帰郷
朝早くに家を出て、飛行機に乗り本土へ向かい。
羽田空港から東京駅へ。
そこからまた電車乗ったりバス乗ったり。
そして、蝉和村。
人口は二万人ほどの……まあよくある村だ。
「いやー、清々しいまでに何もねえったらねえな!」
村に帰ってきての第一声がそれだった。この村に現在存在する娯楽と言えばスナックのカラオケぐらいのものだろう。小さい頃に爺ちゃんに連れて行かれて無理やり歌わされ、数少ないレパートリーだったアニソンを入れて大顰蹙を買ったことがある。今思えば、あの時に世の中の理不尽さを学んだのかもしれない。
シエル、連れて来てやればよかったかなあ。でもゲームしたがってたし……まあ、ちょいちょい電話する約束だから、こっちに来たがったら転移させてやればいいか。使い魔って便利だなあ。
「おや、見知った顔だ」
バス停からゆったり歩いて自宅を目指していた俺に、畑の方から声がかかった。
そこにいたのは、絶賛農作業中の男性だった。年齢は……俺がクソガキだった頃に移住してきて二十ちょいだったから、今はもう三十くらいだろうか。無精髭と、頭に巻かれた真っ白なタオルがトレードマークだ。
「島さんじゃないですか。お久しぶりっす」
「里帰りとは感心感心。そうだ、これ持って帰りなよ」
そう言って、島さんは俺に大ぶりなきゅうりを五本くれた。
「ありがとうございます! でも、いいんすか?」
「どうせ形が悪くて出荷できないやつだからね、貰ってやってくれ」
「うす!」
この村は、曰く「めくるめくスローライフを」と謳っている村だ。
田舎移住あるあるである「余所者差別」がほとんど存在しない。何故ならこの村の人口の八割が移住者だから。
俺はその中でも珍しい二割であるが。
お隣の檜原村には存在する方言がここには存在しないのもそのせい。みーんな標準語で話している。
元々いた二割も昔は方言を使っていたらしいが、今では標準語が主だ。
で、しばらくクソ暑い中を歩いて。
古めかしい日本家屋に辿り着いた。
……築何年だったっけこれ。百年近かった気がする。
ガラ、と玄関の扉を開ける。
「おっ」
そんな声が、廊下の奥から聞こえた。
「あ、やべ」
俺は扉を閉めた。
「かえりぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!!!!!!!」
がらがらがっしゃん。
えー、何が起きたかを説明すると。
弾丸のように飛びかかってきた母親を扉によって撃退した感じです。
「もー、ダイちゃんひっどーい!」
「じゃあせめて服着てくんない?」
「着てるじゃない! エ・プ・ロ・ン(はぁと)」
口で括弧からはぁとまで言いやがったこの女! 今年で三十八だってのに!
そう、これが――ロングヘアの似合う、見た目だけなら旅館の女将をやっていそうなのに裸エプロンを着ている女性こそが、俺を産んだ母親。
鹿沼 凉子である。
~~~~~~~~~~
「もー、言ってくれれば迎えに言ったのにい」
「いいよ、景色でも見ながらゆっくり帰ってくるのが楽しいんだから。あ、これきゅうり」
言いながら、島さんにもらったきゅうりを渡した。
「風情をわかってるわねぇ、そういうとこ大好き!」
「……それ、家族じゃない女に言われたいぜ……」
気恥ずかしさを超えて少々うんざりする。愛されていることは有り難いんだけれども。
「姉ちゃんは?」
「もう帰ってきてるわよ。居間にいると思うわ」
「そっか。じゃあ奈々は?」
「いっしょ」
「親父は?」
「今は多分ロシアね」
「爺ちゃんは?」
「シゲさんとこで麻雀。夕方には帰ってくると思うけど」
「じゃあ婆ちゃん」
「お爺ちゃんと一緒。国士無双以外でアガらないって息巻いてたわ」
「……あの人ならほんとに出しそうだわ」
とりあえず、俺の家族の所在は確認した。
つまりアレだ。現時点での男女比率を知りたかったんだよ。特に爺ちゃんと親父がいるかどうかが大事だった。
どっちもいないってことは、だ。
「ダイちゃんが帰ってきたわよぅ!」
母さんが居間に通じる襖を開ける。
「じゃあなんかツマミ作れ」
「あたしパフェ!」
