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離れた時間が出会う頃

作者: 西野そら
掲載日:2008/05/08

〜プロローグ〜


春の遠足。


とても懐かしい、あったかい響きがする。


桜が散って、チューリップが咲き始めたころ、


先生に手を引かれて、


連れまわされただけだった幼稚園の春。


バスに乗せられて、


一日中放課後のようだった小学校の春。


思い出すことはあっても、


私には帰りたいあのころというものが、ない。


毎年のように繰り返した転校のおかげで、


遠足のバスで隣に座る人は、いつも違う人。


そのときは楽しくても、


終わってしまえば、一回きりという記憶の中。


密閉されて、


色鮮やかに保存されているけれど、


あのころを復元させるには、


ずいぶんと手間と時間とお金がかかる距離が、


私とあのころの間にはできてしまった。




◇ 記憶




五月に入り、連休を迎えると、


地方から東京へ出てきた学生や、


地方に実家を持つ家族が、


一斉に東京を発つ。


雑踏の東京駅21番ホームに、


今、私は立っている。


一週間前の日曜日、


私を連れ出そうとしたのは、一通のメールだった。


「すっごい久しぶりで突然なんだけど、5月3日に集まらない?」


簡単なメールは、


私的な同窓会の案内。


仲の良かった友達が、


ちょっとだけ、気を利かせてくれて、


私をあのころに引き合わせようとしている。


とても楽しみだった半面、


せっかくの思い出が、現実で汚れてしまうのが、


私には怖かった。




◇ 再会




新潟駅12番ホームは、


強い風が吹き抜けていた。


中央の階段を駆け下りて、


電気店のある西口を抜けると、


長い一直線の自由通路を、私はひたすら歩いた。


新潟駅南口は、新緑が風に揺れて、ささやいている。


待ち合わせの南口広場に到着した私は、


噴水を背に、けやき並木を眺めていた。


噴水のシャワー音と初夏の風に吹かれて、


辺りを見回しても、


客待ちのタクシーの列と、テナントビルへ消えていく人の波。


「変わってないなあ。」


私はひとつ、大きく息をした。


「理沙も変わってないじゃん。」


両脇から大きな声で、


肩を掴まれた私は、慌てふためいて、


大きくバランスを崩すと、噴水の中に落ちそうになった。




◇ 道しるべ




記憶の中の人だった香織と佐知子は、


私の中で現実の人になった。


「なんか、ちょっと大人っぽくなってるし。いつものやんちゃな理沙はどこにいったの?」


二人に冷やかされた挙句、


すっかり東京慣れした私への彼女たちの視線は、


ちょっとだけ憧れの目に思えた。


けれど、私にとって東京は憧れでも、なんでもなく、


ただ、今だけ住まわされている場所のひとつに過ぎなかった。


「ねえ、なんで今日にしたのかわかる?覚えてない?あの日のこと。」


香織に言われても、私には思い当たる節がない。


憲法記念日なんて当たり前だし、


私の誕生日でもなければ、出会ったのも四月だし、


この中で結婚予定の人なんていないから、


付き合い始めた日なんていうこともない。


「ごめん、憲法記念日しか思い浮かばないんだけど。」


申し訳なさそうに言うと、


佐知子はがっかりした表情で大きく息を吐いた。


続いて香織が、


私の肩に手をかけると、大きく首を左右に振った。


「相変わらず理沙は固いね。固い固い。だから、せっかくの恋愛チャンスを逃すんだって。」


そう言うと、香織はついて来いと言わんばかりに、


私の手を力強く引いた。




◇ よみがえる




「ねえ、だから今日集まった理由って何?」


連れて行かれた小さな喫茶店で、


目の前にある二人の顔を、


私は交互に見ながら、その答えをねだった。


「4年生のとき、春の遠足に行ったでしょ。そのとき、理沙大ケガしたじゃない。」


私の中でぼんやりと、


あのころの痛い記憶がよみがえってきた。


忘れかけていたものが、


