その後の話
俺たちは、また魔導士協会を訪れていた。
たち、と言っても来ているのは俺と悠人、そしてシエルのみだ。
「で、魔物と交戦したわけか、貴様らは」
魔導士協会、休憩室。
そこで、俺と悠人は正座をしていた。目の前には、須崎先生が立っている。
座っているのは、備え付けの畳の上である。テレビに、ちゃぶ台に、冷蔵庫、キッチンまである。ここで暮らせそうな気がする。
「来ないプロが悪いんですぅ~」
「はあ……おい、公崎。貴様の言い分も聞いてやる」
「来ないプロが悪いと思うんですけど……」
「お前もか……」
先生は溜め息を吐いた。
「まあ、報告では認識阻害と脱出阻止の魔法語が用いられた魔法陣が発見されている。それによって張られた結界まで破壊したのだ。魔導士候補生とは思えん活躍だが……一応、交戦そのものが禁止だからな」
「……まあ、やむを得ない場合にのみ許される交戦許可は、倒すための戦闘じゃなくて逃げるための戦闘ですからね」
悠人が小声で言った。そう、一年生が魔物を倒すこと自体、そもそも異例なのである。
「逃げられなかったのはわかる。結界があったものな。だが……その、なんだ。活躍し過ぎだな」
納得した。
そう、俺達が事を終えた直後に現場に駆けつけた魔導士は、とても微妙な顔をしていた。
学生証を見せた後、一年生ということもあって余計にいたたまれなくなった。
「そもそも、お前たちのような一年生は、普通、魔物を前にすると足がすくむなりするはずだぞ。なにせ本物を見たことのあるやつの方が少ないんだ。それに、そもそも、お前らは魔法語を覚えすぎなんだよ。中学では基礎しか教えないというのに……特に公崎だ! お前……禁呪を使っているな?」
「いや……まあ、……そうですね」
悠人はなんだか答えにくそうにしていた。まあ、禁呪が無ければ魔法が使えないというのも難儀しているようだし、当然だろう。
「まあ、答えたくないのならいい。……しかしだな、私としては、お前らに聞きたいことが大量にある。過去を詮索したい訳ではないが……魔物や魔法に対する知識が豊富過ぎる。教師として、生徒の状況を知っておくのは当然だろう? 話せる範囲でいい。聞かせておいてくれ……ああ、足はもう崩していいぞ」
「うす」
俺と悠人はそれぞれ、楽な姿勢を取る。シエルにはテレビを見せていた。今回の事件には関係がないからだ。別件で用事があるので連れてきたのだが。
「さて……そうだな、まずは鹿沼に聞きたい。魔法の知識が豊富な理由は……確か祖父からの教育だったな。魔物は見たことがあったのか?」
「田舎だったんで、まあ」
「ふむ? 田舎の割には訛りなんぞもないとなると……どこだ」
「蝉和っす」
「ふむ……」
まあ、微妙な場所である。田舎だからな。
「田舎って難儀するんですよね。山とか入ったら途中で結界が消えてたりするんで」
「それで魔物と遭遇したと?」
「ちょくちょく見ましたよ」
「……よく生きていられたな」
「結界の中から外にいる魔物を見ていただけですけどね。山菜とか取るのに魔物がいると大変でしょう?」
ちょっと嘘を吐いたが……本当のことを話すのも憚られるので、まあこれで良かろう。
「で、公崎だ。お前が一番気になる。何故禁呪を使うのか、だ」
「……あー」
やはり言いにくそうだ。フォローするべきだろうか。
「実は自分……普通に魔力が流せなくてですね……禁呪を使って、魔力の使用方式を変えないと満足に魔法も使えないんですよね」
「言ったァ!?」
平然と! 別に隠すことじゃなかったんですね!
「なに? ……そうか。初めて聞くような症例だな……私でも聞いたことはない」
須崎先生がそんなことを言う。いや待てと思ったので、俺は疑問を投げかける。
「え? 長いこと魔導士の世界に居ましたみたいな感じ出してますけど、まだ先生って二十代じゃ……」
「む? ああ、今年で二十五になる」
「え!?」
新任教師レベルの年齢だと!?
