木曜日、訪れる不穏。
「…………」
「どうしたの、夕緋ちゃん。浮かない顔、してるよ?」
通学路──とは言っても敷地内の学生寮から校舎に向かっているだけだが──を歩く学生達の中に、毎朝欠かさず目立っている二人がいた。勿論、美貌で、だ。
「……あ、ああ、いや、考え事だよ、飛鳥」
「そう? でも……」
飛鳥は心配そうに夕緋の顔を覗き込む。
「考え事してる時の夕緋ちゃんって、こう……顎に手を当てるんだよね」
そう言って、飛鳥は顎をさすった。
「さっきの夕緋ちゃんは悩んでる時の夕緋ちゃんだね。悩んでる時はボーっとするもん」
夕緋は、笑った。
「あはは……まあ、最近ちょっと太り気味でさ。どうしようかなって」
「なんだ、そんなこと? 心配したのよ、もう」
楽しそうに笑って、姿勢を戻す飛鳥。
──私達の大願を叶えるには、鹿沼んとこの子供と……飛鳥が必要。儀式が終われば解放するって夢想は言ってたけど……。
それでも、やはり心配だ。
「つっ……」
飛鳥は苦しそうに頭を押さえた。立ち止まって、その場にうずくまる。
「大丈夫、飛鳥!?」
「……だい、じょうぶ。いつもの、ことだから……」
「でも……」
「あ、はは、確かに……最近で一番おっきいかな……」
夕緋は急いで飛鳥の学生カバンを開ける。そこから、錠剤型の薬が入った小ビンを取り出す。
「飛鳥、飲める?」
「うん……」
薬をビンから取り出し、飛鳥に手渡すと、急いで飲み込んだ。
「…………うん、もう痛み引いた。ごめんね、いつも迷惑掛けちゃって……」
「そんなこと気にしない。何年の付き合いだと思ってんの?」
「……ありがと、大好き」
その言葉に、夕緋は微笑みで返した。
白鷺飛鳥は、魔素に対する感覚が過敏なのだ。読んで字の如く、『魔素過敏障害』というもの。
魔素を摂取すると、頭に激しい痛みが訪れる、というのが主な症状だ。
それはつまり、呼吸するだけで頭痛がする、ということ。
薬を定期的に服用することで頭痛を防ぐことが出来る。薬は、魔素の摂取のほとんどをカットする効果がある。
魔法を放出する分には問題はない。だから、魔力が回復するのに他人の数倍の時間が掛かる。
全人類の中でも、数百人といない障害だ。まだ前例があったので薬はあったのだが……。
──魔素さえ無ければ、飛鳥もこんなに苦しまなくて済むのに。
薬には、副作用がある。
それは、薬を連続で服用し続けると、薬が切れた時に受ける痛みが倍増する、というもの。薬の効果はおおよそ十二時間で切れる。とは言っても、時間にばらつきはあるが。
つまり、一日に二度、絶対に頭痛に襲われるのだ。
──悩んでいられない。早く飛鳥を自由にしなきゃ。
夕緋は決意する。
一刻も早く、この世界を終わらせるためにも。
飛鳥と鹿沼が連れている女の子を、ユニオンに引き渡す。
~~~~~~~~~~
「先生、おはようございます」
俺は朝、シエルを職員室に預けてから教室に向かう途中、須崎先生が廊下を歩いていた。
「む? 鹿沼か、おはよう」
「シエルの使い魔の件の進展を知りたいんですが」
「ああ……戸籍をでっちあげるのに時間が掛かってな……特例を組む方も進めてはいるのだが、上層部の一部がやたらと頑固だ。数は少ないが、声だけはとにかく大きい連中でなあ……」
いつの時代にもいるヤツだ。場を掻き乱すだけ掻き乱して特に何もしない連中。まあ、難癖付けるしか能のない連中だな。
「でもそういうタイプって基本的に論理破綻してるから論破出来るでしょ?」
「それは違うぞ、鹿沼。破綻するような論理がそもそも無いから困っているのだ。私がYESを言えばNOを訴え、NOを言えばYESを訴えてくるのだ。そこにヤツらの考えなどない」
「なんでそんな嫌われてるんですか先生……」
「こう見えても私は結構な権力を持っているのだよ。だからこそ私に突っかかってくるのだが……批判して私に対する不信感でも抱かせたいのだろうが……そもそも誰も相手してないということに気付いてないんだ、ヤツらは」
須崎先生は学校以外でも苦労しているのか……。
「まあ、エリートには苦労はつきものだからな」
「……苦労してないエリートを一人知ってますけどネ」
爽やかイケメンスマイルを浮かべ、両脇に女を侍らせている例のアレ。本当になんなんだろうね、アレ。
