みた上で、お願いなのですが──》

 そこでケンは居住まいを正し、詩乃の方を向いた。

《詩乃、我らとともに戦ってはくれませんか?》

「わ、私か?」

 唐突に話の矛先が変わり、面食らう詩乃。

《はい、あなたです。先日はあくまで取引。利害の一致による共闘でしたが、今回提案するのは、正式に我らの同志として魔法少女と戦ってほしいというお願いです》

「うん。ぼくからもお願いするよ」

「……そう、きたか」

 一人と一匹の要請に、詩乃は面食らっている。

 詩乃にしてみれば、これは魅力的な申し出だろう。あたしを助けてしまった以上、魔法少女側には戻れない。かと言って、一度こんな抜け道知ってしまえば、再びバイト付けの日々なんてバカバカしくて考えられないだろうし、まさしく渡りに船だ。

 詩乃の家庭事情を知っていながら交渉を持ちかけるケンも、相当意地が悪いけどな。

「願ってもない話だな。けど──」

《報酬が入用でしたら私が引き継ぎましょう。単価はこれまで通りとして、魔獣一体救うごとに。というのではいかがですか?》

「え、いや……そうじゃなくてだな──」

「引き落とされる分の魔力ならぼくにまかせて。それくらいだったら補ってあげられるよ。魔力の運用量が増えれば、今までよりずっと戦いが楽になるよ」

「……う、うん……」

 何か喋る度にどんどん好待遇になっていくな。あたしそんなの一言も言われたこと一度もないんだけどな~。

《詩乃、改めて聞きます。魔獣を守るため、我らと戦ってはくれませんか?》

 考える暇を与えず決断を迫るケンと魔王。作戦としてはアリなんだろうけど、結してお行儀のいいやり方ではないわな。

「……魔獣を狩って金を稼ぐより、魔獣を守って金を稼ぐ方が、いいに決まってる。お前たちに言われなくても、これまで狩ってきた分はきっちり償うつもりだった」

 詩乃は下を向いたまま両手を強く握りしめ、耐えるように囁いた。

「戦いは足し算引き算で済む問題じゃないってことは理解してる。虫がいいのは百も承知だ。それでも、もし叶うなら、私を使ってほしい」

 詩乃は深々と頭を下げ、ケンたちに応えた。後悔・無念・決意、様々な想いが詰まったきれいな礼だった。口に出したらまた殴られるかもだけど、実に男らしい。

「あたし、あんたが助けてくれた時、スゲー嬉しかったよ」

 偽りない、本当の気持ちだ。

 頭では理解していた。あの状況で『友達』より『家族』を優先する詩乃の選択は、仕方のないことだと。それでも詩乃は錫杖を取り、あたしの味方をしてくれた。

「だから顔上げなさい。これからは、互いに背中合わせで戦うんだから!」

 できるだけ明るい口調で話しかけ、詩乃の肩に手を置く。

《左様、我々があなたを選ぶのは、棗と友人だからだけではありません。あなたが過去を振り返り、その上で未来を見つめることができる方だからです》

 あたしに便乗するように、ケンの饒舌が畳みかける。

「……ありがとう」

 小さくそれだけ言うと、詩乃はようやく頭を上げた。

《ではまず、二人の帰り道から作らねばなりませんね》

「二人? あんたたちは一緒に帰らないの?」

 意外だった。てっきり魔王も一緒にこっちの世界に行くもんだと思っていた。

《ええ、こうして主とも再会できたのです。しばらくはこちらに留まり、争いを止める手段を考えたいと思います。ああ、念話は可能ですので、いつでも連絡できますよ。心配なく》

