魔鎧の少年と、嘘つきの少年と。
悠人が目にも留まらぬスピードで魔物に突っ込んだ。
『おいバカ、相手の力もわかんねえのに!』
『大輔が行くわけには行かないだろ! 今のうちに他の皆を離して!』
『いや危険なのはわかるけどよ。なんだって離す必要があるんだ?』
『相手の状況がわからないんだ、魔導武装の攻撃もどこまで通じるかわからない……だから僕もちょっとだけ本気を出すんだけど……近くにいると皆が危ない。それで、離れておいて欲しいんだ。見えなくなるところまでね。少し時間を稼ぐから、それまでにお願い』
『へいへい、仰せのままに。心置きなく戦えよ……美術館を建てられそうな借金抱えない程度にな』
俺は魔素会話を切り、康太に事情を説明する。
「悠人がちょっとだけ本気出すらしいから逃げよう」
「に、逃げる必要あるの……?」
「さあな。でも禁呪吹っ飛んでくんの嫌だろ?」
だが俺は悠人の言っていた事を思い出す。
『見えなくなるところまで』。
きっと、見られたくないことをするんだろう。ならば、従うまでだ。
「お前はオッサンとシエルを。俺は……四人かあ…………」
「あ、ちょっと待って。全員は無理だけど、四人くらいならいけるから……えーと、もうカゴでいいや」
康太の魔導武装が光った。すると、何もないところが光る。
「ああ、これが前に言ってたデコイか」
「そう。好きな形で作れるから、今回は大きなカゴかな」
確かに、四人程度なら余裕を持って入りそうだ。
「でも重さは変わんねえよ……?」
「四つが一つになったら、大輔の魔法が使えるんじゃない?」
「…………ああ、なるほど。そういうことか」
俺は魔法を詠唱する。
「風よ包め」
物体を浮かせる魔法。重さと大きさによって消費魔力が変わる。あと、術者がどこまで持てるか、も消費魔力に関わってくる。そんな体感で決まっちゃうのかよ、と覚えたての頃は思ったものだが、今となってはありがたい。魔導武装を装備している状態では身体能力が大きく上昇する。つまり。
「こんなに重いもんでも魔導武装があればある程度は持てる。だがそれでもこのサイズは持てねえ。だがこの魔法があれば……」
カゴは浮いた。ほんの少し、ほんの数ミリだけ。
「手に持って運ばなくてもいいからな。これで手で押していけるぜ」
「よし、とっとと逃げよう」
「……そういやオッサン、超静かだな」
「さっき氷飛んできた時に気絶しちゃって……」
「シエルは?」
「……髭を編んでた」
見ると、シエルがオッサンの髭を三つ編みにしていた。とても楽しそうなので良しとした。
「じゃあ運ぶぜ。確か、近くに公園があったはずだ」
「よく知ってるね?」
「パンフの交通アクセスに載ってたんだよ」
康太はオッサンとシエルを肩に担ぎ、俺は四人が入ったカゴの底を手で押すようにして運ぶ。無重力の中で物を運ぶ時だとイメージしてくれればわかりやすいだろう。
「よし、行けそうだな。というか、デコイって動かせるんだな?」
「運べるものってイメージだからね。無駄口叩いてると悠人の禁呪で死んじゃうよ……っと」
「おお、こわいこわい」
俺達はそそくさと逃げ出した。
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「……行ってくれたみたいだね」
悠人は一人、魔物と対峙していた。
「ガ…………アァ!」
「どういう状況かわからないけど……」
魔物が纏っている鎧が、まるで魔鎧のようだな、と思って、ふと、父の言葉を思い出した。
『魔鎧は魔物が身に纏う鎧から着想を得たんだよ。魔鎧が出来るまで、あの鎧にだけは、どんな魔導武装でも勝てなかったんだ』
ならば、今、自分が見ている目の前のこれはまさにその鎧なのだろう。
そして、これを倒せるのは。
魔鎧を持つ、自分だけ。
──魔鎧を僕が持ってるなんて知られたら、きっと後々面倒になるだろうからね。魔導士が来るまでに済ませなきゃな。
旅団がいなくなったと同時に姿を消した、こちらの世界の魔鎧。
異世界では一般的だが、空気中の魔素が薄いこちらでは、顕現させるために大量の人間の魔力が必要になる。
ランクSでも、特に魔力の多い人間でしか使えない。
「さて、一瞬……は無理でも一分以内には終わらせようか……来い、聖騎士!」
悠人の身体が青い光に包まれる。光ったのは一瞬だけだった。
