日常への帰還
「なあ……どうなると思う?」
「さあ、どうだろうな?」
俺とサードはそんなことを言いながら、小さい水晶玉を見つめていた。場所はシエルと白鷺さんが捕らえられている部屋の近くの部屋だ。二人になるべくこちらの存在が悟られないように、声が届かない場所に潜んでいる。
「この作戦、悠人が互角以上で戦えることが前提なんだけど、大丈夫か……?」
「これ以外にあるんなら聞きたいところだがな?」
「……少なくとも思いつかねえなあ……。今使える手札って、ほんとこれだけなんだよ。悠人の本気がどれだけなのか、俺知らねえんだもんよ」
「へえ? クラスメイトで、しかも一緒に行動することが多いんだろ?」
「数年来の付き合いってわけじゃねえんだ。あと、アイツは禁呪使いだし……それに、俺相手に本気なんか出せねえだろうしな」
「苦労してんだな?」
「楽でいいぜ、強いやつのコバンザメってのはさ」
「同感だな?」
水晶玉に映し出される光景に動きがあった。
「おい、お前のダチが動くぜ?」
「睨み合いは終わりってことか。じゃ、観戦といこうか。ポップコーンがありゃ最高だったんだけどな」
~~~~~~~~~~
悠人と夢想が睨み合う形で広い部屋に立っている。
「もう魔力は満タン以上だ。さっきみたいにはいかない」
そう、悠人が言う。夢想はその言葉を聞いて、一瞬戸惑ったのち、高らかに笑いだした。
「それはつまり、さっきは魔力が足りなかった、ということかい?」
「…………」
悠人は、何も答えない。
「なら……なら見せてみろ。今なら出せるんだろう? 聖騎士を」
夢想のその言葉に、悠人は静かに頷いた。
「……ああ、そうするつもりだよ」
閃光が部屋を包む。
「今度は負けない。聖騎士の性能で勝つのはあまりいい気分じゃないんだけど……」
光が消えると、夢想の前には魔鎧、聖騎士を纏った悠人の姿があった。
夢想は、頭を抱えて、喜びの表情を浮かべながら叫びだす。
「ああ──ああ、ああ、ああ! それだ! それなんだ! 僕の──僕の存在価値だ! それこそが! 僕が生まれてくることになった理由だ! それを持てなかった僕はこうして今、惨めに立っている! それを貰うぞ、公崎悠人! 僕の失った生のために! 僕がこの世に再び生を受けるために!」
異様な光景だった。その言葉には、喜びと苦悶が入り交ざっていた。
「失敗作に殺されろッ!」
叫び、魔鎧を装備する。それは聖騎士に酷似した、しかし似て非なるもの。その色は漆黒。いたるところにヒビが入り、装飾と呼べるようなものは一切ない。無機質な、壊れかけの鎧だ。
「……黒い……聖騎士?」
漆黒の鎧と純白の鎧が向き合う。
「一撃だ。一撃で殺す。どうせこの結界はそうやすやすと侵入できるものじゃないし、君を殺してからでも魔力を回復する余裕はあるさ」
夢想の魔鎧に魔力が溜まってゆく。
──なんて魔力量だ……!
悠人も自らの聖騎士に魔力を込める。
──僕も……貰った分の魔力まで全部使って本気でやらないと殺されるかもしれないな。
漆黒の鎧は構えを取る。
「終わらせよう、全てを」
純白の鎧も、剣と盾を構えた。
「…………!」
二つの鎧は目にも留まらぬ速さでぶつかり合い、そして、ガシャン! という、魔鎧が砕け散る音とともに、夢想の身体は吹き飛ばされた。そのまま部屋の壁に叩きつけられる。
「がっ、ぐ……! そんな、そんな、馬鹿な……!」
地面にずり落ちた夢想は、這いつくばるような姿勢のまま悠人を睨む。
「僕だって魔鎧を纏っていたんだぞ……! それで……こんな! 聖騎士め、どれだけの力が……!」
悠人は魔鎧を解除した。
「確かに……実力で言えば、きっと僕のほうが弱い。だけど……聖騎士は、それを上回った」
悔しそうに、悠人はそう夢想に言った。
「は、ははは……あっけない時間だった……、意味のない、時間だったな……畜生……」
それだけ言って、夢想の身体から力が抜ける。魔力を全て失った際のものとは違い、単純なダメージによる気絶なので、その身体が消えることはない。
「…………畜生って言いたいのは、僕のほうさ……」
誰ともなしに悠人はそう呟いた。
~~~~~~~~~~
「……嘘だろ」
一部始終を見ていた俺は、そう呟くことしかできなかった。
魔鎧の聖騎士。現存する魔鎧の中で最も強いもの。
「はっは! 面白いもんが見れたじゃねえか? 俺たちの作戦は全部パーだけどな?」
「言うなよそれを……って、夢想が倒れたってことは……」
「ああ、結界も消えるんじゃねえかな? ガキを捕まえてる部屋のも、このビルを覆ってるものもな?」
見てしまったことを正直に伝えるべきか、知らぬ存ぜぬで貫き通すか。
いや、そんなこと言ってる場合じゃないな。
