木曜日、潜む足音と、目覚める魔導士候補生。
「よお、クラスメイト裏切るってなあ、どんな気持ちなんだ?」
建設中のビルの中。灯りも無く、光源は近くのビルの窓から漏れ出る光だけだ。
そこで、サードはスワンを待っていた。サードの足元に、年端もいかない少女が倒れていた。意識はないようだ。
不機嫌そうに、スワンはサードを睨みつけながら言う。
「……うっさい。アンタは人の神経を逆撫でする趣味でもあんの? クソロリコン」
「いや? 単に気になっただけだぜ? こう見えても好奇心旺盛な研究者だからな? あとロリコンじゃねえよ? 仕事だかんな?」
「アンタが研究してるとこなんか見たことないっつの。さっさとアジトに飛ばして」
「その前に聞いておくがよ? この場所はバレてんのか?」
「……一人、結界魔法が効かなかった。とは言え、ランクDの雑魚だし、取るに足りない相手ではあるけど、追いかけてきてるかも」
「……馬鹿か? そんな状況で転移魔法なんざ使ってみろ? すぐに魔導士にバレるだろうが? 場所がバレてる以上、チクられるぜ?」
サードは嘆息する。こんなところで魔導士なんぞに捕まるわけにはいかないのだ。
「ともかくだ? お前はそのまま戻れ? お前の魔導武装は空飛べるんだろ?」
「高いところから降りたらゆっくり下降出来るってだけ。モモンガみたいなもん」
「そんでスピードは速いんだからズリいよな? まあ、お前だけ逃げとけ? 俺は追いかけてきてる奴の相手をしてるからよ?」
「期待しないでおく」
それだけ言って、スワンは建設中のビルの、ガラスもない窓から飛び降りて行った。
サードは、スワンの姿が見えなくなったことを確認して、ほくそ笑んだ。
「さて……アイツなら、いいんだが、なあ?」
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ただ、風の音だけが俺の聴覚を支配する。
視界を流れる建物の灯り。少し下を見れば、裏路地なのだろうか、真っ暗だ。
五回跳んで、手頃な建物の壁に両足を付ける。ジャンプ回数をリセットしたのだ。
何度も何度も跳んで、廃墟の入り口前に辿り着いた。
「…………」
まだこの場所に残っているとは考えにくい。が、俺にだって転移魔法の痕跡を見る程度は出来る。追えないが、「ここで転移魔法が使われたのだ」ということはわかる。魔力保有量が高いと、つまり魔素感受性も高いので、転移魔法で飛んだ先まで追跡出来るのだ。
まあ、敵とてバカではないだろうから、転移魔法を使っていない可能性の方が高いだろうが……。
ともかく、行ってみないことには何も始まらない。
「ふう……」
真っ暗なビルに入るのはぶっちゃけ怖い。霊的なアレがアレでアレだからだ。要するに怖い。ライト代わりに光属性魔法でも使えればいいのだが、残念ながらあの魔法の適正ランクはCである。まあその場に存在してるだけで常に魔力消費する訳だしね! そんなわけで詠唱の魔法語も覚えちゃいない。ほとんど風属性しか覚えてない。
「風よ、静寂を」
入る前に、自分に魔法を掛けておく。足音を消す魔法だ。音を伝えるのが風や空気なら、その流れを止めてしまえという感じの魔法。昔はもっと止まれとかそういう魔法語がふんだんに盛り込まれてたらしいっすよ。
入って、少し歩く。防犯カメラも無ければ、光源すらない。そうだ、携帯をライト代わりにすればいいじゃないか。懐中電灯アプリを即座にインストールして、辺りを照らす。
建設中のビルは、コンクリートが打ちっぱなしになっていて、ところどころに鉄パイプやらで足場が作られていた。あまり触らない方がいいだろう。指紋とか付けるとややこしいし。
俺は神経を研ぎ澄ませ……いや、無理だな。そんな簡単に出来ることじゃねえ。まあ、視界にさえ入れば転移魔法の痕跡はわかるので、問題はなかろう。
自動車のエンジン音が、ひっきりなしに聞こえてくる。これならば足音を消さなくても良かったかもしれない。徐々に魔力が減っていっている気がする。
まあ、嘆いていても仕方はない。相手はまだ潜んでいるかもしれないし、もう出て行っているかもしれない。用心に越したことはなかろう。
一階には痕跡は無かった。二階に上がり、またしばらく歩くが、やはり痕跡はなかった。
そして、三階も同様に見回って、何もないことを確認してから四階に上がる。
車の走る音はまだ聞こえる。よし、いけるいける。
歩いていると、コツ……と、靴底が地面と接する音がした。
「…………?」
自分の足音ではない。聞こえないようにしているはずだし、魔力もゴリゴリ減っている。ならば答えは一つ。
他に、誰かが、いる。
工事関係者の可能性も否めない……が、他に誰もいなかったし、可能性は低い? いや、もしビル建設でこう……駐在している警備さんみたいなポジションの人がいたらどうしよう……。
警戒しながら、そちらの方へ歩いて行く。
…………曲がり角。いや、まあ、そういう間取りなんだろうから仕方ない。二階にだってあったろうに。でも、でもだよ? もしも足音の主が、曲がり角を曲がってすぐのところにいたらと考えると……。
いや、行くしかあるまい。そうさ、警備員さんに決まってるさ。詰め所みたいなプレハブ小屋、外にあったしネ! 電気が点いたままで、中には誰も居なかったけれども……。
………………よし、行くぞ、さあ行くぞ、今行くぞ。
……いや待て。ユニオンの人間だったらどうしよう。例えば、そう、転移魔法の痕跡を消そうとする別のメンバー。手間も時間も掛かるから非効率なのだが……まあ不意を突けば勝てるかもしれないし?
