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面会

 時間が経つのは早いもので、六月になった。

 二週間後には林間学校を控えており、少し遠いとはいえ、クラスの雰囲気は心なしかそわそわしている。

「あれから、もう一ヶ月経つんだね」

 休み時間、康太が俺に話しかけてきた。

「ああ、ゴールデンウィーク明け近くからバタバタしてたんだっけか……」

 事件から既に一ヶ月近くが経とうとしていた。大きな変化と言えば、そう。

 俺はクラスのマドンナの席に目を向ける。

 彼女はクラスメイトの女子と談笑していた。変わらぬ笑顔を見せている。

 俺から見れば大きな変化だ。彼女に二つの変化が生まれた。

「ねえ、黒鳥さんはどうなったの?」

 白鷺さんを見ていると、小声で康太が俺の耳元で囁いた。これが噂に聞く囁き催眠音声ってやつか。

「いや、知らねえ」

 嘘だ。ごめん知ってる。サード……いや、グウェントから聞いた。

 俺はちょくちょくグウェントと会って、色々と話を聞いている。口が異様に軽いのか……というと実はそうではなく、聞かれたこともはぐらかすことはややある。彼の中にも話していい内容の基準があるらしい。

 だからか、アイツは程々に信用されたらしく、観測用魔導具を装着したままであれば街に出られるほどにはなった。研究そのものには未だ難色を示されているらしいが。

「どうにかならないかなあ」

「って言われてもなあ……」

 黒鳥夕緋は、結論から言えば捕まった。当然だ、魔導士を目指していながら、敵対している魔導犯罪組織に所属していたのだから、当然でしかないだろう。



 だが、解せない。彼女が未だ退学処分になっていないことが、だ。まだ彼女の席はこの学校に残っているし、どうにも停学扱いになっているようだ。

「ね、大輔。僕らで白鷺さんを元気付けられないかな?」

「無茶言うなよ……」

 あの二人は長い付き合いらしく、聞いた話によると生まれた時には隣のベッド、家も隣、学校はずっと同じ、といった具合の模範的な幼馴染だったそうだ。

 現に今もなお変わらぬ笑顔を浮かべてはいるのだが、あれは違う。完全に作り笑いだ。

「……何考えてんだか」

 慣れないことはしなければいいのに。俺だけならまだしも、康太でもすぐに元気がないと気付くほどに作り笑いが下手だ。

「あっ、見てほら、悠人が来たよ」

「……横にはいつもの女共がいるな……」

 授業がもう少しで始まる時間だ。だが、何故か他クラスのミオ・アルカニアがいる。いや、何故っていうか惚れてるんだしある意味当然っちゃ当然か……。

「悠人が白鷺さんの席に行ったよ。それも一人で」

「……あンの馬鹿朴念仁……」

 そっとしておいてやって欲しいのだが。

 悠人は超弩級のお人好しだ。そして目の前にはすごくわかりやすく困っている人間。

「まあ……そりゃ、あいつならそう動くだろうなあ……」

 頬杖をつきながら、俺はぼそりと呟いた。

 困っている人間を一人にしてやると言って放っておくことも、救いの手を差し伸べることも、どちらも間違ったことではない。いや、他者が抱える問題に対して何かしらの対応を取ってやる、ということはそれだけで優しさと呼べるのかもしれない。

 だが……手を差し伸べることは実直な優しさだと、思う。だって、差し伸べられた手は、悩みを共有することも、悩みは聞かずとも背中だけでも押してやることもできるのだから。

