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魔引きの魔女  作者: 片桐 楚江
〈激突編-上-〉
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第二章

 少しずつ鮮明になっていく第三八六二号島を、双眼鏡越しに見据える。

「……ふむ、ようやく見えてきおったか」

 下部は露わになった岩肌に、上部は高密度の雑木林。ここから見た限りでは武装の有無は判断できない。しかし、『砂漠の薔薇』なる一団があの島を不当占拠している以上、丸腰ということは絶対にない。

 独立を企てた反逆者共に忠罰下し、争いの芽を早期に摘む。もうすぐ退役というところに舞い込んだ最後の大仕事を前にして、気持ちが高ぶらないわけはない。

 表向きは太平の世となっているこの時世、出撃する機会はあっても取るに足らない反抗勢力の鎮圧や、災害時の物資輸送や緊急支援ばかり。無論それとて民を守り、国家を存続させるための立派な責務であり、気を抜いたことなど一度としてないと胸を張れる。

 しかしどれだけ世界の平和に貢献しようと、軍人の本分はやはり戦いなのだ。

「長官。間もなく本艦は、第三八六二号島を射程に捉えます」

 参謀の一人が揚々と報告してくる。平静を装っているつもりなのだろうが、いつもより声に張りがあり、気分が高揚しているのが伝わる。

「砲撃は重巡の射程に入るまで待て。入り次第、全艦で艦砲射撃開始。現在の高度は?」

「2000であります」

「800まで落とせ。あまり高いと狙い撃ちされる」

「……お言葉ですが長官。それでは島と同位高度となり、下部砲塔の砲角が取れませんが?」

「わかっている。まずは上部砲塔で島表層を焼き払い、施設の破壊を確認したのち高度を上げる。下部砲塔はそれから投入しても遅くはあるまい」

「し、しかし──」

「狙い撃ちされると言っただろう。下手な野心で兵たちを危険に晒せるものか。貴様とて五体満足で帰りたくないわけではなかろう。兵にだけそれを強いるのは愚将への第一歩である」

「か、かしこまりました……」

 なおも食い下がるので強めに言ってやると、向こうはシュンとして引き下がった。

「そんな顔をするな。私などここまでくるのに五十年近くかかったのだぞ? 出だしに多少のんびりしたところで大勢に影響はないよ」

 これから展開される作戦を頭の中で反芻する。

 手始めに戦艦と重巡三隻から撃ちだされる三式弾の雨が、三日三晩島へと降り注ぎ、生い茂る木々を一本残らず炭に変える。そうして丸裸になったところへ後方に待機させている陸戦隊三千名を上陸させ、籠城しているであろう地下施設を制圧する手筈だ。


 本来であれば艦隊に航空母艦を編入させたかったところではあるが、軍令部からは『滑走路もろくにない島相手に必要ない』という理由で却下された。

 最悪の場合、輸送船を護衛している軽空母をこちらに回す手も考えたが、ここまで一機の戦空機も確認していない状況から、軍令部の判断は結果的には正しかったと言える。

「……杞憂であるに越したことはない、か」

 仮に向こうが垂直離着陸可能な揚力機関内蔵の飛空機を隠し持っていたとしても、そのような高価な代物をテロリストが大量に用意できるはずもない。向かってきたところで小勢が関の山。その程度の羽虫であれば、艦隊の弾幕だけで十分に対処できる。

 敵と直接銃火を交える陸軍将兵たちには申し訳ないが、この作戦は海軍から誰一人として犠牲者を出さないように計画されている。

 気弱と陰口を叩かれようが、部下全員を確実無事に祖国の──故郷の土を踏ませることこそが、長官としての務めであり誉れ。個人の名声など二の次三の次よ。

「最後通牒はなされなくてよいのですか?」

「かまわん。この距離なら当に我らを捕捉している。降伏するというのなら向こうから一報入れてくるはずだ。テロリストに気を遣う必要などあるものか」

 味方を慮りこそすれ、敵に情けをかけるなどもっての外。投降する振りをして差し違えるなど言うに及ばず、中には自らの子供に爆弾を抱かせて走らせる外道までいる。

 戦場は人を狂わせる。中途半端な温情は、味方を危険に晒す一番の猛毒である。

「長官、通信が入っております。おそらく『砂漠の薔薇』からかと」

「言っているそばからきよったか。繋げ」

 通信士が慣れた手つきで回線を合わせる。耳障りなノイズののち、通信が繋がる。

『レビ=ラルダ艦隊の方々、遠路はるばるご苦労様です。指揮官と話したい。取り次ぎいただけないだろうか?』

 スピーカーから発せられる若い女性の声。訛りのない流暢な公用レビ=ラルダ語。独立宣言の時にも聞いた声に相違ない。

「私が第三八六二号島解放艦隊司令、モーリー・ファスククス中将である」

『中将? そのような上役がわざわざ出向いて下さるとは、光栄の至り』

「そちらのリーダーとも話をさせてはくれまいかね?」

『ああ、失礼。小生が『砂漠の薔薇』代表、木嶌イングリッドだ』

「キジマ? ……うむ」

 唐突な暁系の苗字に『猿交じりか』という一言をどうにか飲み込み、かぶりを振る。

 昔からの悪い癖だ。生まれや外見で人物を判断するなど愚の骨頂だと、頭では理解していても、いざ相手の弱みを握ろうとするとつい安易な部分に眼がいってしまう。

「いやすまない。そなたのような者がトップだとは思わなんだ」

『何、予想されたリアクションだ。小生が若輩なのも事実。気にしないでいただきたい』

 返答を聞くに、向こうが気分を害したような気配はない。口にこそ出さなかったが、こちらが差別的な発言を思い止まったのは察しているはず。どうやら、感情を表にださないだけの術は持っていると見える。

「……それで何用かね? わかっていると思うが、国家はテロリストと交渉はしない。速やかに降伏し、島を明け渡すというなら話は別だがね」

『お心遣い痛み入る。やはりこちらから連絡して正解だった。無法者相手に最後通帳など行儀のいい体裁は省くだろうと考えていたからな』

「ではただちに武装を解除し──」

『だが、白旗を上げるつもりは毛頭ない』

 こちらの言葉を遮り、キジマと名乗る女は言ってのける。

「あくまで戦うというのかね?」

『こういった状況に事態が流れるのは、独立宣言をした時点で覚悟している。だからこそ真正面から打ち破り、運命を切り開くまで』

 キジマは凛とした声に似合わず言い切った。無線機の向こう側とはいえ、これだけ気骨があれば真っ当な人生も歩めただろうに。

「威勢がいいのは結構だが、現実を見たまえ。幸いにもまだ誰の血も流れてはいない。お咎めなしとはいくまいが、引き返すならこの時をおいて他にないぞ?」

『あなたは優しいな、ファスククス中将。交渉はしないと言っておきながら、こうして我らを説得している。部下にもさぞ慕われているのだろうな』

「どうだかね。ついさっきもへそを曲げられてしまったばかりだ」

『所詮、上に立つ者などそんなもの。それを包みこんでこそ、将の器では?』

「小娘が抜かしおる。……で、どうするかね? 冒頭で伝えた通り、我らはテロリストと交渉はせん。定刻になれば返答がなくとも攻撃を開始する。時間稼ぎなど通用せんぞ」

『……ふむ』

 要求には一切応じない旨を伝えると、キジマは聞こえよがしにため息をつく。顎に手を当てているのが眼に浮かぶ。若者のクセに老獪な真似をする。

『では、こちらも言わせてもらおう──』

 わざとらしく一拍挟み、キジマは沈黙する。

『──ただちに全艦反転し、撤退をお勧めする。そちらからはただの雑木林にしか見えないだろうが、我々は貴官らの艦隊を一隻残らず叩き落す用意がある』

「一隻残らずか。大きくでたな」

 艦橋のそこかしこから、鼻で笑う息遣いが漏れ聞こえる。実戦経験が少ないとはいえ、我らは国を背負う正規軍。本職の軍人を前に、奴らはなんの躊躇もなく完封すると息巻いているのだ。乾いた笑いの一つも出るというもの。

