第四話 紅かった空と終わらない物語
「ナーシャさん、ごめん!」
あたしは赤ん坊を奥さんに返すと、背中の重い荷物をを放り出し、駆けた。
「ジャック、それ借りるよ!」
通りすがりに仲間から、鐘の代わりであったのだろうそれを奪う。
まだ、太陽は沈みきってない!
空を確かめながら。
そして、走る。走り続ける。
~・~・~
紺色の空の下、紅く燃える炎が目に焼き付いた。
彼女から迸る紅が目に焼き付いた。
「エ、ディ?」
愛しいひとの名前を、アレンは呼ぶ。
「……アレン」
彼女も、か細い声でアレンの名を読んだ。
「どうか……
~・~・~
生きろ。幸せにな。
くそったれくそったれ!
どこまでこの世界は運命通りに、物語通りに進ませたいのか!
だったら、叶わせてやろう!
あたしは、村に、アレンのいるところに向かって、駆けていく。
見れば、村に炎が上がっている!
太陽が沈み、空の色が変わっていく!
物語通りじゃないか。
最期まではやらせないがな!
あたしは村に入ると、 狼と熊の間のような魔物がアレンに迫るのを見た。
アレンは足をけがしていて、もう彼は逃げることが出来ないのだ、と分かった。
魔物は腕を高く振り上げて、
あたしはアレンの前に立ちふさがって、
魔物は勢いよくツメを振り下ろした。
~・~・~
彼女の最後の言葉を聞き終わっても、アレンは動けなかった。
自分を襲うはずのツメが、彼女を貫いたのだと。
アレンはまだ、このとき、そのことが理解できていなかった。
もう一度、魔物はアレンを殺そうとして……。
グロロロロ、と竜の、黒い竜の雄たけびが辺りに木霊する。
~・~・~
きぃん、と甲高い金属音がした。
背中に仕込んだそれが、上手く役割を果たしたのだとあたしは笑う。
アレン、大丈夫か?
あたしがそう問うと、アレンの服に紅い染みが出来た。
「エ、ディ」
アレンはあたしの名前を呼ぶ。
何が何だか分からないとでもいうように。
そうだよ、エディだよ。大丈夫、この後……。
また、アレンの服に紅い染みが出来る。
あ、れ?
声が、出てない?
悲しい予感がして、あたしは自分の口元をぬぐう。
手の甲に、紅い液体がべっとりとついた。
そう言えば、背中も少しぬめっている気がする。
視界が、ぼやけていく気がする。
あたしが振り絞って出せたのは、とてもか細い声だった。
「……アレン」
くそ、くそ。物語め。運命め。
あの話の中で、実はエディを殺したのは黒竜の魔物の中で最弱だったのだ、という描写があった。修行中、一撃で何体ものそいつを倒し、戻れない過去に英雄がため息を吐くシーンがあった。
だからこそ、背中にフライパンを仕込めば、いけると思ったのに。
本当に最強じゃないか、あくる先のお前。
意識が潰れる。
血、止めなきゃ。回復魔法。指先が、唇がうごかない。
結局、お前の仲間入りしちゃったじゃないか。
大っ嫌いなエディになっちゃうじゃないか。
あの時のお前も。あの時のあたしも。今の、あたしも。
「最低だ」
彼女の最後の言葉を聞き終わっても、アレンは動けなかった。
自分を襲うはずのツメが、彼女を貫いたのだと。
アレンはまだ、このとき、そのことが理解できていなかった。
もう一度、魔物はアレンを殺そうとして……。
グロロロロ、と竜の、黒い竜の雄たけびが辺りに木霊する。
その唸りは、配下の魔物達に帰還を命ずるものだった。
魔物は、他の魔物たちと共に村から引き返していく。
そこでアレンにとどめを刺そうとは、魔物達は思わない。
獣だから。王に従う只の下僕だから。
だから、気づかない。
アレンが指で魔法陣を紡ぎだしたことを。口で魔法を唱えてはじめたことを。
獣は、気づかない。
「はは、馬鹿じゃねぇの。俺」
アレンが、このとき、あのことを思い出したことを。
「そうだな、***」
アレンは言う。まだ指は動かしたままだ。
「最低だ」
今のお前も。今の俺も。あの時の、俺も。