とりあえず、今できることをしよう。
「じゃ──逃げるか」
「だな?」
そういうことになった。
~~~~~~~~~~
「……む……!?」
ビルの外、魔導士とベンケイが戦っている最中、ベンケイは急に動きを止めた。
「失敬、吾は此処で失礼させて頂こう」
「逃げられるとでも?」
須崎がそう問うと、ベンケイは頷いた。
「勿論」
ベンケイは自分の足元に何かを投げつけた。
閃光。
「……! 古典的な真似を……!」
その場にいた全員がベンケイの姿を探すが、見つかることはなかった。
「ちっ……なんだというのだ、一体」
~~~~~~~~~~
こうして、非常にあっけない形でこの事件は幕を下ろした。
俺個人としては、悠人と夢想が激戦を繰り広げるものだと思っていたし、そのスキを突いて俺がシエル達のいる部屋の結界に触れ、夢想の意識をこちらに向けさせようと考えていたのだが……まさか、水泡に帰すとは……。
未だにビルの中にいる俺はサードに一旦隠れてもらってから悠人と合流し、シエルと白鷺さんを助けにいくことにした。さっきまでいたところからわざわざ悠人のもとに移動してまた戻ってきているので二度手間感は凄まじい。
「よう、おつかれさん」
まあ、終わったことを蒸し返しても仕方あるまい。とりあえずフランクに悠人に話しかけてみた。
「……ああ、大輔か」
おっと、元気がない。きっと俺のフランクさが足りなかったに違いない。俺の中に棲むアメリカ人、ジェームズ・ブライトソンさんの出番ではないか。
……いや、単純に疲れているのかもしれない。ジェームズさんにはお帰り願おう。
「あー、あいつ、倒したんだろ? 疲れてるならそう言えよ、俺が二人を逃がすからよ」
「いや……そういうわけじゃないんだ、気になることが多すぎてね……」
自分と顔が瓜二つな存在が魔導犯罪者をやっていたのだから、当然だろう。
「ねえ、大輔」
「あん?」
悠人が足を止めて、俺の名を呼んだ。何事かと俺も立ち止まって悠人の方を見る。
真剣な表情だった。
「僕は……君の魂の欠片を受け取った。すごく……痛かったんだ。……言いたいことがわかるかい?」
「さあな。生憎と心を読む魔法は使えねえんだ。さっさと行こうぜ、なあ。怖がってるかもしれねーだろ?」
「前々から気になってたんだ。普通の人生だと語るくせに、魔法の知識は豊富だし、体術は凄まじい……」
「やめろ褒めるな照れるじゃねえか」
「あの痛みはなんなんだい? 被害者みたいなもんだし……聞く権利はあると、思うんだけどな?」
「…………」
どうしよう。
なにか、こう、凄惨な過去とかを期待されている気がする。
なんと答えるべきだろう。
いつものように茶化すのは……少し、悠人に失礼だと思う。それに、まあ、隠すほどのことでもないし。
「ああ、あのな、俺、爺ちゃんに鍛えられてたって言ったろ」
「うん」
「俺の人生で思い当たる痛みってのはそれぐらいしか思い出せねえんだ、うん。手ぶらで山に放り込まれたりしたし、ある日は崖から滑り落ちもしたんだ。結界の中なら事故でさえ死なんからな。まあその、ぶっちゃけそれぐらいなんだよ。ただ、マジでキツかったんだろうな、っていうのは、なんとなくわかったんじゃねえか?」
だいたい嘘は言っていない。実際、俺は魔物から攻撃を直接この身体に受けたことは……あるっちゃあるけど、魔導犯罪者に襲われて云々、なんてことは特にない。ただ、それでも悠人が音を上げたのだから相当ヤバい修行だったのだろう。
まあ、そこまでやって俺は強くなれたかと聞かれれば、俺は自信を持っては首を縦には触れないけれど。
「……そんなにキツかったのかい?」
「ああ、そりゃあもう。話すと思い出すから話したくねえんだけど」
「…………そうかい、なら、いいんだ」
「わかってくれて何よりだよ」
俺の物理的な痛みなんて、所詮はそんなもの。
そんなものさ。
~~~~~~~~~~
無事にシエルと白鷺さんをビルから救い出すと、魔導士たちがビル内に突入していった。ピンピンしているので、エリーたちに随分と驚かれてしまった。様々な痕跡を調べ、ユニオンの別の施設の位置などを探るらしい。もちろん、残党狩りも兼ねている。
なので。
「捕まっちったぜ?」
「うん、見りゃわかる」
サードが連行されていた。
「鹿沼、お前を出せ、話をさせろとさっきからこいつが喚いているのだが……」
須崎先生が困惑気味に俺に話しかけてきた。
ここからだ、俺の仕事は。
「先生、えーと、ちょっとそいつの逮捕は待って欲しいなーなんて思うんですけど……」
「なに?」
「そいつ、今回の事件の協力者なんですよ」
「…………どういうことだ?」