……俺を出迎えたのは、おかえりでも長旅お疲れ様でもなく。
シンプルに命令であった。
爺ちゃんも親父もいないってことはネ、こき使われるの俺だけってことなんだよネ。
~~~~~~~~~~
鹿沼家は、女性優位の家系だ。
この世界に魔法が伝わるずっと前から当主は常に女性であったし、魔法が伝ったら伝わったで魔力保有量が高いのはいつだって女性だった。
俺の父は無魔力者だ。母は……魔導士とは無縁の人間だったのでランクこそ測っていないがBくらいはあると思う。
嫁いでくる人間でさえ、魔力保有量がやたら高いのだ。
爺ちゃんはもう例外中の例外、俺はまあ、血統通りなわけだ。
とにかく我が家は女が強いのだ。立場も、魔力量も。
そんで、要は何が言いたいかって言うと。
「肩揉んで」
「そのあとあたしねー」
……まあ、こんな感じ。
まずツマミ作らせてきたりマッサージ強要してきたほうが俺の姉、鹿沼燐。現役魔導士で、ランクはA。
そして、ファミレス感覚でパフェ作らせてきた方が俺の妹、鹿沼奈々だ。
「なあ、俺ってば遠路はるばる帰ってきたんだけど」
「すごいわね。もうちょっと強く揉んでくれない?」
……帰りてえ。沖ノ鳥島に今すぐ帰りてえ。もうあっちの方が実家でもいいわ俺。
「あらあらあら。もう、みんなしてダイちゃんをイジメてぇ」
そこへ、おっとりと母が居間に入ってきた。
よかった、助け舟がきた。
「まーぜーて♡」
くたばれババア。
~~~~~~~~~~
「はあ…………」
ずっと飛行機やら電車やらバスに乗ってケツに深刻なダメージを受けてるんだからちょっとぐらい優しくしてくれりゃいいのに。
「もう寝よう……」
うちの女どもは賃金も出さない、休みも与えないと奴隷制度もビックリのこき使い具合を見せつけるが、俺が寝ている時だけはちょっかいを掛けてこないのだ。
かつての自室に向かう。流石に一年でどうにかなったりはしていないだろう。家具とかは学生寮に備え付けのものを使っているのでほぼそのまんまなはずだ。壁に貼ってるポスターとかは運び出したので寂しい景観だろうけど。
懐かしい扉を開ける。物置になっていないことを願うが……。
おびただしいほどの人形が置いてあった。日本人形、西洋人形。こけしとかダルマとかマトリョーシカとか人形に定義していいのかわからないものまで。
「ギャ――――――――――――ッ!!」
よく見ると家具自体はそのまんまの配置。物置になっているぐらいかなとか思っていた俺が馬鹿でした。
回れ右をして母の元へ全力ダッシュ。
階段を駆け下りて、台所に駆け込む。
「あらあら、どうしたのそんなに息を切らして。もうエクスタシーしちゃったの? 早いわねえ」
「息子の性事情に首突っ込まないでくんない!? っていうか別に慰めてねえよ! なんだあの部屋! なんで俺の部屋があんなホラーハウスになってんだよ!」
「あらやだ、人形を見てホラーだなんて。それは人形職人さんに失礼なのよ。いい? 髪が伸びるなんていうのはね、ただの経年劣化なんだからね」
「うんそうだね! でもちげーよ! 尽くがちげーよ! 正しいことは正しいけど俺の質問に対してだけは正しくない! なんで置いてあんのかって聞いてんだよ! そもそも誰だよあんなにエグい量置いたの! 足の踏み場はちゃんと確保されてたのが尚更ムカつく!」
「あれ奈々ちゃんねえ。最近、和服とかゴスロリ? とかそういうのにハマってるらしくて~。あとロリータとかもそうねえ」
「えっ、何、お人形さんファッションの展覧会場にされてんの!?」
「たまに話しかけてるわよぉ」
えっ待ってこっっっっっっっっわ。嘘でしょ。
「……沖ノ鳥島に帰っていい?」
「ダメよう。いや、咲月ちゃんの命日を過ぎたら帰ってもいいけどう」
「あ……うん、そうだよな」
そうだ、そのために帰ってきたのだ。
「墓、行ってくるよ。来たぜって挨拶ぐらいは……しとかなきゃな」
「うん、それがいいわ。帰ってきたらカムカムジュース作ってあげる」
「……それ死ぬほど酸っぱいやつじゃん……」
家にいてもどうせ良いことはない。花とスマホだけ持って、俺は出かけることにした。