「ふっ、ともかくもう少し待て。普通の使い魔申請ならばあんな会議など必要無いのだが、事情が事情でな。ユニオンが狙っている戸籍のない少女だ。まあ来週までにはなんとかしよう。日曜日に決着を付ける」
「日曜日はシエルをずっと寮で待機させておきますよ。悠人やエリオットに頼んで見張ってもらえば万全でしょう」
「うむ。期待して待つがいい。これが成功すれば、ユニオンの行動を阻止したとしてボーナスが出そうなのだ。魔導士協会は太っ腹でな」
須崎先生はそう言って笑った。麗しい……。
「もうそろそろ予鈴が鳴るぞ、ほれ、教室へ行っていろ」
「ういーす」
それに従って、俺は教室に向かった。
~~~~~~~~~~
教室はいつも通りの賑わいで、男子は固まって騒いでいるし、女子もグループを複数形成して姦しくしている。予鈴は鳴ったが、チャイムまであと五分はあるな。
シエルを職員室に連れて行く前に、先に教室に行った康太が俺に気付いて手招きしてくる。
「使い魔、どうだった?」
「んー、まだ掛かりそうだってよ。でもま、これでなんとかなりそうだな」
「そういえば、結局使い魔って何が出来るの?」
「うん? 知らないか?」
どこから話したものか。
「使い魔ってのはこっちで生まれた技術の一つだな。あ、そうそう。向こうで生まれたものは向こうの言語で名前がついてて、こっちで生まれたものはこっちの言語で名前がついてるってのは覚えといていいだろうな」
「ふんふん」
康太は真剣に話を聞いている。
「で、使い魔って何ってことだけどな。人間でも動物でも精霊でも、同意の元で特別な詠唱やら儀式やらを行えば、魔力のバイパスが繋がるんだ。主は使い魔に魔力を流し込んで貰えたり、主の元に瞬間移動したりが出来るな」
「おお、便利だね」
「ただしルールで使い魔は一人につき一人までなんだ。だから、シエルを使い魔にしたらもう他の人間やらは使い魔に出来ねえ。解消も出来ないからな」
「うーん……離婚のない結婚みたいなもの?」
なんだその例えは。
「まあ、使い魔になったのがきっかけで結婚する例はあるな。結構多いんじゃねえの。男は魔力が多くても魔導士にならない選択肢を選ぶヤツが多いからな。女としては、男をキープ出来るわ魔力を供給してもらえるわで良いこと尽くしなんだよ」
「へえ。でも、なんで向こうに無かったんだろう」
「元々使い魔は少ない魔力を補うために考えだされたシステムでな。向こうの人間はそもそも魔力保有量が多いから、足りないって悩むことがほとんど無い、っつーわけだ」
「なるほど…………」
向こう……異世界は魔法とともに歴史を歩んできた。空気中の魔素は
多いし、魔力保有量の平均もとても高い。
だからこそ、補おうと思わないのだ。
「普通、使い魔申請はすぐに終わるんだよ。そんで、魔導士が立ち会って儀式をして終わりだ。だけど今回はまあ、事情が事情だからな」
言い終わったところで、チャイムが鳴った。一限目の授業の始まりだ。
~~~~~~~~~~
「────ふう」
俺は伸びをする。今日の授業が全て終わったからだ。
「大輔―、帰ろー」
康太が俺の席のところまで来る。俺は学生カバンを手に取って、立ち上がる。
俺の視界に、携帯を耳に当てて小首を傾げている白鷺さんの姿が目に映った。
「もう、最近すぐ帰っちゃうんだから!」
どうやらお怒りらしい。ううむ、話し掛けるべきか……と考えていると、悠人が話しかけていった。先を越された……。
「やあ、白鷺さん。どうしたの?」
「あ、公崎くん。夕緋と連絡が取れなくて……」
昨日と同じらしい。しかし……あのブラックスワンが白鷺さんに一言も無しに帰るとは考えられない。入学からあの二人はいつ如何なる時も一緒だったからな。
「ちょっと心配だね。友達に何も言わないでどこかへ行ってしまうなんて……」
悠人はそう言って少し考えている。
────瞬間。俺の背後から、凍て付くような殺気と、燃え盛るような殺気が──。
「って寒いしあっちいいいいいいッ!」
「ふ、二人共! 漏れてる! 魔力が漏れてる! 属性付与されてる魔力が漏れてるううううううっ!」
幽ヶ峰とアルカニアだ。なんであんな節操なしに惚れたのかは俺にはわからないが、まあイケメンだしね仕方ないね。
「ま、ここはほっといて行こうぜ。シエルが待ってるだろうしな」
「そうだねー」
俺と康太は、廊下に出た。
俺達は、まだ気付かない。
どんな面倒事が裏で起きているか、なんて。




