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埋めてあげる話(著:ぶろこり

 目に映るもの、耳から聞こえるものを素直に受け取らなくなったのはいつからだっただろうか。

 子供の頃は違ったと思う。手にとって見えるもの、周りの大人からの言葉、全てが疑いようのない事実だった。矛盾のない、完成された世界で私は思うがままに生きていた。

 そこから歳を重ねるにつれ、考えなければならない事が増えていくうちに、私はどんどん窮屈になっていった気がする。周りの人間は絶対でないし、自分の認識も絶対でない、それを知っていく度に私は困惑したものだ。何を信じればいいのか、何が本当のものなのか、と。


 七月、期末テストも終わり学校は開放感に沸き立つ空気をしていた。

 開け放たれた窓から爽やかな空気が吹き込み、カーテンが巻き上げる。蝉の鳴き声が、夏の本番を感じさせるようにじりじりと響き渡っていた。そして浮かれた学生たちの笑い声が教室中に、負けず劣らずこだましている。

 早く教室から出なければ、と伊豆加奈子は思った。

 加奈子はこういった空気が苦手だ、といっても人間が嫌いとかわちゃわちゃした雰囲気が苦手というわけではない。むしろ人と話す時間は加奈子にとって有意義な時間に入る、けれどーー

「加奈子、大丈夫?顔色悪いよ」

 友人ののぞみが心配そうに加奈子の顔をのぞいた。

「ううん、大丈夫」

「やっぱり保健室いった方がいいよ。真っ青だもん。ほら先生には私が言っとくから」

「……うん、ありがとうのぞみ」

 のぞみに少し申し訳ない気持ちをしながら、加奈子は教室を出る。

 加奈子は5年ほど前から左耳の耳鳴りに悩まされていた。耳が詰まっているかのような不快感と砂をかき混ぜたようなザァーっとした音が常にこびりついている。

 そして厄介なことにこの耳鳴りは、時折左耳に、明らかに現実でないものを拾わせるのだ。夏の暑い日、そして特にこういった外で大きな音をしている時ーー

「……サ……ミ……」

(ほらまた。)

「……サ……ム……イ」

 蝉の鳴き声と砂嵐に混じる、何かの声。最初の頃は恐怖でしかなかった。自分の妄想だと思い込もうとしていたと思う。

 この世で最も信じられるのは自分ではない、周りの人間と共有している認識だ。そしてきっとそこから外れればコミュニティーから外されてしまう、そう本気で信じていたから。

「私を呼んだのはあなたね?」

 校庭の植え込みの陰、加奈子が話しかけた先に一匹の子犬がいた。カラスか猫にやられたのか内蔵が飛び出し、目を見開き、一目見て絶命していることがわかる姿だった。

「そう、ここにいたのね。ひとりぼっちで寂しかったわね、寒かったわね」


 子犬を木の根元に埋めてあげて小さな花を添える頃には夕暮れになっていた。帰宅する学生が遠目に見える。

 例の雑音に混じる声はすでに聞こえなくなっていた。何かの声、それがなんなのか未だにわからないが、その声を辿るといつも生き物が死んでいる。

 私の耳は死者と繋がるトンネルになってしまったのかもしれない。そんなことはあり得ないから、たまたまかもしれない。

 けれど、「埋めてあげる」という優しいことは私の虚栄心を満たしてくれる限り私は死体を探し続けるだろう。


 さぁ、明日は何を埋めてあげようか。

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