真っ白な、全身を覆う鎧。
悠人はこの鎧を『変身ヒーローとロボットアニメのロボットを足したみたい』と評している。特徴としては、額には黄金の、王冠のような装飾が施されているところや、少し大きい肩の装甲。あと、腰に青いベルトが二本、交差するように着けられていること、だろうか。
「僕が全部、なんとかしてやる……!」
少年の孤独な戦いが、幕を開ける。
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「よし、ここまで来りゃ大丈夫だろ」
「そうだね。かなり離れちゃったけど……」
俺と康太は、少し離れた場所にある公園にいる。遊具などはない、自然公園である。
この辺りにも避難指示は出ているらしく、人気はない。
「魔導士はホント何をやってんのさ!」
「さあな……敵の魔導士になんかされたのは間違い無いだろうが……それにしたって遅すぎるな」
「……? あれ? なんだろ、これ?」
康太が何か見付けたのか、ひょこひょこと歩いて行く。
「おい、どした?」
「いや……なんだか、薄い、膜みたいなのがさ」
「膜? なんだそりゃ」
「ちょっと見てくる!」
「あ、おい!」
康太が飛んでいってしまった。
残されたのは、気絶している人間が五人と、オッサンの髭で遊ぶのに飽きて蝶々を追いかける幼女、そして雑魚の魔導士候補生。
「……どうしようなあ、これ」
目を覚ましてくれればいいのだが、それは期待出来なさそうだ。
……そうだ、魔導士に連絡が取れないだろうか。本部に電話して事情を説明すればなんとか……。
「……あ? 圏外だと? 都会のど真ん中だぞ? 白い犬の出るCMの会社じゃあるまいし……」
まさか、何かしらの妨害電波なりが飛んでいる……とか?
『大輔、聞こえる?』
『どうした、康太』
『膜が見えるって言ったでしょ? あれ、なんだかわかったよ。結界だ。どんな効果があるかまではわからないけど……魔導士が来れないの、これのせいかも。電波も通じないし』
俺は考える。
『……悠人に全部丸投げするしかねえな。あと、このランクSどもに目覚めてもらわなきゃな』
『だね。そっちに戻るよ』
『康太、水属性の魔法使えるか?』
『うん? どんな?』
『水だけ精製出来ればいい。気絶してる連中……つってもオッサン以外に水ぶっかけりゃ起きるだろ』
ちょっと厳しい気がするけど。緊急事態だし仕方なかろう。
『出来るよ。ちょろちょろ~って出せばいいよね?』
『おう。それだけで充分だ。俺はほら……風以外の魔法使うと消費魔力がとんでもないことになるから……』
『……ボク頑張るから』
自分が雑魚だと、こういう時に不便でならない。
「はぁ…………」
自然と、溜め息がついて出た。
「大輔が行くわけには行かないだろ、か……」
魔物が何らかの鎧を纏った直後に悠人に言われた言葉を、反芻していた。
事実上の、戦力外通告のようなものだ。
悠人からすれば気遣いだったのかもしれないし、俺を守ろうとさえしてくれたのだろう。
だけど。
「お前なんかじゃ足止めにもならない、ってこと、だからなあ」
いちいち傷付いてしまう自分が嫌になる。
傷付く権利なんか無いのだ、俺には。
だって、俺は。
もう、とっくの昔に諦めたはずなのだから。
彼らと同じ土俵に立つのが、そもそもの間違い。
同じ夢を見てはいないし、見てはいけない。
子供の頃にヒーローだった存在。俺もそう在りたいと願い、気付けば監督官という中間管理職を目指すようになっていた。
全ては持って生まれた魔力が少ないから。ただそれだけだった。
「理不尽だよなあ……」
きっと、世界が理不尽で無かったことなどはなかったのだろう。いや、ただ俺が不幸だっただけなのかもしれない。
だからなのか。
諦めきれないでいる自分が、どこかにいる。
そんなものは幻想だ。夢を見たってしょうがないじゃないか。そう俺が一番わかっているはずなのに。
「もういっそ辞めちまおうかなあ、学校……」
このまま惰性で三年間を過ごせば、確実に監督官にはなれるだろう。
監督官の九割は、望んでその地位にいる訳ではない。
要するに、機動官のドロップアウト組なのだ。脱落者なのだ。
機動官を志した者の中に、監督官目指してたんで~、なんて言って、果たして俺はヘラヘラ笑っていられるだろうか。
いや、出来る。間違いなく出来る。