『貴官らは軍人だ。出撃した以上手ぶらで帰れないのは百も承知。だがここはどうか、将兵全員の無事こそが最大の土産と、考えてはもらえないだろうか?』

「…………」

 ブラフだ。長年培われてきた勘が迷わず告げている。

「撤回するなら今のうちだ。振り上げた拳を下すのも、また勇気である」

『くどい』

「く……っ! 仮に命は拾えたとしても、尊厳まで保てるとは限らん。捕虜の虐待はならんと命じてはあるが、現場の兵が君の色香に惑わされないとは限らんぞ?」

 言い終えてから、下衆な言い回しをしてしまったと悔いる。娘よりも年下であろう女性から窘められ、つい頭に血が昇ってしまった。

『ほう……知っているか? 貴官が今したような発言は、新生メルーピアル連邦ではセクシャルハラスメント、略してセクハラというらしい』

「……なんの話かね?」

『女性であるという当人にはどうしようもない事実を意味もなく蔑み、空虚な優越感に浸る者たちをそう呼ぶそうだ。下層の蛮人方には難しすぎたかな?』

『……ふっ』

 大口を叩くその奥から、鼻で笑うような息遣いが漏れ聞こえる。どうやら口を開かないだけで、他のメンバーも傍にいるようだ。

「……不躾な発言は謝罪しよう。しかし、我らの方針は変わらん。これが本当に最後通牒である! 投降しないとあらば容赦なく殲滅する!」

『結構。ならばこちらも全身全霊を以ってお相手しよう。通信を終了する』

 自身の言い分を吐き出すと、キジマは一方的に回線を切断した。

「────」

 艦橋に沈黙が訪れる。どの参謀も、所在なさげに視線を彷徨わせている。

「──主砲発射準備! 目標、第三八六二号島上島部! 弾種三式弾!」

「ま、まだ重巡が射程に入っておりませんが……よろしいので?」

「……命令が聞こえなかったのか? 主砲発射準備!」

「は、はい! 主砲発射準備。目標、第三八六二号島上島部。弾種三式弾。座標──」

 砲雷長が目標までの諸元を計算し、各砲塔へ伝える。それを合図に各科の参謀たちも次々指示を出し、艦橋は先程の静寂が嘘のように騒がしくなる。

 席を立ち、にわかに活気づく降板を見下ろす。

「最大限の義理は果たした。応じないとあらば、やるしかあるまい」

 重い駆動音を轟かせて主砲が旋回し、並行して砲身も空へと高角を上げる。程なくして、我が艦が誇る四十一センチ連装砲四基すべてが、標的たる第三八六二号島に狙いを定め終えた。

「長官!」

「うむ」

 頷きつつ、腰を下ろして呼吸を整える。あとは攻撃開始を命じるのみ。さすれば艦からは四輪の爆華が咲き乱れ、忌々しいあの島を見るも虚しい焼野原へと変貌させるだろう。

「撃ち方! 始じ──」

 ドォォォォン‼

「ぬぅぅお⁉」

 まさにその時、唐突な横揺れが艦を襲う。咄嗟に椅子を掴み、バランスを保つ。

「何事だ⁉」「敵からの攻撃か⁉」「ダメージコントロール!」

 動揺を隠そうともせず、参謀たちの怒声が響く。今しがたとは真逆の意味で、艦橋が喧騒に包まれる。

「落ち着け。まだ敵の射程に入ってはいない。主砲は無事か? 装填トラブルかもしれん」

「どの主砲からも火の手は上がっておりません。各科から被害報告もありません……」

 などと言ってはいるが、参謀の顔は明らかに納得していなかった。

 それもそのはずだ。今のはどう考えても爆発や衝突による振動。実際に事態が起こっている以上、被害が皆無などというわけがない。

「お、おい……落ちてないか、これ?」

 参謀の一人が、手すりに掴まりながら呟く。

 確かに飛空機が緩降下した時特有の浮遊感がわずかにある。設置してある高度計を見ると、ゆっくりとだが針が動いている。高度が落ちているのは間違いない。

『こちら機関室! 揚力機関に異常! 出力減衰! 高度が維持できません!』

「なんだと?」

「燃焼機関の動力をバイパスしろ! とにかく降下を止めるんだ」

『やっています! しかし、ものすごい勢いで出力が落ち続けていて──』

「どう、なっている?」「これでは砲撃どころじゃ──」

 機関室から寄せられる報告に、参謀たちは軒並み青ざめ、立ち尽くす。


「呆けている場合か貴様らぁ!」


『⁉』

 業を煮やして放った一括に、参謀たちは弾かれたように背筋を正す。

「ここは艦の、艦隊の頭脳であるぞ! 脳みそが固まっていてどうする⁉ 貴様らは今日まで何を積み上げてきた⁉」

『は、はい‼』

 軍人としての性がそうさせるのか、みな説教をされている小僧のように微動だにしない。中には反射的に敬礼している者までいる。

「落ち着け! 冷静に急ぐのだ! 対処が一秒遅れれば、兵が十人死ぬと心せよ!」

『は!』

 一呼吸挟んで幾分調子が戻った──ほんの少しの恐怖を残した──参謀たちは、意を決し持ち場へ散る。実戦経験に乏しくとも、この者たちは弛まない努力で勉学を修め、地獄と大差ない訓練を突破してここにいる。多少慌てふためいたところで、誰かがケツを叩いてやればどうとでもなるのだ。

「各艦に打電。緊急ワイヤーにて本艦を曳航せよ!」

「そ、それが──」

「どうした⁉ 簡潔に報告せんか!」

 この期に及んで未だ煮え切らない者がいる事態に苛立ち、怒鳴る。

「……艦隊全艦が揚力機関に異常。本艦と同様に降下中とのことです」

「何⁉」

 立ち上がり、艦橋から外を見渡す。重巡・軽巡・駆逐艦と、すべての艦が視線とほぼ同じ高さに見て取れる。それはつまり本艦だけではなく、艦隊全体が同じ運命を辿っているということを意味する。

「どうなっている? ──ぐぉぉ⁉」

 更なる衝撃にもんどりを打つ。

「揚力機関出力、なおも減衰中! このままでは九十秒後に海面へ衝突します!」

「艦底部の人員を退避させろ! 隔壁閉鎖!」

「燃焼機関の稼働率を最大に! 少しでも時間を稼ぐんだ!」

「傾斜角五度! 振り落とされるぞ! 甲板要員は安全帯使用を怠るな!」

 今しがたの怒髪天が効いたのか、参謀たちは浮足立ちつつも的確に各所へ指示を飛ばし、事態の打開を試みている。

「長官!」

「ああ、すまない」

 差し出された参謀の手を借り、立ち上げる。

「ありがとうございます、長官。あなたのおかげで眼が覚めました」

「先達として当然の仕事をしたまでよ。伊達や酔狂で常日頃威張り散らしているわけではないのだぞ? 代が変われば、これとて貴様たちの役目となる」

「はい!」

 気持ちのいい顔で返事をし、参謀は他の者にも手を貸すために去っていく。

「……なとど啖呵は切ったものの、いったいどうなっているのだ?」

 聞き咎められないように呟き、現状を思案する。

 落下しているのが本艦だけならばわかる。揚力機関の異常などあってはならないトラブルだが、戦場である以上ないとは断言できない。しかし艦隊全艦が同じ状況というのは、どう考えても偶然ではない。なんらかの要因があって然るべきだ。

『我々は貴官らの艦隊を一隻残らず叩き落す用意がある』

 先程聞かされた、キジマの台詞を思い返す。通常、艦隊を相手取るのであれば、『撃沈する』というのが常套句だ。しかし奴は、わざわざ『叩き落す』という言葉を選んだ。

 これが、その答えなのか?

「高度100! 衝突まで10──9──」

「くるぞ! 総員、衝撃に備え!」

 参謀たちも姿勢を低くし、機材や配管などに各々掴まる。


 ──ズゥゥゥゥン‼


「んん⁉ ぐぅお──」

 今までで最大の揺れが身体に、艦に襲いかかる。はめ込まれた防弾ガラスにヒビが入り、船体が軋みを上げる嫌な音が反響する。

「──っ! ぬぅぅ!」

 舌を噛んでしまわぬよう、歯を食いしばって耐える。

 中々に強烈な衝撃だが、想定していたよりは弱い。機関室が直前まで奮闘してくれたおかげだろう。最悪舵が破損し、航行不能も覚悟していたが、この調子であればそこまでの心配はなさそうだ。衝撃は体感で一分ほど続いたが、激しかった前半を乗り越えてからは次第に小さくなっていった。

「……損害報告急がせい。対空監視を厳とし、落ちた者がいないか確認せよ」

「か、かしこまりました……」

「ほれ! 気をしっかり持てお前たち。敵に撃たれたわけでもあるまいに!」

 いち早く立ち上がり、今度はこちらが参謀たちを助け起こして回る。

「それと、後続の輸送船団と軽空母へ救助要請を──」

 割れたガラスの向こうに映る物体を認識し、絶句する。

「あ、あれ……は?」

 怪物が空を飛んでいた。

 蛇と見紛うほどに長い首。テラテラと陽射しをはね返す鱗状の皮膚。コウモリを思わせる誇大な双翼。そんな漆黒の怪物が数匹、本艦上空を統べるかのごとく遊弋していた。

「ドラゴン……だと?」

 昔、まだ幼い子供たちにせがまれて渋々読み聞かせていた絵本に出てくる、伝説上の動物そのものだった。まさかこんな場所でその言葉を口にするとは。

 と、一匹が舞い降り、艦橋を覗き込んできた。

《────》

 爬虫類特有の気色悪い金色の瞳が、品定めと言わんばかりにこちらへと向けられる。

「ひぃ!」

 参謀の一人が、尻もちを付いて腰を抜かす。

 幸い私を含め環境に全員がその場に硬直し、逃げ出す者はいない。

「……う!」

 当然だ。動こうものなら即座に食い殺されると、本能が訴えてくるからだ。

『どうかな、ファスククス中将。我らの力、身をもってご理解いただけたと思うのだが?』

 憎たらしいほどに絶妙なタイミングで、キジマからの通信が入る。

「我らを……どうするつもりだ?」

『いや何、どうするつもりもない』

 神妙なこちらに対し、キジマはあっけらかんと答える。

『一時間待つ。それまでに全艦武装を解除し、総員退艦を完了させろ。ちなみに投降はしなくて結構。後続の船団に救助してもらうといい。その中に軽空母が二隻いたな? 艦載機を投棄すれば全員が乗れないということはあるまい』

