歓迎戦前夜の俺と彼のラブ(?)コメディ
そんなこんなで、俺は康太の部屋に入る。
間取りは当然ながら自室と変わらないが、一人で生活しているからか、部屋にある所持品等は少ない。どれも綺麗に整理整頓されていて、康太が几帳面な性格をしているところが見て取れた。ちなみに、俺と悠人の部屋は荒れに荒れている。爆発したあとのように。
学生寮の部屋は全てが同じ間取りで、直方体系の十二畳の部屋に窪みが出来ている、といった感じだ。その窪みには二段ベッドがすっぽりと収まっている。
テレビやキッチン、冷蔵庫にクローゼットは元々備え付けてあり、家具は持ち込めない。だが小物や加湿器、自動清掃ロボット等は持ち込みが許可されている。
「まあゆっくりしてってよ」
「おう、悪いな」
俺は康太に、手で促されるままソファに座った。
「あ、どうしよう…大輔の夕飯ないや」
「いいよ、購買で適当に買ってくる。そうだ、なんか飲み物買ってくるよ。何がいい?」
「ん、じゃあメロンソーダ!」
「あいよ」
俺はポケットにある財布の中の残金を心配しながら、康太の部屋を後にした。
部屋を出てからエレベーターに向かって歩き出すと、壊れたドアの部屋から声が聞こえてきた。防音ドアが意味を成してないようだ。足を止めて聞いてみる。
「あっ……ちょ、やめっ………んんっ!? 待って………っ! だ、駄目だって……! なんでカレーにキウイ!? ば、バナナまで! え? リンゴは入ってるって……? そ、それは許されてるんだよ! と、とりあえず味見を……ってあっまい! これ中辛なのに糖分しか感じない! もう二度とキッチンに立っちゃ駄目だからね!?」
健闘を祈る、友よ。
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購買部で買ったハンバーグ弁当と、自分が飲むための水、そして康太のメロンソーダをビニール袋で提げて部屋に戻ろうとすると、またも隣の部屋から声が聞こえてきた。もうプライバシーもクソもない。足を止めて聞いてみる。
「ちょ、何? 何をやってるの? どうして大輔の鞄の中を漁って……ってああ! それは大輔のコレクション! 直しなさい! え? ジャンル傾向を見ろって……? ぽ、ぽっちゃりモノからスレンダーに人外にケモノにホモショタ!? なんでそんな用語知ってるの君! あとなんでそんな守備範囲広いの大輔!」
……俺のプライバシーまで無いとは恐れ入った。
無言で康太の部屋に帰る。
「あ、ただいまー……ってなんで泣いてるの!?」
「僕にはまだ帰れるところがあるんだ……」
「戦争を生き抜いたような顔をしている!?」
俺はビニール袋からメロンソーダを取り出し康太に渡した。「ん、ありがと!」と言ってにへら、と笑った。思わず抱きしめそうになったがすんでの所で理性が勝利した。もっと頑張れよ本能。どうしてそこで諦めるんだそこで。
「じゃあ、電子レンジ使う? 僕はもう温めちゃったし」
「まだ食べてないのか?」
「うん。だって二人で食べた方が美味しいじゃない!」
「けっ……いや、すまん、なんでもない」
「え? もう、気になるなあ」
結婚してくれ、と言いそうになっただけである。大したことではない。
電子レンジで弁当を温め、割り箸を持って机に向かった。机は、四角い卓袱台、と言った所だろう。それを挟んで、康太の向かい側に座る。
「えへへ、友達とこうして晩御飯食べるの初めてだなあ」
「成る程……初めてをもらってしまったか……」
「え、ああ、うん、そうなるね……大輔ってたまに……いやよく訳のわからないこと言うよね」
「ありがとう」
「褒めてないのになんで爽やかな笑顔で返事するの……?」
「いやしかし、あれだな。具材さえあればなんか料理でも振る舞ってやれたんだが。康太は自炊できるのか?」
「できないよー。そのうちやろうとは思ってるんだけど、料理ってなかなか取っ付き難くてね」
箸を動かし、ブロッコリーを口に運びながら康太は言った。なんで仕草一つ一つが妙に艶かしいのか。もしかしたら本当は女の子なのではなかろうか。
「そういえばさ、大輔の家族ってどんな人がいるの?」
「どうした、突然。至って普通だけどよ」
「いやね、実はボク、お姉ちゃんがいるんだけど、すっごく料理が上手くってさ。それでなんとなく、ね」
康太の姉……か。さぞかし可愛いのだろう……是非ともお近付きになりたい。二人まとめて抱え込みたい。
「……なんか失礼なこと考えてない?」
「い、いや、そんなことないぞ。ただちょっとエロいこと考えただけだ」
「なんでこの流れで……?」
「冗談だ」
厳密に言うとエロくはない。……ないよね?
