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夏の夢(著:はしばみ

 長いトンネルを抜けると雪国だったとか魑魅魍魎が蔓延る摩訶不思議な世界だったとか、トンネルというものは得てして二つの世界を結ぶ橋の役割を担う不思議空間である。よくよく考えてみると、長いトンネル――特に湾曲したトンネルにおいては、その中間地点まで進むと前を見ても後ろを見ても外界を目視することは叶わず、見渡す限りの黄色い照明とコンクリートの壁の無機質さも相まって、まるで世界から断絶されたかのような心持ちになる。異世界へ続く道としてトンネルが選ばれ続けるのも納得というものだ。トンネル一本くぐればその先が雪国であったというのはここ日本では別段珍しい事でもなく、それなりの山間部に行けばしばしば見られる光景だけれど、いざ体験するとやはり別世界に来たような気分になる人も少なからずいるのではないだろうか。

 何が言いたいかって? うん、それじゃあ少し昔話でもさせてもらおうかな。

 

 これは、僕がまだ小学生の時の話。

 一人っ子の僕と両親は都会のマンションに居を構えていたのだけれど、祖父母は車を四時間程走らせたところにある田舎に住んでいた。この田舎というのは本物で――田舎に本物偽物があるかはさておき――見渡す限りの田んぼ、畑、山々、そして点在する民家。そんな感じの典型的な田舎で、僕たちは毎年お盆と年末年始に祖父母の家に集まっていた。普段ビル群に囲まれた生活をしている僕にとってはとてもつまらない恒例行事でしかなかった。祖父母に会えるのは嬉しいが、それとこれとは話が別、というやつだ。

 その年も一週間ばかり滞在の予定で祖父母の家に訪れていた。友達もおらず、そもそも子供の人数もたかが知れているこの地域では遊び相手もいなくて、それもこの恒例行事が嫌いな理由の一つだった。家で持ってきたゲームをして、飽きたら外に遊びに行く。けれど周りは田んぼばかり。とてもじゃないが楽しくなくてすぐに帰る。毎年そうやって過ごしていたし、今年もそうなんだろうなと幼心に鬱々としていた。山麓の探検中に、あるトンネルを見つけるまでは。

 僕の知っているトンネルと言うのは天井が高くて、硬い壁で補強されていて、点々と明かりが取り付けられているごくごく普通のものだった。そのトンネルはそんな普通とは違っていて、高さは大人の身長ほど、壁もごつごつした岩がむき出しになっていた。不気味さすら漂っていたけれど、湧き上がる好奇心を抑えられなかった僕は、少しだけ進んで引き返そうと決め、足を踏み入れることにした。

 結論から言うと、そのトンネルは数十歩も歩けば行き止まりの短いものだった。何処かへ通じているのでもなく、トンネルというよりは穴という感じだ。たいしたことなかったな――それが、率直な感想。肩透かしを食らった気分で踵を返した、その時だった。

「帰っちゃうの?」

 そんな、子供の声が聞こえたのは。

 驚きと少しの恐怖で動けなくなってしまった僕の前に、“後ろ”から回り込んできたのは僕とそう年の変わらないくらいの男の子だった。いつだったか、母が見ていた映画に出ていたような古めかしい格好をした男の子が、僕の前でにこにこと人懐こい笑みを浮かべていた。

「遊ぼうよ」

「君は……だれ……?」

 あまりの無邪気さが返って恐ろしく、無意識に半歩後退る。

「僕? 僕は昔この辺りに住んでたんだけど、今だけ里帰りで来てるんだぁ。今日でもう帰らなきゃいけないんだけど。ねぇ、一緒に遊ぼう!」

 里帰り。ならば、この男の子も僕と同じなんだろうか。男の子が後ろから現れたのも、暗かったせいで僕が見落としていたのかもしれない。そう思うとちょっとだけ気持ちが落ち着いて、気づけば頷いていた。

「やったぁ!」

 男の子は三郎と名乗った。三郎君は人懐こい子供だった。初対面の僕の手を引っ張ってトンネルを出たかと思えば、そのまま良いところがあるからと言って山を登り始めてしまう。都会っ子の僕には相当キツイ山道なのに、三郎君はひょいひょいと身軽に駆けてゆく。少し進んでは休憩を求める僕に三郎君は気分を害した様子もなく付き合ってくれて、一時間ほどかけて山を登った。

「見て見て! ほら!」

 開けた道から伸びる岩によじ登った三郎君が手招きするものだからこわごわとついていく。流石に三郎君のように岩の上で飛び跳ねる度胸はないから蛙のように岩に張り付いてその先の景色を眺める羽目になったけれど、それでも僕の視線はその風景に釘付けになった。

 茶色い畦道も、青々とした稲が風に揺れる田んぼも、点在する民家も、たまに走る軽トラックも、すべてが絶妙なバランスで配置されていて、まるで一つの絵画を見ているような、そんな素朴ながらに美しい景色がそこには広がっていた。

