第六話 変われない俺と変わらない少女
SIDE:アレン
大変長らくお待たせしました!
そして、今。血を吐くエディを見て、俺は思い出した。
地球という場所に住んでいた前世のことを。最低でどうしようもない俺のことを。
幼い頃の俺は、ヒーローになりたかった。
仮面ライダーとか戦隊ものは毎日欠かさず見ていた。
「みんなを、俺が守るんだ!」
ずっと繰り返しこんなことを言っていた。その為に強くなろうと、公園で走り回り、鉄棒で懸垂をするのが日課だった。
「なにしてるの?」
そこで同じ年くらいの少女に出会った。少女は俺の話を聞くと、応援したいと言った。それからは俺の日課に少女が加わった。
幸せだった。
俺が、事故に遭って左足が動かなくなるまでは。
今まで出来ていたことが、嘘のようにできなくなってしまった。歩くのには杖がいるし、走るのは到底無理だ。努力も、未来も奪われて、只々自分の家に引きこもった。
そこに、少女が来た。
公園に来ないことを心配して、周りの人々から話を聞き、俺の家にたどり着いたようだった。
俺は少女の姿なんて見たくもなかった。まだ足が動いた頃の俺を思い出すからだ。それでも、せっかく来たからには愛想よくした方が良いと子ども心に考えて、笑って少女と話した。
「ねえ、今度いつきてくれる?」
でも、やっぱり子どもだったから限界が来てしまった。
「いくわけ、ないだろ」
「え?」
俺は無様に少女に叫んだ。
「俺らが公園であってたのは、ヒーローになるためだ! でも足はもううごかない! 公園いって、俺たちはなにをするんだ!? ぜんぶ、むだだった! なにも出来ない、のに」
言葉はぼろぼろになって、俺はそのままうずくまる。これで、全部終わったと思った。少女は俺に失望して去って行くだろうと思った。なのに少女は言った。
「だったら、あたしがヒーローになる」
少女は俺をまっすぐに見つめた。
「やってきたこと、むだにさせない。ぜんぶあたしにおしえて。そしたら、あたしのやることはみんな***のおかげだ」
少女は幼く、俺よりも舌が回っていなかったけど、俺よりも大人だった。
「あたしが、代わりに、みんなを守るから」
俺はその言葉に頷いてしまった。
今なら思うが、本当は、俺がヒーローを目指していたのはごっこ遊びにすぎなかった。一過性で、年をとれば忘れて、黒歴史として葬り去るものだった。でも、この約束が本物にしてしまった。
高校生になり、俺がヒーローという言葉を出さなくなっても、少女は地域をパトロールし困った人がいたらすぐに助けていた。自分がきっかけであったことを棚にあげて、「彼女はすごい」と尊敬していた。
あの日も、そうだった。
近所の一軒家で火事が起こった。慌てて駆けつけようとする少女の後ろを、俺も追いかけていった。だが、俺の不自由な足では追いつけなかった。
やっと着いたアパートでは、母親らしき人物が「うちの子を助けに、女の子が!」と叫んでいた。その腕の中ではわんわんと幼い子どもが泣いていた。
その子は怯えて、いち早く逃げた後、庭の茂みに隠れていたらしい。
それをみんな、火事の現場に取り残されたのだと勘違いしてしまった。
なら、彼女は、いない子どもをずっと探し続けて。
見上げると、建物の火は来たときよりもずっと強くなっていた。ここにいる俺にも熱が伝わってくる。周囲の人達は伝えなければと、大声を出しているが返事はない。全身の血が引く感覚がした。俺は周りの制止を杖で払い家の中に突入した。
彼女は二階にいた。
息を呑み、慌てて駆け寄ってくる彼女に俺はほっとした。息をついたところで、彼女の上の天井が崩れていくのが見えた。彼女は俺のことで意識が一杯で気づいていなかった。
***を失うなんて絶対に嫌だ。
俺は彼女を突き飛ばした。
彼女の顔が驚きに歪められていくのと同時に、がん、と頭に強い衝撃が走った。
あとに残ったのはぼんやりとした意識だけだ。頬に幾つも冷たいものが落ちてきていて。それが気持ちよくて。何を言ってるかは分からないけれど、彼女が喋っているから、無事にあの場所から逃げ出せたんだと判断して。
俺のことなんて構わなくていい。ヒーローになんてならなくていい。危険な場所に行かないで欲しい。
ただ。
「***。生きろ。幸せにな」
俺の前世はそれで終わった。
生まれ変わって何も知らない幼い俺は、英雄に、最強になりたかった。前世と同じように。
けれど大きくなるにつれて、奇妙な感覚を覚えた。それはエディと話すたびに強く、語りかけてきたのだった。
「決して、お前は英雄などを目指してはならない」と。
俺はこのことを単純に、大人になって自分の力の程を理解してきたからだと思っていたけれど、違っていた。あれは、前世の俺からのメッセージだった。それに気付けなかった。
今世の俺も馬鹿だった。愚かで、最低のクズだった。
何がエディは最強だ。だから、再び似たようなことを繰り返すのだ。
「は、ははは」
俺は自分を嗤う。嗤いながら、ぐったりとしているエディにひたすら治癒魔法をかけ続ける。傷口が塞がった。でも、漏れ出した血は戻らない。エディの顔色は悪いままだ。
「は、は」
ぼたぼたと涙を流しながら、俺はエディを抱きしめた。