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魔引きの魔女  作者: 片桐 楚江
〈暗殺者編〉
14/39

エピローグ1/2

「失礼します! 姉上! 助っ人のお迎えに上がりました」

 ピキーンッ!

 放課後早々やって来た後輩の爆弾発言により、教室全体が凍り付く。

「え~……っと。昨日も来てた日野さんよね? ここじゃなんだから……いいわよ入って」

 ドアの近くにいる子が、気圧されつつも入室を促す。

「ありがとうございます。失礼します」

 昨日とは打って変わり、ハキハキした受け答えで声の主は教室に入って来る。

「…………っ!」

 逃げるように頬杖を突き、下を向く。パタパタと乾いた足音が近づいてくる。

 落ち着けあたし! 姉上なんてあたしは知らない! きっと勘違いだそうだ絶対に! 来るな来るなあたしじゃないあたしじゃない!

「姉上、聞こえてますよね?」

 耳元からはっきり聞こえてくるその声は、明らかにあたしに対して呟かれたものだった。

「…………」

 観念して顔を上げると、日野が目線の高さに屈んでいた。

「……何、その呼び方?」

 逃げ出したい衝動を抑え、恐る恐る尋ねる。

「妹になれと言ったのは姉上の方でしょう?」

『妹⁉』

「ちょっ、おま──」

 慌てて口を塞ぐも後の祭り。その発言はクラス全員の耳にバッチリ届いてしまった。

「四ヶ郷さん! その話、詳しく教えて!」「どういうことよおなつ! あんたには会長がいるじゃないの!」「昨日言ってた決闘のやつか⁉ そういや結果どうなったんだ?」「恋人作った翌日に妹作るとかどんだけよ……」

「──って、うぉぉいちょっと待て! なんだ恋人って⁉」

 まさに時すでに遅し。クラスでも指折りの事情通が大挙して押し寄せてくる。汚職で捕まった役人かあたしは?

「え? だっておなつ、昨日会長に告白したんでしょ?」

「それは昨日否定したでしょなんで定着してんだよぉぉ⁉」

 昨日必死でやったあの弁明はなんだったんだ? やっぱり大衆が望んでいるのは真実じゃなくておもしろいことなんだな。

「詩乃! あんたからも──」

「──っ──っ」

 助けを求めようと視線を送ると、奴はそっぽを向いてプルプルしていた。

「こっちを見ろ!」

「ねぇ棗! いいから決闘の話してよ! みんな知りたがってるんだからさ!」「新聞部も来てるぞ。おーい入って来いよー!」「お気遣いありがとうございます~。失礼します~」

 詰め寄ってくる連中を捌ききれず、質問や催促の飛び交う謎空間ができあがる。

「いや、でもあれは……家庭の事情もあるしおいそれとは──」

「それはわたしが説明するよ!」

 いつの間に湧いたのか、唯姉さんが隣で仕切っていた。

「あ゛ーも゛ー‼ だからめんどくせーって言ってんだろぉぉがぁぁっ! 帰れよ自分の教室にぃぃ~っ!」

 魔界に喧嘩売った時級の叫び声が教室に響く。当分あんな声は出さないだろうと思っていたのに、もう更新してしまった。

「あの、中田会長。心遣いはありがたいのですが、ここは自分で説明しますので」

「あらそう? なら本人からどうぞ!」

 控え目に手を上げる日野に、唯姉さんも心得たもので、まるでお笑い番組の司会者みたいな動作で真ん中を譲った。

「詩──」

「──っ──っ」

 希望の糸を手繰るように視線を送るも、詩乃は終始背景に徹する心づもりのようで、こちらを見向きもしない。あとで覚えとけよあのメガネ!

