兄弟
「おおおおおおおおおッ!!」
悠人は夢想と互角の勝負を繰り広げていた。
夢想の攻撃を積乱でいなし、積帝で斬りかかる。夢想はその攻撃をかわし、魔法を唱える。悠人は即座に同威力の魔法を撃ち込む。
「はは、やるね、流石は僕の弟だ」
「くっ……!」
余裕綽々の夢想に対し、悠人は苦戦を強いられている。
──強い……! 最小限の動きで僕の攻撃に対処してる……!
「だがこれからだ、うん。まだ本気じゃないんだろ?」
「いいや、いっぱいいっぱいさ……!」
事実、悠人は生まれて初めて自分よりも強い人間と戦っている。今まで、魔導犯罪者を何人も無免許でありながら勝手に相手にしてきた悠人だが、今回はその比ではない。
「魔鎧を出しなよ。持ってるんだろ? 聖騎士をさ」
「…………!」
何故それを、と問う前に夢想は続ける。
「僕がどれだけ欲しくたって貰えなかった聖騎士だ……君を殺して奪う他ないだろ? でもその前に力の程を見ておきたくてねえ」
「……断ると言ったら?」
夢想はその問いに笑いながら答える。
「君が死ぬだけだから別に僕は一向に構わないのだけれどね?」
悠人は考える。このまま戦っていてもこっちがジリ貧になるだけだ。とは言え、魔鎧を展開しようにも消費が激し過ぎるのだ。魔導武装といい魔法の詠唱といい、悠人は空気中の魔素を使えない。魔鎧を展開する際、通常であれば魔鎧の核に体内の魔力を流し込むだけで空気中の魔力を鎧状に変換するだけでいいのだが、悠人は空気中の魔素に能動的に干渉できない。鎧を形成するのも全て自らの魔力によるものなので、必然的に消費が激しいのだ。加えて、展開中も魔鎧を維持するのに魔力を消費する。
──短期決戦でなんとなかる相手じゃない。とは言え……このまま戦ってても勝ち目は無いだろうし――
「うーん、出す気がないのかな? じゃあもう殺すけど」
言って、夢想は掌を悠人に向けた。
「一体、なんのためにこんなことを……!」
言って、悠人は夢想を睨みつける。
「うん? 知りたいかい?」
夢想は微笑をたたえたまま、悠人の方へゆっくりと歩いて近付いていく。
「なに、簡単な話さ。この世界から魔素を消そうってだけのことだよ。君は知ってるかい? 魔力保有量によって差別を受ける人間たちのことをさ」
「…………」
知らないわけがない。魔力量をランクという形で管理している故、ランクの低い人間がランクの高い人間に見下されるという事案は少なくない。海外では低ランク者のデモや暴動等が起きているということも悠人は知っている。
「疑心くんから聞いたのだけれど、君の友達にも低ランク者がいるらしいね。彼もさぞイジメを受けてきたことだろうさ。ランク付けは高校生からの制度だけれど、中学生の時点でお互いに魔力量を測りあったり、なんてことは珍しくないらしいからね。感知タイプの子供がいれば尚更さ」
「そんなことは……」
「そこで僕は考えた。ランク差別も、魔物による被害も、魔素さえ無ければ全て解決するんだ、ってね。魔素が無ければ人間は魔力も作り出せないからね」
「……違う! そんなのは解決なんかじゃない! ただ問題そのものに目を瞑って、無かったことにしようとしてるだけじゃないか……!」
「ああ、その通りだね。だが……」
夢想はなおも微笑をたたえている。
「無かったことになるだけいい、とは思わないのかい?」
「……なんだって?」
「むしろ、世界はいい方向に向かうだろうね。威張り散らしていた奴が、急に力を失う。するとどうだい。威張っていた連中が次は迫害の対象になる、素晴らしいことじゃないかい?」
「それの……どこが……!」
「…………なんだい、反応が悪いなあ。まあ、そういうことさ。空から突然降ってきたあの少女と、魔力との親和性が異常に高い特異体質の少女がこちらには揃っている。もう魔法陣も描いた。僕の勝利は揺るがない。僕の理想の世界はすぐそこさ!」
言って、夢想は片手剣を悠人に向けた。
「なら…………なら、なんで僕の聖騎士を必要とする……! 魔素が無くなった世界じゃあ使えないだろうに……!」
「うん、それは当然の疑問だ。だから答えよう。世界から魔素を消す。そして、それを全部僕が吸収して、魔力にする。世界で魔法を使えるのは僕だけになるって寸法さ。世界を覆っていた魔素が全て僕のものになるってのは素晴らしいことだね」
「…………本気で、言っているのかい」
「ああ、本気さ」
「世界を覆う魔素を受け切れるわけがない!」
「出来るさ。僕も君と同じ体質だからね。あの研究所の出身さ」
「……嘘だ」
「公崎聡仁に公崎美弥子って名前を知ってる。ああ、知ってるとも。まあ、父や母、と言っていいだろうね」
「……父さんと母さんの名前を知ってるのか……!?」
「だから君の兄だと言ってるじゃないか。物分かりの悪い弟だなあ。まあ、すぐ物心ついてから捨てられたし、君が僕を知らないのも無理はないと思うけどね。復讐しようと思っていたのに、まさか火事で死ぬだなんて、ねえ?」
「黙れ……!」
悠人は夢想を強く睨みつける。その表情を見た夢想は笑う。
「ああ、そうじゃないね。ええと、誰だったか…………そうそう、殺戮のリノンヴィッヒが研究所を消したんだったね。彼に一言お礼を言おうと思ってユニオンに入ったはいいけど、結局は会えず終いさ。ま、どうやら彼は異世界で活動してるらしいし、僕は僕で別の目的を見つけたからいいんだけどね。いやあ、一度でいいから会ってみたかったなあ」
「黙れッ!」
悠人は積帝を振るう。しかし夢想は笑いながらこれを回避した。
「君からすれば親の仇だものね! 僕からすれば感謝こそすれ恨みはしないけれど!」
「おおおおおおおおッ!」
積帝と積乱で猛攻を仕掛ける悠人。それを余裕の表情でかわす夢想。
その二人を、遠くから見ている男がいた。
「おいおいおい……面倒臭さに磨きがかかってんじゃねえか?」
疑心のサードが、水晶球を眺めながらそう呟いた。
「さて……鹿沼はどう動くのかね? 相談してみっかー?」
そう言った後、その姿が掻き消えた。