「見逃すというのか?」

『命まで獲るつもりはない。自らの領土を守れさえすればな。我らの気が変わらないうちに、さっさと立ち去るがいい』

「貴様たちは本当に──」

『貴官らに質問する権利はない。これが最後通帳だ。貴官の言葉を借りるようで癪だが、幸いまだ誰の血も流れてはいない。賢明な判断を期待する』

 ギジマは不遜に吐き捨て、またしても一方的に通信を切った。

「……小娘どもがぁ!」

 込み上げる怒りとも悔しさとも知れない衝動に拳を叩きつける。

「長官……いったい、どうすれば?」

「──だ……」

「え? 長官、あの──」

「総員──退艦だっ!」

 顔が苦渋と辛酸にまみれていると自覚しつつも、しっかりと告げる。

「た、退艦でありますか⁉」

「僭越ながら、まだ戦えます! 上部砲塔は健在です!」

「後方の直掩機を呼び寄せましょう! 空と海で挟撃すれば、あんな化け物など!」

 当然のごとく参謀たちは血相変えて詰め寄り、口々に叫ぶ。

「────」

 旺盛な若者たちを相手に、無言で返答を示す。屈辱は二度も口にしない。その意思を使えるにはこれが一番手っ取り早い。

「長、官……」「……く!」

 こちらの覚悟が次第に伝染し、参謀たちの顔が絶望に染まっていく。

「────」

 ひたすらに、沈黙を守り続ける。

 どれほどの失態を晒そうと、個人的な憂さ晴らしに部下を巻き込もむのは愚将の極み。戦わずして敗北に至ってもなお、そう判断できるだけの分別は見失っていない己に、わずかばかり安堵した。



「一体……何が?」

 眼の前で起こっている光景の意味が理解できない。

 戦艦は間違いなく、砲口を敵本島に向けていた。

 いつ発射されるのかと固唾を飲んでいたその時、旗艦の戦艦を筆頭に艦隊を構成しているすべての艦が次々と降下し始めた。……いや、降下なんて整えられたものじゃない。まるでエンジンが突然止まって、成す術なく落っこちるような、そんな動きだった。

 白波を蹴立てて落水した艦隊を迎えたのは、敵本島から飛んできた翼竜たちだった。

上空を統べ、睨みを利かせる翼竜から少しでも早く遠ざかるようにと、乗組員たちは続々と海面に降ろされたボートや内火艇へ乗り移っていった。

「魔法少女だ」

 みんなして唖然としているところに、詩乃が一石を投じる。

「おそらく『砂漠の薔薇』の中に、天空石の力を制御できる魔法少女がいるんだ」

「え、ちょっと待って詩乃ちゃん! あれを全部、魔兵装の能力でやったっていうの?」

「じゃなきゃ説明がつきません。さすがに仕組みまではわかりませんが」

「なるほど。でしたらあのような芸当も納得です」

 燃料機関で空を飛ぶ飛空機に対し、艦船は天空石を動力とする揚力機関によって浮遊している。なので天空石を制御するという詩乃の説明は筋が通る。だとしても──

「んな反則な」

 魔力を使ってどうにかするならまだしも、こっちの世界にある資源に干渉できる能力とか、いくらなんでもぶっ飛びすぎじゃないか? 普通に最強でしょそれって。

《にしても、見事な差配だな》

「う、うん。あんな方法で艦隊を降伏させるなんてすごいよ」

《……魔女様、ロロが称賛しているのは人間側、つまりレビ=ラルダの司令官であります》

「え、そっち?」

 思いもよらぬ答え合わせに、対面の一角獣を二度見してしまう。

《そうねん。あそこまでコケにされて一矢報いようとしないなんてできた指揮官だわん》

「そ、そういうもんなの?」

《進退窮まった末に玉砕なんてよくある話さ。あんな理不尽な状況じゃ、周りにいる参謀たちもやる気満々だっただろうし。そうなってたら何人食い殺されてたか、ぞっとしねえな》

 どうやらこの三柱には、あたしとは異なる世界が見えているらしい。様なんて付けてもらってるけど、素人のあたしがうかうか入れる会話じゃないんだな。

《ともあれ、勝敗は決しました。これで『砂漠の薔薇』は敵味方双方に損失を出さず、あの艦隊をほぼ無傷で手に入れたというわけですね》

 総括とも言えるケンの言葉に、一同が押し黙る。

 あえて航空設備のない島を占拠することで、旧式の戦艦を誘い出し、奪う。

 もし討伐艦隊の旗艦が空母だった場合、敵本島に接近するのは飛空機だけになってしまう。

 同じ方法でも大量の飛空機は奪えただろうけど、あちらには魔獣という飛空機なんかよりよっぽど強靭で小回りの利く存在がいる。あんな桁違いの能力を使うにはうま味が少なすぎる。

 しかしそれが戦艦であれば、魔獣たちの慢性的な魔力不足を砲門で補える。他の艦も護衛のために随伴しているわけだから、結果として大量の艦船を手に入れられる。

 ここまですべて予想していたとすれば、『砂漠の薔薇』には相当に頭の切れる奴がいるんだろうな。魔の付く力で表舞台に乗りだすのは無謀かもだけど、成すための作戦は実にうまい。

『魔を冠するすべての者たちよ!』

 もはや聞き慣れた前口上に、思考の矛先を切り替える。

『我らの力、いかがだっただろうか? 小さく見積もっても嘘偽りではないことは理解してもらえたかと思う』

 相も変わらず尊大な物言いの声。微妙に謙遜が織り交ざってるところが妙にイラつく。

『さて、その上で我らがお願いしたいのは一つだけだ。どうか、我らに手を貸してほしい。我らとともに、魔法少女──いや、人間と魔獣が、しがらみなく共存できる場所を、この島から始めるのだ。みなには、その一助となってほしい』

 これまたずいぶんと立派な理想を掲げたもんだな。

『みなが困惑しているのは理解している。今日まで命を賭して狩ってきた仇敵と、手を携えようと言うのだ、大多数が我らの正気を疑っているのが実情だろう』

「でしょうね」

 テレビに話しかける風で渚が答える。

『ついては、日を改めて説明会を開催する予定だ。詳しい日時と座標は、先程のオープンチャンネルより追って報告させてもらう』

「えらくきっちりしてるな。面接でもするつもりか?」

 詩乃も小馬鹿にしたように呟く。

『これは宗教の勧誘ではない。きたからには逃がさないなどという外道な真似はしないと約束する。だからせめて、話だけでも聞いてほしい。みなの参加を心待ちにしている』

 簡潔なようでその実遠回しな演説を終えると、声はこれまたいつものように遠ざかっていった。殊の外大きな問題だけを残して。



「……ねえ、ホントにこれで行くの?」

 本日何度目かの、本当にささやかな意見具申を試みる。

「まだ言ってんのかよ。くじ引きで決まったんだからしょうがないだろ?」

「そうだよ棗~。往生際がわるいぞ~」

「姉上は自らに実害が及ぶとやたらとグチグチしますよね?」

「う~……」

 案の定とばかり一同から一蹴され、よくわからん声が漏れる。

 夏休みも真っ只中の昼下がり、本日は『砂漠の薔薇』が開催する説明会当日だ。

 説明会なんて銘打ってはいても、向こうさんの指定する場所、つまりは敵地に乗り込むわけであり、まったくもって油断ならない状況である。

 そんな超重要な出来事を前に、あたしたちは揃って変装していた。

『太陽ルチル』の登場を皮切りに組織戦が主流になった昨今、戦場で相まみえた魔法少女全員を討伐するのは不可能に近く、取り逃がしてしまう者が結構な数いるのが実情だ。

 そういった連中が塵も積もれば山となり、魔女一派の悪名は国中、下手したら世界中に知れ渡ってしまっている。

 という中にあって今回の説明会だ。

 魔法少女と魔獣が手を組む。ここだけ見れば『砂漠の薔薇』の方針は、あたしたち魔女一派と非常によく似ている。

 つまり大抵の魔法少女は『魔女一派は絶対に『砂漠の薔薇』の説明会に参加する』と考え至るわけで。そうなれば話を聞く聞かないに関係なく、とにかくあたしらに一矢報いてやろうと画策している輩がいないとも限らない。てか、絶対にいる。

 なのでどこまで効果があるかはわからないけど、変装によって認識攪乱を重ねがけし、どうにか誤魔化していこう! という運びになったのだった。

「いや……でも、これさ」

 そうしてあたしが引き当てた恰好が、この典型的かわいい系魔法少女姿なのであった。

 胸元は開いてスースーするし、手袋やブーツにはこれでもかってほどレースが編み込まれている。つか、このスカート膝上なんセンチだよ? まあ、カボチャスカートだから『見え』はしないんだけど、いかにも子供用って感じがして余計恥ずかしい。

 その様相は、かつて魔女としての初陣に立ちはだかった星使いの魔法少女を彷彿とさせるものがあった。しかしあの子とは致命的な違いが一つ。それはこのドレスの色がギットギトのショッキングピンクで固めてあるというところ。

「勘弁してよ~」

 あいつの菫色くらいなら味わいのある程度で治められたのかもしれないのに、ここまで主張が強いと……なんというか色々痛々しい。

 そもそも暁語じゃないってことは暁天空領では一般的じゃないって意味で、そんなものをのほほんとまとっていれば悪目立ちどころの騒ぎじゃない。正体がバレないように変装するのにどんな本末転倒だよ?