「では、お話しさせていただきます」

 とか恨み節を炸裂させているうちに、日野の暴露が始まった。


「皆さんもご存じの通り、先日、自分と四ヶ郷先輩は決闘しました。諸事情によりどういった勝負だったのかはお話しできないのですが、結果として先輩が勝利しました──

「自分は、家庭の事情でこの学校に転校してきました。先輩に決闘を挑むことになったのも、それが理由の一つです──

「敗れた自分は、すべてを諦めるつもりでした。このような障害に足をすくわれるようでは、これから先もやっていくことは到底できないと考えたからです──

「そんな自分に、先輩は言ってくれました──

「『あたしがお前の家族になる。だからあんたも家族を守りなさい』と──

「自分は、ものすごく嬉しかったです──

「自分の今とこれからがあるのは、紛れもなく先輩のおかげです──

「その恩に報いるため、自分は生涯を賭してこの人を支えようと決めました──

「これが、先輩のことを姉上と呼ぶ理由です──

「つたない言葉で恐縮ですが……ご清聴ありがとうございました──


 誠心誠意、本気の言葉で綴られた日野の独白に、ただの一人としてその言葉を冷やかそうとする者はいなかった。

「なので自分は姉上の陰で構いません。姉上が会長と乳繰り合おうが交わろうが、二人が幸せなら、自分はそれで──」

 含みのある言い方で口を閉じる日野。

『…………』

 直後、ゴミを見るような冷たい視線があたしに集中する。

「お、お前ふっざけんなよ⁉ せっかくいい感じに締められるとこだったのに!」

 話が丸く収まったら死ぬ呪いにでもかかってんのかどいつもこいつも⁉

「四ヶ郷、いくらなんでも──」「見損ないました先輩、もしかして……私たちもそういう眼で見てたんですか?」「生徒会長を手玉に取り、さらに転校したての後輩をはべらせる。我が校の名物助っ人はそっちの方面も手広いんですね~」

 集まった面々が状況を分析しつつ、あたしという個人を再構築していく。それはもうあたしが考えうる限り最悪の展開で。

「いやいやいや! 誰だよその腐れ外道⁉ てかただの女たらしじゃねーか!」

「ぶ──っ! あははははっ!」

 あたしが『女子に見境なく手を出すヤバい奴』として祭り上げられてしまうのを、なんとしてでも阻止せねばと腰を浮かしかけると、こちらの気勢を豪快に削ぎ落す大笑いが教室の隅っこから聞こえてきた。

「くく──女たらしか。まあ、後輩一人にあんな立派な啖呵切れる奴が、女たらしじゃないわけないよな……くく、あははっ!」

 ようやく来たか助け舟! と思ったのも束の間、ただのトドメだった。

「赤岩さん! 何か知ってるの?」

「おお、知ってるぞ~。なんたって現場にいたからな。なんなら詳しく聞くか?」

「是非! 是非にお願いします!」

 あたしたちを囲んでいた人だかりが、取って返すようにして詩乃に流れていく。……傍から見てみると、集団の狭窄した心理って怖いなんてもんじゃないな。

「ひ、日野! 突っ立ってないで止めなさいよ! あることないこと書かれるから⁉」

 突然の暴露要員参戦に、悠長に構えている日野の肩を揺さぶる。

「問題ありませんよ姉上。赤岩先輩の匙加減を自分は信用しています」

「なんでそっちの方がわかり合えてんだよ⁉ ……ああ、いや、別にあんたの人間関係に口出しするとかじゃなくて」

「それよりいいの棗? 日野ちゃんはともかく、あなたの評判は落ちる一方だよ?」

 誰かの椅子に腰かけた唯音姉さんが、ただただ真実を告げる。

「んな⁉ くっそ! みんな──ちょっと、ねえ⁉」

なんとかしなければと侵入を試みるも、人だかりは一向に崩れる気配がない。

「だから違うって言ってんだろうがよ~……。聞いてくれよ人の話を~……」

 声を荒げることにも疲れ果て、ポロっとこぼれたあたしの想いは、当然誰の耳にも届いていなかった。


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