歓迎戦2 戦闘開始
「ああもうツイてねえ。なんだってあんなのに出くわすんだ」
「恐らく、僕らがあの爆発に耐えている間に、挟撃をしようと裏に回ってたんだろうね。もしくは裏から脱出することを見越してたか、だ」
「…………あれは土属性のランクS。現に髪も茶色だった」
らしんばんから脱出した後、目の前に現れたぽっちゃり(あるいはむっちり)美少女はオロオロとしながら、詠唱を始めた。一般的な詠唱であった。ランクDの俺が使えば、小さめの石が一つ現れて、目標に投げるよりも遅く飛んでいくだけ、というような魔法だったが、その少女が詠唱を終えた途端に現れたのは、成人男性8人分相当の岩。しかもメジャーリーガーも真っ青な剛速球。警戒して離れていなかったら全滅していた。それを回避すべく俺たちは散開したのであった。
そして現在、俺と悠人、そして幽ヶ峰さんは、逃げた先にあった店の中に逃げ込んだ。まだ近くをあの少女がうろついていると予想される為、迂闊に外に出られない。
「……しかもこの店、アダルトフィギュアを平然とショーケースに並べてるんだが……」
なんかもう、色々落ち着かない。目のやり場とか、下半身とか。
「すごいな、これは。魔改造って言うんだっけ?」
「………目の毒」
興味深そうにしげしげとエロいフィギュアを眺める悠人の目を、チョキで突けばいいものを、手の平をアイマスクのようにして隠していた。わかりやすく言うなれば「だーれだ?」とやっている構図を想像して頂いて間違いない。傍から見ればこいつら完全にカップルである。
「……さてと、これからどうするか…とりあえず、時野か松田あたりに連絡を取った方がいいか……いや、しかし相手が魔素を感知するタイプだったら居場所がバレるしな…」
「僕が意思疎通魔法を使えたら良かったんだろうけど、生憎、禁呪をそれ用にチューニングしてないから使えないんだ」
「……禁呪付きの意思疎通魔法かあ……想像したくねえなあ……」
禁呪は魔法の形式を変えるものではあるが、同時に魔法の力を増幅させたりもする。意思疎通魔法なんぞに禁呪を組み込めば、「有効距離」が強化されるならともかくとして、「声量」が強化された場合………。恐ろしい。
「恐らく、まだあの子はこの周辺を索敵しているだろうし……やっぱり僕が出るしかないかな?」
「………危険」
「ああ、危険だな。お前ら二人と向こうのランクS二人が戦ったとして……絶対に勝てるって確証はない。一人ずつをお前らが二人掛かりでやっちまえばいい」
「となると、僕らが出て、あの女の子を相手取ればいいの?」
「いや、それだと途中でもう一人のランクSが合流してくる恐れがある。理想としては、さっきの土属性の女子をここで足止めして、その隙に火属性を倒して、そのあとすぐに戻ってきて土属性を仕留める……って感じだろう。堅実だと言えば堅実だ。現実的ではないがな」
「うーん……あ、いい考えがあるよ? というか、これしかないんじゃないかな?」
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「あなたが2組のランクS…ということでいいんですか?」
「あー……もういいやそれで」
俺は、さっきの土属性の少女の前に立っていた。どうしてこうなった。
「じゃあ……あの、悪いですけど、ここで倒させて貰いますね…きて、曇天」
「はあ……蒼空、来い」
少女はその身長の二倍はありそうな戦斧を構える。その斧は形式で言うならばバルディッシュ。長い柄に、三日月状の刃が取り付けられた物だ。だが大きさが異常。本来、戦斧は大きい物だが、少女の持つそれの長さは2mを優に超えているように見受けられる。刃の大きさも大きく、あれをマトモに喰らえば一撃で戦死、保健室送りに違いない。
俺の蒼空の長さも2mと少しであるが、槍と斧では大違い。刃の大きさ、威力は桁違いなのだから。
「1組、ランクS。旅原桃華…よろしくお願いします!」
「あー……2組、ランクはご想像にお任せします、鹿沼大輔、お相手つかまつ……りたくねえなあ」
そも、どうしてこうなったのか。それは数分前に遡る。
~~~数分前~~~
自分にいい考えがある。古来から、現実だろうが創作の世界だろうが、その言葉は基本ロクでもないことになる。俺はどんなアホな提案が飛び出すのか、悠人の言葉を待った。
「まず、大輔がさっきの女の子の相手をするだろ? そしてその間に僕と幽ヶ峰さんが炎属性の…ブチ切れてた方に攻撃を仕掛ける。ランクS一人に対してこっちは二人だ、まず負けないだろう。そして戻ってきて大輔と合流、こっちも倒す……いい案だと思わない?」
「どこからツッコめばいいんだ?」
まず大前提からして無理だ。禁呪も使えないような一般人たる俺がランクSの足止めをしろ、だなんて。
「まあまあ、大輔なら出来るでしょう? 蒼空の武器能力は『自在に空を飛ぶ』だったはずだ」
「ランクSが使えばな……。俺じゃせいぜい、空気を四回まで蹴ることが出来る程度…まあ、わかりやすく言えば五段ジャンプだ」
「それでも…土属性が相手なら」
悠人の言いたいことはわかる。土属性は他の属性──火属性、水属性、風属性、雷属性だ──とは違い、唯一固体である属性だ。威力もやはり高いが、制約が他に比べて多いのが難点なのだ。
「まず『発動するには地面が近くなくてはならない』。これは土属性のほとんどが『その属性の物質を作り出す』のではなく『その属性の物質を変異させる』魔法だからだね、もちろん例外もある。僕らがさっき見た魔法みたいな、ね」
「んなこと言われなくてもわかってる。問題は、相手がランクSだってこと。俺はあの初歩魔法を一発喰らっただけで昇天するからな」
俺の強さは雑兵程度である。ランクSの強さを百とすると、ランクDの俺は十にも満たないだろう。魔導士見習いであっても、魔法はそこまで戦局を左右するものなのだ。
「まあまあ、大輔なら出来るよ、あの身のこなし……どこかで学んだね? 僕らは、中学時代はただの一般人だったんだ、ここに来たって素人には変わりないはず……なのに大輔の動きは、中学生の体育の授業でやりましたってレベルじゃなかった。ランクSだって基本的にみんな素人だ。幽ヶ峰さんは訓練を受けていたみたいだけど」
「まあ、爺ちゃんにちょっとな。それよりも……やっぱ俺がやらないと駄目か?」
「他に誰かいるかい?」
相手に魔力を感知される恐れがあるため救援は呼べず、かといってここでやり過ごそうにも相手はこの付近を探索して回っている。見付かるのも時間の問題だろう。
「……はあ。時間を稼げばいいんだな? それ以上はやらなくていいな?」
「もちろん。注意を引き付けてくれていればいい。僕が勝って戻ってくるまでね」
「お前が負ける可能性は?」
「あるにはあるけど……こっちはランクSが二人掛かりなんだ。可能性としては低いかな」
俺は考える。蒼空の能力は空中での戦闘に特化した魔導武装だ。対して相手は土を操る魔法を使う。ビルの屋上や空中を使って逃げ回っていれば案外楽勝なのではなかろうか?
