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得意なのは涼しくすること!

作者: 白夜 零
掲載日:2017/08/08

「あっちぃ……」


 ワイシャツを第2ボタンまで開け、下敷きでパタパタと気休め程度の風を送りながら、トウヤはどうしようもない不満を思わず漏らした。

 その発言を、しまったと思っても後の祭り。

 声の大きさで言えば大した事もなかっただろうトウヤの呟きを敏感に聞きつけた少女達に、トウヤの机周りは一瞬で囲まれた。思わずだらけていた姿勢もしゃんと正され、授業中でも見せないような、お手本の様な良い姿勢を取る。


「トウヤくん、暑いの!?じゃあ私が涼しくしてあげようか?」


 夏の日差しが似合いそうな少女、(りん)が元気一杯に切り出す。その弾みでサイドテールにした明るい茶髪を揺らしながら、目もきらきらと輝き、上機嫌この上無い様子だ。

 他の男子が見れば何とも羨ましい光景だろう。

 しかしこれは最早このクラスでお決まりの光景となっている為、他のクラスの人間がいない限り、羨む様な視線は注がれない。

 目を逸らされるか、同情の眼差しを向けられるかだ。


「あー、頼むわ」


 トウヤは気のない返事を、気のない返事だと悟られない様に用心しつつ返す。

 そんなトウヤの影の努力は功を奏したらしく、凛は機嫌を害するでもなく、上機嫌のにこにこした笑顔のまま、口を開いた。







「隣の家に かこい が出来たんだって!かっこいー!布団が吹っ飛んだ!アルミカンの上にあるみかん。隣の柿はよく客食う柿だ!」








 明るい笑顔そのままに、元気良く、自信満々に言い放たれて、トウヤはどこか疲労感が増したような気がする。

 このままぐったりと机に伏せてしまいたい。

 しかしかと言って誰かをないがしろにも出来ず、トウヤは今度は疲れた様な声で、それでも遠慮がちに返す。


「いや、確かに寒いオヤジギャグだけどな?オレの求めてる涼しさってそういうんじゃなくて。後最後のはオヤジギャグっていうか早口言葉だし、逆な、逆。柿が客食ったらホラーだって」

「うーん、割とイイトコ付いたと思ったんだけどなぁ。今度はもっと古典的で寒いのを仕入れるべき?それとも新しさを追求して」

「じゃあ、次は私の番、ね」


 顎に人差し指を添え、思案に耽る凛の言葉を、控えめで大人しい印象を抱かせる小さな声が、しかしはっきりと遮った。

 色素の薄いショートヘアの持ち主、美凍(みと)は比較的小柄な方ながら、トウヤを囲む女子達の中負けまいと言う様に、トウヤの席側に身を乗り出した。







「とあるマンションの1室。マンション自体、築何十年も経過していて古ぼけているけれど、その部屋だけは群を抜いて荒れ果ててるの。その所為か借り手が付かないんだけど、それでも他の部屋は安さから人気があって、経営は十分。だけどね、そのマンションに住んでる人は時々声を聞くのよ。聞き取り難い声。でもマンションの住人は気にしなかった。明らかに古いマンションだったし、その部屋は明らかにいわくっぽいから。安さの恩恵もありがたかったんだろうね。でも、その日は違ってた。自分の部屋に戻ろうとした住人は変な臭いがするのに気付いて、それでもまあ、古いマンションだし、荒廃した部屋があるからって、気にしないようにするのね。それで自分の部屋にいつも通り戻ろうとしたら、部屋1面が血塗れ。壁紙も家具もべったり血で汚れていてね、ある言葉を唱えた人はそれだけで済んだんだけど、その言葉を唱えられなかった住人の家に、次の日、警察と救急隊員が押しかける事になって、翌日のマンション前はパトカーと救急車、野次馬でごったがえしていたんだって」








 美凍が淡々と言い終える。

 なんだろう、また疲労感が増した。このまま机と仲良しになって暫く惰眠を貪ってもいいだろうか。他のクラスの教師ならともかく、担任なら多少は同情で目を瞑ってくれる気がする。

 はぁ、と溜息を1つ。


「確かに怪談話は涼しさを感じるにもってこいなのかもしれないが、だから夏の風物詩にも語られているんだろうが、悪いな。オレの求めてる涼しさはもっと即物的っつーか、体感的っつーか、実際問題っつーか、そんなトコなんだ」

