第二話 楽しい避難訓練とよっつの問い(短編該当部分)
「いいか、村の皆! これから」
村の真ん中に置かれたお祭り用の櫓の上で、あたしは叫んだ。
その周りに集まる皆にも、緊張が走っている。
「これから、第11回ヨタ村避難訓練を行う!」
あたしが言い終わると共に、全員が荷物を背負って走り始めた。
「ほら、ほら、魔物が攻めてきたぞっ」
あたしと同年代の少年達が、声を張り上げながら、正しい避難経路に誘導する。
前世では教育が徹底していたのか、殆どの子供が学校に行っていた。
季節が変わるたび、そこで行われていたのがこの「避難訓練」。
「逃げる」ということを考えたとき、真っ先に浮かんだアイディアがこれだ。
何度も事態を想定して動くことで、実際に起こったとき何をしたらいいのか、慌てずに済む。慌てていても、勝手に体が動く。
逃げ足を鍛えるには、ぴったりだった。
勿論、はなっから信じられて、行われたわけじゃない。
それこそ初めは、友人である若い少年少女や、もの好きな大人にしかやってもらえなかった。
でも、三年前に魔物が来たとき、状況は変わった。動けない村人達に対し、避難訓練をしていたあたし達が率先して動け、被害を最小限にしたことで認められた。
今ではそれ以外に、万が一の連絡手段の徹底や新たな管理システムの物見やぐらの設置、年一回の回復魔法の授業など、「災害」に対する備えを村全体でしている。
「予見の村」なんていう訳の分かんない二つ名がついて、近所の村が見学に来るほどだ。
あれから、思い出してから、もう九年。
あたしは、十六才になった。
季節は夏。
いつ、黒竜が攻めてきてもおかしくない。
「ミルルおばあちゃん、ちゃんと中身、揃ってるか?」
「ええ。ええ。水も食料もタオルもちゃんとありますよ」
この訓練では、避難した先で「万一袋」の中身を確認する。「万一袋」とは「万が一が起こったときに持ってにげる袋」の略だ。
三日分の食料や生活必需品、換金できる小さな貴金属をいれたこの袋も、三年前、多いに役に立った。
「エディー」
おばあちゃんと別れた後、つらつらと考えごとをしていたあたしに話しかける奴がいた。
そよそよと揺れる金髪に、透き通る菫色の瞳の、顔立ちのいい少年だ。
分かった人には分かったと思うが、未来の英雄どの、アレンだ。
「アレン、そっちはどうだったか?」
「大丈夫だった。皆もう完全に慣れてるね」
洟垂れの子供の面影は、もうない。
にこにこと笑っているアレンに、あたしはふと、言った。
「なぁ、アレン? お前、最強になりたい?」
その質問に、アレンが、え、と驚いたように目を見開く。
「最強? なんでそんなことを?」
「いや。昔、言ってたじゃないか。最強になりたいって」
「ああ。そう言えばそうだったな。確かにもっと強くなりたいとは思うけど」
「けど?」
あたしが聞き返すと、アレンは首の後ろを掻きながら言った。
さらり、と風が吹く。
「うーん。最強とは違うんだよなぁ」
「悪い竜を倒すのとは?」
「違う」
物語の中で初恋の少女を失い、嘆き悲しむアレンは悲惨だった。
今のあたしがアレンに惚れられてるなんて思ってはいないけど、目の前で幼馴染が自分をかばって死んだら、たぶんアレンはひどく苦しむだろう。
そんなアレンなど、見たくない。あたしはもの凄く嫌だ。でも。
1秒、息を止めた後、アレンに問う。
「世界が滅ぶかもしれなくても?」
この世界の何処かで、黒竜によって苦しんでいる人がいる。
この世界の未来で、黒竜によって苦しむ人がいる。
このままいけば、そんな人たちから、救いを、英雄アレンを奪うことになる。
そのことを、あたしは捨てきれずにいた。
アレンは、そんなあたしにきょとんとした顔で言った。
「いや、確かに最近騒がれてる黒竜ってやつ、世界滅ぼしそうな勢いだけど。最強なんかいなくても、協力してればその内倒せるだろ」
その答えは、あたしにとっちゃあ体のいい只の希望だった。
遠い夜空に輝く、星のようなものだった。
でも、そうだな、とすんなりと信じてしまう。
「しっかし、エディ。一体どうしたんだよ?」
「何でもない」
そっか、と呟くと、アレンはあたしに手をひらりと振った。
そのまま、あたしに背を向けて何処かに行こうとする。
あたしも、その背中に手を振り返そうとして。
「なぁ、アレン」
そう呟いていた。
聞こえているのか、アレンはぴたりと立ち止まる。
「仮令、英雄になって姫様と結婚して、王様になれても」
声帯が震えるのが、唇が動くのが、止まらない。
そこからでる音は、なんとも気弱で頼りないものだった。
「最強には、なりたくないか?」
もう、訊くこと全部訊いただろ、あたし。何でそんなこと言ってるんだよ。
「なりたくない。それどんな成り上がりだよ」
アレンは、勢いよく振り向いて答えた。
あたしは、ぴ、と固まる。それから。
本当に、何言ってんだ。エディ。
そういわんばかりのアレンの顔がなんとも面白く感じられて、あたしは、く、と笑った。