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魔引きの魔女  作者: 片桐 楚江
〈暗殺者編〉
15/39

エピローグ2/2

「…………」

 カリカリと鉛筆を走らせ、すでに出ている夏休みの宿題を切り崩していく。

 別に楽しい予定が毎日詰まってるわけではないけど、どんなイベントが舞い込んでくるかわからない以上、早くやっておくに越したことはない。

 コン、コン。

「はい~」

「灯子、お風呂空いたよ」

 丁寧なノックの後、パジャマ姿のお姉ちゃんがひょっこり顔を出す。

「ん~、これちょっとで終わりそうだから、お母さんに先入ってって伝えて」

「わかった。──え、何、もう夏休みの宿題やってるの?」

 いつの間にか後ろに立っていたお姉ちゃんがグイっと覗き込んできた。

「うん。早く終わらせて遊びたいし」

「いい心がけですこと。えらいわね~」

 お姉ちゃんがやさしく頭を撫でてくる。いい加減子供扱いしないでほしいと思うけど、この人にとってわたしは、どれだけ歳を取っても子供だろうから、言っても無駄だと諦めている。

「お姉ちゃん、あのさ──」

「ん~?」

「ちょっと前にさ……校門でいきなり話しかけてきた奴いたじゃない? ……あいつと連絡って取ってるの?」

「? ……ああ、四ヶ郷さんね」

 かわいらしくポンと手を打ち、お姉ちゃんは言った。

「うん、この間メールきたよ。夏休みに旅行に行くから会おうって」

「……会うの?」

「うん、(てん)(きょう)駅で待ち合わせ。街を見てみたいって言うから。どうして?」

「……いや、別に」

 質問に質問で返され、うっかり言葉に詰まる。こちらが聞きたいことだけが先行し、なんて答えればいいかまで考えていなかった。

「よかったら一緒に行く? 前に会った時失礼なことしちゃってたし、仲直りとか」

「いいよそんなの」

 これだけはキッパリと否定する。普通の日にあいつの顔を見るなんて死んでもごめんだ。

「勉強もいいけど、あんまり遅くまで起きてちゃだめよ? おやすみなさいね」

 わたしの強情さを知ってか、お姉ちゃんはそれ以上掘り下げなかった。

 こういう場面で大人なところが、『やっぱりお姉ちゃんだな』と感じると半面、『わたしって子供だな』と痛感する場面でもある。

「うん、おやすみ、お姉ちゃん」

 そんなことはおくびにもださず、机に向き直る。

「…………よし」

 お姉ちゃんの足音が遠ざかっていくのを確認してから、片付いた宿題を横に置き、引き出しから別のノートを取り出して広げる。

「しばらくは青江を戦闘の柱にするとして。ちょっと不安だけど、ランとアキラにも出てもらうしかないか。仕方ないけど、当分は新人の勧誘は控えて──」

 お菓子の空き箱で作った、魔法少女の名前が書かれた厚紙を広げ、ああでもないこうでもないとぼやきながら役目を割り振る。そう試行錯誤しているうちに、初めはどこか漠然としていた陣容が、現実的な形に固まっていく。

