歓迎戦1 俺たちのバカ騒ぎ
「そこの路地は中が入り組んでおりますゆえ、散開して逃げるときに有効ですぞ。工務店の中は店によっては高い棚や大きい商品があるので隠れるのにもうってつけですな」
「あ、まだそれ続けるんだ…」
俺はてっきり関西弁キャラとして生まれ変わるものだとばかり思っていたのだが、気付いたのが俺だけということもあるのか、元々貫いていたキャラに戻していた。いやむしろ、より濃くなっていないか、これ。というかなんで誰も指摘しないの? むしろさっきは初対面だったから控えめだったのだろうか。
「さて…どう動くべきですかな。迂闊に動いて、敵に遭遇…なんてことは避けたいですし」
そう言いながら時野は周囲を見渡した。俺もそれにつられて周りを見る。あるのはアニメグッズショップやアニメイトなどなど。そこで、ふと気付いた。
「なあ。時野……」
「なんでしょうか?」
「アニメイトのあそこの窓ガラスのとこってどうなってんの?」
俺が指差したのは、看板の上にある大きな窓ガラス。
「ああ、あそこはエスカレーターになっておるのですよ」
「なら…」
思いついた悪巧みを、時野に話した。
「……成る程。正々堂々戦うなんてアホらしいと。素晴らしい作戦ですな」
「褒めてんのか貶してんのかどっちだよ。あと関東じゃアホって使わないから注意な」
「……成る程。正々堂々戦うなんてバカらしいと。素晴らしい作戦ですな」
「言い直さなくていいんだよどうして変なとこ真面目なんだよお前はよ」
「では早速皆の者に伝えてきますぞ!」
「いい加減キャラ定めろよもう」
兎にも角にも、これで我がクラスにも勝ち目が出てきたかもしれない。
「さあさ皆様! アニメイトにいざ突入ですぞ!」
そういうことになった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
中に入ると、俺たちを待ち受けていたのはマンガの山であった。男子も女子も感嘆の声を上げている。ここまで再現しているとは。
「アニメイトではなく、らしんばんという店が目的地ですぞ。三階まで上がって下さい」
俺たちは時野の指示に従ってエレベーターに乗る。そして三階に辿り着いた。
「ではこれから作戦要項を伝えますぞ。そこの窓から敵が来ないか見張っていて下さい。発見した場合、そこの鹿沼氏に報告をお願いします」
「あ、あのう」
おずおずと手を上げたのは、クラスでも一二を争う美少女、白鷺飛鳥さんである。長く艶やかな髪は肩にかかる程度。目は二重でパッチリとしている。手を上げる姿も可憐だ。ちなみにランクはBである。可憐だ。
「そこからは、どうするんですか?」
「ああ、鹿沼氏、どうぞ」
「そこのランクS二人に同時に広範囲魔法叩き込んでもらうだけだけど?」
「不意打ちでですか!?」
「え? そうだが」
「ゲスいですな鹿沼氏」
普通にイイ作戦だと思うんだけどなあ……。
「では思念会話魔法が使える魔導士の方と、探知系魔法が使える魔導士の方をメインに、ここから索敵をお願いしますぞ。視力が良い方もご協力お願いします」
そんなこんなで、俺がこの天才的頭脳で閃いた作戦を実行することになった。
「よし、じゃあまずはまったりするか」
「大輔、頭おかしくなったの?」
「辛辣! ちげえよ……歓迎戦は各クラスの転送場所がそれぞれ数キロ離れてるから近付かれるにも時間掛かるだけだよ……」
全34クラスが数キロ離れてスタートする。難波がメインなのに難波じゃないところからスタートするクラスもあるのかもしれない。
「思念会話魔法が使える男子、いるか?」
俺はクラスに僅か12名(俺含む)しかいない男子生徒たちに声をかけた。
「俺使えるけど」
手を上げたのは田村だった。優秀なのねお前。
「よし、じゃあ男子だけに回線回してくれ。大事な連絡をするから」
「おう、いいぞ」
田村は自らの頭に手のひらを当てた。
「遠く離れし者との隔てなき疎通を」
魔導士の基本テクニックとして、魔素を用いた遠距離の会話というものは存在するのだが、これは詠唱を介していないため魔素の流れが雑なのだ。
