木曜日、摩天楼を跳んで。
しかし、実際に探すと言ってもなんとしたものか。
俺達には何一つとして権限は無い。プロの魔導士に情報を聞くことは出来ない。
無謀とは正にこのこと。
「ああ、大丈夫さ。シエルちゃんの魔力はとにかく強大だからね。追いかけるぐらい簡単さ」
「いや、お前感知タイプじゃないだろ?」
「うん? ああ、そうだね。でも……まあ、ちょっとした裏技があるのさ」
「……もうお前に出来ないことあるって聞いた方が驚くわ。まあいい、とりあえず追っかけてくれ。お前だけが頼りだ」
ともかく、悠人が万能人間であることに驚いている暇はない。
やるべきことはただ一つである。
「なるべく僕らは交戦を避けなきゃいけない。相手は一応、プロの魔導士に今まで捕まらなかったような犯罪者だからね。僕でも勝てるかどうか……」
……そういえば、悠人が負けたという話は聞いたことがない。まだ入学から二ヶ月しか経っていないとは言え……。逆に俺は勝った覚えがない。つらい。
「すまない……。僕も感知タイプに近しい者ではあるのだけれど……。感知能力が低いから、この街中では一人の魔力を感じ取るのは難しいんだ」
エリーは俺の隣で、申し訳そうに言った。
「まあそう言うな。まだ後で活躍出来るだけマシだろ。今回は俺が持ってきた問題だが……生憎と俺に出来そうなことはねーんだからよ」
「うっ……」
「お兄さまは本当にデリカシーがありませんわね……」
「今に始まった話じゃねえだろ? 気にしてねえよ」
「うう……」
エリーはがっくりと項垂れてしまった。しかし……エリーは来ないという選択肢を選ばなかった。それは……それは、とても有り難いことだと、思う。
全部終わったら、シエルも連れて、エリーに何かを奢ろう。いや、来てくれた全員に奢ろう。財布が軽くなるだろうがバイキングと学割でなんとか……。
「じゃ、探すよ。ちょっと掛かる」
「ああ。頼む」
悠人は目を閉じた。……特に何かが起こった様子はない。傍目ではわからないが、悠人だけは何かを感じ取っているのだろう。
「…………よし、見付けた」
「本当か!?」
「ああ、大き過ぎる魔力が視えた。すぐに向かおう。先導するからついてきて」
そう言うや否や、悠人は魔導武装を顕現させて跳び出した。俺達も慌てて後を追う。
繁華街の、ビルの屋上を息つく間もなく跳び移って移動する。
「…………悠人、焦ってる」
「え?」
急に幽ヶ峰が小さい声で喋ったので、ついつい聞き返してしまった。むしろ高速移動しているのに良く聞き取れた……と思う。今回はそれなりに声を張っているらしい。
「…………そういう風に、見える…………あんな悠人は、初めて」
「まあ……知り合いが犯罪者に攫われたんだから当然だろ。誰だって焦る」
「…………鹿沼は焦ってない」
「そう見えるだけだ。誰が一番シエルの隣にいたと思ってる」
「…………失言だった…………許して欲しい」
「いや、すまん、こっちこそ怒ったみたいになっちまって。大丈夫だ、俺は」
シエルが攫われて、しばらく気が気でなかったが、今では落ち着いている、と、思う。
焦っても仕方がない、ということは頭ではわかっているからだ。
まあ、頭でわかっていても実際にどう、というわけではない。
「俺が今回は当事者だ。そんな奴が焦ってたら皆も焦っちまうだろ? まあ、表面上は焦って見えてないならいい」
「…………子供らしからぬ考え。…………もっと焦ったりするべき」
「男の強がりだよ。こういう時ぐらい強がってないとな、肝心なときにどうしようもなくなっちまうのさ」
「…………むう」
「それよりも────ほうら、悠人がアルカニアの奴とイチャこいてるぞう。ほれほれ、戦え恋する乙女」
「…………浮気は重罪。…………情報感謝する、鹿沼」
幽ヶ峰はスピードを上げて、アルカニアを突き飛ばし────!? 待て、アルカニアが摩天楼のその下へと消えていった!?
