エピローグ
チーン。
「──」
仏壇横の鈴を鳴らし、眼を閉じて静かに手を合わせる。
『棗、俺が死んでも仏壇で拝むのはやめてくれな。そこに俺はいないし、んなことするくらいなら時々でいいから思い出してくれ。そうしてくれた方が俺は嬉しい』
じいちゃんが亡くなる前にあたしに言った最後の台詞だ。カッコよすぎだろあのジジイ。
まあ、空気的にやらざるを得ない場面もわりとあるし、結局ちょくちょくやっちゃってはいるけども。こればかりは形式重視って感じで大目に見てほしい。
もはや思い出の中にしかいないご老体に、脳内で言い訳。
今更恥ずかしくもないけど、あたしはかなりのじいちゃん子だった。
父さんたちが仕事でいない時も、いろんなところへ連れてってくれた。料理も直々に仕込まれ、食べてもらう人においしいと言ってもらえる喜びを早いうちから知ることもできた。
もしも父さんたちの帰りを一人で待っているような生活をしていたら、あたしは今のあたしではなかった。そういう角度から見れば、じいちゃんは今でもあたしの中で生きていると言えなくもない。いや、あの人の魂や心意気を、あたしは間違いなく受け継いでいる。
だからなのか、あたしは神社やお寺でお参りはしても、願いごとは一度もしていない。運命を切り開くのは自分自身であり、神様や死人の脛をかじる暇があれば努力すべしという、じいちゃんの考え方が好きだったから。
なのでここでも、戦勝祈願なんて犬も食わない験担ぎなんかしてやらない。
どうか見ていてほしい。あたしが──あたしたちが『砂漠の薔薇』をぶっ飛ばして、諸々の問題をキレイさっぱり片付けて、敵も味方も区別なく笑って帰ってくるのを。
じいちゃんを始め、額縁に納められた物言わぬ先代たちに心の声で啖呵を切る。
「ホントによかったのか? わたしまでお焼香上げさせてもらって」
「大丈夫大丈夫。居候だからって意地悪する人じゃなかったし、あやかっときな」
隣であたしの動きを真似ている灯子に、当たり障りなく答える。
「よっし。それじゃあぼちぼち征ってくるんで──うお⁉」
「ああ、行っちゃうのね、棗……っ!」
立ち上がりかけたところへ母さんが嗚咽を噛み殺し、放すまいと抱きしめてくる。次いで無言のまま、父さんがあたしたちを包み込む。
「愛してるよ、棗」
「──⁉ は、えぇ⁉」
耳元で囁かれた父さんの一言に、頭が真っ白になる。
『愛してる』なんて言葉、メルーピアルの映画くらいでしか耳にした記憶がない。ましてや面と向かって誰かに告げられるなんて。
「え、あの……いや──」
言葉がでてこない。
父さんと母さんを愛してるか愛してないかと問われたら、もちろん愛している。
毎日仲良く楽しくなんてわけないし、ケンカだって一昨日だけじゃなくたくさんしてきた。だけど家族ってのは、そういうのも全部ひっくるめてこそだ。まだ与えてくれたものばかりだけど、いつかあたしからも多くのものを渡したい。口にはしないけど、そう思っている。
「──あ……あた……し」
でも言葉がでてこない。でてこないものはでてこない。
「灯子ちゃんもいらっしゃい」
「え? は、はい──んぐぅ⁉」
手招きされるままホイホイやってきて、成す術なく取り込まれる灯子。かくして、家族全員でおしくらまんじゅう的な有様になる。普段なら恥ずか死ぬ状況だなこりゃ……。
「なんか……居候が気を遣わせてすいません」
「子供が遠慮なんてするんじゃないの。こんなおばあちゃんで申し訳ないけどね」
「何言ってんのさ、そこがいいんじゃないか。孫ができて僕は幸せだよ」
「いや孫じゃないが!」
暖かな雰囲気を問答無用でぶった切る。ツッコみは普通にでてくるようで安堵。
「棗……ちょっとは空気読みなよ。せっかくいい感じなのに」
「だからって嘘を垂れ流しちゃいかんでしょ!」
この空間を壊さなように黙ってるとでも思ったか? そうは問屋がなんとやらだ。
「昨日僕が言ったこと、覚えてる?」
抱擁を解きつつ、父さんがあたしの顔を覗き込む。
「……うん。覚えてる」
「難しいお願いなのはわかってる。だから無理はしないでいい。何があっても僕たちは怒らないから、ちゃんと帰ってきてほしい。……武運長久を祈る。で、いいんだっけ?」
暁軍式の敬礼で、父さんがあたしたちを送りだす。
「うん。わかった」
とてつもなく照れくさくて、それしか返せなかった。
「じゃあ、そろそろ行くから!」
無性に居たたまれなくなり、乱暴につっかけ履いて縁側から庭へ。
見上げる夏の空はまだまだ深夜に軍配が上がる時間帯。山の彼方が少しばかり明るくなり始めているものの、空はほとんど真っ暗だ。
「いいご両親だな」
灯子が背後から語りかける。
「毎日いろいろあるけど、この家に生まれてこれてよかったとは思ってる……かな」
「それ、言ってやれよ。絶対喜ぶぞ?」
「やだ、絶対。そういうあんたはどうなのよ? ──あ」
気まずくて咄嗟に言い返してしまい、またしても地雷を踏み抜く。何度目だよあたし……。
「……わたしの家族も、お前のご両親に負けないくらい優しくて、強い」
別段気に障った風もなく、灯子は答える。
『強い』に当てはまるのは、姉の晃子だろうか?