 対して俺は……手を差し伸べられない。悩んだ時に一人になる時間は大事だが、俺の場合はきっと、それを言い訳にしているのだと思う。

 だって、俺は結局のところ、何もしていない(丶丶丶丶丶丶丶)のだから。



 差し伸べられた手が、取られないことが怖いから。そもそも、自分が誰かの個人的な問題の手助けをするだなんて、そんなことは出来ないとさえ思っている。


 自分のことさえ、何一つ出来やしないのに。


「……大輔? どしたの?」

 心配そうに、康太が俺の顔を覗き込んできた。

「…………ちょっと考え事してただけだよ。そんなことより、悠人のやつめ……今度は何をするつもりだ……?」

 悠人と白鷺さんは談笑している。もちろん、白鷺さんの浮かべる笑顔はどこか空虚だ。無理をしている。

 対して、悠人はというと。

「……楽しそうにしてんな……」

「なんであんな普通にしてられるんだろう……!?」

 まるで、心配することなんて何一つないとでも言いたげな笑顔だ。

「あいつはあいつで、なんか考えがあるんだろうぜ」

「だといいんだけどねえ……ひっ!?」

 急に康太が怯え出した。何事だろうか。康太の視線の先に目をやる。

 そう、悠人は教室に入ってくる際、アルカニアと幽ヶ峰を侍らせていたはずだ。しかし今白鷺さんと会話している状況で二人はいない。

 Q.何をしているでしょうか? A.臨戦態勢で睨み合っています。

「ヒェッ……」

 漏れ出る殺気。というか、悠人の席で睨み合っているので、つまり俺の真後ろにいる。状況を視認しなければ気付かぬほどの微弱な殺気だとはいえ、カクジツニコロスという確固たるものでもある。体積こそ小さいが、密度が凄まじいものだと認識していただければ相違なかろう。

 周囲を見てみると、クラスメイト達が心なしかそわそわしている。林間学校が楽しみだったそわそわ(丶丶丶丶)だったはずなのに、いつしか二つの核爆弾がいつ爆発するのかが気がかりで仕方ないといったそわそわ(丶丶丶丶)に変わっている。

 程なくして、チャイムが鳴り響いた。二人は無言で一瞥しあい、アルカニアは自らの教室に戻っていった。


 人生で初めて授業開始のチャイムに感謝したかもしれない。



          ~~~~~~~~~~



 放課後のことである。

 俺は、そう、なにか本能的に嫌な予感がしたので、気配を極力まで消して誰に挨拶することもなく教室から忽然と姿を消すことに成功した。敵がやたら多かった中学時代に身に着けたスキルだが、役に立ってよかった。

