時間稼ぎ
「おう、どうした? 来ねーのかよ」
俺と夢想は組手程度の戦いを繰り広げたあと、一定の距離を保って立っている。
「いいや、充分さ。ウォーミングアップには最適だったよ」
「そいつは何よりだ」
まあ、俺の役割はせいぜい時間稼ぎなので、こうして敵が消極的なのはありがたいのだが。
「俺をぶっ倒してアイツを追わなくてよかったのかよ?」
そう薄ら笑いで聞いてみた。薄ら笑いは見栄である。余裕ぶっこいてる演技である。
「魔導武装が使えたらそうしてたけれどね。使えないんじゃ体力の無駄さ。どうせ君は時間稼ぎのためにそこに立ってるんだろ? 思惑通りで大変素晴らしいじゃないか」
「そうとも。助かってる助かってる」
どう考えても敵と対峙している雰囲気ではない。
「それはそうと……君、こっち側につく気は無いかい?」
「は?」
「君のその性格の悪さは光るものがある。いや、濁ってるのか……? まあいいさ、君みたいなのがいるとこっちとしては助かるんだけど、どうだい」
「俺はお前らの目的をぼんやりとしか知らねーんだぜ。世界から魔力を消すとかなんとか」
疑心から聞いた。
「そうだね。概ね合っているよ」
「あー……」
要は魔法不要論者である。たまにエルゼラシュルドや魔法庁の前でデモとかやってて鬱陶しい連中だ。
「悪いが、俺にも夢ってのがあってな。勧誘はありがたいが、今回はご縁が無かったっつーことにしといてくれ」
「へえ? 参考程度に、その夢を聞かせてくれるかい?」
「魔導士の監察官になって年収1000万オーバーの生活さ。魔素も魔法も、無くされちゃ困る」
そう言うと、夢想は肩を竦めた。
「やれやれ……もっと高尚なものだと思ってたよ」
「なんだよ。充分高尚じゃねえか。金がねえと何も出来ねーんだからな」
今までこの理由を他人から褒められた試しがない。みんなお金嫌いなのだろうか。なんならもうくれればいいのにお金。
「しかし……なんだ、俺とあんたは魔導士候補生と魔導犯罪者って関係なはずなんだが、なんだってこう緊張感の欠片もねー感じに駄弁ってんだ?」
「僕はここで無駄に体力を使いたくないし、君は君で足止めが出来てる。何より魔素がまだ止まっているようだからね。まさか、異世界の刑務所で使われているようなものを持ち出してくるとは思わなかったけど」
「使えるもんは使っとかなきゃ損だろ? 役に立つもんから立たんもんまで節操なしに、な」
そう言って、俺はポケットに手を突っ込み、ある物を取り出した。
「これ、普段じゃ役に立つんだろうが今は役に立たねーであろうもん」
それは、疑心のサードが俺に渡したもう一つの魔導具。奴のとある思惑から、とりあえずまあ持っとけ? と渡された物である。俺の役目はモニターだ。
「まあなに、立ち話もなんだ、座れよ」
俺は夢想の方に向けて小さいカプセルを投げる。自分の足元にもう一つ投げておく。
「……なんの真似だい?」
「見てりゃわかるさ」
少しすると、カプセルが一瞬にして膨らみ、背もたれと肘掛けの付いた椅子に変形した。
「魔素の存在しない場所でも休める充魔式折りたたみ椅子だ。あー、どこでもチェアー君とでも呼んどくか?」
「……なるほどね、事前に貯めておいた魔力で構造を変化させているだけか。ならば空気中の魔素は関係ないってことかい」
「そうそう、魔科学分野の最先端だな」
しかしサードの野郎、なんだってこんなもん持ってんだ? まさか作ったのか?
