激突寸前
サードは、空の部屋にいた。
「……おいおい、そう怖がるなって?」
「………………」
シエルはサードを無言で睨み続けている。彼女の背後には、ピクリとも動かない大輔がいる。
「まいったな?」
「………………」
「ま、後でついてきてくれりゃいいさ?」
機嫌取りのために来たはいいが、結局、不機嫌なままだったのでサードは肩をすくめる。
「手持ち無沙汰だな……?」
サードの役割は、儀式場への生贄の転移と、万が一の時のための離脱だ。
儀式は、30分後。
暇、なのである。
「ビルの前でも眺めとくかね?」
水晶球を起動し、ビルの前を窺う。監視カメラとは違い、範囲内ならば好きに動かせるので、様々な角度から監視出来るのだ。
「…………あ?」
殆どが魔導士である中に、学生服の集団がいた。戦闘服ではないところを見る限り、見学でもしているのだろうか。
その中心に、優男がいた。何度も見たことがある顔だ。
「………………待て、何度も?」
二度ほどしか会ってないはずなのに、何故何度も、と思ったのか。
「……あの顔……見覚えあるぞ……?」
全く同じ顔を、サードは見たことが確かにある。いや、何度も見ているはずなのだ。
「何を見ているんだい? ああ、敵情視察?」
「…………ビックリさせんな?」
突然、真後ろから夢想に声を掛けられて、サードは数歩下がった。気配がしなかった。
「僕ってそんなに存在感無いかな……」
ショックを受けたように、頭を垂れて見せた。
「あ」
サードが、夢想の顔を見て思い出す。珍しく、語尾が上がらなかった。
「なあ? 外にお前と全く同じ顔の奴がいるんだが? 弟か他人の空似かドッペルゲンガーのどれだ?」
言いながら、サードの胸中には新たな疑問が浮かんでいた。何故、あの少年に会った時は夢想を思い出さなかったのか?
「なんだって? 僕と同じ顔? …………見せてくれるかい」
サードの背筋に悪寒が走る。とてつもない殺意を感じたのだ。
「…………ああ、探していた男だ。コイツを、ずっと!」
「……探してた? ……いや、詮索はしねえ?」
「はは、構わないよ。いやなに、僕はコイツにとても個人的な恨みがあって、最初はコイツを見付けて殺すためにユニオンに入ったのさ」
「初めてアンタのことを聞いた気がするぜ?」
「初めて他人に自分のことを話したさ」
「へえ?」
「そこの男は言わば弟みたいなものでね。そいつが居なければ僕はきっとユニオンにさえ入っていなかっただろうさ」
「……なあ、聞いていいか迷うんだけどよ?」
「うん?」
「俺、アイツと何回か会ってんだよな? その時はアンタのこと思い出さなかったんだけどよ?」
「ああ、それはそうだろうね。僕は自分自身に認識阻害の魔法を掛けているから。僕の顔を思い出そうとしても、なんとなくわからなくなるのさ。身バレ対策だね」
サードはその説明で納得した。自分の記憶力が悪いわけではなかったのだ、と安心した。
「……うん、私情でとても申し訳ないのだけれど、作戦を変えていいかな?」
「あ? 突然だな?」
「どうしても、そこの僕の……まあ弟か、弟を殺したいのさ。この手で、ね」
「ほう? それで、どうしたい?」
「プロの魔導士は……無骨くんに足止めして貰って、君は転移魔法で僕の弟をここに呼べるかい? 儀式が始まれば、内側から以外では止められないし、儀式が終われば存分に殺せるしね」
サードは考える。自分の企みに、どこまで支障が出るか、を。
──むしろ好都合か? 儀式にご執心になるよりは、奴らが居るほうが何かと動きやすいだろうしな?