「……はあ」

 すでに本来の目的から遠ざかり始めている自身の姿を見下ろし、途方に暮れる。ヤバいダメだ、立ってるだけで恥ずかしい。

「いつも大鎌振り回してる魔女がそんなチカチカするナリでいるなんて思わねーよ。あとオドオドしてると余計目立つから、現地ではもっと堂々とな」

 などとのたまう詩乃の恰好はというと、伝統的な桜華の民族衣装、いわゆる桜華服だ。

 女性が持つ自然の流線形を際立たせている生地には、桜華調の模様があしらわれ、葡萄酒色の派手すぎない感じが普段の夜色とは別の側面から詩乃の魅力を引きだしている。

 馬に乗るために入れられているスリットから覗くふとももが、動きに合わせて見え隠れし、ついつい視線が吸い寄せられてしまう。

「ジロジロ見るな変態」

 と、ゴミでも見るような視線を寄越してくる詩乃さん。

「ごめん! つい……」

 咄嗟に謝るも、これを見るなとは例え同性であっても土台無理な話だと、脳内で言い訳。

 足もそうだが両肩は丸出しだし、身体の線はかなりくっきりとでている。ブカブカの法師姿に見慣れきっていたので、落差も相まって効果倍増だ。てか、普通にエロいよ。言ったら殴られるから言わないけど。

 世の男性たちがどういう心理で女性を見ているのかを垣間見た気がした刹那だった。

「いいじゃんいいじゃん! かわいいよ棗! 帰ったら写真撮ろ!」

 呑気呑気した声に視線を向けると、これまた民族衣装に身を包んだ唯姉さんが立っていた。こちらは絨毯のような長い布を、腰を中心に巻きつけ、余った分を肩に乗せている。あれは確か、サリーと呼ばれる印幡の伝統衣装だ。

 生地には刺繍こそされているものの、色彩の濃淡があまりなく、どことなく質素な印象を覚える。が、当人持ち前の華も手伝い、まったく地味という感じがしない。むしろお転婆な部分が削ぎ落され、すごく大人っぽく見える。そしてこっちも普通にエロい。

「さあさあ! もっとジロジロ見るがいい! わたしの晴れ姿をその眼に焼き付けろ!」

 これで喋らなきゃ完璧なのだが、そこも込みでこの人の魅力なのかね?

「中田会長は元がいいのですから、何を着てもお似合いですよ」

 もはや軽く口説いちゃってる渚の服装は、ボロマントにジーンズといつぞやの暗殺者姿。

「……あんたはそれで行くんだ?」

「ええ、元々隠密用に用意したものですし、まだ使えますので」

 元はあたしを討ち取らんと向かってきた格好ではあるけど、二人を見たあとだとなんか安心する。やっぱ変装ってこういうんだよね。

「何やら失礼なことを考えているようですが、ここは聞かずにおきましょう」

 表情を変えぬまま、そっぽを向いてしまう渚。本来の目的に一番即しているのだが、そこは女子、身なりに対する扱いの差に不満を感じているようだ。めんどい。

「わかってるとは思うけど渚、くれぐれもボロはでさないでよ? 頼むから」

「善処します」

「……そうかい」

 今回に限っては直参衆の助けを得て認識攪乱を付けている渚だが、普段から制服で討伐に出る等々、本人は正体隠す気皆無なので、いざって時はあたしがなんとかしなければ。

「でさ、さっきから気になってたんだけど。……二人ともそれどうしたの?」

 疑問符を浮かべ、渚と唯姉さんの腰に装着されている見慣れぬ剣帯を指差す。

「これ? カッコいいでしょ?」

「直参衆の方々に教わって作りました」

 フンと鼻息鳴らしてドヤってくる後輩魔女ども。

 魔兵装ないし堕溺兵装は、銘を叫ぶか魔力を通しさえすれば一瞬で呼びだせる。

 この二人に限って丸腰で不意を突かれるなんてヘマはしないだろうし、鞘をこしらえてまで獲物を見せびらかす必要性がどこにあるというのか?

