土曜日、決戦前。
「よォ、機嫌良さそォじゃねェか」
「……あ? フィザン? ひっさしぶりだな?」
アジト内、廊下を歩いていたサードに、フィザンが声をかけた。
「最近見掛けなかったんで捕まったんじゃねえかと思ってたぜ?」
「俺が簡単に捕まるかよォ。夢想からの頼まれごとがあっただけさァ」
「へえ?」
「他アジトの転移魔法陣潰しさァ。最近、検挙される間抜けが多くッてよォ、ここがバレンのも時間の問題かもしンねェ」
「バレちまっても、明日まで耐え抜けばいいだろ? 儀式は半日使う予定だからな? ……ただ、心配なのは揃ってるメンバーの数だな? 俺と、お前と、叛逆と、夢想……、無骨だけは帰ってこれそうらしいが?」
それも俺には最高に都合がいいんだけどな? とサードは心中で付け足した。
「最悪、俺の転移魔法があるしな? どうとでもなるぜ?」
「てめェの転移魔法、色々と制限あるだろォが」
「そこはご愛嬌だな?」
「はッ、精々頑張ンな。俺ァ蟲共に餌やッてくるわ」
「……そういや飼ってたな?」
「蟲魔法使いが蟲を飼ッてねェ方がおかしいだろ」
フィザンは、自分の部屋へ入っていった。
「おや、蠱惑くん、帰っていたのかい。声をかけそびれてしまったな」
後ろから、突然声がした。サードはもう慣れているので、驚きもしない。
「アジト内でくらい気配消すのやめねえ?」
サードが振り返ると、夢想がいた。
「消してるつもりはないんだけどね……。それはさておき、疑心くんに話があるんだけど」
「俺に話か?」
「見せて欲しいものと、見て貰いたいものがある。どちらが先かは君に任せるよ」
ふむ? と呟いて、サードは少しばかり逡巡するが、
「じゃあ、俺がなんか見せる方で?」
と言った。なんとなく、だが。後者からは嫌な予感がするのである。
「で、何を見せて欲しいんだ?」
「一昨日確保した贄の様子さ。一応、世話は君に一任しているけど、まあ、リーダーとしては確認しておきたいものだね」
「別に俺の許可無く見ても良かったのによ? 悪党なのに真面目なんだな?」
サードは、シエルと大輔、飛鳥が軟禁されている部屋へ案内する。
「ま、ルールとマナーは別だからね」
「お行儀のよろしいことだな?」
「悪党と無法者は別さ」
話をしながら、二人は通路を歩く。
「無骨の野郎はいつ帰って来るんだ?」
「昼には。儀式開始には間に合うだろうね」
「そりゃ良かった? …………着いたぜ?」
アジトの中の、最も奥の扉で立ち止まる。
「落ち着いているのかい?」
「見てみりゃわかるさ?」
扉を開ける。
そこには、空が広がっていた。
「おお……これは……」
「空の神子の心象風景を、その膨大過ぎる魔力が部屋に投影してんのさ? 推察だが、この風景があの神子サマの中での『安心する風景』なんだろうな?」
「へえ、つまり、部屋がこうなってる時は心が落ち着いてない状態なわけかい」
「ま、そういうこった? ……そういやよう、神子だなんて誰が呼び始めたんだ?」
「隷属ちゃんさ。彼女曰く、突然、空から降ってきたらしくてね。神の子じゃないかとか言い始めてさ」
「オルテシア……そういや向こうのシスターだったか……?」
サードが仲間のネーミングセンスに疑問を持っていると、夢想が部屋の奥へと歩いて行く。それに気付いて、サードが慌てて夢想に追いつく。
「……だいすけ、だいすけ……」
部屋の壁に、もたれかかり座っている少年が一人と、その身体を揺すっている十歳程度の少女が一人。少年の眼は虚ろで、何にも焦点が合っていない。まるで、糸の切れた操り人形だ。
「なんとも奇っ怪な光景だねえ」
「魂の一部を魔力として使っちまってな? 恐らく、自我辺りの領域を使っちまったらしい? 本能も理性もひっくるめての自我を失っちまってるから、こうして動かなくなってんだ?」
「回復までどれぐらいかかりそうだい?」
「数年だな? ……なんだ、アイツが気になるのか?」
「いいや? もしもすぐ回復するようだったら殺……」
「待て、言うな?」
「うん?」
サードが夢想の肩を掴み、思い切り引っ張る。
