ファミリア契約、ときどきショッピング
魔導士協会沖ノ鳥島支部。
その、とある一室。非常に広く、正方形に見える。
部屋の床、壁、天井に巨大な魔法陣が描かれており、全てが淡く輝いている。しかし特筆すべきはその大きさである。部屋の大きさもさることながら、どうやって描いたのかと思うほど。等身大ガンダムよりも大きいかもしれない。
俺とシエルはその部屋の床に描かれた魔法陣の上に座っている。目の前には須崎先生が立っている。
「二つの魂に祝福されし契約を」
須崎先生の簡単な詠唱で、俺とシエルの魂が繋がった。
「うえー、あしがしびれたー」
シエルはずっと正座していたので、だらしなく寝そべっている。
「こんな簡単でいいんですか、ファミリア契約って」
「簡単に見えるのなら、先人達の努力は報われたことだろうな」
周囲の魔法陣が消えてゆく。
「一度の契約のためにランクSの職員が丹精と魔力を込めて魔法陣を時間を掛けて描く。しかもこの魔方陣が無ければ魂を繋げるなどという詠唱は何日になるのか、何ヶ月、何年になるのやらな。本当はそこそこの金額を請求するものなんだが……その少女の存在については我々魔導士側も色々と思うところがあってな。特別にタダだ、感謝するといい」
「至極恐悦にございます」
「字面通りに受け取っておいてやる」
「いや、でもほんと助かります。ありがとうございます」
「……驚いたな」
須崎先生が言葉の通りに驚いたような表情を見せた。
「? 何がです?」
「お前、普通に感謝できたのか」
「失敬なっ!」
非常に心外だ! これは抗議せねばなるまい! ぷんすか!
「……しかし、本当に良かったのか?」
「どういう意味です?」
「ファミリア契約だよ。確かにこれには色々とメリットも多い。多いのだが……」
「ええ、お互いに魔力を供給し合ったり、位置を特定出来たり、瞬時に呼び戻すことが出来たり」
「……だが、お前は……」
「申請前に聞きましたよ。俺はシエルから魔力を受け取れない、でしょう」
「ああ、その子の魔力はあまりにも特殊過ぎる。魔力そのものの質が高すぎる、と言ったほうが良かろう。言ってしまえば、乳酸菌飲料の原液に近い。我々は水割りだというのにな」
「だから……俺では無理、なんですよね」
例えば、アルカニアや幽ヶ峰のようなランクSならばその特殊な魔力にも順応出来たろう。ランクはつまり魔素や魔力がいかに身体に馴染むか、ということ。
悠人ならば、それはもう完璧なまでにシエルから魔力を受け取り、力に出来ただろう。
「俺はまあ、別に力目当てでこいつとファミリアになったんじゃないんで」
嘘だ。俺は期待していた。
この生まれつき少ない魔力を少しは補えるのではないかと思ったのだ。
無垢な少女を利用しようとしたのだ、俺は。
「きっと、俺じゃないほうがいいんだと思います」
この少女はきっと、とても重いものを背負っている。彼女に自覚がなくても。記憶がなくても。
失われた何かは、きっと俺の手に余る。
「悠人や康太たちのほうが上手くやると思うんです」
高校一年生だなんて馬鹿真っ盛りな俺だけれど。
そんな俺にもわかる。
俺は、誰より身の程を知っているのだから。
でも。
それでも。
「俺は……」
そこまで言った時、シエルは俺の服の裾を寝そべったままつまむ。
「だいすけー、あしびりびりー……うひっ」
そう言って俺に笑顔を向けてくれる、この目の前の少女を。
守りたいと思った。
俺を頼ってくれた少女を。
ヒーローになりたいと思った。
他ならぬこの少女の。
俺がシエルを助けたのでは断じてないのだ。
救われたのは、俺だった。
「こいつをいつか絶対に家族の元に連れて行ってやります。俺がやるべきことじゃないかも知れないですけど。関わるには力不足が過ぎると思いますけど」
「…………」
須崎先生は、静かに聞いてくれている。
「俺が、やりたいんです」
ただそう言うと、須崎先生は少しだけ、口角を上げて。
「本音を言った気分はどうだ?」
とからかうように言って、俺の頭をぐしぐしと乱暴に撫でた。
俺はなんだか恥ずかしくなって、
「ロクなもんじゃないですね」
とだけ言って笑った。
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魔導士協会を後にして、これからどうしたものかと思っていると、俺の端末にメッセージが届いていた。
『これから街に行くんだけど、一緒にどうだい? 用事があるなら無理強いはしないけれど』
悠人からだ。一時間前……つまり放課後になって少し経ってから送信されている。ああ、さっさと帰ってしまったしなあ。
ただ、なんだろうか。非常に嫌な予感がする。俺はとりあえず返信してみることにした。
『悪い、野暮用でちょっと出掛けてたんだ。今は何してる?』
と送ると、すぐに返ってくる。
『ちょうどいいタイミングだよ。沖ノ鳥アウトレットに来てくれるかな?』
『わかったよ、すぐ行く』
端末をポケットに直し、シエルの手を握る。
「っと、あー、またお出かけだ、行くか?」
「うん!」
無理やり引っ張って行くわけにも行かないからな。
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アウトレットに着いてから悠人たちと合流した。
アルカニアと幽ヶ峰は当然いるとして、エリーにエミリアに康太。そして……白鷺さん。
あっわかったぞ。元気付ける会とか言うなこいつ。間違いない。
そう思っていると悠人が俺に近づいてきて耳打ちした。
「これ、白鷺さんを元気付ける会だから、気を回してくれるとありがたいな」
「……まあ、任せろ」
ヤッパリナー。
そら見たことか。
「で、具体的には何をすんだよ」
「楽しんで、ってことぐらいかな? 切り札、用意してるんだ」
「黒鳥が来るまで場を保たせろってんだろ?」
「さすが大輔、お見通しだったとはね」
「こんなイベント開催しようって時点でなんとなくわかる。まあ、こういうのは女子連中に任せるのが一番だろうな」
「どうしてそう思うんだい?」
「いやなに」
俺は思い出す。姉のショッピングに付き合わされた日を。二人の姉妹の荷物持ちをさせられた日々を。
「女の買い物に付き合いたくない……」
「そんなに女性経験が……!?」
しまった。変な勘違いをされた。
「それはさておき、黒鳥はいつ合流するんだ?」
「もうそろそろだとは思うんだけどね。ま、そう焦ることでもないさ」
それだけ言ってから悠人はアルカニア達の元へ戻る。ごく自然に女の元へ……!