「何よう、棗だって好きでしょこういうの? よく一緒にお侍さんごっこしてたじゃない」

「大勢の集まる空間では示威的な意味も持ちますし、悪いことばかりではありませんよ」

「…………」

 こいつら絶対なんか企んでるだろ⁉ と、根拠なき確信が警鐘を鳴らす。

「それにほら! こうやってガキィンガキィン鳴らせば威嚇にもなるよ?」

 そう言い、唯姉さんは刀の濃口に当たる部分を抜いたり戻したりしている。

「いや、うるさいだけだから。それ」

 だいたいこれから行くとこに集まるような猛者はそんな動きでビビったりしない。

まあ、いくら諭したところで素直に引き下がる奴らでないのは嫌というほど知ってるし、ついでに関わると余計面倒なのも知ってるのであたしが引き下がる。


《姫様》《姫ちゃま~》《姫さん!》

「お、おう……」


 そして本日お留守番の灯子はというと、直参衆のお歴々にやたらめったら懐かれていた。

《姫様、お茶をどうぞ》

「ああうん、ありがとう」

《姫ちゃま~、お菓子持ってきたわよん》

「ああうん、ありがとう」

《姫さん! 他にいるもんはあるかい?》

「……ああうん、ありがとう」

 先日の顔合わせからこっち、ひっきりなしにこの調子だ。なんでも女王陛下──つまり仁の奥さん──のお妃時代にそっくりなんだとか。そら可愛がりたくもなるか。

 灯子も明らかに鬱陶しがっている様子だが、相手が十割好意で接してきている手前、邪険にするわけにもいかず、やむなくされるに任されている格好だ。

 これはアレだな、老人会にノコノコついてきた孫が集まったご老体一同にいい意味でもみくちゃにされるあの感じのアレだな。

「っ! ────」

 こっちチラ見し、顔を背けて肩をプルプル震わせている姫様。

「なんだよ?」

「いや、別に──」

 こちらを軽く受け流し、再びプルプルに興じる姫様。

《棗、そろそろ──》

「……あいよ」

 首根っこ掴んで問い詰めてやろうとしたところで、ケンからお声がかかる。居間の時計を見ると、定刻まであと一分と相成っていた。

「しゃーない、行くか」

 ついに年貢の納め時と、意を決して庭先でケンたちが用意した転移紋の中へ。座標はすでに『砂漠の薔薇』が指定してきたものに設定済みだ。

「ナツ、腹括っちまえばどうとでもなるから気にすんな」

「そうだよ。かわいいし、恥ずかしがなくて大丈夫だって」

「派手な魔法少女など大勢います。姉上が考えてるほど目立ちはしませんよ」

 クルッと掌を返して宥めにかかるお三方。士気を高めるためにあえて軽口を叩いてたんだろうけど、ダシにされた身としてはたまったものではない。

「はあ、ついに行くのか」

 一人ごち、転移紋の中心に背を向けて全員が背中合わせになる。これなら転移した瞬間に包囲されていても対応できる。

《みなさん、しつこいようですが、くれぐれも油断なきよう》

「行ってらっしゃーい!」

 一匹は念入りに、もう一人は陽気にあたしたちを送りだす。直参衆の三柱も灯子とともに、居間の方からこちらを見守っている。

「武運長久を──ぷ、ぶはははっ! ダメだ無理! あれは無理だあはははっ!」

「おい笑ったな灯子笑ったよな灯子⁉」

 転移の発動するほんの手前で限界に達したらしい灯子が、腹を抱えて笑い転げる。一気に血が昇り、咄嗟に一歩踏み出してしまう。

「ちょっ棗、危ない!」

「転移中に暴れないで下さい!」

「おい⁉ 押すなはみでる──」

 あたしの動きが呼び水になり、みんなして体制を崩すも、お互いに掴み合ってどうにか耐える。さすが、魔の付く輩の体感は伊達じゃない。

「くっそ! 帰ったら覚えとけよ灯子!」

「「「わかったから大人しくしてろ!」して!」して下さい!」

「はい、すいませぇん!」

 かくしてあたしたちの警戒陣形は、到着どころか出発した途端に崩壊したのだった。



「つ、ついた! うお⁉ んぐぇぇ!」

 転移が解けた瞬間、気が抜けて一気にスッ転ぶ魔女一派。奇襲に対処するどころか、すでに総崩れの様相である。

「──ったく! のっけからやらかしやがって」

「想定通り奇襲されていたら間違いなく全滅でしたね」

「みんな~重い~」

 ここぞとばかりの総スカン。これに関しては本当に申し訳ない。

《お、お待ちしておりまシタ。魔女サマ方……で、よろしいのですヨネ?》

「え? うん、そうだけど?」

 くんずほぐれつしたままのあたしたちを出迎えたのは、アルマジロの魔獣だった。

 屈強そうな鱗状の外皮を鎧のごとくまとい、ずっしりとその場に構えているものの、見てくれに不釣り合いなつぶらな瞳が、性格のよさそうな雰囲気をかもしだしている。

《……まずハ、お手をドウゾ》

「お、おう……」

 アルマジロはさっと手をだすと、一人ひとり親切に手を貸し、起き上がらせてくれる。いやはや紳士な魔獣もいたもんだね。

 身体の自由が戻ったところで状況確認。

 吊るされた裸電球に照らされるのは、壁と天井の境なく埋め尽くしているゴツゴツとした岩肌。どうやら洞窟らしい。外から光が届かないようなので、かなり奥のようだ。

「とりあえずありがとね。で、あんたは?」

《本日、魔女サマ方の案内役を仰せつかっている、モズレーと申しマス》

 あたしの疑問に、アルマジロ改めモズレーから快活な回答が返ってくる。

 語尾に訛りこそあるものの、現場で会う魔獣に比べたらかなり聞き取りやすい暁語だ。直参衆ほどでなくとも、知能が高い指揮系の魔獣なのかもしれない。

《早速で恐縮でスガ、ご案内いたしマス。どうかご同行ヲ》

「あいよ。じゃあよろし──」

「待って棗! おかしいよ」

 言われるがままについて行こうとしたあたしの腕を、唯姉さんが掴んで制止する。

「え? おかしいってどこが?」

「全部がだよ! 魔獣だからって信用しすぎ!」

「だな」「ですね」

 引き止められているあたしの横からスッと、詩乃と渚が前へ。

「質問に答えろ。なぜ私たちだけ違う場所に転送されている?」

「知らされていた座標は自由回線に載せられた一種のみ。我々だけを個別に弾けるのはどういった理屈ですか?」

「…………あ」

 そこまで聞かされてようやく納得した。

 事前に提示された座標が一つだけということで、転移先はおそらく広い空間であり、他の魔法少女たちと一緒くたにされるのだと予想していた。あたしたち──主にあたし──がしたくもない変装をしているのも、そうなると見越しての対策なのだから。

 ところが蓋を開ければ狭い洞窟にあたしたちだけときた。まさか一番乗りってなんてわけはないだろうし、相手の意図を読み取って然るべきだった。反省反省。

「……刺しますか?」

 渚がやる気満々で『村雨』に手をかけ、卸したての鞘より濃口を切る。この後輩血の気が多すぎる!

《ヘ、兵装をお収め下サイ! 我々はあなた方に敵対する意図はございまセン!》

 渚の眼光に射抜かれ、クルリと身を丸めるモズレー。かわいい。

「なら、説明してくれる?」

《ハイ! もちろんデス!》

 ボール形態のまま、モズレーはコロコロ転がりながら弁明する。

《我が長は、我らが王に由来する魔力の波長を選り分ける能力があるのデス》

「……え? そんなことできんの⁉」

 それじゃなんのため変装したのさって話じゃん。わざわざ恥ずかしい思いをしてここまできた意味はいったいどこへ?

《ご安心下サイ。感知できるのは我らが長ノミ。後程魔法少女方が集まる広間へもお連れ致しますガ、そこでは問題ないカト》

「その『我らが長』っていうのが、念話送ってくるあの声の人?」

 傍らに控える唯姉さんも問いに加わる。

《その方は我らが代表デス。我らが長ハ『砂漠の薔薇』における魔獣側の統括デス》

「つまりここに飛ばされたのもそいつの指示ってわけ?」

《ハイ。我ら一同、どうしても魔女サマにお伝えしたい要件がアリ、この席を設けさせていただいた次第。ゴ理解、いただけましたでしょウカ?》

 モズレーは防御態勢を少しだけ解くと、不安気に潤んだ瞳を向けてくる。

「渚、それしまって」

「姉上、しかし──」

「もしこれが罠なら、転移した瞬間におっぱじめてるって。案内役をあんたにしたのも、戦う気はないって意思表示のつもりでしょ?」

《仰る通りデス。内政面に明るい私ハ、折衝が主な職務。闘争は不得手でシテ》

と、モズレーはしゅんと顔を伏せる。戦いに活きる魔獣にとって、ただ頭がいいというのは誇れるわけではないようだ。人間とは別の角度で厳しい世界だな。

 にしても我らが長とやらがどんな魔獣なのか知らないけど、ここでの一連のやり取りすら織り込み済みだろうことを考えると、理屈に関係なく腹立たしくなってくる。

《デハ、改めてご案内いたしマス》

 モズレーは安心したように脱力すると、背を向けて歩きだした。躊躇なく背中を見せてくる辺り、敵意はないと考えていいんじゃなかろうか。

「行こう、みんな」

 三人の返事を待たずに、モズレーについていく。

「あ、待って棗!」「行くも行かぬも地獄道ですか」「しゃーないな」

 思い思いに愚痴り、流れに身を任せるしかないと腹を括った様子の面々。

《しかし焦りまシタ。魔女サマ方の魔装衣は軍装がお二人に法師、女学生姿だと聞き及んでおりましたノデ》

「あたしたちの恰好が知られすぎてるから、変装も兼ねてね」

 洞窟を進む道すがら、間を持たせようとモズレーが話しかけきたので、無難に返す。他意はないんだろうけど、服装の件は触れないでいただきたい。

《左様でしタカ。みなさん、お似合いデスヨ。──っ!》

 と、プルプル震えるその後ろ姿。どこか笑いを噛み殺しているようにも見えなくもないとも言い切れないかもしれなかったりなかったり。

《────プ》

「おいお前やっぱ笑ってるだろ⁉」

《滅相もナイ! 魔女サマを笑うナド笑止千万! ソノような不埒者、私が丸め込ンデ差し上げマストモ! エエ、ソレハモウ》

「滑舌悪くなってんぞ嘘付くなら自然に付けよ折衝担当なんだろお前⁉」

 この魔獣、もはや大袈裟な演技で笑いを誤魔化しにきてるとしか思えない。失礼しちゃうぜどいつもこいつも。あたしだって好きでやってんじゃないってのに。

「察してやれ。あいつも耐えてるんだ。見たくないもん見せられてな」

「どういう意味だコラァ!」

 ニヤけ顔の詩乃が、ポンと肩に手を置く。なんか今日はここぞとばかりイジり倒されるな。

 などとやんややんややっている間に出口が近づいてきた。明暗の差で出口が眩しく、向こう側は確認できない。モズレーはああ言っていたが、一応気は抜かずに外へと踏みだす。

「……ん!」

 眩しさに思わず眼を瞑る。一時的にでも視界が奪われるのは痛いが、魔力で周囲を索敵しているので、完全な不意は突かれないはずだ。

「ふう、うん」

 眼が光に慣れ、次第に周囲が鮮明になっていく。

「これは……湊?」

 そこは空洞に設えられた湊だった。

《いかにも。ここは第一湊湾区画デス。こちらヘドウゾ》

 モズレーに促され、湊の外周をなぞるように進む。

 船舶を停泊させる岸壁は荘厳そのもので、コンクリートの表面は放置されていた年月に反して劣化がほとんど見られない。

 建物も創りこそ古いが、軍の施設だっただけあって頑丈そうだ。奥の方には岩肌に直接窓が埋め込まれているところもある。内部をくり抜いて人が入れるようになっているのだろう。手狭な空間をいかにして活用するかという当時の知恵が垣間見える。

「おお……!」

 見上げると天井には等間隔に隙間があり、そこから明り取りのように陽射しが入り込んで光の柱を幾条も作りだしていた。

 どこかに風の通り道があるらしく、時折吹く風に舞い上げられた砂利の粒子が光の柱に照らされ、雪のように煌めいている。

「きれい……すごく」

「うん」

 うっとりしとした表情で湊を眺めている唯姉さんに同意する。これはまさしく、言葉を紡ぐのすら無粋に思えるほど神秘的な景色だった。

 大戦中は基地として使われてたって話だけど、あんな木ばっかりの島にこんな立派な湊が残ってるなんて、そりゃ誰も思わないわな。

 さらに向こう側には複数のドックがあり、先日『砂漠の薔薇』の作戦によって落下し、ほぼ無傷で鹵獲されていたレビ=ラルダの派遣艦隊たちが整然と係留されている。

《ここから先より工場区デス。足元にお気を付け下サイ》

 艦から引き上げられたと思しき物資や機銃座を横目に、さらに先へと進むモズレーに続く。

 気を付けろと言われたものの、通路はしっかり整理整頓され、部品はおろかゴミくず一つ落ちていない。管理が細かく行き届いている証拠だ。

「見てアレ! 魔獣が工事してるよ!」

 工場区を歩いてしばらく、ドックに近づき鹵獲された艦たちが鮮明になってきた頃合いで、唯姉さんが大声を上げた。

「「「は? ……ホントだ」」ですね」

 不覚にも声が揃う。なんとそこでは、人間ではなく魔獣たちが作業していた。

 溶接工や板金工などの作業員はもとより、誘導員や現場監督に至るまで人間は誰一人としておらず、すべてが魔獣によって行われている。

 ドックでは溶接の火花が随所で咲き乱れ、鉄板を叩く板金音はけたたましく鳴り響き、作業員たちの交わさる大声がここからでも耳に届く。

「軍事工廠かよ」

「……目から鱗です」「ああ。器用な魔獣もいたもんだな」

 感心している渚と詩乃の隣で、あたしも膝を打ちたい気分だった。

 物事の考え方こそ相容れない隔たりがある人間と魔獣だが、会話が成立する以上、明確な目的があるのであれば、任せることはできる。……だからってまさか、魔獣に艦の改造をさせるとは。何から何まで『砂漠の薔薇』の着眼点には恐れ入る。

