はなれていても
「愛している」
そう言って彼は微笑んだ。
無理しちゃって。
いつもは仏頂面のくせに……愛してるなんて甘い言葉、絶対口にしないのに。
もう少し元気だったら茶化してやるのに、そんな力はもう残されていない。
いよいよ最期なんだ。
でもね、ちょっと得した気分。
こんな素敵な人が私の旦那様なんだって世界中に自慢したいくらい、嬉しいよ。
もう、終わりだというのに、私の中は暖かくて幸せな気持ちで満たされている。
「私もだよ」
そう口を動かしてみるけど、もう私の体は声を出せないらしい。
言葉の代わりに、上げられるだけ口角を上げ微笑んで見せた。
私に残されたぬくもりを彼に伝えたくて、最後の力を振り絞って大きな手を精一杯握った。
そして、彼の姿をしっかりとまぶたに焼き付けて、瞳を閉じた。
これが私の最期。
普通と比べると短い人生だった。
もっともっと一緒にいたかった。
やりたいことだってたくさんあった。
でも……。
幸せだった。
自分の時間が他人より短いってわかっていたから、明日はないかもって思っていたから、一日一日を大切にしてきた。
全部は経験できなかったけど、素敵なことにたくさん出会えた。
だから悲しくない。
それに大切な人の微笑みと愛しているという言葉に包まれて逝けたんだもの。これって理想的な人生の終わり方じゃない?
だから、満足。
でも……。
ごめんね。あなたには辛い思いをさせちゃった。
わかっていたよ。
あなたが無理して微笑んでくれていたこと。
「最後に目に映るあなたの顔が泣き顔なんてゴメンだわ」
そんな私の我儘を聞いてくれたこと。
私が逝ったのを見届けて、大泣きしてくれているあなた。
たくさん我慢をさせたね。
涙を拭えなくてごめん。
背中をさすってあげられなくてごめん。
でも……ありがとう。
私を愛してくれて。私も愛しているからね。
だから大丈夫。
姿がなくなっても、ふれることができなくても、ずっとずっとあなたを見ているから。
あなたのことを絶対守ってみせるから。
だから泣かないで。
私が空の上の住人となってから5年が過ぎたね。
あなたは毎日忙しそう。
相変わらず仏頂面で、ちょっと元気がない。
前は私の写真にたくさん話し掛けてくれたけど、最近はじっと見つめるだけ。少し寂しい。
大丈夫って言ってたくせに……私もまだまだだね。
でも、あなたが元気で幸せならそれでいい。
話してくれなくても、私のことを愛してくれているのはわかっているから。
私もあなたのことを愛しているよ。
でもね……そろそろ、私以外の人と一緒になってもいいのよ?
私、知ってる。
あなたのことを思ってくれる人がたくさんいること。
思いを伝えてくれた人もいるよね。
上司の人だってお見合いの話を持って来てくれている。
それなのに……。
あなたは全部断っている。
しかも……私を言い訳にして。
私、怒っているんだからね。
面倒臭いからって相手のことを見ないで、私への愛を言い訳にして断ってるでしょう。
それって相手にも私にもすごく失礼なことなんだからね。
あなたが私のことを今でも大切に思ってくれているのは嬉しい。私だってあなたの事が一番大切だし、今でも愛しているよ。
でもね……。
私はもうあなたにふれることができない。ここから「愛してる」って全力で叫んでも、あなたに聞かせてあげることができない。
あなたが寂しそうにしていても、抱きしめてあげることができない。
あなたにふれたいよ。
疲れた時にマッサージしてあげたい。
「愛してる」って言って、あなたをぎゅっと抱きしめたい。
でも……私にはできない。すごく悔しいけど、それが現実。
だから私はここからあなたの幸せを見守るって決めているの。
言われたちゃったね。
私を言い訳にするなって。断るなら自分の中に理由を見つけてって。
あんなに動揺したあなたを見るのは久しぶり。怒りながらもアワアワしちゃって可笑しかった。
今まであなたに想いを告げてくれた人とは違うタイプだね。
知ってる?
彼女に告白されてから、あなたが元気になったって。
私の写真によく話しかけてくれるようになったね。
面倒くさい奴に告白された。
何度も断っているのにしつこい。
どう言えば諦めるんだ。
あなたが写真の私にどんな答えを求めていたのか、私にはわからないけど言うね。
あなたにピッタリ。
あなたは全力で否定するかもしれないけど……。
明るくて前向きで、いつも笑顔。
仏頂面のあなたにピッタリでしょ?
いつも笑顔でいるって簡単そうだけど、それはとても難しいことなんだからね。
お前は大丈夫なのかって?
寂しいよ。
でも、愛のカタチは一つじゃない。
彼女を愛しても、私を愛したことが消えて無くなるわけじゃない。あなたはそういう人だって知ってる。だから、あなたのことを好きになったんだもの。
だから大丈夫だよ。
いい顔だわ。
チャペルから出てきたあなたは、照れながらも優しく笑っている。
少し時間がかかったけど、やっとこの日を迎えられたね。
良かったね。
あれから色々あったみたいだけど、二人の思いが綺麗に重なって今日があるんだね。
私のことを忘れなくていい。
私を愛しているあなたを引っくるめて愛している。
そう言ってくれた彼女を大切にしてね。
雲ひとつない青空と暖かい日差しは、私から二人への最初で最後のプレゼントだよ。
私、またそっちの世界に行くみたいなんだ。もう少し時間がかかるらしいんだけどね。
今度も私なりに幸せに生きていこうって思っている。
夫婦や恋人にはなれないけど、またあなたと同じ世界で生きていけることは嬉しい。
きっと、あなたと私の時の重なる時が来るはず。
その時は笑顔で会おうね。
それまで、ちょっとだけ……バイバイ。