俺の帰郷の目的を、果たすために。
~~~~~~~~~~
家を出て、舗装されていない道路を歩く。
都会の喧騒も、車の排気音も、ここには存在しない。
ここに住むほとんどの人は、それが嫌でここまで来たのだろう。だけれど――。
沖ノ鳥島の喧騒に。あの騒がしいあの場所に慣れてしまった今では、ここがどうにも物足りない。
何より、ここには俺の生きる目的がないからそう感じるのだろうが。
しばらく村を歩いて、墓地に着いた。
村の中はまだ遠くから小さくドローンの飛行音が聞こえたりしていたのだが、それさえも聞こえないような、完全な静寂。
いや、まあ風の音ぐらいは聞こえるが。
「…………」
墓地を少し歩く。砂利が音を立てる。
そして、俺はある墓の前で立ち止まった。
その墓は綺麗に保たれていて、定期的に手入れされていることが伺える。
「……来たぜ、咲月」
返事なんてないのに、そんな言葉が口を突いて出た。
命日は明後日だが、それでも、またひと目見ておきたかった。
仏花を供え、水を注いだ。
「…………」
もう六年になるのか、あの日から。
今でもあの時のことは鮮明に覚えている。一時たりとも忘れたことはない。
俺がエルゼラシュルドにいるのは、あの時の約束を果たすためなのだから。
その時、砂利を踏む音がした。俺のではないので、誰かが来たのだろう。
「……よう、大輔」
聞き覚えのある声だ。声の方を見ると、懐かしい顔がそこにいた。
「日影。……久しぶりだな」
「一年も経ってねえだろ。元気にしてたかよ」
津辻日影。この墓で眠る俺の幼馴染の……双子の弟である。
俺の幼馴染……津辻咲月の死後、それでも俺を責めず、中学三年間に渡って俺とつるんでいた男だ。
「大輔、オマエはまだ通ってんのかよ、エルゼラシュルド」
「ああ、そりゃあな」
そう返すと、日影は少し辛そうな顔をした。
「……なあ、まだあの約束、覚えてんのか?」
「当たり前だろ」
「通ってたらさ、友達とかに魔導士になりたい理由とか……聞かれるだろ」
「年収目当てだって言ってるよ。それがどうした?」
「……いや、悪ィ、なんでもねェ」
「お前だって東京のエルゼラシュルドに通ってんだろ? どうだ、調子」
「まあ普通、だな。楽しくねェわけじゃねえんだが……あんまり中学時代と変わんねえ気がする」
「そっか」
……沈黙。半年ぶりだというのに、これといった話題がない。これが二年三年だったならば話も弾んだのだろうか。
「そうだ、オレたちが使ってた秘密基地、あるだろ」
「廃屋を小綺麗にしただけのやつな。それがどうしたんだ?」
「今、別のガキ共が使ってるらしいぜ。時代が変わっても、ガキはみんなああいうのが好きなんだよな」
「俺は今だって好きだぜ、秘密基地」
お、いい感じだ。普通の会話ができている。咲月以外の話が、できている。
そう思った矢先、やっぱり話は止まってしまった。俺も日影も諦めずに話題を模索していた。
先に口を開いたのは日影である。
「あー、なんだ。オレは墓の様子見に来ただけでよ。また明後日、来るんだろ?」
「ああ、久しぶりに行くな、お前ん家」
津辻家にある仏壇の前に、鹿沼家の面々と津辻家の面々が揃う毎年の祥月命日だ。法要ではないけれど……それでも、みんな集まっている。
「……あんま無理すんなよ。オマエの人生なんだから、姉ちゃんのことは忘れたっていいんだ。……みんな、オマエは悪くないって知ってるから」
それだけ言って、日影は帰っていった。俺は一人残される。
俺の人生、か。
…………本当なら、ここに立ってたのは咲月だったのかもな。いや、そう――なるべきだったのに。
鬱屈とした感情を抱えたまま、俺は家に――帰ろうとした。
「……秘密基地、行ってみるか」
それはほんの気まぐれだった。ただ、さっき話に聞いて……気になったし、もしかするともっと豪華になってるかもしれない。
俺と咲月、そして日影の三人で補修した秘密基地。そこへ、行ってみようと思った。
墓からは正反対の位置にあるので、結構歩くことになった。
あぜ道を歩く。俺のことを覚えてくれていた村民たちが、俺の名を呼んでくれる。俺に話しかけてくれる。