感付かれないように、携帯のライトを消す。
抜き足差し足忍び足……そして、いざ曲がり角を!
曲がった瞬間、目の前に人の姿があった。
「…………!」
声にならない悲鳴を上げて、思い切り後ずさって──壁に背中がぶつかった。
「……あー? なんだよ勢い良く出てきやがって? ビックリしたじゃねえか?」
「てめえは……ユニオンの!」
少し考えて、名前が出てこなかった。
「ったく? 名前くらい覚えやがれ? 俺は疑心のサードってんだ? てめえは……?」
……名乗るべきなのかなあ。
「そうそう? カヌマダイスケ、とか言ったな? 安心しろ? 俺にお前と争うつもりはねえ?」
「…………どういう意味だ?」
「疑心に疑問で返すなよ? なに、簡単なことさ?」
「俺と────取引、しねえか?」
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──目が、覚めた。
エリオットは頭を押さえる。酷く頭が痛い。ガンガンと、ズキズキと。まるで頭の中で何かが暴れ回っているようだ。
「くっ……」
身体を起こす。
「う……」「…………気分が悪い」
ミオと、葵も同時に起き上がる。
「一体何が起こったと言うのです……」
エミリアは文句を言いながら起き上がっていた。
「やっとみんな起きた……」
康太は、数分前に目覚めていた。
この場に、黒鳥夕緋と白鷺飛鳥の姿はない。
「…………みんな、大丈夫かい?」
エリオットの耳に、悠人の声が届いた。見ると、悠人は、じっと目標のビルを見ていた。
「不覚だよ。あまりにも不覚だ」
悠人はそう言う。心から、悔しそうに。
「みんな、体調は? 悪ければ撤退するべきだ。そうでないなら少し休憩。万全になったらすぐに出るよ」
「ねえ、悠人。一体全体なんだって言うの? 焦ってるなんて珍しいじゃない」
ミオちゃんがそう言うと、公崎くんは視線をビルから外さずに、言う。
「同級生が一人裏切って、一人攫われて……もう一人、いなくなったんだ。焦りもするさ」
──もう一人?
エリオットは、ふと辺りを見回す。そして……気付いた。
「お兄さま。大変ですわよ。……割と、深刻ですわ」
エミリアも気付いたらしい。
大輔の姿が、ない。
「……きっと、一人で追いかけたんだろう。さっき気絶したのは、魔素の濃度が急に濃くなったからだ。魔素に酔ったんだね。魔素に対する感受性は魔力が多ければ多いほど高い。でも大輔は……」
「…………ランクD。…………魔素の濃度が変わっても、あまり変化はないはず」
「そう。だから、動けるメンバーとして動いたんだろう。よりにもよって一人でさ」
「…………急いで追いかけたほうがいい。…………死んでも生き返らない恐れがある」
「だね。……とは言え、絶対にユニオンがいるとは限らない。もうシエルちゃんはあそこにいないようだけど……ダメだ、残存魔力が探知の邪魔をして、中の様子がわからないな……。でも、まあ、念のために急いで行こう。無事だとは、思うけどね」
その言葉に、康太が頷いた。
「大輔はそう簡単には死なないと思うよ。逃げ足だけは凄いからね!」
──むっ、それは聞き捨てならない。
「何を言う。大輔くんは魔法以外ではかなり秀でているところがあると、僕は思うのだけれどね」
「魔導士に対する言葉だとは思えませんわ……」
エリオット達は、動き出す。
攫われた二人と、一人で飛び出した、仲間のために。