そして俺は──────。
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首を縦に振った事を激しく後悔しているのであった。
こうして対峙しているだけでも、向こうからのプレッシャーが尋常ではない。昔、山に山菜を取りに出かけたときに出くわした熊ぐらいのプレッシャーがある。背中を冷たい汗が伝い、手に握られた蒼空の柄が汗で濡れる。
「行きますよ~?」
逆に相手は本来の調子を取り戻してきたのか、オドオドした口調がほんわかとしたものになる。なんというか、聞いているだけで和むような、力の抜けるような、癒される声だ。
「えいっ」
跳躍。
本人は軽く跳んだ程度なのかもしれない。一瞬で10mはあったであろう距離を一瞬で詰め、その戦斧を振り下ろした。回避は間に合わないと判断し、俺は蒼空の柄で受け止める。重い一撃だ。受け止めた俺の身体は、全身が悲鳴を上げ、余りの衝撃に足元のコンクリートが砕けた。数cmめり込む。俺は全力を持って押し返し、旅原さんが体勢を少し崩したところでパックステップし距離を開ける。
「あんなに強いなんて聞いてねえっ」
俺は逃げに徹することにした。ビルに向かって跳躍する。人間では有り得ない跳躍力だが、それは魔導武装を顕現させている状態だと身体能力が強化されるためである。
「逃がしませんよう。土よ、行く手を阻め~」
コンクリートの地面が隆起し、まるで生き物のように形を変える。大きな手のような形になって、空中を移動する俺の目の前に、土の掌で壁を作る。
「あっぶねえ!」
俺は空気を蹴り、真横へ方向を変える。掌から離れると、もう一度空気を蹴って真上へと飛翔した。
「えええ、空中で動けるなんて卑怯ですよう。じゃあえーと……えいっ」
旅原さんは、その戦斧で、自分が作り出した土の手を砕いた。それは、レンガ程の大きさの大量の石つぶてとなった。それらが戦斧の刃の上に乗った。何をしようと言うのか。
「曇天、やっちゃってください!」
そう旅原さんが言うや否や、その石つぶてが一つずつ、かなりの速さで俺めがけて飛んできた。だが目で捉えられないほどの速さではない。
しかし問題はその量だ。まるでマシンガンのように石つぶてが飛んでくる。俺は魔法を唱え、自らの身体を包むように強風を顕現させた。石つぶては風の影響で少しだけ進路を変える。それでも身体にぶつかりそうな物はあるので、蒼空を回転させて出来うる限り防いだ。
残り二回の跳躍を使い、俺はビルの屋上に着地する。数発はつぶてが当たったらしく、全身にまばらな痛みがある。自らの魔法による風のお陰で威力が下がっていたのが幸いだった。
「このままビルとビルの間を飛び回るしかないな……」
俺は呟いたのち、隣のビルに向かってジャンプした。もちろん、下からの迎撃を警戒しつつ、だ。
飛んでからコンマ数秒のことだろうか。2組のメンバーを散り散りにした、あの大きな岩が、俺めがけて飛んでくる。重力に逆らっているからか、そのスピードこそ先程に劣るものの、迫力だけならば全速力のトラックのようだ。しかしまだ距離はある。回避は難しいかもしれないので、破壊した方が確実だろう。
空中で少しだけ空気を蹴り、体勢を整える。蒼空を逆手に構え、片手で持って大きく振りかぶる。
槍投げの要領で、俺は蒼空を思い切り投げた。
狙い通り、大岩の真ん中に蒼空は飛んで行き、貫通した。中心に空いた穴から全体にヒビが入り、粉々とまではいかないが、大きな音を立てながら岩は崩れた。細かくなってしまえば回避は楽だ。ある程度離れた蒼空は魔素に還り、俺は空気中の魔素を再構築し、蒼空を手にした。そして跳躍し隣のビルを目指す。数秒程度でビルの屋上に到着し、俺は一息ついた。
「……引き受けなきゃよかった……」
この苦労はまだ続きそうである。前途多難とはまさにこのこと。
俺は、魔法によって作られた偽物の青空を仰いで呟いたのだった。