トンネルの中で僕らは――(著:imokenpi
歩く、歩く、僕はただただ歩いている。
いつから歩いているのかわからない。なぜ歩いているのかわからない。
密閉された薄暗い道を、常光灯に沿って歩き続けている。
天井を見上げれば、無機質なねずみ色のアーチが延々と続いていた。床もねずみ色。
なんの色彩もないこの道の先は、光すら見えなかった。
前を見れば人の頭、横を向けば人の顔。振り返ればまた人の顔。
僕が振り向いた時、そいつは少し不機嫌そうな顔をしていた。
僕は慌てて前を向く。
肩が触れるか触れないかの距離。ぶつかるかぶつからないかの距離。
この閉鎖された空間で、僕と同じような人がぎっしりと、でも等間隔で並んでいる。
そして僕も、周りの人達も、同じペースで歩き続けているのだ。
『みんななかよくてをつなぎましょう』
どこからか、声が聞こえた。
まるで古びたスピーカーから絞り出ているようで、ノイズが酷い。
周りの人たちがざわめきながら、恐る恐る手を繋ぐ。
戸惑っているうちに、誰かが僕の左手を握った。
振り向くと、男の子がはにかんでいた。右を向くと、女の子が少し嫌そうな顔で僕をみる。
『みんななかよくてをつなぎなさい』
再びノイズが聞こえる。今度は、先ほどより厳しい声音だ。その声に肩をすくめた女の子は、僕の右手をしぶしぶと握った。
その先に、ゲートが現れる。そのゲートの前には大人がいて、僕たちがきちんと手をつないでいるかチェックしていた。僕たちの列は全員そのまま通り抜ける。
そんな中、後ろで誰かが止められた。
『どうして君は手をつないでいないの?』
『どうして手をつないでもらえないの?』
『君に何か原因があるんじゃない?』
その様子を見ようと僕は後ろを向く。
「ちょっと、遅れちゃうからはやくいかなきゃ!」
しかし、女の子が僕の右手を引っ張った。僕はただただそれについてゆく。
どうやらここでは、遅れてはいけないらしい。
そして、いつの間にか僕らは全員同じ服になっていた。
ゲートを通り過ぎた僕らは、自然と手を離していた。もう誰も僕たちを責めない。
僕たちは延々と等間隔で、ひたすらねずみ色の道を歩き続ける。
しばらく歩いていると、道が二手に分かれていた。
分岐点にはまた大人が僕たちを待ち構える。
『君はこっち。君はこっちにはいけないよ。君は好きな方を選べるよ。君はこっちに行くべきだ』
僕たちは、むかう方向を指示される。
僕の左にいた男の子は右へ行かされた。そして、僕は左へ。
男の子は、少し寂しそうに僕を見ていた。
周りにいる人が少し変わった。だけど、僕たちは相変わらず等間隔でつめられており、ひたすら無機質な道を歩いている。少し、息苦しい。
いつの間にか左には、強そうな男の子がいた。
「大丈夫か?」
と声を掛けられる。
「大丈夫」
大丈夫じゃなくても立ち止まるわけにはいかない。なぜだかわからないけど、そんな気がするんだ。
右側の女の子が疲れたような顔を見せる。少しだけ、足の動きを止める。
すると、
「ちょっと、邪魔よ」
後ろからそんな声が聞こえた。女の子は小さく舌打ちをしながら、再び歩き始めた。
数列前にいる人が、転んだようだ。女の子だ。トンネルを歩く人たちは、踏んだり、避けたりしながら通り過ぎる。彼女はようやく起き上がると、再び、少しよろよろしながら歩き始めた。服はしわだらけになり、足跡がつけられている。
「ちょっと、狭いんだけど」
彼女が後ろに流れた分、列が乱れる。
「ごめんなさい」
彼女は謝ると、肩を小さくすぼめながら歩く。
横を向くと、いつの間にか壁に張り紙がされている。
いつからこの壁紙があるのか全くわからない。
誰も教えてくれやしない。
『壁紙を読みましょう』
この放送が聞こえた時には、もうとっくにいくつもの壁紙を通り過ぎた後だった。
真ん中の方にいると、人の波で壁紙が見えにくい。ただ、その壁紙は人の写真が貼られていた。そして、たくさんの説明が書かれている。
『私はお金持ちです』
『私は貧乏だけど、これからお金持ちになります』
『安定しています』
『私は楽しい人間です』
みんなざわざわと壁紙を眺める。だけど、立ち止まることはできない。
本当にわずかな時間で無数の壁紙を読まねばならない。
これは大変だ。
そして、いつの間にか道の先には光が見えていた。
やっと出口だ。
壁紙を読みながら、僕は出口に心を躍らせる。
出口にいよいよ近づくと、青空が見える。
ああ、なんてきれいなんだ。あの空へ、飛び立ちたい。
そして、上空から手が差し伸べられる。
プロペラのついた空飛ぶ椅子に乗った人々が僕たちに手を差し伸べる。
……この手を取ったら、空へ飛べるんだ!!