「罠を警戒して座りづらいなら俺のと交換してもいい。誓って何も仕掛けちゃいねーよ」
「……じゃ、遠慮なく…………なんだろうこの……座り心地も硬さも何もかも普通の椅子だねえ……」
「開発者に伝えとくよ」
なんだこの状況。魔導犯罪者と椅子に座って向き合っているんだが。
「変わった人間だね、君。そうだ、名前をちゃんと聞いておこうか」
「なんだ、気に入られでもしたか? ……俺は鹿沼大輔。アンタは……夢想の……なんだ?」
ユニオンの魔導犯罪者は本名を隠し、コードネームのようなものを名乗っている。二字熟語とカタカナ、というのが主なパターンだ。二字熟語では彼らなりの正義、主義主張などが込められているとかなんとか。
「僕には名がないからね。夢想とだけ名乗ることにしているのさ。複雑な家庭環境というヤツさ」
「へえ。そういうパターンもあるのな」
なんだこれ。雑談始まっちゃったんですけど。
なんとかして真面目な話をしようか。
「そういや……あの魔法陣だがよ、ありゃあマズいもんだな」
「……なんだって?」
夢想は少し驚いたように言う。
「書かれている魔法そのものはトラップでも良く使われるもんだ。傷を付けず相手を戦闘不能にする、魔力を吸い取るの魔法陣だ。だが禁呪がヤバいな。こっちの世界の文献には残ってねえ。異世界でも封印されてるんじゃなかったか、アレ」
「……へえ? 大した知識じゃないか。まさか……高校生が知ってるなんてね」
「口に出しちまうと発動するんで言えねえが……ありゃ結界内だろうが関係なく人間を殺せる禁呪だ。誰が作って誰が使ってたのかもわからねえほど……結界が作られたのだって歴史的に見れば最近だろうに、それよりももっと前から存在してた禁呪、だろ?」
「ご名答。……恐ろしいほどの知識量だね。それよりも、一体いつ見たんだい? 君はこの部屋にはさっき来たばかりだろうに。しかも魔法陣には近付いてもない」
「別の部屋に監視カメラみてえな魔導具があったろ。アレを少し使わせてもらったんだよ」
サードに魔導具を弄ってもらったことは伏せておく。
ちなみに、例の禁呪に関してはじいちゃんの教育の賜物である。幼い俺はじいちゃんは世界の全てを知っているのだと本気で思っていた。なんなら今でもその可能性を拭い切れていない。
「敵の本拠地でやりたい放題だね。本当に変わった高校生だ」
「それはどうも」
その時、ドアが勢いよく開いた。
「大輔ッ! …………は?」
悠人が入ってきたのである。
「よー、遅かったじゃねえか」
俺は椅子に座ったまま上半身だけ扉の方に向けて、手をひらひらと振った。
「何やってんだよ!?」
「時間稼ぎ以外に見える?」
「少なくとも時間稼ぎには見えないよ!」
緊張感が本当に欠片も無くなってしまったが……、まあ、目的は達成したので良しとしよう。俺と夢想に緊張感は必要なかったのだ。何故って、敵対する気がそもそも俺にはなかったのだから。
「じゃ、俺は巻き込まれないように退散しとくぜ。あー、椅子返してくんない? 裏のスイッチ押したら元のカプセルに戻るから」
「こうかい? ……よし、そら、投げるよ」
夢想は椅子を律儀に元に戻して俺にカプセルを投げ渡した。
そこで、小型魔素を塞ぎ止めるものの効果が切れた。
俺と夢想はほぼ同時に魔導武装を顕現させ接近する。甲高い金属音と共に、二人の魔導武装がぶつかった。
「……あっぶねぇ。奇襲とは感心しねえな、おい」
「驚いた。よく反応したね?」
「ま、俺が奇襲するつもりだったから……なッ!」
鍔迫り合いのようになったまま、夢想を押し飛ばして距離を取る。
「あー死ぬかと思った……」
言いながら、俺は部屋の出入口へ向かった。
夢想が追い掛けてくる気配はない。もしかすると、俺にまだ利用価値があると考えているのかもしれない。
悠人とすれ違う。
「大輔……キミは……」
「話は後回しだ。俺は退散しとくから、好き放題やれよ。プレゼント、ちゃんと使えよ?」
「…………ああ。任せてよ」
俺は悠人を残し、部屋から出た。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「死ぬかと思った! 死ぬかと思った!」
俺は仮拠点である監視カメラのような魔導具のある部屋に退散していた。そこではサードが待っていた。
「見てたぜ? 顔引き攣りすぎだろ?」
「相手は犯罪者だぞ! ああもう、よく生きて帰ってこれたな俺……」
「二つの魔導具はどうだった?」
「概ね問題はないだろ。あのサイズで10分も持てば上々じゃねえかな」
「まあ、改良の余地はあるな?」
「改良出来るかどうかは微妙だけどな……」
「それがお前の仕事さ? ま、なんとでもなるだろ?」
「ほんと緊張感ねえな俺ら……」
言いながら、俺とサードは次の一手の準備をしていた。