「な……」
「ちかづかないで!」
夢想の目の前に、真っ黒な球体が突然現れて、消えた。
「やめとけ? 神子サマに近付くと攻撃されるぜ?」
「……あれが、報告にあった思考詠唱かい」
「そうだな?」
「…………!」
シエルは、無言で二人を睨みつけている。大輔を庇うように。
「……やれやれ、儀式までは二人にしておいてあげようか。行くよ、疑心くん。見せたいものもあるしね」
「そうだな? 悪かったなガキ、後でダイスケとやらを治してやるから、そこで待ってな?」
そして、サードと夢想は部屋から出て行く。
「なんだい、アレ、治せるのかい?」
「ああ言っときゃ後で簡単についてくんだろ?」
「悪党だね」
「悪党さ」
「じゃ、見せたいものの方に行こうか。会議室なんだけれどもね」
「嫌な予感がするんだが?」
会議室に入る。その部屋には、中央に大きな水晶球があるだけで、他には何も置いていない。
「ほうら、これだよ、これ」
夢想が指で、水晶球を示す。
「……なんだ? この大量にいる連中はよ?」
「魔導士。うん、ここ、バレたみたい」
「な……いつの間に?」
サードは驚いてみせる。しかし、内心では全く別のことを考えているが。
──間に合ったな?
「いつ突入してくるかわからないけれど、防衛の用意と儀式の準備だね。今は十一時だから……一時間だけ食い止めて。魔法陣に魔力を行き渡らせるのにそれぐらいかかりそうでね。それから疑心くんが、贄になる空の神子を、叛逆ちゃんが、捕まえた女子生徒を連れてきて、儀式は開始だ。そうなればもう相手は僕らに手が出せなくなる。任せたよ」
「任せな?」
「頼もしいね。さて、僕は奥に篭っているから、君は他のメンバーに連絡を。君は戦闘には不向きだろうから、贄の機嫌取りでもしててよ」
「おうよ?」
そして、会議室で二人は解散した。
「…………さあて、俺も頑張るかね?」
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沖ノ鳥島、とあるオフィスビルの前。
「さて……ここか」
「巧妙に隠されているわねえん? 窓から中を見ても、見えるのは働くサラリーマンとOLだけなんだからあん」
魔導士たち、そして、悠人たちは、敵の本拠地であるらしいビルの前に張られた簡易野営地の中にいた。都会のど真ん中であるため、野営地と言うと語弊があるかもしれないが。
戦闘が行われるということで、辺り一帯は通行止めになっている。
「……ここに、大輔も、シエルちゃんも、白鷺さんも……」
「黒鳥もいる、ってわけね」
「…………真意を聞きたい」
悠人たちが話していると、そこに声が掛けられる。
「こらこら、アナタ達はここで支援よおん。……突入まで少し時間があるから、強化魔法の魔法語を教えておくわねえん」
「お願いします」
頭を下げる悠人に、神帯は言う。
「んふふ、正直な子は教えやすそうねえん。さ、じゃあこれ読んで」
悠人たちの目の前に、単語帳が置かれる。
「全員分用意したわあん。身体強化魔法は魔力の流れも簡単だから、単語帳と少しの練習で出来るわよん」
「そ、そんなものですか」
「そんなものよん。さ、取りかかりなさい」
エリオットが誰よりも早く、単語帳に手を伸ばした。
「やる気満々ですわね、お兄さま」
「そんなんじゃないさ。……別のことをしていれば、気が紛れるからね」
「……そうですか」
全員が、単語帳を読み始める。黙々と。
気付かれないように、神帯はそっとテントを出た。
「どうだ、奴らの調子は」
須崎が、ビルの方を見て立っていた。
「…………無力さを噛み締めさせるために連れてきたなんて、言えないわね」
「ふ、落ち込んでいられては困る。奴らの失敗を忘れられても困るがな」
「連れてきて正解だとは思うわよ。置いてきたら、勝手に突入してそうだしねえん」
「そうだろうよ。さて、我々も負けぬように用意せねば、な」
「頑張んなさいよ」
「ああ」
須崎は、別のテントの中へ入っていった。
「……さあ、大人のお仕事、やんなきゃね」
誰ともなしに、そう呟いた。