 トラックや重機でしか運べない重たい鋼材は、力自慢の魔獣がひょいと担ぎ上げ、各部署へせっせと運び回っている。艦橋や船体では、飛べる者や浮遊できる者が作業に当たっており、本来であれば必要不可欠な足場やクレーンの類は見当たらない。

「目覚ましいな。素人でもわかる」

「作業方法も人間とはまったく別物なのですね。考えてみれば当然ですが」

 詩乃と渚が呟いているように、人間のそれとは比べるのすら馬鹿々々しい、すさまじい効率と精度で工事は行われている。

 人類が育んだ英知を魔獣が実践する。あたしたちの眼の前で行われている光景は、そう評してはばかりない共同作業だった。

「みんなすごく活き活きしてるね」

 唯姉さんの言う通りで、魔獣たちはみなとても充実そうに職務に励んでいた。

 工場で働く作業員というより、祭りの準備に勤しむ町内会の雰囲気に近い。険しい表情で声を張り上げる者たちでさえ、どこか楽しさが滲みでている。あれは自ら進んで物事に取り組もうとする者の顔だ。命令されているだけでは絶対ああはならない。

「あれはなんの工事をしてるの?」

《不要な設備を撤去シ、各所に魔力回路を移植しているところデス。これにより我らもある程度艦隊を操ることがデキ、多数での相互利用が可能となりマス》

「ふ~ん、魔力回路ね」

 意気揚々と答えるモズレーに相づちを打ち、工事が進められているドックを見やる。

 作業は急ピッチで進んでいるらしく、改修の済んだ艦は即座に浮遊し、外海へと出立していく。恐らくそのまま島の護衛につくのだろう。

「──で、こんな物騒なもの、いったい何に使うつもりなのさ?」

《私の領分を超えたご質問デス。我らが代表にお尋ねするといいでショウ》

「あっそ。なら、そうさせてもらうけど」

 そこそこ凄みを効かせてみたのだが、そこは外交畑。あたしのはったりに怯みもせず、さらりと躱して退けた。

 魔獣が楽しそうにしているだけなら文句はない。問題はその笑顔で造られている代物が戦争の道具であり、十中八九使うつもりでいるというところだ。

《オオッ! 魔女サマ! 魔女サマダ!》

 少しばかり空気がヒリついてきたところで、魔獣の一匹がこちらに気が付いた。

《ミンナ、魔女サマガオイデナサッタゾ!》

《何⁉ ドコダ⁉》《アソコヨ! ホラアソコ!》《ウオー魔女サマーッ!》

 喧噪が瞬く間に波及し、違う意味で辺りが騒がしくなっていく。こういうところは人間も魔獣も変わんないな。

《魔女サマーッ!》

 魔獣たちは作業の手を止め、次々に歓声を送ってくる。活力の矛先が仕事から逸れた反動なのか、熱気と興奮がすさまじい。ここまでくるとちょっとしたコンサートだな。

《詩乃サマーッ!》《唯音サマーッ!》《渚サマーッ!》

 どうやら魔獣にも各々贔屓がいるらしく、個別に呼んでいる者がちらほら。

「おう、ありがとなー」

「いえーい! みんなの唯音サマだよーっ!」

「お勤めご苦労さまでーす」

 警戒態勢はどこへやら、売れっ子アイドルよろしく三人は声援に手を振って応えている。

《魔女サマーッ!》

 一方あたしは安定の魔女サマ。納得いかん。つか、こいつらあたしの本名知ってんのか?

《ソノヨウナ姿モ愛ラシイデスゾーッ!》

「ほっといてくれよ‼」

 ドッと爆笑が湧く。ここでもお笑い担当なのかあたしは?

《作業止メ! 全員起立!》

 モズレーの通る声がドックに響き渡り、魔獣たちはそれぞれの形で姿勢を正す。

 魔女サマ方、と前置きし、モズレーはあたしたちに向き直る。

《ここにはいる者はミナ、あなた方に命を救ワレ、あなた方に希望を見出した者たちデス。あなた方がいてくれたカラ、我々は今日まで生き永らえることができまシタ》

「んな大袈裟な」

《大袈裟などではありまセン。直接助けていただいた者たちはもとヨリ、あなた方の存在を支えにしなかった同胞などおりまセン。向こう側へ逝ってしまった者たちも含メ、スベテ!》

「そ、そっか……。そりゃ、どうも」

 そこまで力強く否定されてしまうと返す言葉もない。

《魔女サマ方。我らを救イ、我らをお守りくだサリ、この場にいる同胞一同、心より感謝申し上げマス》

《《《──》》》

 モズレーが締めくくると、魔獣一同は静かに、そして一斉に頭を下げた。暁の流儀に則った、キレイなお辞儀だった。その光景は数秒ほど続き、魔獣たちはまたしても一糸乱れず面を上げた。頭を下げる時間まで打ち合わせていたらしい。細かい。