……と思いきや、炎の魔法を使って凄い勢いで持ち直して戻ってきた。何をやっているんだこの非常時に……。恋する乙女は場所を選ばないというのか?
「大輔くん、大丈夫かい?」
「んあ? ああ、エリーか。そりゃどういう意味だよ」
「なんというか──その、君は……」
「お兄さま。その言葉は無粋ですわよ。誰よりも強くあろうとしている方に掛ける言葉ではありませんわ」
もう、こいつは、なんという────。
「エミリアは可愛いな」
「んなっ…………!?」
顔を真っ赤にして、俺から少し距離を取った。……そんなに露骨に避けなくても。
「まあ、なんだ。お前は多分、今いるメンバーで一番気が利くと思うぞ」
「────、その……」
エミリアは俺から顔を背けて、ボソッと言う。
「……光栄、ですわ」
…………うむ、可愛い。でも光栄って言われちゃうと俺のほうが偉いみたいになるけどいいのかね。
「……しかし、結構遠くまで来たが……どこに潜んでやがるのかね」
「相手は今までプロの魔導士に捕まらなかった犯罪者だ……きっと、追いついたとしても罠が仕掛けられているかもしれない。僕らもランクSだが、魔導士候補生だからね。経験も知識も、僕らには欠けているから……正直な所、不安だよ」
「──まあ、やれるとこまでやろうぜ。やって出来ねえことはねえ。ここにいるランクSはランクSの中でもトップクラスだろうよ。お前も含めてな」
「…………息をするように、君は……」
エリーが照れている。女みたいな顔してるけど、これ、男なんだよなあ。
でも康太より女っぽいと思う。康太は女の子みたいな顔こそしているが、それでも良く見れば男だとわかる顔つきをしている。
だが、エリーは、どう見ても女の子なのだ。母親に似過ぎているということなのだろう。
……からかい甲斐がありそうである。
『大輔。妙だよ』
悠人から魔素の声が届いた。俺は悠人の隣に……行こうとしたが、右に幽ヶ峰、左にアルカニアがいた。仕方なく引き下がって、魔素で声を掛ける。
『何がだ?』
『なんというか……シエルちゃんの反応と、魔導犯罪者の反応が止まってるんだ。まるで、僕らを待ってるみたいな……』
『いや、仲間を待ってるんだろ。急がないと合流されちまうかもしれねえ。急ぐぞ』
『わかった』
悠人はスピードを上げた。俺達もそれに伴う。
「……シエルちゃん、大丈夫かな」
白鷺さんがそう呟いた。その手には、杖の形をした魔導武装。両手で持つような大きさの杖だ。
「……捕まえることが目的なら、少なくとも生きてるでしょ」
黒鳥はそう答える。その魔導武装はどこにも握られていない。よく見ると、靴が鎧のようになっている。アレが魔導武装だろうか。
『見付けた。あのビルだ。建築中の物があるだろ?』
悠人はビルの屋上で立ち止まる。続いて、全員がそのビルの屋上に降り立ち、魔導武装を戻した。不法侵入になってしまうが……バレなければ問題はないだろ。
「あそこに潜んでいるということはわかるんだけど……シエルちゃんの魔力が大き過ぎて、何階にいるかまではわからない。突入するか、魔導士に報告するか、だ。大輔はどう思う?」
「…………ん? あ、俺か?」
「こういうの得意でしょ」
「……得意って言われるとなんか違うが……。そうだな、俺は魔導士を呼ぶべきだとは思う」
「まあ、そうなる?」
「そっちの方が奪還の可能性は高い……が、問題は情報を渡すのが俺達だってこと」
「問題ある?」
「そりゃそうだろ、立派な命令違反だ。バレりゃ減点じゃ済まねえ。そんだけ魔導犯罪者と候補生が接触するのは危険なんだよ。人質にされちまう可能性が高いしな」
「でも死ねば指定の場所に戻れるだろう? 気にしないで戦えるんじゃ」
「自刃出来るほど戦闘慣れしてるなら最初から捕まらねえよ。誰だって死にたくねえ。校内ならともかく、他の場所で死ねば色々と面倒だしな。死亡したら書類書いたりさせられるしな。それが魔導士候補生ならもっと面倒だぜ?」