「で、大輔ー、家族にどんな変人がいるのー?」
「変人であることを前提にしてやがる!? 鹿沼家で変人は俺だ…け……」
そこでふと、俺の脳には嫌なものがよぎる。
それは、家族との記憶だ。
親父は仕事でよく海外を飛びまわっており、なかなか家に帰ってくることがない。俺が四歳になった時、二年ぶりに家に帰ってきた親父は俺を見てこう言った。
「むほおおおおおお! この↑キャ?ワ!イイショタはどこ産のショタですかなああああああ!?」
俺は四歳にして、実の父との決別を心底願った。
そして幼き俺が母親に視線で助けを求めると、母は全てを理解したような顔で頷いて、口を開いた。
「私の子きゅぷぎゅるっ」
俺は四歳にして、実の母にアッパーカットを叩き込んだ。
言葉の意味がわかったわけではない。だが、母が紡ごうとした言葉は、聞いてはならないのだと確信した。そして、口にさせてもならないのだと直感した。
殴られ体勢を崩しその場に倒れこんだ母は怒らなかった。というか、何故か頬を紅潮させ、身をモジモジとよじっていた。それも艶かしい動きで。
「ああ……実の息子に殴られたというのに……私……痛み、感じてるっ……! 駄目なのにぃ……感じちゃってる……! 嗚呼、駄目な奥さんでごめんなさい、あなた……私、大輔に汚されちゃった……殴られるのって…気持ちいいのね……」
思えば、あの頃既に俺は多くのものを失っていたのだろう。
「……ちょっと、大輔? 大輔!? なんでそんなに泣いてるの!? ああっ! 何か呟いてる!? ……え? 『親なんかいなかった』? も、もしかして亡くなって……ごめん……」
「はっ!? 俺は一体何を……」
正気を取り戻すと、康太は泣きそうな目になっていた。というか、いつの間にか俺の隣に移動してきている。しかも何故か凄く距離が近い。手を少し伸ばせば抱きしめられるぐらいに。身長差故か、上目遣いになっているのもイイ。すごくイイ。
「ボクはいなくならないからね!」
そう宣言された。プロポーズだろうか。受けて立とう。子供は三人がいいな。
「何を勘違いしてるのかわからないが……俺、親は」
「いいよ言わないで! さあ、ご飯、食べよう!」
そう言って康太は元いた場所に戻る。何だろう。急に優しくなった気が……いや、康太はきっと元々優しいイイ子だ。そうに違いない。
「あー……他にも家族と言えば爺ちゃんだな…俺の爺ちゃんは凄いんだぜ」
しきりに自らを「凄い」と形容していた我が祖父は元気だろうか。実家の敷地内の巨大な畑を「家庭菜園」と称しダイコンを育てている祖父は。家庭菜園ってベランダとかで細々とやるもんじゃないの?
「そ、そうなの? えっと、どんな風に凄いのかな」
「凄いんだ」
「だから、その、具体的にさ」
「とにかく凄いんだ」
俺だって祖父の何が凄いのかなど知らない。最後に会ったのは二年前か。魔法に興味津々だった俺に色々なことを教えてくれて、禁呪も幾つか教えてくれた。その点に関しては確かに凄いのだが、本人曰く「こんなん誰でも知っとるわい」とのことらしいので、凄いカウンターにカウントはしないことにしている。
「だから! 大輔のお爺ちゃんは何が凄いのッ!」
知らない物は知らないのだ。言える訳がない。そこで俺は「すごい」という単語で連想した単語をジェスチャー付きで言ってみることにした。場を誤魔化そうということだ。
俺は黙って両手を顔の両隣に配置。ピースを作る。そして白目を剥いて、舌を出した。
「んほおおおおおおおおおお! 俺のおじいちゃんがしゅごいのおおおおおおおおおお!」
「うん……どう凄いか知らないとかそういうオチなんでしょどうせ……」
渾身のギャグがっ!
