魔鎧の力
悠人は舌打ちする。積乱の魔力を吹き飛ばす能力が効かないのだ。いや、効果自体はあるのだが、すぐに再生してしまう。
「ラクはさせてくれないって事だね……くそ、さっさと終わらせたいのに!」
積乱が効かなくても、自分には数多の攻撃手段がある。問題は、あっても使えないということ。
「ゴ……ガ……」
魔物は禍々しい鎧を纏って呻いている。頭を押さえて。苦しそうにしている。感情が無い……というわけでは無さそうだ、と悠人は思って、頭を振って考えを消した。
情を持ってはいけない。そう頭ではわかっているはずなのだが、元が人間だったのなら、助けたいと、そう思う。
積帝と積乱を構え、真っ直ぐ走る。鎧を着ている状態ではあるが、地面を蹴った衝撃で鎧が揺れ、鉄同士が揺れる──ガチャガチャとした音などは無かった。あるのは、ただ足音だけである。
魔物が呻く。背中から、数本の歪な触手が飛び出し、直線的な動きで悠人に迫る。
──攻撃パターンが変わらない。学習してない。
悠人は積帝で触手を全て斬り払う。なおも足は止まらない。
更に、二倍ほどの触手が迫る。
──防衛本能による攻撃!
難なく斬り伏せ、魔物に肉薄する。
「ガアアアァァァァァァァァァッ!」
瞬間、魔物が動く。
何もなかった空間から大きな剣が現れ、魔物の右手に握られていた。
──この距離でそんな大きな得物では!
「っ、だぁぁぁッ!」
積帝を突き出す。だが、金属音と共に防がれた。
「な……?」
腹部から、まるで盾にでもしているような形状の触手が突き出ていた。積帝の攻撃を防いだということは、恐らく触手を何層にも束ねているのだろう。
──鎧から……じゃない。これは……!
魔力の流れを視る。積帝を防いだ盾の魔力は、どうやら鎧のそれではない。かといって体表でも無い。ならばどこから……。
「!」
悠人は大きく距離を取った。その盾の正体に、そして、今まで斬り払ってきた触手の正体に気付いたからだ。
それは、人間の、臓器。
先ほどの盾は……大腸小腸が詰まっている場所から出ていた。つまり……。
「……!」
想像してしまって、悠人は吐き気を覚える。だがそれでも、敵を見据えることはやめない。
「ギ……ア……」
魔物は苦しそうに呻いている。……苦しそう? ……まさか。
まだ、中の人間には、意識がある?
悠人は歯を噛み締める。まだ事実と決まった訳ではないが、その可能性がある、と一度でも考えてしまえば、頭の中にその最悪の可能性は残ったままになる。
早い話が、悠人は優しいのであった。悪く言えば、戦闘に情を持ち込んでいる。
勿論、ただの十五歳の少年に情を捨てろ、というのも土台無理な話なのだが、悠人はそれに近しい──情を捨てたような、そんな人間を知っているだけに、悠人の心境は複雑だ。
そう、鹿沼大輔という男である。
戦闘力だけ評価するならば、決して強い訳ではない。
強いのは精神であった。常に損得勘定をし、どう動けばいいかを心得ている。自分の立ち位置をしっかり認識している。身の程を知っているのだ。普通の高校生にしては、少々大人び過ぎている。
──こういう時、大輔だったらどうするんだろう。
倒すべき魔物が元人間で、臓物が道具として使われ、しかしまだ人間としての意思が残っているかもしれない。
そんな状況で、あの少年は何を考え、どう行動するのだろうか。
………………。皆目見当も付かなかった。
──考えたって仕方ない、か……。
自分は鹿沼大輔ではない。公崎悠人は、どこまで行っても公崎悠人なのだ。
……単純に、性格のイイ人間には性格の悪い人間の考えが理解出来ないだけなのだが。
──なら、僕がどうしたいか、だね。
悠人は大きく息を吸って、また吐いた。
自分の手札を考える。積帝、積乱は普通に攻撃したのでは通らない。そうだ、確か魔物には、魔力を流し込んだ魔導武装が有効打となったはずだ。まだ学校では習っていないが、大輔がそんなことを言っていた記憶がある。
そしてもう一つ。禁呪魔法だ。先ほどチューニングを済ませたばかりで、美術館を吹き飛ばす程の威力はない。だが、それだけであの魔物を倒せる、とは言い難い。
消し飛ばすとか、そんなことをしたいのではない。今の悠人の目標は、相手の魔物の無力化だ。