加えてこのテクニックは、自分を中心に円形のチャンネルを作るだけなので、本気で傍受しようと思えば簡単に出来てしまう。しかし思念会話魔法は詠唱も済ませた完全な状態であり、また魔素を糸状にして話相手に繋げるため、感知型のランクSが10人いても傍受は困難だ。とは言え、こんな魔法を使う場面は精々国家機密の情報でも話しているときぐらいのものだろう。
大抵は魔素会話で事足りるので問題ない。しかし今はこの魔法が必要なのであった。間違って、他の誰にも声が届かないように。
「よし、俺の声を通してくれ」
「りょーかいっと」
俺は田村に向かって、極力潜めた声で言う。
「今ならエロ同人コーナーに入れる。店員いないしネ!」
「お前天才かよ」
場の空気が変わった。店内(投影された幻覚のようなものではあるけれど)に散らばっていた男子が一斉に一点を凝視する。そこには「18歳未満立ち入り禁止」と書かれたプレートが天井からぶら下がっていた。唯一悠人だけは興味を示していない風だった。というか腕に幽ヶ峰さんが引っ付いていて離れそうにない。恐らく諦めたのであろう。まさか同性愛者というわけでもあるまい。
「ねえ大輔、もしかしてこれ目的で作戦組んだ?」
「当然だろ?」
「天才なの?」
「当然だろ?」
俺と康太は頷き合い、大人の世界へと繰り出そうとした。その瞬間、脳内に声が響く。田村の声だ。
『駄目だ! 青少年に優しくねえ! エロ同人は開けるが内容に全部モザイクが掛かってやがるッ!』
「なん………だと………!?」
俺は咄嗟に近くの同人誌を手に取り開く。立ち読み防止の包装がされていないことに違和感を感じたが多分ご都合主義的なアレ。
「本当だ……モヤみたいなものがかかっているみたいにモザイクが……!」
「男の夢が……!」
クラスの男子たちがその場に突っ伏したり咽び泣いたりしているにも関わらず、悠人は露知らず、あまつさえ俺にこんな質問をしてきた。
「そういえばなんで魔導士志願の女子ってこんなに多いの?」
というものだ。
「そんなことも知らねえのかよ……常識と言えば常識だぞ。志願数が多いってのも確かにあるだろうが、魔導士育成の学園施設に通ってるのは魔力保有者のほんの一部だぜ」
魔法は、元を辿れば異世界の文化なのだという。詠唱はその世界の古い言語なのだとか。そしてその世界では、男が力仕事を、女は魔法で家事をしていた、という。魔法は女性のための物だった、ということだ。そのためか、魔素は女性の身体の方に適応しやすいのだ。それこそこの世界にも昔は魔法なんて概念はなかったが、とある年、こちらと向こうがふとしたきっかけで繋がってしまい、魔素がこちらへ流れてきたのだ。こちらへ来たのはそれだけではないが、それは別の機会に。
「男のランクSが少ないのも、魔素による体毛の色素変動が無いのもそのためだ。女性のランクSは髪の色が変わる、ってのは流石に知ってるだろ?」
今まさに悠人の腕にしがみ付いている少女の髪は青だ。水属性の魔素は青色をしている。そこにランクSレベルの魔素吸収や適応率の高さが重なり、体毛や目の色が魔素と同じ色になる。だから『一目見ただけで相手の属性がわかる』のだ。まあランクA以下でも適応率だけは高いと髪の色が変動することはあるし、髪色が変わっているからといって一概にランクSであるとは言えない。
「さあ、俺たちの悲願は悲願のまま終わった。あとはやることやるだけだぁな」
「見張り見張りっと」
そろそろ1クラスくらい通りがかってもイイ頃合いだと思うのだが。
そう思っていると、脳内に声が響いた。
『接近してくるクラスがあるよ! 動きから見て…こっちには気付いてないかな』
「よし来た! 悠人と幽ヶ峰、こっち来い!」
「え? ああうん」
「………了解した」
俺は二人を窓際に立たせた。
「……よし、こっちに来た。二人とも、あのクラス、見えるよな?」
ここから100メートル程度先にいる集団を指差す。
「うん、バッチリ」
「………視認した」
「あれに向かってでっけえ魔法を一発ドカンと頼むわ」
「ええ!? 奇襲かい!?」
俺がここを拠点に選んだのはそのため。二階でなく三階なのもそのためだ。二階だとガラス越しにこちらが見えてしまう恐れがある。三階ならばそうそう視界には映らない。べっ、別にエロ同人が読みたかったわけじゃないんだからねっ!
