魔物覚醒
エリオットは焦燥する。目の前の魔物の中に、その器に。底知れぬ何かを感じるのだ。それはどんどんと大きくなり、その身体の外へと出ようとしている。
元々、人の魔力の器のみを見る──つまり、人がどれだけ魔力をその身に溜め込めるか、ということを見る事のできるエリオットは、魔力の残量こそ視れないが、器に仕込まれたモノを感知することが出来るようになっていた。
大輔の器を初めて視た時は、ただのランクDだと思った。しかし前にじっくりと視た時は、その奥底に全く違う器を視た。そこで初めて、人の中には器は一つでないことを知り、より奥底まで視ることを覚えた。
エリオットは一つの結論に辿り着く。さっきまで視ていたのは、吉岡という男の魔力。ならば、奥から湧き上がる器はなんなのか。そう、魔物としての魔力だ。
念のために奥まで確認しておいてよかった。注視しなければきっと気付かなかっただろう。
『エミリア、幽ヶ峰さん、ミオ。そろそろ攻勢に転じたほうが良いかもしれない。魔物の気配が強くなってる』
『ええ。わかりましたわ』
『…………了解』
『確かに、気持ちの悪い魔力が大きくなってきてるわね』
魔導武装──天涯を握り直し、数歩だけ距離を置く。
「ク……ガ……グ……」
苦しんでいる。まさか、自身の魔物の部分に抵抗している……のだろうか。とエリオットは考える。
大輔に伝えるべきだろうか。チラリと大輔の方に視線を向ける。
魔導犯罪者に近付けずに、ひたすらトゲの束から逃げている姿があった。
──ダメだ。これ以上大輔には頼れない。僕がどうにかしなきゃ。
『……行くよ。僕らが魔物を殺すんだ。今、ここで』
『やっとカッコいいところを見せられ……無理そうですわね、はあ……』
『…………ポイントは頂き』
『最近マトモに体を動かしてなかったし、丁度いいわね。気を抜いちゃダメよ。殺されたら死ぬんだから』
顕現させた段階で蛇腹剣の状態にしておいた天涯を、魔物に向けて振るう。
「ガ…………アァッ!」
男の肩から、硬質の触手が現れて、天涯の刃を大きくはじき返した。
「く……もうほとんど魔物に侵食されてるのか……!」
「まだですわよ! 朝焼ッ!」
エミリアがレイピアを持って背後から接近し、斬りかかるが、やはりこれも防がれる。
「イーちゃん!」
「ゴアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァッ!!」
溶岩の怪獣は咆哮した。魔物の足元に、赤い円が出来る。
「燃えろッ!」
属性しか詠唱していない、とても簡単な詠唱なのに、火柱が立った。並のランクSでももう少し小さい。得意な炎魔法で、召喚獣のイフリートの力も相まった結果だ。
しかし。
「……ガッ!」
火柱が消え、無傷の魔物が姿を現した。全身にはどんどんと魔物の触手らしきものがまとわりついている。
「…………氷よ、包め」
大きな氷の塔がガルアの動きを封じる……かと思われたが、数秒と経たずに氷が砕けた。
「ワ……タシ、ハ……!」
吉岡と呼ばれていた男性は、最早その面影はなく、全身が鎧のようなものに覆われていた。
「なんだ……アレは……? まるで……魔鎧じゃないか……!」
エリオット達は、息を呑んだ。
戦うべきか、逃げるべきか。
「……ッ。やるしかない……! 大輔にここを任されたんだ! 逃げ出す訳にはいかない……!」
『エリオット、アレ、やっちゃいなさいよ』
ミオが言った、アレ。エリオットは、それが何を指しているのかを一瞬で理解した。
『運が悪ければこの辺一帯が危ないんだよ!?』
『イーちゃんと葵の氷魔法でなんとかするわよ。構わずやっちゃいなさい』
『……わかった。手段は選んでいられないからね』
エリオットは詠唱のために口を開いた。
~~~~~十分前~~~~~
おかしい。
疑心のサードと戦っていて、俺はそう思った。
確かに、ダウトとかいう魔導武装から伸びてくる無数のトゲは確かに、刺されば致命傷になるだろうし最悪死ぬ。
だが、それ以外の攻撃を全く仕掛けてこないのだ。
「…………」
サードは心底楽しそうに、逃げ回る俺をニヤニヤと見ている。
例えば、ヤツの使う転移魔法ならば、トゲの目の前に転移させれば一瞬で俺を殺せるだろうに、それをしない。
逃げながら、悠人の方を見る。