どうにかして動きを封じる。捕獲出来れば、人間の身体から魔物の魔力を取り除く研究が出来るかもしれない。
そうと決まれば、あの鎧を剥ぎ取るのが最も有効だろう、と悠人は考える。視た限りでは、鎧にほとんどの魔力が集まっているようだ。元は一般の企業に勤めていたらしいので、恐らく魔力保有量のランクはそれほど高くはないのだろう。
「問題は、どうやって動きを止めるか……」
やはり、本気でやるべきだろうか。魔鎧を纏っている今なら、真の意味で本気を出せる。だが……周囲への被害が心配だ。
──石畳とかコンクリートなら、壊れても大丈夫かな。美術品と違って直せるし。
悠人は口を開いた。魔鎧に覆われているため、外からは見えないが。
「英雄を支えし力無き者共の声よ!」
これは、禁呪のみで効果を発揮する魔法。
「……さあ、本気で行くよ」
効果は、悠人が普段、自らに禁呪魔法で課しているリミッターを、解き放つ、というもの。
「ガ……」
離れている間、魔物は呻いているだけであった。近付けば迎撃してくるが、自主的に動くことは無いのかも、と悠人は考えている。
「まあ──もう迎撃はさせないけど……ね」
魔鎧に包まれた悠人の身体が、掻き消える。
消えた瞬間、魔物の真後ろに悠人が立っていた。
「ギッ……!?」
「久しぶりだからちょっと扱いがわかんないな。えーと……そうそう、こうだね」
またも悠人の姿が消える。
そしてすぐに、少し離れたところに、悠人の姿が現れる。
──流石に、五年ぶりじゃあ身体が鈍ってるな。
どこまで力を使ったものか分かりかねている。
しかし、いつまでもこうしているわけにはいかない。魔導士がいつ来るかわからない状況なのだ。
──まあ、音速くらいなら今の力加減でも大丈夫かな。
積帝を魔素に還し、積乱のみを構える。積帝は切れ味が良すぎる。相手を人間に戻しても、手足が無いのはダメだ。積乱の魔力を吹き飛ばす能力自体は効いているので、再生する暇さえ与えなければいいのだ。
あとは、一瞬だった。
ドン、という大きな音。目には見えないが、円錐状の衝撃波が起こっているだろう。音の壁を、初速で超えたのだ。悠人の背後に凄まじい破壊が起こる。
だが、悠人の身体は無傷である。魔鎧による加護と言っていいだろう。
魔物は吹き飛ぶ。音速で殴られれば、当然立ってはいられない。
吹き飛んだ魔物の身体に悠人は追いつく。魔物の上から、地面に向けて、悠人は詠唱する。
「怨嗟の英雄の力をもって現れたまえ! 雷よ敵を貫通しろ!」
悠人の掌の先にある魔法陣から発せられた雷は魔物の身を貫き、地面を抉った。魔物は声も出さずに、動かなくなった。
──死んだ? いや、魔力の反応は消えてないし……。
悠人はその場で急停止し、地面に着地する。音速で移動していたにも関わらず、反作用は無かった。魔鎧が悠人を守ったのだ。周りへの影響も同時に。
大量の魔力を急激に吹き飛ばされたところに、大量の魔力を含んだ魔法が身体を貫通したので、魔力酔いを起こしたのだ。酔うと言っても、乗り物酔いとは違う。大きな魔力の変動で、体内の魔力がエラーを起こしているのだ。
──さて、一応は動きを止めたけど……どうするかな。
悠人は一人、うーん、と頭を捻った。
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とてつもない音が遠くから聞こえてきた。なんださっきのは。
「これは……公崎くんの魔力か!? かなり遠くにいるはずなのに、ここまで大きな魔力が感じ取れるなんて尋常じゃない……!」
「え? どういうことだ、そりゃ」
エリーがとても驚いているが、俺には何がなんだかわからない。
先ほどまでエリーの頭に乗っていたイエルヴァさんは、「現界しているのも疲れるのよ~」と言って、エリーの中へ消えてしまった。曰く、寝ているらしい。
「器を視るだけの、魔力をそもそも感じ取れるタイプじゃない僕ですら感じる魔力はあり得ないということだよ。康太くんは感じているかい、この魔力を」
「……うん、わかる。なんていうか……言葉では上手く言えないけど、悠人が目の前にいるみたいって感じ?」
「うう、なんか、へんだよう」
…………あれ?
