死者一名
食料を確保しなくてはならない。
早急にだ。
何故か。
数十分前。
「お腹が空きました~」
そう、旅原さんが言った。
家を建ててもらった手前、やはり礼として食料の確保は必然かつ急務。
ここは森だが、訓練場だからなのか野生動物の気配が一切しない。代わりに、食べられそうなキノコやら野草、山菜などが豊富であった。食べるために栽培されているわけではあるまい、拝借しても怒られはしないだろう。
俺たち全員分の食料を確保してから帰還した。
適切な調理をして、俺は全員分のつもりで、野外に作られた食事スペースに出した。男組が食料を確保しに行っている間に女子たちが作っていたらしい。
そして、かなりの量あったはずの山菜なのだが。
旅原さんが全員分をもしゃもしゃと食べていた。あまりに幸せそうな顔で食べていたので、誰も止められなかった。
というわけで、今はまた男子陣が咽び泣きながら少し遠くまで山菜を確保しに向かっているのである。近くのめぼしいものはあらかた採ってしまったので。未成熟なものは採るわけにいかないし。
「まさか……あの量を一人で食べられるとは思ってなかった……」
「ものの数分で完食してたね……」
「……まあほぼ山菜しかないから、お腹もそこまで膨れるものじゃないだろうけど……あの量は流石に……」
「ま、とにかくさっさと集めちまおうぜ。とりあえず採る前に俺に聞けよ?」
そして、また一時間ほど採集に励んだ。
採れるだけ採って拠点に戻ると、また新しい施設が出来ていた。
キャンプ場でよく見かけるような調理場だ。しっかり屋根も付いている。……何日滞在するつもりなんだろうか……。
「なに作ってんだろうな……この匂いは……カレー?」
「なんで……カレー……?」
いや違う! なんでじゃねえ! どうやってだ!
とりあえず、調理場に入る。
「一から説明してもらっていいかこれ?」
「あら、悠人たち、おかえり」
俺が話しかけたのに全員の視線が悠人に向いているのなんとしようか。あれか、こいつは女性にしか見えない紫外線めいたなにかを発しているのか。
「で、何やってんだよ」
改めて聞き直してやる。
「カレー作ってるのよ、それ以外に見える?」
「……どっからルー持ってきたんだよ」
「あ、私です~」
のんびりと、旅原さんが挙手した。
「……どうやって?」
「粒子化させてたんです~。あと白米を約四百合ほど~」
「よんっ……」
悠人の顔が引き攣っていた。
「ああ、米俵!」
「ご名答です~」
えっ、この子って米俵をそのまんま魔導武装よろしく粒子化させて携帯してんの?
「た、確かに魔導士は長時間の遠征任務に出る時、かさばる荷物をがちゃがちゃと持ち歩かずに荷物を魔素に変換して持ち歩くけど……そんな大量の食料を運搬するのに使っているのは初めて見たよ……」
半ば呆れながら悠人が言う。呆れられているというのに旅原さんはぽわぽわにこにこと笑顔を浮かべている。
「ちなみに、粒子化インベントリはどんなもんなんだ?」
「米が一俵とカレールーやピラフの素、チャーハンの素……いろいろです~」
「ランクSのインベントリ容量はエグいなぁ……」
ちなみに、俺の魔素インベントリは米俵さえ入らない。粒子化するのにも魔力を使うのだ。俺は小さいものなら粒子化出来る。間違えた。小さいものだけ。
「……そういや、エリーが見当たらねえんだが?」
男連中主導の山菜採りにも着いてきてなかったし。
「ああ、エリオットなら索敵に行ってるわよ。周囲をある程度散策してから帰ってくるから、ご飯は先に食べてろ、ですって」
食事中に襲われればたまったものじゃない。見事な役割分担だと思う。
「そろそろいい頃合いですね~。米もちょうどいい具合ですし~、頂いてしまいましょうか~」
飯の用意が進む。カレーの具もすべて旅原さんが持参したものらしい。山菜……無駄じゃね……?
