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雪宿りにまどろみを

作者: 綺麗な七志屋

「はぁ……」


 男は空を見た。

 音もなく、白が舞い降りて、地面を隠していく。

 一層、寒さが増した気がした。


「雪か」


 呟きと一緒に漏れる白い息。

 寒い。

 ただでさえこたえる寒さ、それに加え雪とは、ついてないな。

 そんなことを男はぼんやりと思い浮かべて、周りを見回す。


 見ればあばら家がそこにある。

 ちょうどいいか。

 男は雪宿りにそこを選んだ。


「寒いな……」


 月並みの感想を吐いて、あばら家で男は腰を下ろす。

 埃が少し舞うが、気にはならない。


 自分の格好の方がよっぽど酷いと、男は自嘲気味に笑った。

 どれくらい旅を続けただろうか?

 わからない。

 いつ立ち止まるだろうか?

 わからない。

 いや、もしくはもう、立ち止まったままなのかもしれない。


「…………」


 戸に背を向け、無言で壁を見つめる。

 何があるわけでもない。

 見ているだけで、何も見ていない。


 がらり


 あばら家の戸が開いた。


「あら。誰かいらっしゃいますか?」


 丁寧な、女性の柔らかい声。


「ああ、すいません、勝手に雪宿りをさせて頂きました。直ぐに出ますので――」


 いつかの言葉をもう一度言った。


「いえ、大丈夫ですよ。ただ、ここにわたしが住んでいることを、誰にも話さなければ、ですけど」


 いつかの返答が返ってくる。

 戸から背けたままの視線を振り返らせる。


 柔らかな白髪を腰まで伸ばした、優しく微笑む女性がそこに居た。

 白髪は穢れ知らずの雪原を思い起こさせるというのに、その表情は、春のように暖かい笑みで――


「――とても、綺麗ですね」


「外の雪ですか?」


「貴女がですよ」


 やり取り。


「ありがとうございます。でも、初対面でそう言われたら、他の女性は貴方を軽い男だと思うかも知れませんよ?」


「貴女にしか言えそうにないですよ、初対面じゃ」


「ふふっ、嬉しいですね」


 少し笑って、彼女は手にしていた白いから傘を壁に立て掛けた。


「こんなところでは寒いでしょう?」


 彼女はそう言って、俺のもとへ歩み寄ってくる。


「雪さえ凌げれば充分ですから、お気になさらず」


 男はそう言って、また視線を壁に戻し、座り直した。

 彼女の、真っ白な上着が肩にかけられる。

 

 首をまた巡らせれば、純白の着物の彼女が、手を回し、背中にしなだれかかってきた。

 無垢の単語を連想させる白い肌が、手が、暖かさを服越しに伝えてくる。


「暖かいですね」


「ええ……あなたも暖かいです」


「優しいのですね」


「あなたもお優しいのでしょう? そういう目をしています」


「優しい人間などではありませんよ」


「……嘘はよくありません。――あいとうございました」


 彼女は、男をしっかりと抱き締めた。

 強く、それでも優しく、確かめるように、労るように。


「ええ、僕もです」


「おひさしぶり、ですね」


「本当にひさしぶりですよ」


「妹さんは元気ですか?」


「…………死にました。結局、薬を飲ませたところで、苦しむ時間を先延ばしにしてしまっただけで」


 彼女は腕を解くと、男の前に座り直した。


「後悔、なされているのですか?」


 そう言って男の顔を見つめる。


「ええ、自己嫌悪も多分に。僕は、それでも延びた妹の苦しみの時を、なにより愛しく思ってしまった。あの娘にとっては、ただ僕には想像もつかないような痛みに苛まれる時間です。それを、一緒にいたいという僕のわがままで、勝手に延ばしてしまったのです」


「……そうですか」


「結局、僕は身勝手で、わがままな男でした」


「そんなことはありません。その様な殿方なら、わたしが好きになるはずがありません」


「ありがとうございます。それでも、僕はそういう男ですから」


 彼女は懐から何かを取り出した。


「……この包帯、覚えていますか?」


 古い包帯。


 ああ、それは――


「懐かしいですね。初めて会った時のでしょう?」


「ええ、あなた様に巻いてもらったモノです」


 そう言って、彼女は微笑んだ。


「見ず知らずの女に、怪我の手当てをするなんて、普通はできませんよ」


「目の前で死なれたら、寝覚めが悪いですから」


「それでも助けてくれたでしょう?」


 彼女はそう言ってくれた。

 だが、


「……………………僕は、貴女を殺して……っ、そして貰ったお金で薬を買って、……結局っ、妹の苦しむ時間を延ばして……っ、救うこともできずにっ、死なせてっ、…………っ、殺してしまったんですっ」


