トイレ閑話
周囲の結界の影響か、魔導士の到着は無さそうだ。
「だいすけー」
シエルが俺の袖を引く。
「どした?」
「おしっこ」
「Oh……」
そりゃ人間だし仕方ないよね!
「……俺も行っとこうかな」
「あ、ボクも行っとこ。これでチャンスを逃したらしばらく行け無さそうな気がするからね」
「おう、任せたぜ」
「ういー。シエル、行くよー」
ここは自然公園なのでトイレもあるはずだ。シエルは康太に任せる。
で、問題は。
「……で、悠人はどこにいるわけ?」
「…………隠すと、痛い目見る」
公崎ハーレムの名誉会員様だ。
悠人は恐らく、見られたくないものがあるのだろう。それは俺や康太だけではなく、アルカニアと幽ヶ峰にも同様であるはずだ。
もう正直に「来んなって言ってた」とでも言ってやろうか。
「……」
いい誤魔化し方が思いつかない!
そんな俺に、助け舟が出された。
「まあまあ、今は僕らに出来ることをやろうではないかね。周りの結界を壊せば、魔導士が来るのだろう? 恐らく、アレは人払い系の結界だろうね。ここが目的地ではないとでも思い込ませているのだろう」
「む……仕方ないわね……悠人なら一人でも大丈夫だろうし」
「…………了承」
一人でも大丈夫だって思っているのなら。
何故、彼女達は悠人の元へ行こうとするのだろうか。
それを聞こうとして、やめた。
きっと、俺では想像も付かないことだろうから。
きっと、俺では誰からも向けられないことだろうから。
だから、俺は言った。
「きりきり働いてこいよ、ランクS」
「皮肉のつもり? 寝てた分くらいは働くわよ」
「そりゃ結構。じゃ、頼んだぜ」
よし、これで魔導士の増援が見込める。
「ああ、そうそう、鹿沼」
出発寸前で、アルカニアと幽ヶ峰が顔だけ俺に向けていた。
「アンタが私達を運んできたんだって聞いたわよ。助かったわ。ありがとね」
「…………感謝」
俺の返事も待たないで、彼女たちは行ってしまった。
「では、わたくしも行きますわね」
「よし。じゃあ僕も……」
「お兄さまはここにいてくださいまし」
「な、何故だい!?」
「大輔さんを一人にするつもりですの? 別の魔導犯罪者が襲ってこないとも限らないのですわよ? 戦力は多いに越したことは無いでしょう?」
「ぐ、むう」
「そいつはありがたいな。俺と康太だけでシエルを守りきれる自信はねえし……というか、俺が戦力にならない以上、どうしたって康太に負担が掛かり過ぎるからな」
「じゃあお兄さま、ここを頼みますわよ。戻ってきたら全員病院に行ってる、なんてこと無いようにお願いしますわね」
「わかったよ。大輔くんは僕が守ってみせるさ!」
守るという言葉を言われた瞬間ちょっと傷付いた。やはり守られるというのは弱い証拠だからな。それを察したのか、
「……ホント、お兄さまはわかってませんわねえ」
と、エミリアが肩をすくめて、やれやれとでも言うように頭を横に振った。
こいつは本当になんでもわかってんのなあ。
「イイ奴だよな、お前は」
俺はエミリアの頭を撫でた。感謝の意も込めて。身長が頭ひとつ分違うので、兄妹っぽく見えるかもしれない。
「────!?」
エミリアは顔を真っ赤にして、俺の手を振り払って飛び退くように一歩離れた。
「にゃっ」
にゃ?