「……いやでもまあ、一介の高校生の言うことなんて信じてもらえないでしょうし洗脳されてる可能性とかもありますもんね、ええ、それを加味した上で頼みたいんですけど」
「待て、話が見えない」
畳み掛けてしまえ。冷静に考える時間を与えるな。全てはノリと勢いだ。それでなんとかするしかねえ。マトモに説得できる気もしないし。
「そいつを俺のエンジニアとして……サイドキック登録させてくれませんか」
「…………は?」
すごい顔をされた。
~~~~~~~~~~
エルゼラシュルドの職員室。座っている先生の前に俺は立たされていた。
「……確かに、お前の言う通り、あいつには殺人経歴はないらしい。お前もお前で、魔法による精神操作はなさそうだ」
「そいつは何よりです。で、サイドキックの件なんですけど」
「なんで認められると思ったんだ?」
「デスヨネー」
犯罪組織に所属していた人間をやすやすと仲間には加えられないようだ。当然だと思う。
「だが……情報提供者としては有能だろう。なにせユニオンだけでなく、向こうの世界の裏社会まで知っている、と言うのだからな」
「あいつ、俺に接触してきて、平気でユニオンを裏切りましたからね。全然研究させてくれないから嫌気が差したとか言って」
「ふーむ……しかしまあ、しばらくは拘束しておくぞ。腹を探らねば安心できんからな」
「自由にしろとは言ってませんよ。むしろ、研究設備を整えてやってほしいというか……」
俺とサードで行われた取引。それはユニオンへの裏切りに対し、研究する環境をよこせ、というもの。
彼は生粋の研究者であるらしい。甘言に乗せられて、しかも当時は行く宛も無かったためにユニオンに拾われた。しかしいざ参加してみれば逃げられないし自由もないし、言われた物しか作れない。しかもなんか自分がぶち込まれた派閥は大事な研究対象である魔法をこの世から消そうとしている。
そりゃあ裏切りもする、という話だった。
「そうやって信頼を得て、内部で巨大兵器でも作られてみろ、我々は壊滅的な被害を被るんだぞ」
「……まあ、何考えてるかわかんないやつですからね……」
「……とはいえ、ユニオンは裏切り者を許さない組織だ。情報を漏らすことは命がけに等しい。実際、逮捕したメンバーが情報を吐いた時、そいつは数週間後に殺されていたよ」
「大丈夫か、あいつ……」
「だから、厳重な監視と警備、その他諸々の制限のもとならばある程度の研究は許してやってもいい、という声もあるのだ、実際」
「なぜです?」
「サード……やつの本名はグウェント・リズラット。向こうの世界ではとてつもない貴族で、しかも代々研究者の家系なのだよ」
「とんだ放蕩息子じゃないですか」
「ああ……リズラット家は魔科学研究にも一役買ってくれているのでな……なので、あまり手荒な真似もできんのだよ」
協力してくれていた以上、こちらも義理を果たさないわけにはいかなかった。光明が見えた気がする。
「ともかく、だ。しばらくは制限させてもらうが、親と面会させてやったり、設備を整えてやったりしなければならんのでな。書類がバカみたいに多いのだ」
先生の机の上には、マンガやらでしか見たことのないような書類の山。犯罪組織の人間を召し抱えようというのだから当然……なのだろうか。
「手伝っていくか?」
「あ、自分はこれで失礼します」
「薄情なやつめ……まあいい、ゆっくり休め」
お辞儀をして、職員室から出た。
「だいすけーーーー!」
「おわ!」
出た矢先、とんでもない衝撃が俺を襲った。その場に倒れ込む。
上になにかが覆いかぶさっていると思えば、シエルであった。
「ぶじでよかった」
「ああ……そういや……」
意識ないフリとかしてたんだから心配されて当然か。
「やあ、大輔くん。無事で良かったよ、ほんと」
「ほんとだよ! 目の前で連れてかれて、ヒヤヒヤしたんだからね!」
「まさか、全て演技だったとは……思いもしませんでしたわ」
エリオットと康太、エミリアがいた。
シエルを抱きかかえるようにしながら俺は立ち上がる。
「お前らの顔見ると、なんか全部終わったんだなって気になるよ。そういや、悠人とかは?」
「ああ、忘れていたよ。悠人くんからSOSだ。早急に呼んできてくれと言われてね」
「今度はなんだよ……」
「幽ヶ峰さんとアルカニア様が喧嘩してますのよ。キャットファイトですわね」
「なんでまた」
「戦ってた犯罪者を取り逃がしたらしく、どっちのせいだどのタイミングでそうしなかったから、と」
「なんて醜い争いなんだ……はあ、連れてけ、誰が一番不甲斐なかったか教えてやる」
「……それ、解決するのかな……?」
とにかく、帰ってこられたらしい。
聖騎士について悠人に聞くのは……またにしよう。
今は、そういうことは忘れる時だろうから。