「いや、別に寂しいわけじゃねーよ?」

 勘違いされてもイヤなので、そこだけはきっちり否定する。そもそも教えてもらってねーしね念話なんて! とりあえず今度、詩乃に教えてもらうかな。

「……まあ、それならいいけど。魔獣の反応があったら、ちゃんと教えなさいよ?」

《わかっています。授業中でも入浴中でもすぐさま知らせます》

「そこは気を遣えできる範囲でいいから!」

「二人とも~! 準備完了だよ~」

 あたしたちの騒ぎを余所に、魔王がすでに座標転移を地面に構築していた。……こいつはアレだね、授業でふざけたフリして自分だけは試験でいい点取る類のアレだね。

「はいはい、わかってるわよ」

「よろしく頼む」

 詩乃を連れだって、二人して光る座標転移の上に立った。

《では詩乃、棗を頼みます。敵陣に深く切り込み過ぎるのが心配でしたが、あなたがいてくれるなら安心です》

「肝に銘じておく。ついさっきそれで手を焼かされたばかりだしな」

「ちょっ──なんだよそれあたしがじゃじゃ馬みたいな言い方⁉」

 一人と一匹のはれ物扱いに、声を荒げる。てか、会話の流れ的にあたしが途中加入したみたいで納得いかない。

「違うのか?」

《違うんですか?》

「ちっげーよっ! あたしだってちゃんと考えて突っ込んでるんだよ!」

 さっさまでの空気はどこへやら。あたしたちらしいと言えばそうかもだけど、今日くらいはしんみりまったりしてもよかったのにと思う。

「じゃあ、まったね~っ!」

 呑気な魔王の言葉を最後に、視界が闇に包まれた。



「…………おお」

 見上げると星空だった。

「ちゃんと、帰ってきてるわよね?」

「みたいだな」

 キョロキョロと周囲を確認。前のフェンスから下を見下ろすと、田畑の合間を縫うようにして、ポツポツと街灯の明かりが見えるが、それ以外は真っ暗だった。

 音も遠くから虫の鳴く声がほんのわずかに聞こえてくる程度。人の気配など微塵もない。こんな田舎町、日が暮れたら家に帰るしかないもんな。

「──って! ここ学校の屋上じゃん⁉ どうすんのさ自転車家だよ?」

 ガシっとフェンスを掴み、これから徒歩で帰る面倒くささを思い項垂れる。

「いや、普通に変身して帰ればいいだろ? 誰も見てないんだし」

 詩乃の冷静なツッコみが横からえぐり込む。

「ああ、そっか。……そんなこともできたわねそういえば」

 詩乃に指摘されるまで失念していた。夕方からこっち、魔法少女に嵌められたと思いきや魔界に乗り込んだり、充実の出来事続きで思考回路が限界だ。

「ねえ詩乃、せっかくだから家で夕飯食べてかない? どうせバイトで遅くなるって言ってるんでしょ? 正式に手を組んだんだし、お祝いも兼ねてどうよ?」

 このまま別れるのはもったいない気がして、咄嗟に誘っていた。記念日云々を言うつもりはないけど、景気付けの意味でもこういうことは大切だ。

「嬉しい誘いだが、急に押しかけて大丈夫か?」

「いいわよー。……どうせ作るのあたしだから」

「魔界から生還したってのに飯を作るのはお前なのか……?」

 我が家の決まり事を聞いて、詩乃が複雑そうな表情に。

「まあ、母さんもいたし、さすがに何もしてないってことは……ないと思う。たぶん」

 過去の実績から推察するに、自信をもって『はい』と言えないのが情けない。

「……とりあえず行くか?」

「そうね、うん。行こう行こう……」

 妙な雰囲気になりながらも、本日何度目かの変身をして、あたしの家を目指すのだった。



「ほい! いったよ!」

《はい、主!》

 パシッ!

「「………………」」

 帰宅すると、魔王とケンが庭で遊んでいた。

 人がフリスビーを投げて、犬に『取って来い!』っていう一連のアレだ。ケンがフリスビーを咥える姿も様になっていて、受け止める時のジャンプは躍動的の一言に尽きる。

《おや、棗に詩乃。おかえりなさい。少々遅かったですね》

「やあ、お二人さん、さっきぶりだね。お邪魔してるよ!」

「………………」

 あっけらかんと言い放つこいつらを前に、あたしは思ってしまった。

 ──魔界二大勢力の頭同士がこれやってるの見せつけられたら、そりゃ魔人も魔獣をペット扱いしたくなるわな──と。

「………………」

 隣で詩乃も『そういうことか~』とでも言いたそうな顔で塀に手をついていた。

「…………お前ら何してるん?」

 本当はこのまま家に入って寝たい気分だったのだが、これを聞かないとこには話が進まないので、苦渋の決断で問いかける。

「いや~。君たちを転移させたあとにね、あっという間に急進派に見つかっちゃってさ」

《ええ、あちこち逃げ回ってようやく転移で撒くことができました》

 気軽に言ってのける一人と一匹。いつも油断すんなとか口酸っぱく言ってるクセになんてザマだ。こいつらの危機管理意識ってどうなってんだろ?

「で、せっかくだから、ぼくもここに厄介になろうかなってね」

「……はぁ⁉」

 涼しい顔してサラッと爆弾発言してきたよこの魔王。

《名案です、主。なんでしたら棗の弟というのはどうでしょう?》

「いいね! やることは山積みだけど、また楽しくなりそうだよ」

 ケンも乗っかるように同意し、互いにじゃれ合う魔界の二柱。

「いや、ちょっと勝手に決めないでよ! 母さんたちにも相談しないで──」

「あら? 私は大歓迎よ。ねえ、あなた?」

「うん。実はね僕たち、男の子も欲しかったんだよ。まさかこの歳で叶うなんてね」

 騒ぎを聞きつけてか、縁側から父さん母さんが顔を出す。

「いつからそこにいたまた盗み聞きか⁉ いやいやいや! こいつあなたたちの何十倍っていう悠久の時を生きてますから! 親より年上の息子ってどんな親子⁉ てか、歳以前に息子が魔王ってどんな家族構成だよ⁉」

「あら、娘が魔女っていうのも早々ないと思うけど?」

「んぐぅ! そ、それとこれとは──っ!」

「やめなさい、棗。子が親に口で勝とうなんて百年早いよ。いいじゃない魔王の一人や二人」

 父さんの援護射撃により、あたしの反論があっけなく封殺された。あんたらにそれ言われたら、何も言い返せないじゃんよあたしは⁉

「え~、マジか」

 目まぐるしく変化する状況の中、あたしはストンと庭にへたり込んでしまった。つか、ツッコみ連打で頭痛くなってきた……。

「さあ、みんな上がって。今日は私が夕飯作ったから。詩乃ちゃんもたくさん食べてってね」

「ありがとうございます。お邪魔します」

 庭でくずおれたあたしに見向きもせず、みんなしてゾロゾロと家に入っていく。自分の家なのになんだこの疎外感は⁉

「ちょっ──待て! わかった! ここに住むのはいい! だからせめて……せめて従弟ってことにしてくれ頼むから~‼」

 あたしの願いは誰の耳にも素通りされ、夜空に虚しく響き渡るのだった。


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