魂の欠片
「もう終わりかい?」
僕は膝をついている。肩で息をしないといけないほどにまでスタミナを消費し、魔導武装は消えていた。
「結局、魔鎧は出てこなかったけど……まあ、自分で使えばいいか」
「何故……そんなに聖騎士を狙う……?」
息も絶え絶えながら、悠人はそう問うた。
「決まってるじゃないか。全ての魔鎧の頂点にして原点。そして……僕が与えられなかったモノ」
「な、にを……」
「君には関係の無い話さ。これから死ぬんだし」
「馬鹿な……結界内じゃ、人間は殺されたって蘇生されるのに……!」
「まあ、そうだね。その認識は間違ってないよ。でも何事にも例外はあるもんさ。これ、なんだと思う?」
言って、夢想は僕の前に、片手剣を見せ付けるように差し出す。
それは言うなれば真っ黒な積帝だ。僕の積帝は白を基調とした、所々に青いラインのような装丁がなされている長身の片手剣だが、夢想のそれは形状こそ同じだが、真っ黒に塗り潰しただけのように見えた。
「僕に与えられたのはこれさ。積帝の出来損ない、大空の名を冠し損ねたモノ、それを改造したものさ。元々は真っ白だったんだけどね、魔物の一部を組み込んだら真っ黒になったんだよね。いやあ、不思議なもんさ」
「魔物の一部を……!? そんな、それじゃあ……」
「ああ、ご想像の通りさ。これに殺された人間は結界の中でも蘇生されない。魔物に殺されたのと同じ扱いになるみたいだね」
言いながら、夢想は黒い剣を構え直す。
「じゃあ……死ぬ準備は出来たかい?」
悠人は歯軋りする。こんな所で死ぬのかと。
──ここまでか……!
「そう言うんなら、遺書くらい書かせてやったらどうだ? ん? 『これを読んでいるということは、自分の身になにかあったということだ』……そんな書き出しで始まる月並みな奴をさ」
夢想が剣を振り下ろさんとした瞬間、そんな声がした。
「……なんだい、君は?」
剣を下ろした夢想が、不愉快そうに声の方を見る。僕も、その声の方を向いていた。
その声は聞き覚えのある声だった。エルゼラシュルドに入ってこれまで、ほぼ毎日聞いている声だった。
「……大、輔……?」
そこには、大輔が立っていた。連れ去られたはずなのに。
「よう、御二方。あー、どっちが悠人でどっちが敵だかわかんねえからどっちにも言うわ」
彼は、ゆっくりと僕たちの方へ歩いてくる。
「へえ……」
夢想が値踏みをするように大輔を見る。
「よく見れば、魂を抜かれていた生徒じゃないか。そんな君が、いったい僕たちに何を言いに来たんだい?」
大輔は笑って、言う。
「邪魔するぜ、ってな」
言った直後、大輔はポケットに手を突っ込んで、小さめのビンを取り出した。中には、まるで蛍でもいるみたいに、発光する玉のようなものが入っている。
それを大輔は僕に向かって投げた。僕は落とさないように慌てて受け取る。
「そいつは……まあなんだ、ドーピングみたいなもんさ。勝ちたいなら使えばいいし、このままでいいんなら加勢してくれ。ああ、使うんなら部屋から出ちまった方がいい。その間、お前の兄貴の相手は俺がしといてやるからよ」
その言葉を聞いた夢想が、高らかに笑う。
「く、くく……あは、ははははははは!! まさか、君如き一般人が僕の相手を? いい冗談だ!」
「まあそう笑ってくれるなよ。俺だってこんなことやりたかねえんだぜ。だがまあ、ウォーミングアップ相手くらいにはなってやるからよ」
更に大輔はもう片方のポケットから何かを取り出した。
小さい円筒形の物体だ。それが何かまでは僕にはわからない。
「持っててよかった最新式小型マナエルバンナーロ……ってな? まあ、市販されてねえけど」
大輔はそれを捻った。一瞬発光し、すぐに消える。
「正常に作動……まあ、テストにしちゃ上出来だろ」
一見、特にこれといった変化は見受けられなかった。だが、夢想が口を開く。
「うん? ……何をしたんだい?」
夢想の手から、魔導武装が消えていた。
「この部屋の魔素の流れを全部止めたんだよ。魔法や魔導武装の顕現、あとは魔法陣の作動が出来なくなるのさ」
「そんな物を、どうしてたかだか高校生の君が持っているんだい?」
「レンタルさ。ツテがあってな」
そう言って、大輔はニヤリと笑う。