しかも見抜かれてしまった。情けない限りである。
「仕方ねーだろ、話してくれなかったんだから」
「え……? 大輔のお爺ちゃんって何がどうとも言わず、ただ自分を凄い凄いって話し続けたの……?」
「? そうだけど?」
「えええ………」
俺は幼き頃の祖父との会話を思い出す。
場所は、家族で暮らしていた田舎の村の一つの家の縁側。真夏日だったのだが、村が山に囲まれているお陰か涼しかった。照る太陽にどこまでも続く青空。積乱雲が輝いている、そんな日だった。
「ワシはな、大輔……凄かったんじゃ……」
祖父は静かにそう語った。
「どうすごいのおじいちゃん!」
幼き頃の俺は、元魔導士であるという祖父を尊敬していた。いや、今でもしているが。
「凄かったんじゃ……」
「すげー!」
今思い返すと、まるで意味がわからない……。
「ふう、ご馳走様でした。って大輔、手が止まってるよ? 箸にハンバーグ挟んだままじゃ落ちるよ……? って駄目だ、聞いてないや。過去に浸ってる顔をしてる…仕方ないなあ」
康太は俺の隣に移動してきた。それに気付いた俺は回想をやめた。
「いやー、爺ちゃんとの会話思い出してみたけどやっぱりどう凄いのかわからな……」
「んむっ。 んー、おいしー!」
康太が、俺が箸で持っていたハンバーグを……食べた。しかも、食べた後に頬を手で押さえている。……何この可愛い生き物。
「大輔がすぐ食べないのが悪いんだからね!」
俺はお前を食べちゃいたいよ。そう思っても男同士だから口に出来ない。いやむしろ男だからイイのか……?
「さて、食べ終わったし寝ようか」
「あ、待て、シャワー借りていいか」
「あ、そうだボクもシャワー浴びとかなきゃ」
なんと淫靡な響き。
「どっちが先に入る?」
「俺は後でいいぞ」
「ありがと」
康太はタオルと着替えを持ってシャワー室に向かう。その途中で立ち止まりこちらを向いた。
「そういえば…タオルはあるけど、替えの着替えがないや…どうしよう」
「ああ、いいよこれ着とくから」
「ん、わかった!」
夫婦のようだ。幸せな時間である。……康太が女の子だったらなあ……。
康太はシャワー室に入っていった。俺は手持ち無沙汰になったのでテレビでも見ることにした。
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しばらくして康太が上がってくる。なんと、タオルを肩から掛けて、パンツ一枚しか着用していないという出で立ちだった。まあ男だから普通なんだけどね。
「ふう…さっぱりしたあ」
その艶やかなショートヘアからは湯気がたち、その白く、玉のような肌は女子が嫉妬して殴りかかってくるほどに綺麗だ。
「じゃあシャワー借りるぜ。あ、タオル貸してもらっていいか?」
「いいよー。ちょっと待ってね」
康太はクローゼットを開けて、ふわふわとした手触りのタオルを手渡してくれた。
「いってらっしゃーい」
笑顔の康太に見送られて、俺はシャワーを浴びることにした。
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シャワーを出たあと、他愛の無い話をし、俺は二段ベッドの下を借りて睡眠を取った。明日は歓迎戦。新入生と二年生が戦うイベントだ。三年生は強すぎるので不参加である。
しかし二年生には現生徒会長がいる。彼女に出会えば終わりだ。生徒会長の名は伊達ではないのだと、俺は先輩から聞かされている。
そして、後日。
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俺と康太は連れたって部屋から出る。廊下に出ると同時に、隣の部屋のドアが開いた。悠人は生きていたのだ。
「お、悠……」
俺は目を疑った。出てきた男は確かに悠人であった。しかし、その腕にはクラスメイトのランクSの少女がしがみ付く様に抱きついていた。
「行こうぜ、康太。俺にルームメイトなんて端ッからいなかったんだ」
「そうだね」
「待ってッ! 弁解の余地を下さい!」
今日は、歓迎戦である。