僕より前にいたあの、転んだ女の子も手を伸ばす。
しかし、プロペラに乗った人はその手を取らない。
『君はなんでそんなに汚れているの?』
女の子ははっとした顔を見せる。しかし、毅然として答えた。
「転んだからです」
『どうして転んだの?』
「小石につまづいたからです」
『目の前に小石があるのなら、それを避けることができたはずだよ。なんでそれをしなかったの?』
「……」
『君の手は取れないな』
そう言って、プロペラに乗った人は彼女の元を去っていった。
そんな問答を繰り返して、次々と僕たちだったものが空へ飛び立ってゆく。
しかし、いくつかの椅子が、途中でエンジンの故障を起こして墜落してゆく。
もっと安全な人を――
僕は必死で手を伸ばす。だけど、
『君はなんで私がいいのかい?』
椅子に座ったおじいさんは僕に問いかける。僕はその問いに対し、必死で答えた。
「それは、あなたが安定していそうだと思ったからです」
『あのねぇ、みんな同じことを言うんだよね』
しかし、おじいさんはため息を吐くと、別の人のところへ行ってしまう。
いつの間にか道はなくなり、断崖絶壁が待ち構えている。空に飛びたてない僕らはみな、青白い顔をしていた。
「あなたの真面目さに惚れました!」
「あなたの楽しさについて行きたいです」
みんな縋り付くような目で必死に手を伸ばす。
だめだ、どんどんと崖が迫ってくる。
僕より先に断崖絶壁に追い込まれた、転んだあの子は真っすぐと前を見ていた。
こちらを一瞬振り向くと、歪な笑みを浮かべていた。そして崖下へ飛び降りる。
「ひっ!」
かつての隣の人達は、もはやいなくなっていた。
いるのは青い顔をした別の人達。
だめだ、引き返そう。振り向くものの、後ろはすでにいっぱいになっている。
「お願いです!! 僕を連れて行ってください!」
手をどんなに伸ばしても、誰もその手は取らなかった。
僕の眼下には、もう霧がかかった深い深い谷しかない。
いやだ、いやだいやだいやだ!
「もう、後ろがつかえてるんだよ」
そんな冷たい声と共に、僕は背中を突き飛ばされる。
目に映るのは、空へ飛び立ってゆく僕らだったなにか。
ああ、青空が遠い。
人間は頭が一番重いらしく、頭が下へ下へと落ちてゆく。
僕は……僕だって、空を飛びたかったんだ。
天井へ差し伸ばした手は何も掴めない。
どうすればよかったの――?
『ニュースです。本日未明、×県××市の○○○○さん23歳が△△ビルの屋上から飛び降り自殺をしました。頭部を酷く損傷し即死だった模様。周囲の人の話を伺うと○○○○さんは就職活動に失敗しひどく落ち込んでいたらしく――』
「ほんとうにいい子だったのに、他にも道はあったはず――」
すすり泣く中年女性が画面に映る。そんな中、無機質な声が淀みなく言葉を紡ぐ。
『近年では就職活動に失敗した若者の自殺が多発しています。政府は今後積極的な対策が課題だとしています。』
「トンネルの中で僕らは――」 Fin