 男は狩人だった。

 彼は、早くに両親を亡くし、一人だけの妹と二人で生きてきた。

 昔両親に誉められた銃の腕。

 それにすがって、似合わぬ狩人を続けた。

 銃の腕は両親が誉めてくれた通り、良かった。

 だから暮らしていけた。

 他の者より稼ぎも良かった。

 

 ある日、妹が病を患った。

 難病で、薬は高く、今まで通りの稼ぎでは、到底買えたものではない。


 だから男は賭けに出た。


 ――鬼を討った者に、多大な褒美が出るらしい――


 風の噂で知っていた。

 金額も、薬を買える額だった。


 男は旅支度をして、鬼の棲む山へと向かい――


 ――彼女に会った。


 彼女はひどい怪我をしていて、倒れしまった。

 だから手当てをして、しばらく面倒を見た。


 結局鬼に出くわさず、山を降りた。


 そして聞いた。


 ――鬼は、白い髪の、絶世の美女らしい――


 いてもたっても居られなくなった。


「…………結局、僕は貴女を殺しに行きました」


「いいえ、あなたは救おうとしてくれました」


「……ですがっ、…………ですが、この手で……貴女を殺したのは……事実です」


「事実、ですか……。それなら、あなたがわたしに手を差し伸べてくれたのも、事実でしょう?」


「そういう問題じゃないんです。……僕は、天秤にかけてしまった。いずれ死ぬ命か、助けられる命か……」


「…………あなたは、わたしに一緒に来てほしいと言ってくれましたね」


「……それ以外で、貴女を救う方法を思いつけなかった。怪我をしていたっていうことは、見つかって撃たれたということ。もう場所の絞り込みが出来ていると言うことです。優秀な狩人なら、直ぐに見付けることが出来るでしょう。……でも」


 男は苦しげに俯く。


「それも僕のわがままです。……少し一緒に居ただけなのに、貴女を好きになってしまった。貴女を殺した証明無しには、金をもらえない。それも貴女と一緒なら、簡単に準備できる。…………ほら、結局、僕の打算と欲望だ。……僕は、どうしようもない人間です」


「どうしようもないのが人間でしょう? わたしには、そう自分を認めて、泣いてしまえるあなたが、とても綺麗に映るのです」


 その一言に、顔をあげる。

 白い彼女の赤い瞳。

 普通ではあり得ないその瞳が、むしろ彼女を血の通った人間だと認識させる。


「ありがとうございます。わたしも、後悔しているのかもしれません。確かに、わたしと一緒にいれば、いづれ奇異の視線にさらされ、不幸になったでしょう」


 彼女は以前も、そう言って一緒に生きることを拒否した。


「でも、一緒についていけば、万が一もあったかもしれないのですよね……。その万が一は、きっと暖かくて、素晴らしいものなのでしょう」


「…………ええ。きっとそれは心地いい」


「でもわたし達は選択しました。これも事実。事実は変わりようがありません――」


「――だから、これは夢なのでしょう? 僕の見ている、貴女に許されたいという、身勝手な願望なのでしょう?」


 現実は変わらない。

 いくら後悔しても、どれだけ嘆いても、事実である以上、起きてしまった事だから。


「あるいはそうでしょう。でも――あなたに言葉を伝えたい、わたしの夢かもしれません」


「都合いいですね」


「夢とはそういうものでしょう?」


「……そうですね」


「なら、その都合のよさの甘さを、せめてもの慰めにしませんか?」


「…………出来ませんよ。資格がありませんから」


「資格なら持っているでしょうに……意外に頑固なんですね?」


「ははっ、人間、ちょっとくらい頑固な方が愛嬌が有るでしょう?」


「ふふっ、頑固すぎるのも考えものですよ?」


「ええ、僕もそう思います。本当に、どうして……っ」


 声に涙がにじんだ。


 初めてあった時、普通にやり取りしていた彼女が、倒れた。

 いきなり倒れた彼女の服を脱がすと、銃で撃たれ傷があった。

 驚いたが、放っておけば彼女は死ぬだろう。

 だから助けた。

 幸いに知識はあったから、なんとか処置できた。


「…………」


「どうしてなんでしょうか……っ」


 下山して、彼女が鬼であると知った。

 このままでは、確実に彼女は殺される。

 いや、美しい彼女が、それだけで済まされるだろうか?