相手の気持ちになって考える優しさと、どこか世間知らずで放っておけない危うさを併せ持つ、一個上のお嬢様。『太陽ルチル』でも率先して前線に立ち、時に仲間を一喝する決断力もある。腕っぷしだけでなく、あの人は心身ともに強い人だと、あたしも思う。
「ありがとう。わたしを連れてきてくれて」
「何さ改まって」
「ちゃんと言ってなかったからな、一応」
「出撃前に縁起でもない。まさかあんたまであたしが帰ってこれないと思ってるわけ?」
急にしおらしくなった灯子に、いつもの軽口を投げる。この子はこの子で年相応に緊張してんのかな? やっぱり、飛戦隊から外して正解だったな。
「笑わせるな。お前みたいなしぶとい奴は、地獄に落ちても這い上がってくるクセに」
なんて心配も一瞬、灯子はいつも通りの毒舌で応戦してくる。
「はは! わかってんじゃないのさ。安心しなって。今回もいつも通りパパッと解決して、あんたの問題もなんとかしてやるって。立ち止まってる暇なんてないから」
「触んな! どさくさに紛れたって無駄だ」
雰囲気的にいけるかな~と頭に手を伸ばすも、案の定振り払われる。そうは問屋がなんとやらパート②か。着々とこの町に染まっているようで何より。
「そんじゃまあ──狩れ。狩れ。狩れ」
「煌めき輝け。変身」
近所迷惑にならない声量で承認呪文を唱え、二人そろって変身する。
あたしは暗緑青色の軍装に、灯子は快晴色の衣装と、己の馴染む魔装衣に身を包む。
「一、二、三四っと!」
二人で簡単な準備体操をして身体をほぐす。調子がすこぶるいいわけでも悪いわけでもないくいたって普通、つまりは絶好調だ。
「二人とも」《準備は整ったようですね》
じっと待っていた仁とその傍らに控えたケンが、引き締まった表情で尋ねる。
「応、いつでもいける」「わたしも問題ない」
《棗は飛戦隊の集結地点へ転移されます。詩乃たちも到着している頃合いでしょう》
「灯子はキャンデロロたちの方へ飛ばすよ。絶対成功させるから、準備して待っててね」
「あいよ」「頼む」
一人と一匹に促され、二人して用意された転移紋に立つ。
「お前は魔女だから死にはしないだろうが、精々気をつけろ。武運長久を祈る」
仏頂面で灯子が拳を突きだしてくる。
転移は同時でも行先は別々だ。あたしはケンと仁率いる飛戦隊。灯子はキャンデロロが指揮する地戦隊。順当に作戦が進めば、次に会えるのは昼の前後といったところか。
「あんたも最初暇だからって寝たりすんじゃないよ? 武運長久を祈る」
嫌味たっぷりで答え、拳を突き合わす。向こうさんは当然だとでもいうように、フンと鼻を鳴らす。
転移紋の発光が強くなる。いよいよ出発か。
「棗! 灯子ちゃん!」「…………」
部屋から母さんが手を振り、父さんは帽振れをして見送る。
戦空機が空母や飛空場から出撃する際、司令官から一兵卒に至るまで、他の人員はああして見送るのが通例だ。
あたしにとってはこの家が母艦であり基地。ここに帰ってくるまでが任務だと、今一度胸に刻む。家に帰るまでが遠足ってのは、あながち間違えじゃなかったんだな。
「「征ってきます」」
伝えたと同時、二人の姿が掻き消え、隣にいた灯子の気配も遠ざかる。あたしは意を決し、次に現れる景色に備えて気を引き締めた。