「とりあえず、こんな感じで聞いてみるか」

 おおよそではあるが新態勢の草案もまとまり、一息つく。

 最終的な判断は本人たちに聞いてみないとわからないけど、叩き台がないとそんな話も進まなくなってしまうので、これも大事な作業だ。

 先日の壊滅により、『太陽ルチル』は再び多くの魔法少女を失ってしまった。

 しかし悔んでばかりもいられない。今手元にあるもので何ができるかを考えなければ、生き残ってくれたメンバーさえ崩壊しかねない。

『いい、アカリ。去った者を悼んでも、囚われちゃダメよ。あんまりズルズルしてると、次は自分も同じ場所だからね』

 お姉ちゃんがヒカリの時に言っていた言葉が、今頃になって身に沁みてくる。

 二人でやっていた組織運用も、お姉ちゃんが討伐されてからは全部一人でやっている。

 戦場ではいつ、何が起きるかわからない。こちらがどれだけ万全の準備を整えていようと、相手がこちらを上回ってしまえば、それはなんの意味もなさない。

「…………」

 もう一冊、黒革の装丁に包まれた手帳を取り出す。

 お父さんの会社で使われている社員手帳。大人が持ち歩いているものに対する憧れと、そのカッコいい見た目に、柄にもなくわがままを言ってもらってきたものだ。

「…………」

 パラパラとページをめくる。


屋代(やしろ)晃子(こうこ) 文示(ぶんじ)十三年 五月○日』

須坂(すざか)北斗(ほくと) 文示十三年 五月○日』

綿内(わたうち)侑希那(ゆきな) 文示十三年 五月○日』

『──── 文示十三年 五月○日』

『──── 文示十三年 五月○日』


 討伐された魔法少女たちは全員、誰一人漏らすことなくここに書き残している。わたしの犯したの失態と魔法少女たちの無念を忘れないために。

 そしてこのページは『太陽ルチル』結成史上、もっとも多くの名前が刻まれた日だった。

 忘れもしない。討ち取った魔獣を餌に獣王と魔女を誘き出し拘束する作戦が、赤岩詩乃の裏切りと魔女の暴走によって破綻し、『太陽ルチル』が総崩れに追い込まれてしまった。

「みんな……」

 魔女が障壁越しに、ヒカリ──お姉ちゃんの心臓が魔女の闘剣に貫かれる光景は、今でも夢に出てきてはわたしを叩き起こす。

 どれだけ時間をかけて積み上げようと、壊れる時は一瞬だ。頭では理解していた知識が、明確な経験としてのしかかってきた瞬間だった。

 当時の『太陽ルチル』は総勢52名。内、作戦参加者は31名。

 結果あの戦闘では、討伐13名・深手15名・戦意喪失による契約破棄が4名という、前代未聞の大損害を被った。最終的な討伐数で見れば、3分の1近くがごっそりいなくなったことになる。そしてその中には『太陽ルチル』旗揚げ時のメンバーも多く含まれており、組織内部の再編に多くの時間を要した。

「…………」

 次のページをめくる。


『──── 文示十三年 六月◇日』

権堂(ごんどう)紗百合(さゆり) 文示十三年 六月△日』

『──── 文示十三年 六月□日』

都住紅(つすみべに) 文示十三年 六月□日』


 そして先日のあれだ。

 後発型魔法少女を迎えて人員を補強し、生き残った魔法少女たちにも一層の修練に努めてもらった。もう二度と、あんな悲劇を繰り返さないように。

 満を持して魔獣の群れを寄餌にし、魔女と裏切り者を決戦の場に引きずり出した。

 これでようやく、ヒカリたちの仇が打てる。

 そう思った矢先、謎の魔法少女が乱入し、すべてを台無しにされてしまった。

 再編した総勢45名中、作戦参加者は30名。

 損害は討伐18名・深手8名に上った。今のところ契約破棄は出てないが、あの時の惨状を思えば、おそらく前回よりも増えるだろう。

 二度目の総崩れは、もはや戦いにすらならないまま悲惨に終了した。

「……くぅ」

 すべてがうまくいくとは考えてなかったし、討伐者が出てしまう覚悟だってしていた。それでも、立て直したものがまたしても崩れ去る悲しみは相当なものだった。

「……え? うわ──っ!」

 静かに、涙が頬を伝っていた。

「なん──で、くそ止まれよ……いい加減──」

 慌てて袖口で拭うも、涙は収まる気配がない。

 止まれ止まれと願うだけで感情を制御できるほど、人の身体はうまくできていない。だからこその悲しみであり、涙なのだ。

「うぅぅ──っ! うう! ああぁぁ……ぐぅ……くそぅ……」

 意識してしまったが最後、ついには嗚咽も止まらなくなってしまった。

 止まらない。お姉ちゃんがいなくなって、紗百合もいなくなって、どれだけ泣いたかも思い出せないのに、それでもまだ、涙は枯れることなく溢れ出してくる。

 ポタリ、ポタリ。

 零れ落ちた涙が、手帳に刻まれた魔法少女たちの名前を滲ませる。

「はあ……はあ……うう!」

 いっそこのまま、肺の空気を全部吐き出して消えてしまいたくなる。しかし、それはできない。わたしはまだ、こんなところで止まるわけにはいかない。

「絶対に、許さない……っ!」

 積もり積もった悲しみを、燃やし燃やして憎しみに変換していく。

「四ヶ郷、棗──」

 すべての元凶である、忌まわしい魔女の名前を口にする。お姉ちゃんに近づき、堂々と友達になりたいとのたまう、あの笑顔を脳裏に浮かび上がる。

「待ってろ……必ず、必ず! わたしが、お前を……殺してやる──」

 魔女に夢を潰された同胞たちの名前を見つめて、わたしはわたしにしか聞こえない声で囁いた。


 数ある作品の中から『魔引きの魔女』〈暗殺者編〉を選択していただいたみなさん。


 ここまでのお付き合い、本当にありがとうございます&お疲れ様でした。


 一巻のあとがきで『そう遠くない時期に』とか抜かしておいて、一年近く間を空けてしまいまことに申し訳ありませんでした。


 次巻に関しては、今度こそそう遠くない時期(冬のうち)にお届けする予定ですので、何卒よろしくお願いします。


 ではでは、この作品に関わってくれたすべての方々の武運長久をお祈り申し上げまして、お別れのあいさつとさせていただきます。


 またお会いしましょう。

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