「にゃにをしますの急に!? そういう不意打ちはナシにしてくださいまし!」
「わ、わりい、嫌だったか。すまん。なんだかこう……妹みたいでよ、つい」
「…………男同士なのに撫でられて嬉しい自分がいるのが困りますの……」
「え? ごめん、聞き取れなかった」
「聞き取れなくて結構ですの! では! わたくしは行ってますので!」
エミリアは魔導武装を出して跳んでいってしまった。怒らせてしまったので、今度スイーツでも奢ったほうが良いかもしれない。
「いやー、怒らせちまっ……なんだその目は……」
なんだか、エリーが微妙な表情を浮かべて俺を見ていた。
「……ぼ、僕の頭も撫でて良いのだよ? よ?」
何故かそんなことを言い出した。
「男が男の頭を撫でんのかよ……康太みたいに身長が低いならまだしも、お前、俺とほぼ同じぐらいの身長じゃん。流石にねえよ。男女間だってならまだわかるけどさ……」
こいつ、すっげえ綺麗な顔してるけど、男なんだよなあ。勿体無えなあ。
「うう……」
「残念そうにするんじゃねえよ……」
頭を撫でられるのが好き……なのだろうか? まあ、誰だって嫌な気分にはならないだろうし、リラックス効果があるのだとかなんとか。
俺は少し悩む。
…………どうせ誰も見てないし、いいか。
一歩エリーに近付いて、その頭を撫でてやる。
「……まあその、なんだ。世話んなる」
うわ、うわ、髪の毛が超サラッサラ。
ほんと女子かよこいつ。もういっそ女子ってことでいいだろ。ダメか。
「…………」
エリーが顔を真っ赤にした。ほら見ろ、やっぱ恥ずかしいんじゃねえか。やっぱ同性で頭を撫でるとか気恥ずかしいよなあ。
「え、えへへへ……」
凄く嬉しそうにしていた。俺にはエリーがわからない。
「嬉しそうね、エリオット。順調なのではないかしら」
…………? なんだ? 女の声が聞こえるぞ。聞き覚えのある声だが……この場には俺とエリーしかいないし……。
「ここよ、ここ」
俺が周りをキョロキョロと見回していると、エリーから声が聞こえる。女声も出せるのか、と関心する前に、なんだか変なものが目に映った。
「ええー……」
イェルヴァさんだ。いや、まあ、イェルヴァさんなのだが……。
「ふふふ、デフォルメ、と言うのかしら。可愛いでしょう?」
二頭身、なのだ。まるでフィギュアのような、ねんどろいどのようなものが、エリーの頭の上で、挨拶でもするように片手を上げている。ちょっと可愛い。
「……ってなんでアンタここにいんだ!?」
「親友の孫が気になって居ても立っても居られなくなったのよ。恋愛とか、将来とか、ね」
恋愛かあ。エリーはイケメンの部類に入るし、さぞモテるだろう。どんな女がお眼鏡にかかるか、俺も気になるものだ。
「で、結局なんで出てきたんだ? 用があったのか、それとも驚かせたかっただけか」
「驚かせたかっただけに決まっているじゃない」
「アンタほんと自由だな!」
……いや待て。
「アンタそもそも心象世界型の魔物だろうが!」
「依り代があれば外に出てこれるみたいなのよ。原理は私でもよくわかっていないのだけれどね」
なんというご都合主義展開……!
「というのは冗談で、実は、絵から少しだけ出ることは可能だったの。もう何十年と心象世界にいると飽きてしまうから、外に出る練習をしていたのよ。その結果が、まあ、これよ」
「ざっくりしてんな魔物って……」
そういえば。聞きたいことがあったのだった。
「聞きたいんだけどよ。魔物になった人間って、元に戻ることはあるのか? 例えば、その人間に宿ってる魔物そのものを形成する魔力を全部吹っ飛ばすとかさ」
「いえ、無理ね」
即答だった。
「私が生きていた頃からわかっていた事なのだけれど、魔物になってしまうと、全身が変異するの。普通の人間は血液中に魔力を保管するのだけれど、魔物になってしまうと細胞一つ一つが変わってしまうのよ。文字通り全身が魔力の貯蔵庫になるの。魔物としての魔力を吹き飛ばすということは、身体を吹き飛ばすことと同義なの。すぐに再生するでしょうけどね」
「魔物になるってことは……心臓が?」
「ええ。私達は核と呼んでいたわ。心臓と呼ぶと、人間のものみたいで違いがわからないじゃない。私が生きていた頃は、人間が魔物になるなんて日常茶飯事だったから」
ふむ……カッコいいので、俺も心の中でそう呼ぶことにしよう。あわよくば流行らせてやる。
「そういえば、どうしてそんなことが気になったのかしら?」
「いや……もしも人間に戻せるなら、なんとしてでも戻そうとするヤツを一人知ってるからな……」
要するに悠人のことである。積乱さえあれば魔力を根こそぎ奪うことが可能だろう。
いや、もしかしたらもうやろうとしているかもしれない。止めに行かなくとも、自分で気付くだろう。
「じゃあ、俺はここで待機するかな……」
特にやることもないので、まったりとしていよう。康太たちが戻ってきたら俺もトイレに行くとしよう。
「お待たせ~。ここすっごいトイレ遠かったよ……」
「つかれた」
シエルの機嫌がちょっと悪い。
「そういやオッサンは……まだ気絶してんのか」
「僕らがむしろ水を掛けられて起こされたのだし……」
「それもそうだな。じゃあ俺もトイレ行くわ。場所は?」
「向こうの方だよ。……ってエリオット頭のそれ何!? すっごい可愛いんだけど!」
「ああ、この人は……」
「さっきぶりね!」
騒がしい声を背に、俺はトイレに向かう。
ああ、中学の頃の俺ではきっと想像もしなかっただろう、こんな日常は。
……日常って言っていい状況じゃないけどネ!