「悠人、さっさと決めてくれ。そいつを持ってこの部屋から一時撤退するか、ここで二人まとめてボコボコにされるかをさ」
「ま、待ってくれ! 君じゃあいつの相手は……!」
「出来ねえってか? 魔法も使えねえ状況でさえ? 今はスタミナの尽きたお前の方が足手まといだよ。さっさと行け」
「でも!」
僕は引き下がる。あの相手と大輔を戦わせるのは危険だと思ったからだ。だが、大輔は怒ったように言う。
「あんまり思い上がるなよ。今のお前はただの疲れた高校生だ。俺は疲れてない高校生。相手は……自信満々の社会不適合者さ。誰が退場すべきかぐらい、わかるだろ?」
「……!」
僕は歯軋りする。魔導犯罪者を相手にするのは僕なのに……!
「いいか。部屋から出たら適当な場所でそのビンの中身を体に取り込め。胸の辺りに光を持っていくだけでいい。俺が人生で受けた痛みの全部を受けることになるだろうが……特に痛いのは小指だろうな。タンスにぶつけちまったことがある……そら行けよ。時間稼ぎくらいはしてやるからさ」
そう言って、大輔は膝をついたままの僕の制服の襟を掴んで無理やり立たせてくる。
「……死ぬなよ、大輔」
「バーカ、俺が来なかったら死んでたのはお前だろ、悠人」
僕は、その場から逃げ出した。
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「よくも邪魔をしてくれたね?」
夢想が、そう俺に言う。俺は鼻で笑って返事をする。
「折角のパワーアップイベントを邪魔しちゃマズいだろう? いやなに、アンタがお行儀よく待ってくれるってんならわざわざ追い出す必要は無かったんだがな」
「それは懸命な判断だね。じゃあ、そこを退いてくれるかい?」
夢想から迸る殺意が、俺の身体を貫いていく。ぶっちゃけクソ怖いが、俺は余裕綽々でいなければならない。こいつの相手に足る存在でいなければ、すぐに悠人を追い掛けられてしまうからだ。
「そいつは無理な相談だ。月並みなセリフだが、あいつを追いたいなら俺を倒してから行きな」
今の俺なら2分持たなさそうだが。
「……敵は選んだ方がいい。勝てる相手とだけ戦うことをオススメするよ?」
俺だってそうしたい。いつもそうしてるのだし。
「今そうしてるところさ」
そう出任せを言う。実際してない。
「じゃあさっさと片付けてしまおうか。忘れられし戦士の嘆きよ……? そうか、魔法も使えないのだったね」
夢想は掌をこちらに向けて、禁呪を詠唱していた。しかし俺が持ってきた魔素を塞ぎ止めるものによって魔素の流れは全て止まってしまっているので、魔法陣が現れることは無かったが。
だが、詠唱が始まった時点で、死んだかと思った。
それに、俺は最も気を付けなければならないことを思い出す。この小型マナエルバンナーロは未完成でしかも試作型である。正常に起動すればラッキーだ? ただし起動さえしちまえば10分動くがな? とサードに言われたのを思い出す。
「男同士なんだ。男らしく拳でやり合おうじゃねえか」
そう言って、俺は構えを取る。爺ちゃん直伝の正式名称も良く分からん武術だが、何も無いよりはマシだろう。
「……面白いね。良いだろう。少しは君に付き合ってあげるとするよ。単純な体術だけなら、もしかすると僕の弟とやり合うより楽しめそうだ」
俺は内心悲鳴を上げた。
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「はぁ……はぁ……」
僕は壁に手を当て、ゆっくりと歩く。
「とりあえず……隠れられそうな場所を……探さないと……」
近過ぎると、探された時にすぐ見付かってしまう。しかし離れ過ぎると戦闘復帰が遅れてしまうだろうから、丁度いい塩梅の部屋に隠れたいところだ。
適当な部屋に入って、息を整える。そして、ビンのフタを開けた。
まるで蛍を逃がしてやったみたいに、ふわり、と魂の欠片が浮かび上がる。僕はそれを優しく手で包み込んだ。
欠片が手に触れた瞬間、鋭い痛みが僕の手を襲った。まるで、鋭利な刃物に切り付けられたかのような痛みに。
「つッ!」
これが大輔の言っていた、大輔の人生で受けた痛みの、ほんの一部なのだろう。紙で手を切った、とかそういうことだったのだろうか?