これまでずっとそうしてきたから、出来る。
そもそも、監督官の方が年収が多いのは、機動官への諦めをつきやすくするため。俺はそう爺ちゃんに教えられてきたし、きっと間違っていないのだろう。
機動官は皆が憧れるヒーローだ。
魔法を使って犯罪者や魔物を倒し、人々の平和を守る。
魔力を持って生まれたのなら、きっと一度は志す。
魔力を持たない子供達が、テレビの向こうのヒーローになりたがるみたいに。
「何を辞めるって?」
「え? いや、このまま学校に居てもなあ……。……って康太!?」
真後ろに、康太がいた。いつの間に。いや、しまった。聞かれてしまった。
「なんだか難しい顔して考え事してるみたいだったから声をかけづらかったんだよ。どしたの、急に辞めるなんて言い出して」
俺は康太に向き直る。
「あ、あー、うん、なんでもねえよ」
「嘘つき。大輔はほんとすぐ嘘つくんだから」
「え。いや、うーん……」
聞かれてしまったのは今更どうしようもない。けど、どうしよう。
「まあなに、この件で美術館でもぶっ壊されたら、俺が責任取って辞めなきゃならんかな、って思って」
「嘘。そもそもの責任は、出動命令が出てるのに現場に来ない魔導士でしょ」
「嘘なんかついてないって」
「ついてるよ……」
康太が一歩、俺に近付いてきた。
「ボクにってよりも、自分に、嘘、ついてるんじゃない?」
「な…………」
康太の大きく綺麗な瞳は、まるで全てを見透かしているように、俺を捉えて離さない。
「俺が何を自分に嘘ついてるって言うんだ? 俺ほど自分に正直な人間はいねえぞ。性欲的な意味で」
慌てて取りなす。しかし康太は、こんな俺に、真っ直ぐな視線を向けてきた。
「……ま、全部は聞いてないから、言ってたこと自体はほんとなのかも知れないけどさ。でも……大輔ってさ、時々、すっごく苦しそうな顔するんだよね」
「俺が? そんな馬鹿な」
いつでも楽観的に笑っているような人間……の、はずだ。俺は。鹿沼大輔という男は。
だから俺は、いつものように、笑顔を浮かべる。何も心配することはないと。だから気にするなと。それは、遠回しに、詮索の拒否をも意味していた。
「そういう時ってさ、いつも、大輔は笑うんだよ。見たら安心するみたいな笑顔でさ」
「…………!」
これも見透かすのか、こいつは。
「まだ一ヶ月しか付き合いは無いよ。けど、なんとなく大輔のことはわかってきた……と思う。ボクは少なくともそのつもり。ねえ、大輔。何か悩んでるのなら……」
ダメだ、これ以上は。俺のちっぽけで矮小で、酷く醜悪な想いを、彼らに知られてはいけない。俺が無力であることは俺の罪で、俺だけの問題だ。誰にも力にはなれない。なれるのなら、とっくの昔に頼っているし、そもそもこれは俺が解決しなければならない問題で。
そして、俺が解決を諦めた問題だ。
康太は人への気遣いが出来る素晴らしい人間だ。集団で会話している時、一人でも会話に入れない人間がいた時、自分の会話を打ち切ってまで黙っている人間の元へ行く。
そんな綺麗な人間に、俺の汚れきった想いは、とても吐露出来なかった。
だって俺は、ランクAである康太すら、羨んだのだから。
そんなこと、言える訳がない。
「はは、確かにそうだな。俺も一ヶ月ずっとお前と一緒にいるから、お前のことわかってきたぜ。エロ本隠すならもうちっとわかりにくいとこに隠せよな」
「むっ……そういう大輔はもう隠すゼロじゃん! なに! なんでベッドの横に積んでんの!」
「隠すほど恥ずかしいもんでもないしなあ」
「恥じらい云々以前の問題だから! ボクら、まだ十五歳だから!」
「よーし康太―、水だー水を出せー。寝坊助どもを叩き起こすぞー」
「ああもう! 誤魔化して! 水よ!」
康太の魔導武装の銃口から水が勢いもなしに出てきた。ぱっと見では、デザインのクオリティだけが高すぎる水鉄砲みたいだ。
……誤魔化すことには成功した。きっとこれからも似たようなことが起きるだろう。だけど俺は黙っていなければいけない。彼らへの憧憬を。力への憧憬を。
俺は弱く、彼らは強い。戦闘になれば役に立たないし、思いつく作戦と言えばリスクの大きいものばかり。
きっと、そのうち俺は完全な戦力外になるだろう。
だから、せめて今だけは大事にしたい。
彼らの舞台に立っていられる、今だけは。