「…………じゃあ、報告の方向かな?」
「ああ。現実的なのはそれだ。追っただけならペナルティも少ないはずだ。接触はしてねえしな。素人が集まって突入するよりはいい。相手は転移魔法の使い手だからな。転移魔法を防ぐ道具もある」
「……そうかい」
悠人は少し不服そうだ。戦わなくて済むというのに、何故ちょっと恨みがましい視線を俺に向けるのか。
「連絡は俺がやっておく。悠人は動きが無いかだけ見張っててくれ」
「悪いけどさあ、そういう訳にもいかないワケ」
鈍い音がする。何かを、殴ったような。
その方向を見る。
黒鳥と、倒れ伏す、白鷺さん。
「な……?」
「ゆ……ゆう、び……ちゃ……なん……で…………?」
大した外傷は……見たところ無さそうだ。
瞬間、悠人が崩れ落ち、エリー、エミリア、アルカニア、幽ヶ峰と続いて倒れてゆく。
「あ……?」
「な、なに!?」
残ったのは、俺と康太。が、康太もすぐに倒れてしまった。
「康太ッ!」
「な……ここ……きもち……わる……」
「ああ、そっか。鹿沼、ランクDの雑魚だもん。高濃度の魔素を浴びても魔素に対する感受性とか低いもんね」
「黒鳥……てめえ、何が目的で……!」
「……これ、アタシの仕事だから。アンタらには感謝してる。アンタらのお陰で、ここまで飛鳥を連れて来られたから、さ」
「…………敵だってわかってみすみす逃がすか! 蒼空!」
「はあ……。あのさあ」
黒鳥が呆れたように溜め息を吐きながら、倒れている白鷺さんを担ぎ上げる。
「アンタみたいな雑魚が、アタシを止められるワケないじゃん?」
「出来なくてもやるしかねえだろ。俺はてめえと違って正義の味方だからな」
「弱者に正義なんかあんの?」
「少なくともてめえは悪役だってことはハッキリしたんだ。ならそれと対峙してる俺は雑魚でも否応なしに正義の味方だろ?」
「…………あっそ。ま、どうでもいいし時間も無いから、さっさとそこ通して」
「残念だが、俺は限界まで粘るぜ」
状況はよくわからないが、何かしらの魔法で俺以外の全員が気絶した。
ランクの高い人間が次々と倒れているところを見るに、何か魔素に関係すること? 黒鳥は感受性がどうのと言っていた。ならば濃度を高めれば、魔素に酔ってしまうのでは。
黒鳥の魔導武装の能力、或いは魔法は魔素を操作するものだと仮定しておこう。
「束縛せし結界よ」
ギシリ、と身体が悲鳴を上げた。蒼空で急襲を掛けようとしたのに、全身が縄で縛られたように動かなくなる。
「だから言ったじゃん。アンタは雑魚だって。じゃ、そういうことだから」
平然と、黒鳥は白鷺さんを連れて去っていった。俺は、追えない。
「ぐっ…………!」
無理に身体を動かそうとしても、動かない。金縛りとは、きっとこんな感じなのだろう。経験したことはないけれど。
だけど。
今、動けるのは、俺だけ。いや、動けないのだけれど、そう、実働部隊的な意味で。
ならば、こんな金縛り。
破れなければ、完全に役立たず、足手まとい。
「こ──ん、の、おォォォォォォォ!」
ギシリ。
ギシリギシリ。
気合を入れたところで魔法が解ける訳では無いが、しかし諦めたくはない。
もしかしたら、こう、奇跡が起きるかもしれないし。
「ぐ、ぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐうううううううう……!」
一矢。一矢だけでも、報いねば。
そう思い、願い、全身に力を込める。
────突然、拘束が解けた。
気合が通用した訳でも、奇跡を起こした訳でも無いだろう。
単に、魔法使用者が効果範囲から出ただけ。
ならば、追いつこう。ここは摩天楼。高所は、俺の得意な舞台だ。
「蒼空──はもう出てるな。よし……行けるとこまで行くか」
俺は跳ぶ。真っ暗な闇を。
理由も語らず、俺達を裏切った級友を追って。