「……え、これのためだけに呼んだの⁉ わざわざ?」

《……ご迷惑でしたでしょウカ……?》

「いやいやいや違う違う! お礼なら助けたそばからもらってるし、こんないちいち改まんなくてもいいって話だよ! ……ねえ?」

眼に見えてしょんぼりするモズレーに慌てて釈明し、同意を得ようと振り返る。

「……はあ、まったく。お前って奴はまったく」

「そういうところですよ、姉上」

「ね~。昔からこんな感じなんだもんな~」

 先程までのバカにするような嘲笑ではなく、一種の諦観が滲む微笑みを向けてくる三人。

「え、えーなんだよそれー?」

 そんな風に生暖かく見守られてもあいさつに困る。これはこれで針の筵だ。

《魔女サマ、先日娘ガ生マレマシタ。私ガコウシテコノ子ヲ抱ケルノハ、魔女サマノオカゲデス。本当ニ──アリガトウゴザイマス!》

 と、感極まった魔獣の一匹が駆け寄り、あたしに赤ん坊を差し出してきた。

「え、ちょっと⁉ うおっとと──」

 勢いに押され、つい赤ん坊を受け取ってしまった。

「いきなり危ないでしょ──おおーよしよしー」

 赤ん坊はどうやら猿の魔獣らしく、しわくちゃな顔を覗かせ、こちらの都合などお構いなしに寝息を立てている。持ち手が変わってもぐずりさえしないとは神経の太い子だ。

「…………」

 決して重くはないけれど、だからといって気を抜くのは許されない、生きとし生ける者が等しく持つ、命という重さ。

「かわいい」

 たった一言が自然と零れ落ちる。

 ケンと契約し、魔法少女に追われる魔獣たちを救う。──というのはお題目にすぎず、出発点は自身の『狂気』を発散させるという手前勝手な動機だった。

 油断や失敗もたくさんあったけど、魔獣でも魔法少女でも、命のやり取りをする場面にあって、それらを軽んじたことは一度としてない。これだけは断言できる。

 救えなかった魔獣も大勢いた。魔女の数が絶対的に少ない現状を考えれば、助けを求める声さえ聞いてあげられなかった魔獣の方がはるかに多いはずだから。

 だとしてもあたしの行動によって、つながれた命が確かに存在した。あたしがしてきたことは、無意味なんかじゃなかった。ここに、その証明がいる。

「────っ」

 涙が溢れ、視界を歪ませる。その一粒が頬を伝い、赤ん坊の額に落ちる。

《あうーああー》

 赤ん坊はクシャっと笑うと、手をバタつかせてあたしの顔に手を伸ばす。頬にペタペタと触れる小さな手からも、命の温もりが伝わってくる。

「よかったね、棗」

「姉上がこれまで積み上げてきた結果です。胸を張っていいと思いますよ」

「……うん」

 二人の言葉が、優しさが身に染みていく。

 ハッとなって見回してみると、どいつもこいつも微笑みを顔に浮かべ、すさまじい速度で場の空気が和んでいる。

「一言くらいあってもいいだろ。魔女サマ」

 ほっこり空間にたじろいでいるあたしにほら行けと、詩乃がやさしく背中を押す。

「う、うん。……ありがとう、娘さん抱かせてくれて」

《トンデモアリマセン。コノ上ナイ自慢話デス》

「そりゃ光栄だわね」

 赤ん坊を親に返し、みんなより一歩前に立つ。

 ここにいる全員があたしの一挙手一投足に注目していると思うと、それだけで喉が詰まりそうだ。学校の発表会なんて比じゃない重圧だ。

「ありがとう。あんたたちの気持ち、すごく嬉しい」

 咬まずにどうにか一言絞り出すと、魔獣たちからパチパチと拍手が返ってくる。


「あんたたちがこれから何をしようとしてるのか、なんとなく想像つく──

「でもできるなら、危ないことはしてほしくない──

「せっかく生き残ったんだから、向こう側にいるみんなの分も、生きてほしい──

「ケン──獣王のやり方が全部正しいなんて、あたしは思わない──

「でも、話し合う選択肢があるなら、絶対に諦めたらいけない──

「その可能性を、自分から捨てちゃいけない──

「だって、言葉は通じるんだから──

 魔獣たちは一字一句聞き逃すまいと、神妙な面持ちで耳を傾けている。

「……ここであたしが頼んだところで、あんたたちが止まらないのはわかってる──

「戦いが魔獣の宿命だし、拾った命をどうするかはそいつの自由だから──

「わかってる、わかってるけど──

「それでも、それでもさ──


 振り返り、親に抱かれる赤ん坊の頭を、そっと撫でる。

「この子が……この子たちが悲しむような未来は、創らないでほしいんだ。お願いだよ」

《《《────》》》

 あたしの言葉を聞き、魔獣たちは縦にも横にも頷かなかった。



「……はあ」

「気を落とさないで下さい、姉上」

「あー、うん。大丈夫」

「そうだよ、元気だして。棗の気持ちはちゃんと届いてるって」

「だといいけどさー」

 無視するわけにもいかず、とりあえず擦れるような声で応じる。

《…………》

 さっきまでのお喋りが鳴りを潜め、モズレーは無言のまま、ただただ先を行く。

 あたしなりに、魔獣たちへの感謝や心配の気持ちを紡いでみたわけだけど、あちらはあちらで何かが緊線に触れてしまったらしく、ずっとあの調子だ。

 弱者として守られる無力に打ちひしがれているのか、はたまた誇りを穢されたと怒っているのか? あの後ろ姿からは知り得る術がない。人間とか魔獣依然に、やはり思いを伝えるのは難しいと、改めて思い知らされる。

「効果はあったはずだ。これであいつらが一秒でも迷ってくれれば儲けもんさ」

「んもう、詩乃ちゃんこんな時まで」

 詩乃は大袈裟に肩をすくめ、唯姉さんはぶくーっと頬を膨らませる。これが二人なりの気遣いだとわかっているから、その気持ちが素直にありがたい。

 そうこうしていると、洞窟にはこれ以上ないほど場違いに仰々しい扉があたしたちの前に突き当たっていた。どうやらここが目的地の広間らしい。

《しばし、こちらでお待ち下サイ》

 それだけ言い残し、モズレーはお役御免とばかりそそくさと立ち去ってしまう。

 最初はテクテク歩きのモズレーだったが、途中からいきなりボール状態になり、ゴロゴロと転がり去っていった。……そんなにあたしたちが嫌なのかね?

「どうしたんだろ急に?」

「ひどく怯えているようでしたが」

「とにかく中に入ろう。せーのでいくぞ。……せーの!」

「へ? あ、ごめんごめん!」

 一人で傷ついていると、詩乃が音頭を取って扉を開き始め、慌てて加勢する。重たくはあるが、扉は滞りなくゆっくりと動き始める。

「お、おー……すっご」

 扉の開くその先は、異国情緒あふれる館だった。

 元は迎賓館として使われていたのか、内装は洞窟内とは思えないほどきれいに整えられていた。壁は乳白色で統一され、真紅の絨毯には染み一つない。天井を見上げれば豪奢なシャンデリアが等間隔に配置され、この場所をより一層煌めかせている。

 そしてそんな立派な部屋に引けを取らず、大勢の魔法少女がごった返していた。

 魔装衣の意匠、基調色。魔兵装の形状、能力。多少の似通りはあれど、基本はすべてバラバラという個性に統一された、魔の付く尖兵たちだ。

 単純な戦力で計算すれば、ここは世界で最も物騒な空間と言って差し支えないだろう。

「なるほどな。血相変えて逃げ出したくもなる」

「だね」

 詩乃に頷き、逃げるように転がっていったモズリーの気持ちを察する。これだけの天敵が一堂に会しているとなれば、進んで長居したい場所ではないわな。

「うっぷ、なんか酔いそう……」

「うん。魔法少女の全校集会だね」

 うまいこと言ったつもりなのか、ドヤ顔の唯姉さんが視界に割って入る。

「ここでたむろすると眼を引きます。端へ行きましょう」

 人混みに気圧されなかった渚が先行し、あとに続く。

「……ふぅん」

 不自然にならない程度に視線を巡らせ、現状を把握。

 この場にいるほとんどが暁人のようだけど、顔の作りや髪の色など、明らかにそれとは異なる者もちらほら見受ける。魔装衣の個性に加え、国際色も豊かな空間だ。

「うむ」

 諸外国の魔法少女を瞳に焼き付け、やはり茶髪や金髪は本場に限ると確信する。

 暁人でも肌や髪の色は染めるなり焼くなりできるけど、目鼻立ちまではどうしようもなく、取って付けたような不自然感がでる。

 そしてやはり、広間の内装にも眼がいってしまう。

 軍事基地だったとはいえ、何十年も放置していてこのままというわけはあるまい。この状態に持っていくまでに、かなり大規模な補修が必要だったはずだ。

 今日のためにわざわざこれを用意したとなると、『砂漠の薔薇』が仲間を集うってのも、あながち本気なのかもしれない。

「向こういるのは『カルセドニー』と『藍銅』だな。おお、『ファーデン騎士団(ナイツ)』まできてるのか? それとあっちは『虹桜鉄(レインボーパイライト)』か。桜華系が中心の組織って話だが」

 マントに帽子、肩口や足首、果ては刺青まで、魔法少女それぞれにあしらわれた組織紋を見るなり、詩乃はその組織名をスラスラ言い当てる。元はあっち側とはいえよく知ってるな。

「ひとまずは大人しくしていましょう。何がきっかけでバレるかわかりません」

「うん。まずは様子見だね」

 二人にしては珍しくまともな判断にホッと一息。マジな話、ど真ん中で名乗りでも上げようもんならどうしてくれようかと──


「──くたばれ魔女がぁぁ‼」


「⁉ うおっつ──」

 ガシィィッ!

 聞き慣れた蔑称と受け慣れた殺気を感じ取り、半ば無意識に身体を捻る。瞬間、今いた場所に魔力をまとった闘剣が迷いなく振り下ろされる。

「ちょっ、おま──いきなり何すんだ⁉」

「バカが! 恰好が変わったくらいで見間違えるとでも思ったか⁉」

「うぇぇ、即バレ~?」

 魔法少女が放つ剥き出しの殺意を前に、我ながら的外れな想いが口を付く。

 あれだけ念には念を入れた認識攪乱でさえ見敵必殺とか、やっぱり魔女に対する魔法少女の恨みつらみは相当根深いな。つか、もはや本当にただ仮装してただけじゃん……。

「魔女だと⁉」「どこだ⁉」「あのムダにかわいい恰好した奴!」「だから言ったろ! 魔女は絶対ここに来るってな!」「なんでもいい! とにかくぶっ殺す!」

 不意打ちしてきた魔法少女をきっかけに、あれよあれよと罵詈雑言が侵食していく。ここまで確信されてしまったらいよいよ認識攪乱は意味をなさない。

「いや、でも……ていうか、あんた──」

「忘れたとは言わせない! 司令を……中河さんを叩き堕しただろ⁉ 椛岳で!」

「中河さん? 椛岳? ……んん?」

 魔法少の金切り声に混じる、どこか耳に馴染みのある言葉をなぞる。

「……ああ、あんた『崩壊石』の」

 ほどなくして記憶の糸が繋がる。確かに覚えのある顔だと思ったら、九重里諸島帯での『崩壊石』奇襲戦で、先輩魔法少女を抱えて撤退したあの魔法少女か。

 契約当初こそ『討伐した魔法少女たちのことは一生忘れない!』とか息巻いていたあたしだけど、こうも日々討伐に忙殺されているとそうも言っていられないのが正直なところ。ましてや取り逃がした奴らまで勘定に含めだしたらとてもとても──

「えっと……ゴメン。すっかり忘れてた」

「っ! こんの──」

 こちらの態度がお気に召すはずもなく、魔法少女さんのお顔はどんどん険しくなる。

「チィ! 魔女が」「魔獣に与する裏切り者、許せない」「みんなの仇、ここで!」

 当然のごとく、あたしたちを囲む魔法少女たちも引っ張られる格好となり、おびただしいほどの殺気が迎賓館に充満していく。

「く! 『兵香槍攘』!」

 不の感情を凝縮した圧力にあとずさりながらも、魔兵装を呼びだし構える。

 取り囲んでいる者たちの中には、新条島の『奇跡連合』、九重里諸島帯で『崩壊石』と双璧を成していた『セプタリアン』等々、かつて壊滅させた組織の生き残りらしき姿もある。

 まさしく撃ち漏らしの総決算。……この場合、利子が膨れ上がって返ってきたって方がしっくりくる気もするけど。

 もはや見た目がどうとか気にしてる場合じゃない。やらなきゃやられる!