「なあ、エリー、なあ、なあなあなあなあなあなあなあなあ」
「ど、どうしたんだね」
「……なんにも感じないんだけど?」
「……」
「待て! 何故目を逸らした貴様!」
エリーがとても言いにくそうにしている。
「保有している魔力が少ないと……そもそも魔力に対する感受性が低い、とでも言おうか……。感知タイプと呼ばれる人達は誰しもランクが高いんだ。低くてもAだね。大輔くんはその、戦闘に魔力を使うタイプで、Dだから、その……」
「……もういい。泣きたくなるから」
しかし俺の目尻に光るものがあった。な、泣いてなんか無いんだからねっ!
「あああああ! その、なんだ、別に感じ取れたから何って話じゃないから!」
「いいんだ……いいんだよ……」
エリーが必死にフォローをしてくれるが、今優しくされると余計悲しくなるからやめて欲しい。
「……しかし、さっきのクソでけえ音はなんだったんだ?」
悠人がいる美術館の方面から、二回ほど大きな音が起きた。一度目は爆発するような音。そして、二度目は雷が落ちる時みたいな音だ。
「二度目は雷魔法で間違いないと思うよ。こっちにまで使用済みの魔力が流れてきたのだけれど、それは確かに雷属性が付与されていた」
「……ランクSってそこまでわかんの?」
「まあ、そうだね……、相手の使う魔法陣から漏れ出る魔力を読み取ったりも出来る、かな」
「なんでもアリだなホント。あーあー、小市民の俺は居心地が悪うござんす」
「ご、ごめんよ。その……」
「いーよ。魔力なんて先天性のモノ。才能と一緒さ。はー……せめて生まれた時に魔力の量が確定してりゃ気が楽だったんだがなあ……」
そう言って、大きな溜め息をついた。下手に夢を見るから絶望するのだ。最初から、夢を見られるラインにさえ立つ資格が無ければ良かったのに。
「……だ、大輔くん。僕は……」
「お前が申し訳無さそうにしなくていいんだっつの。お前はお前らしくしてろ。俺も俺らしくしてっから」
俺らしくする。それは自分にも向けた言葉。
あの時。俺が俺であることを決めた時。誰よりも鹿沼大輔らしく生きようと決めた瞬間が、ふと脳裏をよぎる。
魔導士を志した、あの時を。
「……だいすけ?」
遠い目をしていた俺の袖を、シエルが引っ張った。その透き通るような青い眼は、俺を慰めるように、優しく俺を捉えていた。
「なんでもないよ」
愛おしくなって、シエルを抱き上げた。とても軽い。
「…………♪」
シエルが俺に頬ずりしてくる。ああ。ダメだ。目覚める! 父性に! 父性に目覚めちゃう!