 このまままっすぐ帰ってもいいのだが、少し気がかりなことがある。グウェントの元へ寄っていくことにした。

 そうだ、ついでにシエルとのファミリア契約を済ませてしまいたい。迎えに行こう。



          ~~~~~~~~~~



 校舎から出て、学生寮を通り過ぎ街の方へ。俺の行き先は沖ノ鳥島中央区にある。

 エルゼラシュルドの学生ならば沖ノ鳥島内の公共交通機関は無料である。学生証を持っている限りは、だが。

 電車に乗り、中央区の魔導士協会沖ノ鳥支部に入る。こちらもエルゼラシュルドの学生であれば制限はあれど入ることは誰でも可能だ。

 シエルはずっときょろきょろと周りを見渡し、見たことのないものを見付けては嬉しそうにしていた。非常に父性が刺激される。

 受付に向かい、学生証を提示する。

「グウェント……じゃない、疑心のサードと話がしたいんですが」

「面会ですね。了解を取ってみます……はい、どうぞ、いつもの部屋です」

 何度も顔を合わせている美人受付嬢に軽くお辞儀をして、俺はグウェントの待つ部屋へ向かう。

 ……その前に。

「シエル、いつもの場所、行けるか?」

「うん!」

 協会内には託児所がある。少し事情を話したらシエルの出入りの許可が出た。何度もそこに預かってもらっている。……まあ、外見だけ見れば託児所なんて年齢ではないのだが。

 俺は、サード──もといグウェントとの面会室へ入る。

 そこは、少し古い刑事ドラマで見るような面会部屋を小奇麗にしたような場所。天井の四隅には監視カメラが配置されているし、ここでの全ての会話は録音される。

 少し待つと、ガラスの向こうにグウェントがやってきた。

「よう、カヌマ? 今日はなんの用だ?」

「よう、わりいな、急に呼んじまって」

「気にすんな? どうせ暇だしな?」



「で、早速本題に入るんだけどよ。ほら、お前らのとこにウチの生徒いただろ?」

「お前の言いたいこととやりたいこと、もうわかっちまったぜ?」

「察しが良くて助かるよ。で、どうすりゃいいと思う?」

「あー、もう遅いぜ?」

「……まさか、もう処分が決まったってのか?」

「逆だぜ? お前がやろうとしてたことがもう終わっちまってるってことさ?」

「なに?」

 彼は大層愉快そうに俺の顔を見て笑みを浮かべている。

「キミザキだ? やつが終わらせちまったらしいぜ? まあ、何をしたかまでは詳しく知らねえが?」

「……マジかよ」

 俺がここまでご足労した意味ないじゃないか! なんてことを!

「っつーわけで、俺に手伝えそうなことはねえぜ?」

「道理で退学にならねーでずっと在学扱いになってたわけだ……しかし、あいつ、何やったんだ……?」

「そこは本人に聞いた方がいいんじゃねえか?」

「そうだなあ……まあ機会があったら聞いてみるよ、気になるしな。……そういや、俺、シエル……あー、お前らが空の神子とか呼んでた子とファミリア契約しようと思ってんだよ」



 ファミリア。使い魔とも言う。

 制度としては存在しているものの、実際にこの制度を使っている人間をおよそ見たことがない。

「なるほどな? 確かに、そうすりゃ攫われてもすぐ取り戻せるから楽かもな?」

「ああ、地球の裏側だろうが宇宙の果てから果てだろうが繋がるもんだし、丁度いいと思ったんだよ。……まあ……申請にメチャクチャ時間かかるんだけどな……」

 何を隠そう前々から申請だけはしていた。しばらく経って最近やっと準備が出来たらしいので協会に足を運ぶ予定ではあったのだ。

「何より、シエルには戸籍がねえ。名前がわからねえもんだから家族の探しようもねえ。いつか家族が見付かるまで、俺はあいつを守ってやるって決めたんだよ」

「そうかい? ま、応援してるぜ? ……しっかし、俺もスワンのやつみてえに自由になりてえなあ? いや、ここから出れなくてもいいから研究がしたいぜ? 魔科学についての理論構築は頭の中でも出来るんだがな?」

「……待て、今なんて言った? 出てったって言ったか?」

「そうだぜ? スワンのやつ、今日、釈放だってな? まあ、発信機とか色々付けられてるらしいが?」

「……そうか、それを込みでの元気づけようって話だったわけか……!」

 なんたる有能。親友が逮捕されたと思っていたら無罪放免で帰ってきたなんて最高のサプライズ……なんだろうか? 制度とか色々どうなってやがるのか。犯罪者だろ、一応。



「小耳に挟んだ程度だがな? スワンのヤツは何もないのさ?」

「ってーと、つまり?」

「ユニオンには入ったばかりで情報は持ってねえ? 別に誰かを殺したり物を盗んだわけでもねえ? 言ってしまえば、ただそこにいただけ(丶丶丶丶丶丶丶丶丶)だな?」

「で、建前上、一応監視は付けてるってわけかい」

「そういうこった?」

 なら、今頃感動の再会を果たしているところだろう。良い話……ではないか。

「じゃ、俺はシエルとファミリア契約してくるよ。悪かったな、呼びつけちまって」

「ちょうど暇だったんだ? 構わねえよ?」

 俺は立ち上がり、部屋を後にしようとする。

「ああ、そうそう、お前に言っておこうと思ってたことがあったんだ?」

「? なんかあるのか?」



「俺たちがいた……夢想派って言われてた連中だがな? アレ以外にもシエルとやらを狙ってる派閥はあるんだぜ?」

「…………何?」

「お前は当然知ってるだろうが? あのガキの魔力(エナ)はあまりにも強大過ぎる? 利用したいって思うのが悪人ってもんさ?」

「そうさせないためのファミリア契約だよ」

「まあ、面倒事は起こるだろうから、注意しとけってこった? じゃ、またな?」

「ああ、また来るよ」

 そう言って、俺は面会部屋を後にした。

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