「ならば、私に任せてください!私こそトウヤくんのお望みを叶えてみせます!」


 大袈裟にガッツポーズさえして半袖であるものの、腕まくりをする様な仕草も見せてから、みつあみを跳ねさせつつ自信満々というように佑子(ゆうこ)は言い放つ。

 まだこれから1日が始まるというのにまるで放課後でもあるかのような疲れを感じつつ、トウヤは気の抜けたような返事を、なんとか絞り出した。


「おー、頼むわー」







 トウヤの言葉を聞いてどこからか佑子が取り出したのは、決して小さくはないクーラーボックス。

 机の上に置こうと思えば1つでは収まらないだろうその箱の中から、てきぱきと取り出したのは氷で満ちたプラスティックケースと水が満タンに注がれている2リットルペットボトル。

 それぞれの蓋をこれまたてきぱきとした動作で開き、佑子はそれをトウヤの頭上で傾けよう、あるいは背中に氷を侵入させようと試み。







「待て待て!確かに水や氷を浴びれば涼しくなるだろうし、オレが言った様な涼しさも得られるけどな?ちょっと考えてくれ。水を浴びたりしたら制服がびしょぬれになって不快だろ?それに今から家に帰るだけじゃないんだ。このあと1日授業も受けなきゃならない。そうなると蒸し返って暑さが悪化する」


 やはりてきぱきとトウヤの頭から水をこぼす、その前に佑子の制止には成功したらしい。

 佑子はペットボトルとプラスティックケースを手にきょとんとしていたが、トウヤの言葉を割とすぐに呑み込んだらしく、はっと目を見開き、いそいそとそれらをクーラーボックスに戻した。

 顔を赤らめて深々とお辞儀。


「ご、ごめんなさい、トウヤくん!確かにそうですよね。トウヤくんの望みを叶えたい一心で失念して」

「暑さを消し去るには、私が最善だろう?」


 佑子の謝罪を遮り、トウヤに佑子を宥める暇も与えず大仰な物言いで最後の少女が割り込む。







「雪女である私が能力を解放すればトウヤの暑さなど吹き飛ぶさ。トウヤのためであればこの力、惜しむ事なく発揮しよう」







「お前なぁ……」


 今度こそ本当に脱力した。

 額が机にぶつかる、鈍い音がする。このまま顔を上げずに寝たフリを決め込んでしまいたい。しかしそうもいかないのが現実の辛いところだ。

 ここでトウヤが寝たフリを決め込んで彼女達の言葉に無反応を貫けばどうなるか。想像するに恐ろしい。少なくとも保健室を通り越して救急車を呼ばれかける、というのはまだマシな方だろうか。

 想像さえしたくない未来を振り払うべく、トウヤはのろのろと顔を上げた。


「中二病ならいい加減止めとけ。本当の雪女であってもオレは氷付けになった時点で死ぬからな?」


 色素が薄いと言うよりは銀髪と言った方が正確であるストレートのロングヘアに、透き通る様に白い肌。それからアイスブルーの瞳を持つエリュは、どこかの国のハーフらしいが、その幻想的とも言える外見と立ち居振る舞いから確かに本物っぽいと言えば本物っぽい。

 エリュは自分の提案も蹴られた事で、顎に手を添え、うむと唸る。


「人間とは脆弱な生き物なのだな。トウヤであれば耐えられると思ったが、人間の構造上仕方ない事か。これは私の方でトウヤに涼を届ける程度に止めるべく、力の調整が必須というところか」

「ねぇねぇトウヤくん!1つ質問!」


 思考に耽るエリュの言葉を遮り、凛がトウヤに訴える。元気よく手を上げる動作も忘れずに。


「トウヤくんを涼しくしてあげるのは失敗しちゃったけど」

「それに、ついては、いい方法を考える。だから、今の、結果は抜きに」

「トウヤくんは誰と一緒に過ごしたいんですか?」

「ストレートに問うてしまうのであれば、誰を選ぶのだ?」


 自分の机を囲む4人の少女。

 それぞれに真っ直ぐ見つめられ、合計8つの瞳の中心にいるトウヤは、彼女達の何とも言えぬ目の色に。










 今日で1番、涼しさを感じた。

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