「これを……胸の中へ持って行く……」
僕は緊張からか唾を飲み込んでいた。彼が人生で受けてきた痛みを、この一瞬で全て受けるというのだから。しかし彼はいつも自らの今までを「平凡な人生だ」とばかり言っている。
……やるしかないか……。
平凡な人生だという言葉を信じて、僕は思い切って魂の欠片を胸の中へ取り込んだ。
瞬間、全身のありとあらゆる場所に痛苦が走った。
「あッ、ぎ……!?」
想像を超えた痛みが全身を支配する。何も考えられない。僕はその場に倒れ込んで、痛みから少しでも逃れようともがく。
しかし、これは魂の追想。逃れられはしない。
「が、あ、ア……!」
一気に、と言うよりは、何分かに渡って大輔のこれまでの痛みを猛スピードで再現されているのだろう。わかりやすく例えるならば、彼のダメージを早送りで再生しているのだ。
「こ、んなの……!」
一気に押し寄せてくるのであればどれだけ楽だったろう。一つ一つ、なんとなくだが、どのような原因で感じた痛みなのかが想像できる程度にスパンが空くのでタチが悪い。
胸を切り裂かれたかと思えば背中に燃えるような感覚があり、顔面に暴行を受けたかのような痛みがあり、腹部を貫かれるような痛みがあり、右肩に激しい痛みがあり……。
「全然……普通じゃ……っぐ、ううううううう!」
僕だって魔導犯罪者と何度か戦ってきたし、かなりキツい訓練をやってきたつもりだ。
だけど、ここまで大ダメージを受けたことは無い、と思う。
全ての苦しみが、どんな状況で生み出されたものなのかを僕は知らない。知る由もない。だけれど、少なくとも、彼が言うような普通の人生では無かったことはわかる。
何故、自分のことを普通だと言うのかはわからないが、こんな痛みを何度も何度も受けている少年が、普通である訳がない。
「ッ…………! ッ…………!」
左肘に激痛が走る。右足が潰される。後頭部を殴られ、目に何かが突き刺さる。
「ギ、ぃッ……!」
もしかすると、これが以前に大輔が言っていた『爺ちゃんの稽古』なのだろうか。ここまでのダメージがあるなんて、どれだけ過酷なものだったというのか。
数分もがいて、痛みが引いていった。
「……はぁ……はぁ……」
冷や汗が全身を濡らしている。目尻を拭うと涙か汗で濡れていた。
僕は大の字に倒れる。
痛みの余韻が落ち着いてきた頃、僕の身体に異変が起きた。
身体の内側から、どんどんと魔力が溢れんばかりに満ちてくるのだ。
「これが……魂の欠片……」
回復した魔力が僕元来の保有量を遥かに超えている。……他者の魂を取り込むとこうなるのか。僕はふと携帯端末で時間を確認する。
「……もう五分経ってる!? 早く戻らないと……!」
僕は隠れていた部屋を飛び出し、元いた部屋へ駆ける。