「みんな、こうなったらやるしか──な、い……」

「ん? どしたナツ」「今は戦いに集中しようよ!」

 目配せしようと振り返ると、詩乃と唯姉さんはちゃっかり普段の魔装衣に戻っていた。

「はあ⁉ い、いつの間に着替えたの⁉」

「棗がみんなを怒らせてる間にちゃちゃっと」

「ちゃちゃっとって、途中で仕掛けられたらどうすんの⁉」

「だって動きづらいし。ねえ、詩乃ちゃん?」

「ええ。あのままだと際どくて集中できませんし。つーわけでナギ、見張りご苦労な」

「いえ。お二人の懸念ももっともですので」

 悪びれもせず言い捨てる三人。緊迫感の欠片もあったもんじゃない。

「で、そういうお前は、やっぱその服気に入ってんの?」

「んな⁉ べ、別にあたしは──」

 笑いを噛み殺した詩乃の囁きに、紛れかけていた羞恥心が再燃する。

 さっきまでは『みんなで変装している』という免罪符を前面に打ちだし、どうにか己を騙していた。その支えが崩れ去り、もはやあたしの羞恥心を誤魔化すものは何もない。

「~~! ……あーもう! どいつもこいつも文句ばっか言いやがってぇ‼」

 突如放たれたあたしの雄叫びに、敵味方区別なく『ん?』という表情が浮かび上がる。

「こんだけ魔法少女がいっぱいいるんだし、いい機会だちょうどいい! あんたたちに文句の一つも言ってやろうと思ってたんだよ!」

 このまま恥じらっていても埒が明かないので、強引に話題を切り替えていく方向へ。完全な八つ当たりなのだが、あながち間違ってもいないので押し通らせてもらう。


「確かにあんたたち魔法少女は、魔人に言い包められただけかもしんない! 

「けど! それを疑うことはいつだってできたはずだろ⁉

「それがなんだ? 女子供も構わず討伐しまくってさ!

「ちゃんと人の話聞けよ! 言葉通じんだろ言葉!

「あたしたちは、そんなわからず屋から魔獣を守るために戦ってんだよ!


 数多の修羅場くぐり抜け、時にはすり抜け、あるいはぶち壊してきた『狂気』の賜物か、感情的な想いをぶつけつつも、冷静な部分が同時進行で文脈を組み立てる。

「ふ、ふざけんな! あいつらはこっちが話そうとしても攻撃してきたぞ!」

「私もそうだった! 先にしかけてきたのはあいつらの方だ!」

「だいたい魔力がなきゃ死ぬような奴らと話し合いなんて不可能だろ⁉」

 案の定でてくる反論の数々。その中にちらほらと、魔獣に歩み寄ろうとする意見があるのには少しばかり驚いた。

「ああそうだよあいつらも悪いさ! だからってあんたたちが正しい理由にはならない!」

 だとしても矛を収めるつもりは毛頭ない。おこがましいのは承知の上だけど、あたしは一人の人間として魔獣たちの意志を伝える責任がある。魔人に弾圧されて里を追われ、それでも生きたいと願いながら、さらに追い詰められていったあいつらの気持ちを。

 痛みと悲しみ、悔しさと憤り。例え片鱗であっても、それらを知っているあたしがここで伝えないでいつ伝えるというのか。


「魔女と呼びたければ呼べよ──

「討伐を止めないなら好きにすればいい──

「あたしも止めない。あんたたち全員が全部忘れるまで──

「魔法少女がみんないなくなるまで、あんたたちの心臓(ここ)にこいつをぶっ刺し続ける!


 啖呵を切り、勝鬨を上げるように『兵香槍攘』を振り上げる。吹き溜まった諸々を余すことなく吐き出し、迎賓館が静寂に包まれる。

 パチ、パチ、パチ……。

 そこに三人の乾いた拍手が虚しく響く。詩乃も渚も唯姉さんも、憑き物が落ちたように爽やかな笑顔を浮かべている。その想いに偽りはないんだろうが、これはこれで気持ちが悪い。

『──っ』

 言いたいことはそれだけか? 

 そう告げるかのごとく、魔法少女たちは魔兵装をかざし、各々魔力を込められていく。

「まあ、結局こうなるよな」

 あたしが一方的にすっきりしただけで、事態にこれっぽっちの変化もない。むしろ火に油を注ぎまくったせいで悪化の一途だ。すでに作戦云々でどうにかなる状況ではなく、向こうがただ雪崩を打ってくるだけでひとたまりもない。

「いいじゃん、あっちがやる気ならさ! 獲物の錆にしてくれるってもんよ!」

「逃げ癖のついた負け犬など、何匹集まろうと負け犬の群れ。恐れるに足りません」

 この期に及んでこいつらは何を根拠に自信満々なのか。

「よく言ったナギ! 戦は数より質って心理を教えてやろうぜ!」

「いや戦は数だろ⁉」

 歴史書好きがなんたる根性論。理詰めなとこは変わらないクセに、最近やたらとノリがいいよな。……これもあたしが何かと引っ掻き回した影響なんだろうか?


「あらあら、ずいぶんと盛り上がっているじゃない?」


 まさしく大乱闘にしゃれ込もうとした刹那、やたらと艶っぽい声に一同が注目する。

 一人の魔法少女が、人垣を割って立っていた。鮮血色の着物は胸が見えそうなほどにずり下がり、肌を大胆に露出させている。その出で立ちはまさに、歓楽街にいる花魁のそれ。

「お? ……おお! 青さんも来てたのか?」

 現れたのはかつて詩乃とともに『太陽ルチル』を支えていた、大室青江こと青さんだ。

「は~い詩乃。魔女一派のみなさんも、ご無沙汰してるわね」

 青さんは気安く答えると、下駄をタカタカと鳴らし、気後れ一つなく近づいてくる。動きに合わせて魔装衣に編み込まれた金糸が照明を反射させ、キラキラと光る。

「青さん、だと?」「『太陽ルチル』の大室青江か⁉」「引退したって聞いたけど?」

 その名を反芻してザワついている魔法少女一同。あの人ってそんな有名人だったのか。

「噂は聞いてるぞ、青さん。自前の組織を立ち上げたんだって? 偉くなったもんだな」

「『蒼穹(そうきゅう)(ビス)(マス)』よ。中立派の受け皿みたいなものだから、まだまだこれからよ」

「運営に苦労してんじゃないか? アカリはあれでやり手だったからな」

「本当にそうよね。改めてあの子のすごさが身に染みたわ。アカリ、元気にしてる?」

 場違いにも旧交を温めだす元『太陽ルチル』の二人。

「……おい、どうする?」「いや、あそこに割り込むのは──」「ま、まずは様子見で」

 掌を返したように及び腰になっている魔法少女たちにひたすら唖然。あんだけ行け行けドンドンだったところに青さん一人現れた途端だんまりとか、どんだけ影響力あんのさ?

「うん……そうね、わかるわ。ええ、お安い御用よ。──そういうわけだから、私はこっちに加勢させてもらうわ」

 どういうわけでその結論に至ったのか、青さんは詩乃と一言二言交わしたあと、あっさりこちらに寝返った。

「んな⁉ お、大室青江! こんな絶好の機会に──う、裏切るのかよ⁉」

「この子たちには貸しがあってね。あなたたちよりは太い付き合いなのよ。友達が困ってたら助けてあげなさいって、お父さんお母さんから教わらなかったのかしら?」

「う! こ、この──」

 青さんの威圧的な態度に、先頭の魔法少女がたじろぐ。美人さんは何しても様になる。

 ともあれ青さんの裏切りにより、魔法少女たちは機先を制されグダグダだ。これなら本格的な荒事にはならないだろう。かつてまみえた組織の生き残りに窮地を救われるとか、奇妙な縁もあったもんだ。

「あの、ありがとうございます。青さん」

「いいのよいいのよ。言ったでしょ? 借りを返しただけだって」

 素早く駆け寄りお礼を言うと、青さんは近所の年長者的気安さで応えてくれた。

「念のために言っておくけど、あなたたちの仲間になるつもりはないから。私にその資格があるとも思えないしね。利害が一致した時に手を貸すってだけよ」

「いえいえ、十分ですよ。ありがとうございます」

 もう一度お礼をし、青さんとがっちり握手を交わす。まさか詩乃のような個人ではなく組織と同盟を組むなんて。頼もしいことこの上ないけど、盤面がますます複雑になっていくな。


 ドオンッ!

「何やら騒がしいようだが、静粛に願おうか」


 まったりしかかっていると、扉が勢いよく開き、よく通る女性の声が響いてきた。

「ようやくお出ましのようね」

 まとっていた気配がクルリと変わり、青さんは眼を細める。あたしもつられるように、視線を入室してきた魔法少女に移す。

 広間が再び、ただし先程とは違う種類での緊張を帯び始める。


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