 嗚呼、答えなんて決まりきっている。

 人間は醜い。


 彼女は身も心もズタズタにされるだろう。


 だから、


「あなたがわたしを殺したのは、せめてもの情けでしょう?」


「そんなのは、ただの言い訳です。そんな言葉では誤魔化せません。僕がしたことは……最低です」


 結局、誰も救えない選択をしてしまった。

 男は後悔に囚われていた。


「…………あなたは、少し欲張りなのですね」


 彼女は静かに、優しく諭す。


「…………」


「人間には、誰も彼もを救うなんて、到底無理な話です。でも――」


 彼女は正面から男を抱きしめた。


「あなたはそのために必死になってわたし達を救おうとした。……たとえ力及ばなくて、悲しい結末に行き着いたとしても、それはあなたに出来た最善のことでした。だからわたしは、心から、ありがとうと言えるのですよ」


「………………っ」


「後悔しないで、なんて言えません。きっと優しいあなたは気に病んでしまいますから。でも、あなたがしてくれた事は、わたし達にはとても暖かいことでした。どうかそれだけは――忘れないでください」


「っ、うぅぅぅ……………………っ、ぁああああああああああああっ!」


 男の目から涙が零れ、喉からは嗚咽が漏れた。


「あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ………………………………――――」


「好きなだけ、泣いていいですよ。あなたは、それだけ辛い思いをしてきたのですから」


 それからしばらく経った。


 彼女から離れて、男は静かに呟いた。


「……みっともないところを、お見せしましたね」


「いえ……、すっきりしましたか?」


「お陰様で。ありがとうございました」


「…………前を向いて行けそうですか?」


「……ええ。最後までお世話になってしまいましたね」


「いいんですよ。ただ、一つだけ個人的なお願い、しても良いでしょうか?」


「なんだしょうか?」


「……忘れないでください、わたしが居たことを。こうやって話した事を。…………あなたにだけは……忘れて、欲しく……ないのです」


 桜が綻ぶようにふわりと笑った彼女は、くしゃりと表情を崩した。

 熱い涙が白い肌を滑る。


「わたしは、意気地なしでしたね…………。あなたと共に傷つくことが怖かった……」


 その言葉がなにを指しているのか、彼にはよくわかった。


「泣かないで下さいよ…………。気の利いた言葉なんて、僕はかけられないんですから」


「…………はい、そ……でしたね」


「せめて、あなたには笑って欲しいです。僕まで悲しくなってしまう」


 今度は男から彼女抱きしめた。


「僕が傷つけられないように考えてなのでしょう? 自分が殺されると分かっていてそんなことが出来たのですから……全然、意気地なしなんかじゃないです」


「ありがとう、ございます………………大丈夫です、落ち着きました」


 彼女はそういって男の腕から離れ、微笑んだ。


「最後の最後に甘えさせてもらいましたね……」


「いいじゃないですか?」


 そう男は笑んだ。


「…………やっと、心から笑ってくれた……もう大丈夫ですね」


「はい。本当にやっと……ですけど」


 苦笑混じりに男は言った。


「いいんです。…………そろそろ、朝ですね」


「…………やはり、終わりますか」


「所詮これは夢です。醒めなければ……夢ではありませんから」


「そう、ですね……」


「今度こそ最後の最後です。わたしなりの選別です」


「なんでしょう?」


 いたずらっぽく笑う彼女に男は首を傾げた。


「ふふっ、こういうことです――」


 彼女は男の首に腕を回して、背伸びをし――


 ――好きでしたよ――


 ――優しい、口づけをした。


「――ん」


 彼女は顔を話すと、艷やかに笑った。


「――さようなら。願わくば、輪廻の巡りが、また引き合わせてくれますように――」


 ――男の視界が白む―――

 

 ――同時に何もかもが霞がかって、遠くなって――















































































































































































 ――ええ、このあばら家で、雪の日、また会いましょう――

本作品は著作権フリーです。この後彼らはどうなったのか、好きなように二次創作して投稿して欲しいです。(投稿のさい、一言おかけ頂けると幸いです)

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