「すごいでしょ! 秋になると一面が金色になって、もっともっときれいなんだよ!」

 田舎だと馬鹿にしていたこの場所にもこんなきれいな景色があったなて知らなくて、僕はそれまでの自分が恥ずかしくなった。

「ほんとに、すごい。ありがとう三郎君。こんなきれいなところを教えてくれて」

 三郎君はぽんと胸を一つ叩いて、この村のことなら僕に任せて。そう、自慢げに笑った。

 

 山を降りた僕と三郎君はトンネルの場所に戻って、今度は僕が持ち歩いていたゲームで遊んだ。三郎君はゲームを見るのが初めてらしく、すごいすごいと手を叩いではしゃいでいた。下手くそだろうからと三郎君はやりたがらなかったけど、それでも僕が動かしているのを見ているだけでも嬉しそうだった。

「あ、そろそろ夕方だ……帰らないと」

「帰っちゃうの?」

「うん。あんまり遅くなると怒られるから……。三郎君は、今日帰るんだっけ」

「今日でお盆が終わりだからね」

 寂しそうに三郎君が笑う。僕も寂しかったけれど三郎君をどうにか励ましたくて、あえて明るく振る舞った。

「来年! 来年、また来る?」

「うん、来るよ」

「じゃあ、また会えるね」

「そうだね。君がそのままでいてくれたら、きっと会えるよ」

 三郎君の言葉の意味はよくわからなかった。でも、来年も会えると聞いて、僕は嬉しかった。来年もまた遊ぼうねと約束をして、僕たちはお別れをした。

 三郎君は、最後まで寂しそうだった。

 

 その翌年は祖父母の家を訪れるのが少し遅れて、夏休みの後半になってしまった。例のトンネルに行ってみたけれど、三郎君はいなかった。里帰りの時期とずれたんだろうなって思って、その年は諦めた。

 更にその翌年。僕は中学生になった。この時はお盆ぴったりに村に行くことができた。トンネルに行くと三郎君が待っていて、僕が久しぶりと声をかけると驚いたように、けれど嬉しそうに笑っていた。もう会えないかと思ってた、と。

 その更に翌年。中学二年生。僕はあまり素行の良くない男の子たちとつるむようになっていて、所謂夜遊びに時々参加するようになっていた。両親が叱ってくるのは煩わしいと思っていたけれど、三郎君に会いたかったから村へは同行した。三郎君は、僕の近況を聞くと泣き出した。会えなくなっちゃう、と。よくわからなかったけど、三郎君が嫌な気持ちになるならと控えようと思った。日を追うごとに酷くなる反抗期のせいで、控えるどころかエスカレートしてしまったけれど。そう言えば、初めてあったときと全然変わっていなかったな、三郎君。

 中学三年生。三郎君には、会えなかった。

 

 なんとなく、祖母に三郎君のことを聞いてみた。こんなに人口の少ない村なのだから、祖母なら三郎君のことを知っているかもしれないと思って。でも、祖母は三郎なんて名前の子供はいないと言った。

「あんたが行ったんは、防空壕だろうねぇ。山の麓にはいくつかあるんだよ。あんたが言う三郎ちゅうのは、きっと幽霊みたいなもんさ。お盆は、ご先祖様が帰ってくる時期だからねぇ。ほら、子供のときには幽霊が見えたなんて話もよく聞くだろう?」

 幽霊なんているはずないだろ。そう言って笑ってやりたかったのに、そう考えると、すべてが繋がってしまった。お盆にしか会えないのも、服が妙に古臭いのも、ゲームを知らなかったのも、姿が変わらなかったのも。すべて、生きている人間じゃなかったからだとしたら。

 三郎君は言った。僕が僕のままでいれば、また会えると。きっとそれは、汚いことを知らない無邪気なままの子供でいればということだったのだろう。褒められない行為ばかり繰り返している僕に三郎君が見えなくなったとしても、おかしくはなくて。

「たとえあんたに見えなくても、三郎は帰ってきとるよ。花でも手向けておいで」

 力なく頷いて、僕は家を出た。途中、道端に咲いていた小さな花を手折って。

 

 それから毎年、僕はあのトンネルの一番奥に花を置くようになった。あれから十年近く経ったけれど、三郎君と会うことはなかった。

 

 

 これで、僕の昔話はお終い。そんなわけで、僕はトンネルが別の世界との境界になり得る説を推しているのだけれど、まぁ、僕ももういい年した大人だし、そうだと浪漫があっていいなという気持ちが大半。大人は夢がなくて嫌になるね。

 本当に三郎君が幽霊だったのか、それともたまたまあれ以降来れなくなったのか、本当のところは僕にもわからない。それでも僕は毎年あのトンネルにお花をお供えしている。寂しがり屋の三郎君が、少しでも笑ってくれますように。そんな気持ちを込めて。

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