「シエル、なんか買ってやるよ」
「わーい!」
ならまあ、俺も俺なりに、和を乱さない範囲で楽しんでやろう。
そうだ、シエルは可愛い女の子であるが、そういえばほとんど女の子らしい服を与えてやっていない。ほとんどしまむらとユニクロである。
ここは女性陣に見繕ってもらうべきではないか。
その旨を話したところ。
「道理で同じ服ばっか着てたわけね」
とアルカニア。
「…………その歳はオシャレ盛り」
と幽ヶ峰。
「ゴスロリ着せましょう、大輔さん」
とエミリア。
「じゃあ、服選んだげるよー」
と白鷺さん。
割とみんな乗り気であった。これはシエルが着せ替え人形にされる未来が見えるぞ。
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「たすけてー!」
「おやおやおや」「まあまあまあまあ」
シエルはゴスロリを次々に着せられ、エリオット兄妹が目を輝かせている。
「うごきにくいー!」
お気に召さなかったらしい。
「むう、可愛いですのに……」
非常に不服そうである。なんとかフォローしてやらねば今後もシエルにゴスロリの魔の手が迫るかもしれない。
「お前が着たほうが似合ってると思うぜ? その服」
そうエミリアに言った。ゴスはちょいちょい私服で見るけど。
「んなっ……!? ま、まあ、そういうことでしたらこれのサイズ違いを買っておきますわ」
「エミリア……」
エリーが可哀想なものを見る目で見ていた。妹がチョロい兄の気分を味わっているのだろうか。
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「これはなかなか……」
「うん、似合ってると思うわよ」
エミリアはそう言ってうんうん頷いている。
シエルは動きやすい軽装を着せられていた。シンプルなTシャツにハーフパンツ、腰巻きがアクセントになっている。
「ん、うごきやすいかも」
「へえ、どんなエグいのが出てくるのかと思ったら、しっかりしたストリートファッションだな」
「アンタ、アタシをなんだと思ってたのよ……。単純に、アタシは自分の国よりもこっちのファッションの方が好きなのよ。いるでしょ? 海外のファッションをありがたがる人って。それと一緒よ」
「自分でそんなこと言うヤツは初めて見た。しかしなるほどな、異世界っていうよりもう海外みたいな感覚なんだな。ちなみに、そっちのファッションってどんなんが流行ってんの?」
「……それを聞く?」
「なんだ、マズかったか?」
「…………男女問わずダボダボだし、男はいわゆるプロデューサー巻きに腰パン、女は肩パッドを……」
「待て、やめろ、俺が悪かった」
バブルであった。今の感性で見れば地獄絵図ではなかろうか……。
「……ともかく、俺これ買うわ……シエルによく似合ってるし……」
「……そうしてくれると、自分のセンスに自信が持ててありがたいわね……」
いたたまれなくなった。
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俺と幽ヶ峰はポケットに片手を突っ込んだまま向き合って歩き、すれ違い様に片手でハイタッチをした。
「何? 何やってんのそれ?」
傍から見ている悠人が本気で困惑している。
「なんだかわからないけどこれかわいいね!」
俺と幽ヶ峰はすかさず端末のカメラ機能を起動してガチ撮影モードに入る。
「何? 何でそんなことになってんのこれ?」
悠人は未だ困惑している。
そう、シエルはアニメコスプレをしていた。日曜朝にやっている大小様々なお友達が大好きなプリティでキュアキュアなやつの。
「雪のような白い肌が」
「…………とてつもなく際立っていて」
「「素晴らしい」」
俺と幽ヶ峰は握手を交わした。
「……次行こうか」
とりあえず、シエルを着替えさせた。
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一通り見終わって大通りに戻る。
そこに、見覚えのある姿があった。
黒鳥が、所在なさげに周囲を見回してベンチに座っている。
「……!」
白鷺さんが駆け出す。
俺たちは、ただ二人の再会を見ていた。
言葉を発することはきっと野暮だ。そう思って俺は黙って、ただ微笑んでその二人を見ていた。
「…………キマシタワー」
「お前! お前!」
幽ヶ峰葵は、絶望的に空気を読まなかった。
そうして、俺たちのちょっとした戦いは完全に幕を下ろした。
林間学校は平穏でありますように、と。
心からそう思う。




