総崩れ
「……なん、だ……?」
声を発したのは、悠人。
「なんだとはご挨拶だなあ。ほら、僕って一応、君の兄になるんだし、もうちょっと感動的な言葉はないのかい? ん?」
「僕に家族は……もういない、はず、だ」
「目の前にいるよ。見えてないのかい?」
「──父さんも何も言っていなかったんだ。信じられるはずがない!」
「まったく、博士も何も言わなかったのかい。────ああ、人間として育てられたのか、君は。そうかそうか、なるほど」
「何を言ってるんだ……?」
「いいや、こっちの話だね。今そうなった。さて、せっかくご足労頂いたんだし、早速本題に移ろうか」
男は、数歩後ろに下がる。
「見てみなよ、これ。一体なんだと思う?」
言いながら、その足元を指さした。
そこには、大きな魔法陣。
「これはね、それはもうとんでもない代物さ。そうだな……世界を変えるものだね」
悠人は魔導武装を顕現させ、警戒する。
「世界を滅ぼしたりはしないさ。まあ、別の物が滅ぶけどね」
「……待て、そもそも、お前は一体……」
「あ、名乗ってなかったね。まあ名乗る名前も無いっちゃ無いんだけど……最低限の悪党の矜持だね」
男は楽しそうな笑顔で、悠人だけを見つめて、言う。
「僕は夢想、ただ夢だけを想う者さ。ユニオンの、僕らの派閥のリーダーをやってる。君らがこれまで会ってきたユニオンのメンバーは全員僕の派閥の人間さ」
「あら、アンタの部下って二人だけ? 寂しいわね」
ミオが口を挟んだ。
「ははは、そうか、二人にしか会ってないか。ま、彼らを含めても部下は六人しかいないから、寂しいと言えば寂しいかな?」
夢想はそう言って笑った。
「今日はその半分でしか君たちの相手を出来ない。ユニオンも忙しくてね。いやあ、申し訳ないね。総出で相手してあげたかったんだけど、それも大人気ないしね」
「…………」
悠人は両手の魔導武装を構える。
「うん? なんだい、やる気かい?」
夢想を見据えて、悠人は言う。
「貴方が僕の家族だとか、ユニオンのリーダーだなんてどうでもいい……僕は魔導士候補生として、魔導犯罪者を逮捕する!」
「こっちに人質がいるってこと、忘れてないかい? まあいいさ、どの道、君だけは殺すんだし、ね。しかし人数的に分が悪いなあ。ゲームでもしようか」
言って、夢想は指を鳴らした。パチン、という音が部屋に響く。
「…………」
何も、起こらない。静寂が訪れた。
五秒ほど経ってから、部屋の扉が開いた。
「あァ……悪ィ、蟲共が可愛くッてよォ。つい餌やりに集中しちまッてたぜ」
「せっかく人がカッコつけて指鳴らしたのにさ! もっと格好良く出てきて欲しかったよ!」
入ってきたのは、蠱惑のフィザン。
「で? さッき話してたゲームをやる、ッつーことでいいンだなァ?」
「ああ。ゲームって言い方も妙だと言えば妙なのだけれど……疑心くんがそりゃゲームだ、なんて言うもんだからね。……そうだ、叛逆ちゃんは?」
「もう準備してるだろォよ。やるンならさっさとやろォぜ」
「そうだね。向こうも待ちくたびれているだろうさ。そら」
夢想は足元を指さすジェスチャーを取った。
悠人たちは足元を見る。そこには、魔法陣。
──気付かなかった……!? いや、違う! 魔法陣そのものに魔法が施されている! これは認識阻害の魔法語……ッ!
悠人は一瞬で思考し、ミオや葵を突き飛ばして魔法陣から突き飛ばそうと考えた。どこに飛ばされるかわかったものではない。
しかし。
「じゃ、楽しい時間稼ぎの時間だよ」
またも響く夢想の指の音。魔法陣が光る。出ようにも、見えない壁が行く手を阻む。
「くっ……どこまで阻害系魔法を……!」
「ははは、なに、溶岩の上に飛ばそうというワケじゃないさ。ささやかな大人の茶目っ気だよ」
悠人たちの視界が、光に包まれる。
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「……なん、なのよ、もう……」
「…………眩しかった」
ミオと葵は、ゆっくりと目を開ける。
「「…………は?」」
そこは、森。
風に吹かれた葉と葉が擦れ合い、さざめき、差し込む木漏れ日は揺れている。
「こんなところに、よりにもよってアンタと飛ばされるなんてね」
「…………こっちのセリフ」
二人の視線が交錯する。見る人が見れば火花さえ散って視えただろう。
「ま、いいわ。早いところ戻りましょう。そもそも、ここどこよ」
「…………森林」
「わかってるわよンなこと!」
ぎゃあぎゃあと──声を荒らげているのはミオだけだが──姦しい二人に、近付く足音が一つ。
「よォ、楽しそうじゃねェか?」
「……!」
「…………貴方は……」
「蠱惑のフィザン……テメェらの足止めをさせて貰うぜェ?」
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「目が痛い……」
「なんなんですの、もう」
「うう……チカチカする」
エリオット、エミリア、康太の三人が目を開ける。
そこは、少し広いだけの、何もない部屋。
エルゼラシュルドの訓練室にも似た場所だ。
「ここは……」
コツ、と足音が響き、三人は一斉にその方向を向く。
「き、君は……!」
エリオットが声を上げた。そこにいたのは。
「黒鳥さん!」
康太が叫ぶ。
立っているのは、白鷺の友人であったはずの、黒鳥夕緋であった。
「何をやってんのさ! そんなところで!」
「答える必要ねーし。アンタ達に恨みは無いけどさ、夢想の計画はどうしても完遂させたいわけ。悪いけど、さっきの場所には戻さない」
「魔導士を裏切ってユニオンに行って……君にはそれほどまでの理由と覚悟が、あるってこと……なんだね?」
「だからここに立ってるの。……叛逆のスワン、アンタらを止める……!」
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悠人は目を開ける。
「……どういうつもりだ?」
部屋には、悠人と夢想のみ。
──誤作動、じゃないな。わざと僕をここに残したのか。
「君の相手はどうしても僕がしたくてね」
夢想はそう言って、じっと悠人の顔を見る。
「……何度見ても慣れないものだね、自分の顔を見るというのは」
「何度も? 僕は貴方には会ったこと、ないはずだけど」
「ああ、君が気にすることじゃない。君には関係の無いことさ」
そして、夢想は一歩、悠人に近付く。
「さて……君には心当たりもないだろうが……僕は非常に君を恨んでいてね。なに、犬にでも噛まれたと思って──」
魔導武装を、顕現させた。
それは、悠人の積帝を、真っ黒に染めたかのような片手剣。
「黙って僕に殺されろ」