「私が魔導士になったのは十二の頃だ。今では飛び級なんぞは無いが……十三年前にはあったのだよ」
「なんで教師を……」
「こちらの方が楽だからだ」
「そういう理由!?」
「給料もさほど変わらんしな。後輩が育っていくのは見ていて面白い物だからな。さて、私のことは良かろう。公崎、お前のような生徒は見たことがないのだよ」
須崎先生は目を瞑り、腕を組んで壁にもたれかかった。腕の上に胸が……胸が乗って呼吸と共に揺れている……Oh……Yes オパァイ……。
「貴様は今は荒削りだが……鍛えれば私よりも強くなるだろう。禁呪をバカスカ撃っても倒れん魔力量があるのだろう? 鹿沼、禁呪を唱えたことは?」
「死ぬからやめろって爺ちゃんに言われたんでやってません」
いつもにこやかな爺ちゃんが、割と真剣な目で俺の肩を掴み、「いかん。いかんぞ。マジで。マジで!!!!」と言っていた。爺ちゃんの語彙が不足気味になるぐらいダメらしい。……実は昔、禁呪だけ唱えたことがあったような気がする。何も起きなかったが……。
「ちょっとつらいので泣いてきていいですか?」
「ま、待て。大体の人は死ぬ! 落ち込むようなことでは無いぞ! ファイト!」
須崎先生から「ファイト」なんて言葉が出るとは……。ううむ。萌えを感じる。
「そう、死ぬのだ、普通は。禁呪はいわば魔法そのもののリミッターを外すもの。体内に蓄積されている魔力が足りなければ、人間の魂や肉体までもを魔力に変換してしまう。その魔法が実行されることが優先されるのだよ。詠唱者がいなくなったとしても、な」
こっわ。間違っても詠唱しないでおこう。死ぬとかそういう次元じゃねえ。消滅するのだ。
「それを何度も何度も詠唱する公崎は……人間離れしているな。魔力の量が半端ではない。……ランクを見直す必要があるな。Sであることは確実だろう。むしろ、Sまでしか無いのが残念なくらいだ。ランクSSとか作られてもおかしくはなかろう」
ベタ褒めである。そういや忘れてたけど書類上では悠人はランクDなのか。同じDなのに脅威の格差社会。
「で、ここに俺達が呼び出されてるのって、昔話が聞きたいからじゃないんでしょう?」
つらくなってきたので話を変えることにする。くそう、なんだって俺がこんな目に。
「いやなに、私が貴様らを呼び出したのは説教するためだ──という口実で、まあ色々聞こうと思っていたのだよ」
「ああ──職権乱用ですね……」
ふむ。向こうが俺達に何かを聞こうとしていたのなら……。俺も気になっていたことを聞こう。
「じゃあ俺からも質問があるんですが」
「なんだ? 言ってみろ」
「歓迎戦の時、何故魔物は現れたのか──ってことっすよ」
「……ふむ」
そう。魔物は結界内には入れない。だが、元人間だと話は変わってくる。
──なのだが。
「あの日、結界が破られて、それで魔物が入ってきた。でも、それっておかしいと思うんすよ」
そう。おかしい。
「まず一つ目、結界は何故破られたのか。学園の所有する施設だ。警備員なり、維持している人間がいるはず。なのに、あの日、誰も居なかった」
俺が魔法陣のある部屋に入った時、誰も居なかった。人が居た痕跡さえ、無かった。
「そして二つ目。あの時……魔物はあそこで自然発生したように見えました。おかしいと思いませんか。あの施設周辺にも結界は張ってあるでしょうに」
「はあ……お前は本当に高校生か?」
「いや……危険な目に遭ったことを忘れる方がおかしいと思うっすよ」
死にかけたもの。うん。
「仕方があるまい……お前らだけには話しておこう。勿論、他言無用だ」
他言無用か……しかし、ペナルティも無さそうだし……。
「喋ったら進級できなくなるぐらい減点するからな」
「「絶対喋りません」」
俺と悠人の声がハモった。こいつも言おうとしてたな……?
