黒い何か
ギィ…
まさかあれほどに負担が大きいとは。
だが、普通ならあんなにはならない。
だからこそ、ここはこの世界の先輩である自分が手を差し伸べなければいけない。
「透君、もう寝てるかい?」
…返事は無い。
静かに寝息を立てて寝ている様だった。
さてと、早めに終わらせよう。
足元に穴をイメージする。
すると足元が抜けるような感覚。
正しくは、精神だけがその穴に落ちていっている。
行き先は彼、肆 透の精神世界。
彼は、言ってしまえば被害者である。
表向きは薬品会社である、アノゼアの被害者。
あの組織が動いたということは、彼には何かがある。
そう考えて間違いは無いはずだ。
だからこそ、監視が付いていた。
恐らく気がついているのは俺とイティスだけだ。
アトルは、違和感は感じているようだった。
俺が現世に帰れるのは、彼が全てを理解してからだ。
まだ、あの席に戻れるまでは遠そうだ。
そんなことを考えているうちに、足元に硬い感触があった。
「着いたか…。彼の場合はブラフか…」
彼をここに落とした理由は、ひとまずブラフの力を使えるようにしてもらいたかったからだった。
だが、あの様子から見るに失敗したらしい。
何も無い、ただただ暗いだけの空間を進む。
「お前は…終時…か、透は…無事か…?」
身体のあちこちに大きな切り傷や銃痕、有り得ない方向に曲がった腕。
声は擦れ、脚を引きずりながら何かから逃げていた。
「あれは…なんな…んだ…?あんなの…知らない…、見たことない…」
神のスキルたる彼女が酷く怯えていた。
本当ならもう死んでいてもおかしくないほどの大怪我。
「透は無事だ。一体何を見たんだ?」
「ちょっとな…やる気を出させるために煽ってやった…んだ…そした…ら、いきなり目が赤くなってなんとか透の精神だけを…逃がした」
「透を逃がしたあとはどうなった?」
「黒い…長身の…男が…」
段々と彼女の目から光が消えて言ってるのがわかった。
「どうか…あいつを…透を…たのむよ…、アタイはもう…無理そうだ…自我なんて保てない…んだ…」
「あぁ…任せてくれ。透君は任せてくれ、無理に自我も保たなくていい。取り敢えず俺が何とかするから」
「ありが…とう…、気をつけて…」
ゆっくりと目を閉じて眠る様に彼女は自我を保てなくなった。
自我がないと言うのは、いざと言う時のセーフティがなくなってしまうことだ。
透君には、はやくアダマンタイトで装備を整えてもらわないと彼以外の周りが危なくなってしまう。
「やっと、消えたか。」
背後からいきなり声が聞こえた。
バッと振り返ったが、そこには誰も、何も居なかった。
警戒をしながら刀を抜く。
何時、何処から何が来てもいいように。
「貴方は、神…?いや、悪魔ですか。フフッ」
「正しくは元人間だった元悪魔だ。あやふやですまんな。所で姿を見せてはくれないのか?」
正面から黒い煙が立ちこめて、その中から黒い長身の男が現れた。
「君が、彼女の言っていた黒くて長身の男か。なるほど、世界のモノでは無さそうだな。」
「フフッ、分かってしまいますか、私は差詰め宇宙全土と言ったところですかね。」
「そんな、バカげたことを軽く言ってしまうとは…」
もし、それが本当だったとしたら彼女が歯も立たなかったのが納得してしまう。
「冗談のつもりは無いんですがね、それに今の私では貴方には勝てなさそうですね。ここは、謝罪としましょうか。申し訳ございません。」
目の前の男は深々と頭を下げて謝罪をしてきた。
だが、そんな謝罪一つで許せるわけが無い。
頭を下げた隙に刀で縦から両断した。
体は縦に裂け、力なく崩れ落ちた。
すると、ドロっと溶けだして黒い煙になって消えた。
「フフッ、また会いましょう。」
どこからとも無くそんな声が聞こえた。
あれが、監視役…だと考えて間違いない。
だが、そいつがここまででしゃばるとは思っていなかった。
取り敢えずは、帰ろう。
それ以外に何もすることは無い。
ゆっくりと目を閉じて、また開く。
ベットには相変わらず、透君が寝ていた。
暫くは様子見…と言ったところか。
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目が覚めた。
ベットの横にはまた終時さんがいた。
「起きたかい?透君」
「終時さん…その何があったんですか?」
「それは、言えない。すまないが、まだ言えない。いずれ時が来たらとだけ言っておくよ」
「終時さん、何か大事なものがなくなった気がするんです。」
「きっとそれは気のせいだ。気にするべきじゃない。今は、ブラフ達が食事を作っている。食事の時間になったらまた呼びに来るよ」
何かはぐらかされている…気がする。
だが、気にするなと言われたんだ。
あまり気にするべきではないのだろう。
「あの、俺もブラフ達の手伝いに行きます。案内して貰えますか?」
「分かったよ。じゃあ、行こうか。」