再び呼び起こされるだけで、かなり精神的にきつい。


確かに、私は遠足で行った山奥のアスレチックで、ケガをした。


長い丸太の杭歩きの途中で落ちて、


ひざを擦りむいた上に、骨にひびが入った。


そのときは気がつかなかったけれど、


夢中で何度も、落ちた丸太にトライしていたのを、


今でもはっきり覚えている。


「思い出した?それで、そのときアスレチックのお兄さんが止めるのも聞かないで、理沙何度も丸太に乗ってさ。」


香織の言葉に、


佐知子は笑いがこらえられなくなった。


「ほんと理沙は負けず嫌いだからさ。男子ができて、自分にできないから悔しがるし。」


そんなに笑うことないのに、


と思ったけど、仕方ない。


それは、紛れもない事実なのだから。




◇ 知る




「それで、この間聞いた話なんだけど。」


香織は話を元に戻した。


「そのときに理沙を止めたお兄さんの顔、覚えてる?」


正直なところ、


私はあまり覚えていない。


ただ、平衡感覚が鈍っている私は、


何度乗っても途中でバランスを崩してしまう。


「もう、いい加減やめなって。」


半ば怒られるように言われて、


ようやくあきらめた私は、


そのままお兄さんに背負われて、


入口にある事務所で治療を受けた。


「あんまり、よく覚えてないけど、おんぶしてもらったのは覚えてる。」


その言葉を待っていたかのように、目の前の二人が顔を見合わせた。


「そのおんぶした子に、会いたいって人がいるの。」


二人はなぜか、声を合わせた。


「なんで、声合わせるの?」


私が聞いても、


二人ともニコニコしたまま、何も言わなかった。




◇ 見る




再び、初夏の日差しが照る外へ出ると、


緑が色鮮やかに、輝いていた。


駅と並行するけやき通りには、


休日とあって人通りが一段と増している。


二人に連れられた私は、


駅のほうへと連れ戻されていた。


「ねえ、こっちは駅じゃない?」


私が言うのも聞かず、


二人は変わったばかりの青信号で、


横断歩道を渡っていく。


開いた距離をつめるために、


私は、駆け出した。


数メートルの横断歩道を走っただけで、


息が切れる自分が情けない。


自転車と電車の生活で、


結構体は動かしているけれど、


走るとなると、


心臓がバクバクと胸を突き上げる。


「なんで、そんな苦しそうなの?」


ようやく遅れを取り戻した私に、


振り返った佐知子は、呆れ顔だった。


「ほら、着いたよ。あの人。」


香織が指差す先を、


私は息を整えてると、ゆっくりと見つめた。


視線の先には、


ガラス張りの中で一人話し続ける、楽しげな男の姿があった。




◇ 見つめる




「あの人が、この前ラジオで言ってたのを偶然聞いてたんだけど。」


香織はそれから、話のあらすじを話し始めた。


ちょうど話題は、忘れられない人というテーマで、


今から5、6年ほど前の学生のころ、


アスレチックでバイトをして、


そのとき、自分の制止を振り切って、


ケガをしながら、何度も丸太平均台に挑戦する、


男勝りの女の子が、


今どうなっているのか、ふと気になったという話らしい。


作ったようにも聞こえるけれども、


時間的にも、場所的にも、


私の記憶と合致している。


小さなエリアの、小さなコミュニティ放送だから、


本人は、あまり気にもせず言ったのかもしれない。


そう思うと、なんだか気が楽になってきて、


ガラスの中で、


次々と持ち込まれるメッセージに目を通している姿を、


私はじっと見つめていた。


すると、香織がバッグの中から手帳を取り出すと、


なにやら書きなぐって、そのページをちぎると、


窓ガラス越しに中へ見せた。




◇ 感じる




香織は窓ガラスに押し当てた紙を、


指差して中へ合図していた。


「ちょっと、なにしてるの?」


私が香織の肩に手をかけて、


その恥ずかしい行為を止めようとした。


ところが今度は、


佐知子が、私の肩を抱いて、


ガラス越しに中にいる彼に、私の全身を見せようとした。