「というわけで、てー」
「あー、うん、わかった。怨嗟の英雄の力をもって現れたまえ。膨大な炎の爆発を」
「………膨大な水よ降り注ぎ貫通せよ」
二人は掌を、窓越しに見える他クラスの生徒たち(九割が女子である)へ向けた。掌の魔法陣から光が発せられる。
恐らく観光気分でありながらも索敵しつつ歩いていたに違いない。その連中の足元のコンクリートが突如膨れ上がったかと思うと、爆炎を上げながら大爆発を起こした。生徒たちは、風に吹かれる紙くずのように吹き飛ぶ。ここで数人の身体が消えた。保健室へ転送されたのである。要は戦闘不能だ。
何が起こったか理解出来ていないのだろう、体勢を整えたあと、爆発痕を調べながらも周囲を警戒している。そこへ幽ヶ峰さんの魔法が炸裂した。人体を貫く雨が降ってきたのである。生徒たちは悲鳴と血飛沫を上げながら一人また一人と倒れてゆき、その穴だらけになった身体は光に包まれ消えた。
傷跡は残らないようになっているし、例え心臓に穴が空こうともこの空間なら死なないし、転送されたあとも致命傷は治癒する。なんてご都合空間。
何はともあれ、これで1クラスを殲滅できたわけだ。そう思い胸を撫で下ろしていると、誰も残っていないはずの爆発痕周辺に、たった二人だけが立っていた。
その膨大な気配。窓ガラス越しだというのに空気がピリピリとしている。空気中の魔素が震えているのだ。そう、あの立っている二名のどちらか──或いは一人か──が間違いなく、マジギレしている。それもランクSの化け物クラスが。
「! マズイ! みんな、窓から離れて! 慈悲深き英雄の力をもって現れたまえ! 人を包みて守護せよ結界! 我が身を守れ忠義の盾よ!」
俺たちが言われたとおりに窓から急いで離れている最中、やっとのことで聞き取れるほどの速さの悠人の高速詠唱が終わると、俺たちの身体を薄い光の膜が覆った。そして悠人の眼前に、魔法による長方形の盾が出現している。
「悠人ッ!」
俺が叫ぶと、これぐらい問題ないと言わんばかりに悠人はニッコリと笑った。その瞬間、悠人が張った盾を激しい爆発が襲った。耳をつんざくような音と、心臓が奥底から震えるような重低音が数十回と鳴り響き、その度に悠人の盾が爆発し、しかし消えることなく詠唱者を守っていた。俺たちを包む皮膜も防御魔法だ。保険をかけた、と言った所か。
やがて爆発が止むと、悠人は急いで盾を消すと、店舗の奥、俺たちが逃れて来たところまで飛ぶように走ってきた。
「ランクS二人を仕留め損ねたみたいだ! それも片方、有り得ないぐらいキレてる! こりゃカルシウムが致命的に足りてないね!」
「魔素でわかる! 問題はここからどうするかってことだ!」
「悠長に作戦会議してる暇は無さそうだけどね!」
言っていると、俺たちが少し前まで立っていた窓の付近の空間が歪み始める。───いや、あれは───。
「高温による蜃気楼だね。それも周囲の風景が丸ごと変わるようなほどの、ね。これは大規模な爆発がくるだろうね!」
「ちっ、花火なら他所でやれってんだよ! おい全員そこの壁をぶち破れ! この建物はもう駄目だ!」
俺が叫ぶと、男子連中は慌てて壁を破壊するための短めの魔法を詠唱し、壁に穴を空けた。俺たちは飛び込むようにしてその穴を潜り抜ける。
外気に触れ、落下する。その瞬間、音として捉えられないような程の轟音が、大気を揺らした。俺たちが脱出に使った穴のみならず、全ての窓という窓から炎が噴出している。火山の噴火を髣髴とさせた。
「さあ……命拾いした……って、そう上手くいかねえかあ……なんだよもう………」
脱出した俺たちを待ち受けていたのは、二人いたランクSの片割れであった。
「あ、あの、個人的に恨みはないんですけど、学食半額と、友達の女の子の裸を見たという不埒な男子の征伐のため、悪いんですけど、そのあの、全滅してくださいっ!」
そう精一杯叫ぶのは、背が低めのぽっちゃりとした女の子だった。
………ダイナマイトボディである。