「っていうかよう、最初ッから自分で出した食料食えばよかったじゃねえか。なんで山菜全部食っちまうかね」
「ご、ごめんなさい~、お腹が空き過ぎて粒子化を顕現させる元気も無かったんです~」
「……ならいいか……」
カレー食えるんだから誤差みたいなもんだよ。
「行き渡りましたね~? じゃあ、いただきましょうか~」
俺たちは手を合わせる。
『いただきます!』
~~~~~~~~~~
エリオットは、もう動かなくなってしまった大輔の身体を抱えて叫ぶ。
「なんで……なんでこんなことに!」
その周囲には、倒れ伏す友たち。
エミリア、康太、悠人、ミオ、そしてミオと仲がいいらしい旅原 桃華という女生徒。
ゆっくりと、エリオットの背後から足音が迫る。
「…………おかしい……完璧だったはずなのに」
「か、幽ヶ峰さん……もうやめよう、こんなこと……」
恐る恐る、振り向く。
「…………安心して欲しい……調整済み」
幽ヶ峰の手には、それがあった。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
それは……カレー。
先程まで、恐らく全員が食べていたであろうカレー。
「……う……ぐ、ぐふっ……」
「だ、大輔くんっ!」
「気を……つけろ……俺達は迂闊だった……忘れていたんだよ、エリー……ッ!」
「もう喋らないでくれたまえ! くそっ、幽ヶ峰さんが毒を盛ったのか……?」
「幽ヶ峰を……キッチンに立たせたのが……まち、が…………」
その身体から力が抜ける。
「大輔くん!? しっかりしたまえ! 大輔くん!」
そして。
大輔の身体は消失した。
転送されたのである。……それも、死亡扱いで。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
エリオットは慟哭した。何故、彼が死ななければならないのか。
「幽ヶ峰さん、一体カレーに何を盛ったんだい!」
その言葉に、葵は首を傾げる。
「…………魔力を盛っただけ…………」
「な、なんてことを!」
「…………隠し味……」
「料理オンチとかそういう次元じゃないと思うのだがね!?」
エリオットは戦慄した。料理に魔力を盛るなんてエクストリームかつエキセントリックな発想は無いのである。
「…………隠し味とは……世間一般から隠されて……存在を知覚されていないから……隠し味……」
「その理屈だと青酸カリだろうがモルヒネだろうが全部隠し味になるじゃないか!」
「…………? …………違うの……?」
「断じて!!」
二人が言い合っている間に他のランクSが目を覚まし始める。康太はまだ気絶しているが。
「やれやれ、酷い味だった……」
悠人がズボンを両手で払って立ち上がる。
「他人の魔力を経口摂取すると、こういうことになるんだねえ……正式な譲渡じゃないから、むしろ魔力にダメージを受けたよ……」
言いながら辺りを見回す。
「……まさかとは思うけど、大輔は?」
エリオットは目を逸らす。言っていいものかと逡巡していると、悠人も察したようだった。
「なんて……なんてことだ……罰ゲームがあるっていうのに……」
「残念な脱落にも程があると思うのだがね……」
他のメンバーも立ち上がり始める。
「一体何が起こったんでしょう~?」
「実は……」
悠人が状況を説明し始めた。
~~~~~一方その頃~~~~~
「……はっ! こ、ここは一体……?」
俺は目を覚ました。まず視界に飛び込んできたのは丸太で作られた天井ではなく、ホテルの洋室のようなもの。ここは調理場ではなさそうだ。
それはつまり……移動したということ。
何故、突然移動したか? 考えてみる……やはり一番考えられるのは死亡したということ。
でもなんで死んだ? まさか……あの料理で……?
カレーが不味すぎて死んだというのか、俺……。
「ウェェェェェェェェェルカァァァァァァァァァァァァム…………」
神帯先生が突然現れた。
「ヒィィィィッ!?」
「残念だけれど、死んじゃったみたいねえん。じゃ、始めましょうかあん」
「……何を?」
やめろ馬鹿か俺は。何を聞いているんだ。わかりきっていることではないか。認めたくない現実ではないか。
聞いてしまったら、事実だと認めざるを得ないじゃないか……ッ!
「ば・つ・げ・え・む☆ よおん」
「いやだぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ! たすけてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
俺の悲痛な叫びが、施設内に響き渡った。
~~~~~場面は戻って~~~~~
葵はその場に正座させられ、その周りを残り全員で囲む構図が出来上がった。
「なんであんなことをしたのか、とは聞かないよ。問題は……」
「どうあいつに謝るか、よねぇ……」
「具体的な内容は一切わからない罰ゲームを受けてる頃だと思いますわ。上級生がガチ泣きしたっていう、あの……」
「食べ物を粗末にしたことについても私、ぷんぷん、です~」
「…………弁解の余地もない……」
どうやら反省しているらしいので、とりあえずその場は収まった。
「いいかい、施設に到着したら真っ先に大輔に謝るんだよ?」
「…………肝に銘じておく。……他者の魔力を体内に摂取した場合のダメージを完全に考慮していなかった……」
「完全に調味料としてしか見ていなかったのかね……」
康太が腕を組みながら、ジト目で葵を見つめている。
「どうしたの、康太」
悠人が声を掛けると、康太は
「カレーに僕らの魔力を注ぎ込んで幽ヶ峰さんに食べさせてもいいんだけどねっ!」
と言ってそっぽを向いた。
「そ、そう怒らないでよ、康太。いや、まあ、気持ちはわからないでもないけど……キッチンに立たせてしまった僕らの問題でもあるから……」
「というか、他の料理班は気付かなかったのっ」
女子は全員カレーに触れていたはずなのだから、魔力が注ぎ込まれていれば気付くはずだ、と康太は考えたのである。
「少なくとも、私達が作ってる間は特になにもなかったわよ」
「ええ、そうですわね。レシピ通りに作ったはずですわ」
「ということは……完成後にこっそり入れたのか……暗殺者っぽいなあ……」
しかも、全員がダメージを受けていたことを見る限りカレーを作っていた鍋に直接魔力を流し込んだのだろう。
「…………面目次第もない」
この瞬間、「葵は調理目的でキッチンに近付いてはならない」というルールが設けられた。
ただし自室にのみ許可される、という項目が大輔によって追加されることを、この時の悠人はまだ知らない。