「ちょっとやめてよ。」


私と佐知子がもめている間に、


コマーシャルの時間になり、中にいた彼が近づいてきた。


ついに彼と私の視線が合った。


「ほんとこの子なんだ。へえ、全然面影ないね。」


そう言う彼は、とても嬉しそうな表情を浮かべていた。


「それもそうだよね、あの時はまだ小学校高学年ぐらいだったでしょ?」


防音バッチリの窓越しで、


大きな声で語りかける彼に、私はアスレチックのお兄さんの面影を感じた。


「はい、4年生でした。」


私は右手の指を4本立てた。


彼は大きくうなづくと、


急いでテーブルに着いた。


コマーシャルの時間が終わり、


また番組が始まると、


あのころのお兄さんではなく、


すっかりプロフェッショナルの顔に戻っていた。




◇ 触れる




こんなに長く、


ラジオの公開放送を見たことはなかった。


渋谷のスペイン坂に行ったときも、


1分ほどで強制移動で、


結局見た感じがしなかった。


ここは新潟、それもコミュニティ放送。


聞いている人も少なければ、


見に来る人は、ほとんどいない。


24時間の大部分が、


東京の放送を中継していて、


生放送の時間なんて、ごくわずか。


その時間帯に、


チューニングを合わせて、


聞いていること自体が奇跡的。


そんな不思議な縁を感じながら、


私はガラスの前に立ち尽くしていた。


「ねえ、いいプレゼントだったでしょ?」


まっすぐ見つめる私の横顔に、


香織がそっと話しかけてきた。


「うん。なんかホッとするプレゼントだね。ほんと、ありがとう。」


香織と佐知子に、私は頭を下げた。


「ほんとたまたま家に帰るときに、ここによったら、理沙のこと話しているからさ。すぐに理沙に連絡したってわけ。」


彼に出会えて、


本当に懐かしい、土臭い思い出に触れ合えた。


彼のおかげで、


本当に懐かしい、古い友情に触れ合えた。


そのことだけでも、


私には奇跡にしか思えなかった。




◇ 別れる




「そろそろ、行く?」


ガラスの中を、


一心に見つめる私に、


香織は少し遠慮していた。


「うん、もう気が済んだから。行こうか。」


少しある名残惜しさを振り切るように、


自分から切り出した。


「ねえ、最後くらい手振って行こうよ。」


佐知子に言われて、


三人で中に向かって手を振ってみた。


「バイバイ。」


私はガラスに背を向けた。


すると、香織が私の肩をたたいた。


「ねえ、なんか呼んでるみたいだよ。」


振り返ってみると、


彼が左手で手招きをしていた。


けれど、視線は原稿に行ったきりで、


再び私に戻ってくることはなかった。


「どう思う?」


三人で顔を見合わせて、


しばらく居残ってみることにした。


誰も居ない公開スタジオに、


私たち三人だけが三十分近く足止め。


さすがに疲れてきて、


黙りがちになった険悪な雰囲気に、


私も切なくなってきた。




◇ 待つこと




しばらくガラスに背を向けて、


寄りかかりながら、時間を過ごすと、


気がつけば、番組も終わりに差し掛かり、


私たち以外にも、


人だかりができ始めていた。


「さあ、今日も終わりになりましたが。」


彼の言葉で、


私たちは慌てて、窓の中を振り返った。


すっかりだまされて、


待ちぼうけを食らわされたような、


腹立たしさとむなしさがこみ上げてきた。


「でも、今日は三人の可愛い女の子たちが、ずっと見てくれていて、それ以外にも、どんどんみなさんおいでいただいて、みんなお休みの日なんだなあと思いました。」


番組のネタにされて、


完全に終わりへ向かっていく展開に、


益々腹が立ってきて、


この一言のために私たちを引き止めたのか、


と声を荒げたくもなる。


ところが、それは私の勘違いだった。


「そして、たった今、すごい出会いがありました。僕が先週、気になる人ということで、負けん気の強い小学生の女の子っていう話をしましたが、実はその子が今日、ここに来てくれました。」


