舞台裏2
「好都合じゃねえか?」
俺はそう言った。
「今の内にシエルと白鷺さんを確保出来るんじゃねえかな」
敵のトップが悠人と戦闘しているのだから、タイミング的には今しかないのではないか。
「まあ……そうなるよなあ?」
サードもこの回答をおおよそ予測できていたらしい。
「だがいいのか? お前の友達が苦戦してるんだぜ? 助けてやろうって気はねえのか?」
俺は首を振る。
「行ったって仕方ねえよ。足枷はないに越したことはねえだろ? だから、俺に出来ることをやっとかなきゃな」
「殊勝じゃねえか? さて、さしあたっての問題なんだが、こいつが厄介なんだな?」
「まだなんかあんのかよ……」
「ガキ二人の部屋には特殊な結界が貼ってあるんだわ? 幽閉とセンサーの混合タイプな?」
「確かに厄介だわ。自分からは出られず、他者の力を借りて出たとしてもセンサーが作動して逃げたことがすぐバレるってな感じか?」
サードはニヤリと笑って言う。
「ご名答? よくわかってんじゃねえか?」
笑うとこじゃねえよ。
「俺らが連れ出してもすぐに追い掛けられるかもしれねえじゃねえか! どうすんだこれ!」
「しかもキミザキはキミザキで苦戦してたからな? どうするよ?」
「うーん……」
俺は考える。なんかねえかな、と。
勝つには悠人になんとかしてもらわないといけない。俺が短時間で悠人より強くなるなんてことは不可能だし。
せめて悠人のパワーアップアイテムでもあればいいのだけれど。
「あ」
一つだけ、一つだけある。
「こいつがあったじゃねえか……」
俺は、制服のポケットからビンを取り出す。
中で淡い光を放つ実体のほとんどない球体が浮いている。
「……まさか、お前の魂の一部を使おうってのか?」
「ああ……いや、悠人がいいってんなら、だが」
そもそも、ここへ俺が乗り込む際に魂を奪われたフリをしていたのだが、それは「自我」を奪われていた、というハッタリだった。
そのハッタリに信憑性を持たせる小道具として、俺は実際に魂の一部を抜き取っていたのだ。
ただ、魂を無理やり抜き取るアイテムはピンポイントで狙えない。つまりランダムで魂の一部を削るわけだが、それは、偶然にも「痛み」だった。
そも、魂とは記憶である。
自我やら記憶やらが脳にしまいこまれているのは確かだが、しかし、実は魂にも記録されている。
前世の記憶を保持して生まれてくる人間というのが少ないが存在しているのはそのせいだ。脳だけで記憶しているのならばそんなことは起きない。言わば魂とは第二の脳なのだ。
さらに、魂の一部を抜き取られると、抜き取られた部分に応じて被害者は何かを失う。
脳が無傷であっても、魂が欠けてしまうと機能不全に陥るわけだ。
今回の俺を例にするならば、「痛み」を失っている俺からは痛覚が失われている。加えて、心の痛みさえもない。
過去に受けた痛みも全て忘れている。「何があったか」は覚えていても、その出来事でどんなダメージを受けたか、どれだけ心を痛めたか、ということが抜け落ちているのだ。
「そいつを他人に渡すってことがどういうことかわかってんのか?」
サードに問われて、俺は頷く。
「俺が人生で受けてきた全ての痛みだけを体感することになる。それも短時間で一気にだ。まあ大丈夫だとは思うけどよ」
「なぜそう思う?」
「俺の人生は至って平凡だったからさ」
そう言って俺は笑った。
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俺とサードは動き出した。とは言っても、やったことと言えば悠人が戦っている部屋の前までサードに転移してもらった程度。
「俺が夢想の前に敵として姿を晒してみろ? この結界からの唯一の脱出手段である転移魔法使いの俺が裏切ったとなったら向こうは背水の陣になって張り切っちまうだろ? 俺っつー敵にとっての保険がいた方が、相手が油断して勝ちやすいだろうさ?」
ということらしい。サードの転移魔法による脱出を前提にして作られた結界、ということらしい。
サードが裏切ったということがバレてしまうと夢想が本気を出してしまう。すると勝ちにくくなる、という寸法らしい。なんと性格の悪い作戦なのか。
「お前が痛みを自分に戻さず、他人に魔力として渡しちまうと、お前は回復するまでしばらく痛覚を失うことになるが……本当にいいんだな?」
一応、気遣ってくれているようだ。
「大丈夫だよ。俺はそもそも保有量が低いから、まあすぐに回復するだろうしな。これからやることを考えたら、痛覚がない方が都合がいいだろ?」
「まあ……そうだろうがな?」
「……そういやさ、お前、途中でエリオット達に会いに行ったろ? なにしたんだ?」
「なに、外へ出してやっただけさ? 追い払ったと言ってもいいな? お前を探すつもりだったらしいから、チョロチョロされると俺達が動きにくくなっちまうだろ?」
「なるほどな……アルカニアと幽ヶ峰は?」
「まだ蠱惑と戦ってるんじゃねえか?」
「へえ……ま、あの二人なら大丈夫だろ。じゃあ俺もそろそろ仕事しようかね」
「ああ、行ってこい? 死ぬんじゃねえぞ?」
サードが俺の背中を軽めに叩いた。
「任せろ。お前を立派に裏切らせてやるからさ」
俺は扉を開いた。いざ、悠人と夢想が戦う部屋へ。
流れ弾に当たって死なないことを祈りつつ。