「……あの日の大仏も、歪なものも、狼のようなものも、全て魔導士協会が造った模造品だよ」
模造品? 魔物のコピーだということか?
「魔物を実際に見たことがある人間は少ない。だからこその模造品だ」
「はあ……ありゃ訓練だったと、そういうことっすか」
「察しが良くて助かる。あれは言わばテストだな。魔物を見慣れているお前らでもアレが本物に見えたのなら……実験は成功か」
「神帯先生とかのアレは……」
「ふむ、会っていたのか。彼……いや、彼女が自慢気に言っていたぞ。『いい演技が出来た。売れっ子女優間違いなし』だとな」
「ち、畜生! 本気で頑張ったのに!」
「僕も結構本気で焦ってたんだけどなあ……」
「じゃあ転移魔法陣は使えてたし、結界も擬似的に切られてただけなんですね」
「ああ、結界はこちらが切った。勿論、魔物のコピーは結界内でも使えるのだが……結界がない方が緊迫感が出るだろう?」
「…………はあ」
「……リアリティ追求かよ……って、ん?」
俺は一つ思い出す。
「宿泊オリエンテーションの時のアレはなんだったんですか?」
あの時も訓練だとか言って魔物が出たはずだ。アレ何。
「アレは魔力を固めた……風船で出来た紛い物だな。別物といえば別物だ。ただまあ……ぶっちゃけアレ、すぐ叩けば壊れるようなモノだったからな……」
「何が違うんですか」
「注ぎ込まれた負のエネルギーだな。魔力だけだったのが宿泊オリエンテーションで、ちゃんと作られたのが歓迎戦……ということだ」
「順番が逆だと思うんですけど」
「歓迎戦の時はまあ、アクシデントも重なったからな。あまり聞いてくれるな」
「あ……はい、じゃあ次はお願いがあるんですけど」
俺はシエルを呼ぶ。
「なにー?」
そのまま、俺の膝に座った。すごく自然な動きで。
「……警察に連絡した方がいいか?」
「誤解です! ……いやもう、話が進まねえ!」
「冗談だ。言ってみろ」
「シエルを俺の使い魔にするよう申請したいんですけど」
「……ふむ」
シエルを使い魔にすれば、例えユニオンに連れ去られても呼び戻せる。それに、使い魔ならば色々な場所に連れ歩いても問題はなくなるだろう。
「出来なくはないが……問題が多いな」
「え?」
「その子には戸籍は無かろう。書類審査をどうするつもりだ」
「う……」
戸籍は本当にどうしようもない。助けを求めようと悠人に視線をやると、肩をすくめて首を横に振られた。お手上げということらしい。
「……しかし、その子をユニオンが狙っているという情報はこちらでも把握しているし、思考詠唱が可能で、なおかつお前から離れるのも危険だと魔導士協会は考えている」
「それならなんとかなりますかね」
「一週間だ。それだけ時間をよこせ。私がなんとかしてやる」
「マジっすか!?」
「異世界人だということにすれば……まあ、なんとかなるだろ」
ノープランだった。しかし須崎先生はかっけえなあ……。
「さて、いつまでも拘束している訳にもいかんな。今日のところはもう帰るがいい。説教されたとでも言っておけ。何度も言うようだが、魔物との交戦は本来許可されていないのだからな」
「うす」
「わかりました」
「だが、まあ……よくやった。貴様らのおかげで死傷者はゼロだ。加点は期待していい」
そう言って、須崎先生は部屋から出て行った。
「……大輔。本当にこれで良かったのかな」
「あん?」
「確かに僕らは一般人を助けられた……けど、あの吉岡って人は……」
「……もう気にすんな。ありゃ事故みたいなもんだ。お前が気にしたってどうこうなることじゃねえよ」
「……そうだね」
俺はシエルをおんぶして、立ち上がる。
「さてと、帰りにドーナツでも買って帰ろうぜ。な?」
「おうとも」
「どーなつ!」
ああ、やっと日常に帰ってこれた感じがする……。
でも……どうせまた面倒事に巻き込まれるんだろうな…………。
…………悠人が。