正直、悪い気はしなかった。みんな、あの日からずっと俺を気遣ってくれているのだ。
だけど……やっぱり、ここを歩くのが俺だという事実が、俺の気分を落ち込ませる。
なんで、生き残ったのが俺だったのだろう。
どうして、咲月が死んだのだろう。
何も出来ないで、守られるだけだった。力もないくせに、出過ぎた真似をした。
死ぬべきだったのは、きっと俺だったのに。
…………かなり歩いて、森の中に入る。
この村では山菜もよく採れる。昔、よく咲月と採ったものだ。
あの秘密基地に最後に入ったのはいつだったか。
咲月が死んだあとに一度入ったか入っていないか、といったところか。
「うわ、綺麗になってる」
俺たちが使っていた頃は、そもそも秘密基地に通じる道も獣道だった。
なのに、今ではご丁寧に道ができていて、柵まである。
というか、「この先、秘密基地」って書いてある看板が出ている。秘密じゃねーじゃん。
歩いて行くと、懐かしい小屋が……なかった。
「あ?」
プレハブ小屋になってんだけど。嘘だろ。
「これが……時代の流れか……!」
室外機があるってことは空調完備かよ、しかもよく見たら屋根から電線伸びてる。なんで文明化されてんだよ数年で。
しかし、物音などはしない。恐る恐る中を覗いてみたが、特に誰もいなかった。
「……流石に勝手に入る勇気はねえな、これに……」
秘密基地というか、完全に遊び場になっている。中にテレビとかゲーム機置いてあるし、冷蔵庫まである。ベッドまであるしもうなんなんだよこれ。
思い出ってのは、きっと思い出のままだから美しいんだと思う。プレハブ小屋に背を向けて、家に帰る道を歩きながら心底そう思った。マジで。
~~~~~~~~~~
家に帰ろうとすると、どうにも騒がしい。この村には似つかわしくないほどに。
村の役所前に村民たちが集まっていた。
どうしたんだろう。お祭りとかこの村には慣習としてもなかったはずだけど。
「あっ! 大輔くん!」
「島さんじゃないですか。なんです、この騒ぎ」
「おれの息子を見なかったか?」
「え? ええと、流星くんでしたっけ」
「その反応は……見てないっぽいね」
「どうしたってんです」
「帰ってこないんだよ。電話も通じない。それに、ウチの流星だけじゃなくてさ、隣の菅沼さんとこの子もいないんだ。秘密基地に行ったはずなんだけど」
「……待ってください、秘密基地ってあのプレハブ小屋ですよね?」
「見たのかい? じゃあ、中にあの子たちは……」
「…………誰も、いなかったっす」
村民たちにざわめきが起こる。
「まさか、森で迷ったんじゃ」
「……だとするとマズい!」
そう声を上げたのは駐在魔導士の羽田さんだった。
「隣の檜原村で、巨大な魔物が確認されてる! 菅沼さんとこの藍ちゃんはランクSに迫る勢いの魔力保有者だ……狙われない訳がない!」
……なんだと?
「なにチンタラやってんの!」
そこへ、俺の姉が到着した。魔導士の、それも機動官の制服を着ている。
「羽田さん、近隣の魔導士たちに呼びかけて! アタシも探す! いい、絶対に探し出すわよ!」
……似ている。あの日に。咲月が死んだ日に。
「姉ちゃん、俺も行く!」
なら、止まっていられるものか。
「アンタは待ってなさい!」
だが、返ってきたのはそんな言葉だった。
「なんでだよ! 俺だって魔導士候補生だぜ!」
「だけど、今回の魔物はアンタには荷が重すぎるわ」
「別に魔物を相手取るとは言ってねえよ! ガキ二人だろ? 俺の蒼空と風魔法なら余裕で運べる。ガキを逃がせば、あとはアンタらプロの魔導士が魔物をボコボコにすりゃいい!」
俺の言葉に、姉ちゃんは少し納得してくれたようだ。
「…………確かに、アンタは魔物の危険性を知ってるか。それに、アタシの魔導武装は戦闘向きだし……。いいわ、アンタも捜索に加わって。森の中をアタシたちより知ってるしね。だけど、一つだけ約束して」
「戦うな、だろ? わかってるよ。じゃあ俺はもう行くからな!」
蒼空を顕現して、俺は森の方へ跳んだ。
絶対に犠牲者を出すわけにはいかないのだ。絶対に。