「……しかし、音が聞こえてから動きが無くなったのはどういうことだろう。大きな魔力は今も感じているけど、変化が無くなったね」
ああ、可愛いなあシエル。娘っているとやっぱこんな感じなのかなあ。いや、年齢的には妹? でも妹ってのとはちょっと違うかなあ。懐き方とかがさ。
「何かあったのかな?」
部屋にいる時、ちょこちょこと歩いてきて膝に座ったりするのだ。もう。もうね。ロリコンって言われても仕方ねえかな。
「うーん……出来れば様子を見ておきたいのだけど……」
しかしシエル、何歳なんだろう。見た目は小学生くらいだから、十歳近いとは思うのだが……。
「大輔なら、ちょっと見て帰ってくるってことが出来るんじゃないかな? 機動力に長けているから」
シエルの両肩にそれぞれ手を入れ……つまりたかいたかーいから、そこに回転を加える。あはははは……うふふふふ……。
「大輔!」
「ひゃいいっ!」
「わあ!」
康太に叫ばれ、おれは しょうきに もどった。シエルもビックリしている。
「はあ……ホント、将来の収入を気にしたり子供に優しかったり、理想のお父さん像だったりしてね?」
「ははは、奥さんが見付かる見込みがねえよ死にたい……」
エルゼラシュルド一年生の女子人気は大きく派閥分けされている。詳しい話は、また別の機会にするが、その中でも悠人の派閥は大きい。
「大学行ってもメンバーほぼ一緒だろ? 無理ゲー……」
「だ、大輔の奥さんか……」
エリーが顔を逸らしてなんか呟いていた。笑ってんのかこの野郎。イケメンにそういうことされると辛くなるからやめようね!
「ともかく、大輔。どうしようね、この状況」
「どうもしない」
「え? いやほら、悠人の様子を見に行くとかさ……」
「しない」
「な、なんで?」
「なんのために悠人が俺達を離したと思う? そういうことだよ」
「あ、ああ……確かに、危険だもんね」
「それもある。だけどやっぱ一番は、見られたくない物があるからじゃねえかな」
「え? どうして?」
「俺には想像も付かんよ。だけどまあ、アイツがなんか隠してるのは知ってたしな」
禁呪や一対の魔導武装以上に隠している物があるのだろう。なら、それに探りを入れないのが一番だ。
「俺だけが周りの秘密ばかり知るのは卑怯だろ?」
俺はあまり過去を人に話したりしていない。
いや、話そうとしていないんじゃなくて。
話すようなことが…………ないんだ…………。
「大輔が凄く悲しそうな顔をしているっ!」
「うん……とにかく……待機な……」
ダメだ。どう転んでも地雷踏む。地雷原広すぎだろ。
「……あ、結界が消えていくよ!」
「エミリア達が上手くやってくれたようだね」
「見えない……俺には何も見えない……」
これで魔導士の救援が期待出来る。そういえば、結界については悠人は知っていたのだろうか。
「……待てよ?」
もし仮に見られたくないものがあるなら、魔導士が来たらマズいんじゃなかろうか。
そう、例えば……二つ目の魔導武装、とか。
どんな人間も魔導武装は一つしか持てない。ストックは一つが限界なのだ。勿論、所有者登録を外せば他の魔導武装をストックすることが出来るのだが。
いや、魔導士とは面識がない。つまり、魔導武装が二つ目だったとしても魔導士にはわからないだろう。ならば大丈夫か……。
しかし、好奇心的には悠人の元へ行ってやりたいと思う。
だけど、もし本当に何か隠してたらなあ……。
そう悩んでいると、
『大輔、聞こえるかい』
悠人から、魔素を通して声が届けられた。
『ああ。なんかあったか? あ、もしかしてもう倒しちまったか?』
『うーん……まあそんなところかなあ。大輔は魔物について詳しかったりするかい?』
『さっきイェルヴァさんにちょこちょこ聞いたのと、爺ちゃん情報程度なら』
『イェルヴァさんに、かい?』
『詳しいことはまた話す。で、どうしたんだよ?』
『ちょっと来てくれるかな? 詳しい話は、口頭で』
『……警戒しなくても誰にも話さねえって』
『念には念を、さ。ああ、信頼してないワケじゃないんだ。そこは』
『わかってるさ。誰にだってそういうもんはある』
『……本当に同い年かい、君』
『ひねくれてるだけだよ。そっち向かうわ』
『ああ』
声が聞こえなくなる。通話が終わった。
「悠人に呼ばれたんで行ってくる」
「え、呼ばれたって?」
「俺の風魔法の出番ってことじゃねえかな。じゃあエミリア達によくやったって言っといてくれ」
「いってらっしゃ~い」
俺は蒼空を顕現させて、悠人のいる場所へ向けて跳ぶ。
さて。面倒なことにならなければいいが。