そこからは、もう考えずとも身体が先に動いた。サードは縦に頷いた。
「消費する魔力はちと多いが……遠隔転移魔法ってのを使えるぜ? なんなら、魔導士連中を適当に遠いところに吹き飛ばしてやってもいい? 弟連中は……魔力温存の為に俺が自ら赴くってことでいいか?」
「ふむ。じゃあ……そうだな、10分後に弟をここの入り口にでも飛ばせるかい? 他の魔導士共は適当に」
「わかったぜ? 帰ってくるっつー無骨はどうする?」
「魔導士がすぐに戻ってこれないように、足止めでもしておいてもらおう。危なくなったらすぐに離脱でね」
「わかった? 無骨にはアンタから伝えてくれ? 俺は魔法を組む? 消費魔力が大きいからな? ちょっと時間が掛かるぜ?」
「はは、頼りになるな、疑心くんは。無骨くんもそうだ。みんな本当によくやってくれる」
「急に褒めるんじゃねえよ? 照れるじゃねえか?」
「それは悪かったね。ま、君が思っているよりも僕は君たちのことを信頼してる。早いところ、世界から魔法を消し去ってしまおう。じゃ、魔法陣の魔法語を少しだけ書き換えてくるよ。僕に都合のいいように、ね。連絡はちゃんとしておくさ」
そう言って、夢想は部屋を出て行く。
「信頼……ねえ?」
サードは、誰にも聞こえないような小さい声で、呟く。
「信じる相手を間違えたな?」
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「よし、魔力の流れはだいたいは覚えました」
「あら、上出来じゃないのおん? じゃ、さっさと仕事を初めてしまいましょうかん」
「いいんですか?」
「禁呪込みでしょおん、一気に十人は魔法を掛けられるわよ」
「え、いえ、あくまで禁呪は普通の魔法を使う工程なので……」
「今までアナタが撃ってきた魔法見てそんなこと思う人なんかいないわよおん」
神帯が言ったあと、悠人の真後ろから、康太の声が飛んでくる。
「強過ぎる人が謙虚にしすぎたって皮肉でしか無いよ? 大輔の前では言わないでね、それ」
「そんな、皮肉だなんて」
「要は、『凄いことなんて普通のことです~』ってことだからね。……大輔は自分のこと、弱いだなんだって言ってるけど、いい気分はしないだろうし」
「…………ごめん、気をつける」
「帰ってきたら言わなきゃいいだけだよ。……はあ」
言い切って、康太は少しだけ、自己嫌悪に苛まれる。ああ、イライラしているな、と。
それを、誰にも咎められなくて、余計、居たたまれなくなった。
「……大輔くん、大丈夫かなあ」
「…………白鳥さんも、シエルちゃんも心配」
「はあ……ちゃんと帰ってくるのかしら」
場の空気が一気に重くなる。神帯が、どう励ましていいものかとあたふたしていると、準備を終えた須崎がテントに入ってきた。
「準備。早急に」
凛とした声を聞いて、全員の背筋が自然と伸びる。
悠人が前に一歩出る。
「英雄を支えし力無き者共の声よ。慈しみ加護を与えよ。人の身を守り給え!」
悠人の掌に、水平に存在する魔法陣から、光の球が2個現れ、須崎に近付き、その周囲をグルグルと回った。
「……まあ、及第点だな」
「…………結構しんどいです」
「禁呪を使うとそうなるだろ……仕方ない、神帯、出来る限り頼む」
「あらん、いいの?」
「手本も無しに、というのはキツいだろうさ。公崎のこのバフは……なんというか、硬すぎる。勿論それに越したことはないのだが、効率がな……」
「だから及第点、ですか」
「魔導士の、それも機動官になるような人間は殆ど高ランクだ。そもそも魔法に対する防御力は高い。バフなんぞ、念押しのようなものなのだよ」
「その説明を先にして欲しかったです……」
「なんだ、我々は防御魔法を使われなければ戦闘もロクに出来ないとでも思っていたのか?」
「え? あ……いえ、そんなことは……」
「冗談だ。君なりに効率のいい詠唱と魔力分配率を考えたまえ。今後役に立つ」
「はい」
須崎は、神帯を連れてテントの外に出た。悠人たちも続く。
「あー、残念だけどよう、こいつら貰ってくぜ?」
テントから出る、寸前。テントの中から、声がした。
「な……!」
「お前は……!」
「おー、久しぶりだな? そんで、ほれ、ごしょうたーい?」
変わる。
景色が変わる。
一瞬にして。
「ここ、は……」
急に視界に映る世界が変わり、困惑する。
「ようこそ? ここは俺達ユニオンのアジトだ? まあそう警戒すんな?」
「疑心のサード……!」
「おお、怖え怖え? 睨むな睨むな? …………誰を捕まえてんのか、知らねえわけじゃねえだろ?」
「……」
「そういうこった? ま、大人しくしてな? うちのリーダーが、そこの優男に用事でな? 俺は退散するとするぜ? ……不審な動きを見せてみろ? カヌマダイスケが、無事じゃ帰らねえぜ? 魂はこっちにあるんだからな?」
と言い残し、サードは部屋を後にする。入れ替わりで、男が入ってきた。
「やあ、元気かい? 悪いね、こんなところまで来てもらってさ。まあなに、用があるのはそこの……公崎悠人くんだけだからね。他の子たちは別に帰っても構わないよ」
入ってきた男は。
公崎悠人と、全く同じ顔をしていた。