彼は私の顔を目掛けて指差した。


「そういえば、名前なんだっけ?」


とオンエア中のマイクに向かって話しかけられた私は、


あまりの突然の展開に、


言葉が出ない。


私がぐずぐずしている間に、


香織と佐知子は声を合わせて、大きな声を張り上げた。


「理沙です!」


その声を聞き取った彼は、マイクに向かって話し続けた。


「わかりました。ラジオの前のみなさん、理沙ちゃんでした。私の気になる人、理沙ちゃんに会えました。今日連れてきてくれたお友達の二人、ありがとう。」


彼はひと通り状況をマイクに詰め込むこと、


静かに番組は終わり、


それとともに、人は一気にはけていった。




◇ 向き合う




「ちょっと待っててよ、今入れてあげるから。」


そう言うと彼は、


従業員用の鉄扉の玄関へ行くよう指示した。


私たちがしばらく待っていると、


鍵が開いて、中の小さな会議室へと案内された。


「ねえ、あの人、名前なんて言うの?」


しばらく中で待つ間、私は香織に聞いた。


「ああ、青木雄二だったかなあ。正直、私もあんまりよく知らないんだけどね。」


香織はずいぶんあっけらかんとしていた。


佐知子にも、同じことを聞いてみたけれど、


「まあいいじゃん。なんかコーヒー飲めるし、楽しそうだし。」


とこちらも楽天的で、


ちゃんと挨拶しないといけないし、


それなりに話を合わせなければいけないし、


と私の不安は募っていった。


彼が戻ってくると、向こうから話を始めてくれた。


「えーっと、香織ちゃんと佐知子ちゃんだっけ?」


彼は二人の顔を見て、すぐに名前を言い当てた。


「はい。ちゃんとメールのとおりだったでしょ?」


香織は、得意げに彼と親しく話を始めた。


「ほんとだよ。でも本気で連れてくるとは思わなかったからなあ。」


私は、一気に変化したこの状況を


飲み込むまでに時間がかかりそうだった。


「理沙ちゃんだっけ?よく東京から来てくれたね。」


ついに私に話題が振られた。


「はい。二人に呼ばれて。ちょうど連休でしたので。」


とりあえず、当たり障りのない会話で、


その場をしのごうと必死になっていた。




◇ わかる




「ねえ、二人とも知り合いなの?」


私はようやく、


香織と佐知子に、一番気になっていた質問ができた。


二人とも、示し合わせたような顔をしていて、


なかなか話してくれず、ようやく佐知子が説明してくれた。


「だから、ラジオで理沙の話を聞いて、たぶんその子は理沙のことで、今は東京に住んでいて、ゴールデンウィークに連れて行くってメールをしたら、待ってるっていうから、強引に理沙を呼び出したってわけ。もう、相変わらず鈍感だねえ、理沙は。だから丸太から落ちるんだって。」


と最後に笑いまで取って、


私は立つ瀬がない。


ようやくわかったことは、


すべてが出来上がったシナリオの上を、


私はずっと歩かされてきたということ。


それがわかった私は、


顔が熱くなってきた。


詐欺に引っかかったようでも、


たちの悪い勧誘につかまったようでもあり、


今ここにいる自分が、


少し恥ずかしくもあり、


よく考えてみても、


今自分がいるこの部屋が、


現実かどうか、


区別がつかなくなってきた。


「ねえ、これって夢じゃないよね。」


私は二人の顔を見て、真顔で聞いてみた。


「なに言ってるの?もう理沙、おかしくなっちゃったんじゃない?」


香織には、本気で心配されてしまうし、


「大丈夫?しっかりして。ちゃんと生きてるから。」


佐知子には、現実であることを確認された。


佐知子に肩を揺すられたとき、


横目で彼の様子を窺った。


そんな私と友達のおかしな会話を、


彼はずっと、眺めているだけだった。


その目はやさしく、


遠いあのころの私を見ているような、


小さくて、負けず嫌いの私が、そこにいた。




−完−



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