膝をつく蠱惑のフィザン。剣と盾を持って、余裕の表情で立つ悠人。圧倒していた。
「よそ見してる暇あんのか? ん?」
サードが大きな声で俺に言う。
「アンタのやる気のない攻撃が相手なら余裕くらいあるっつの!」
「なんだ? やる気無いってわかってたのか? 俺は研究者タイプだからな? 無理に戦えって言われてもなあ?」
「じゃあもう退いてくんねえかな」
「……そうだな、いいこと思い付いたぜ?」
サードは紙とペンを懐から取り出して、何かを書き始めた。その間もダウトのトゲは俺を襲う。
しかし、余裕綽々である。ダウトのトゲの長さは限界こそあれど、どうにも絡まったりしないように動くらしい。エリーの魔導武装は絡まったが、ダウトは動きを最適化しているのだろうか。
近付こうとすると、瞬時にトゲはダウトに戻り、俺をサードに近付けさせないように複雑な動きで展開してくる。
「ふん……? よし、もう良さそうだな? 戻ってこい、ダウト?」
球は突然動きを止め、宙を浮いてサードの手元へ戻る。
「……」
俺は動かないでいた。いや、相手が何を手の内に秘めているのかわからない以上、動けないのだ。
「そろそろフィザンの野郎もヤバそうだし? こっちはこっちでやることやっちまおうかね? ……嘘を吐けダウト、てめえは剣か?」
ダウトがもぞもぞと動き出す。どんどんと形態が変わり、ダウトの形は、シンプルな諸刃の剣の形になった。西洋式の簡素な剣だ。
「なんでもアリかよ……」
「嘘つきはなんにでもなれるってこったよ?」
サードは剣を構える。その構えは、まるで型らしい型ではない。研究者タイプで戦闘には向いていないのは本当のようだ。
「そら、行くぜ?」
地面を蹴って、サードが迫る。俺は蒼空を防御のために構える。
サードは、俺の真横を通り過ぎて行った。
「は? ……ッなァッ!?」
「わりいな? 俺の相方がピンチみたいだからな?」
そう言ってサードは交戦中の悠人とフィザンの元へ向かう。
「あ、あの野郎……」
今から追えば間に合うだろうか。間に合ったところで攻撃して通用するのか。ダウトの特性上、本人が動かずとも防御されるだろう。むしろ、俺が突っ込んでいって悠人の足手まといになるわけにはいかない。
おっとり刀で駆けつける。悠人が苛立たしげにしていた。
「くそ……」
「わりい、俺じゃ止めらんなかった」
「大丈夫さ。しかし、転移魔法は厄介だったね……会話文詠唱は行き先が読めない。もう魔力を感知出来ないところまで逃げられたね」
「あ? お前って魔力感知出来んの?」
「本当の感知タイプには敵わないけどね」
なんでも出来る奴だな、しかし。チート過ぎやしないか。
「ともかく、撃退はできたんだ。エリー達の援護に行こうぜ」
「そうだね」
そう話していると、異変に気付く。
「なんだ……? なんだこの魔力は?」
「魔物……!?」
俺と悠人は魔物の方を見る。姿が変異しており、エリー達が交戦していた。
「……? ミオから伝言だ。『エリオットが風水魔法を使う』って……風水魔法!?」
「はあ!? バカ、こんなとこで……!」
「ああ、でも、氷の魔法で威力を閉じ込めるみたいだ。葵ならできるだろうね」
風水魔法。それは禁呪に近い魔法だ。周囲の魔力をごっそりと使うので威力と攻撃範囲がとにかく高いので、公表されていない魔法語もそこそこある。
だがエリーは異世界人。そんなことはきっとお構いなしだ。
「少し離れようぜ。魔力が急に欠乏すると酔っちまうからな」
「そうだね。僕は特に呼吸から摂取する魔力の量が多いから……」
氷のドームが、音もなく現れた。
「あの大きさを一瞬で形成するのは化け物臭いな」
「本当にね。氷魔法じゃ勝てる気しないよ」
「お前でも勝てないのか……」
氷で覆われているにも関わらず、大きな魔力の流れと衝撃波を全身で感じた。大太鼓の音を間近で聞いている時のような、腹の底が震える感覚。
「一件落着だな」
「だね。魔物討伐、ポイントどれだけ出るかな?」
「エリーにだけ入ったりして」
「うう……魔導犯罪者は逮捕しないとポイント入らないのに……」
悠人もやはり成績は気にするようだ。少し安心した。
「よし、じゃあ帰る準備を」
大きな、とても大きな、ガラスを割ったような音が周辺に響き渡る。
「……あ?」
「氷が……!?」
破裂するように砕けた氷が飛び散った。砂煙が上がる。
「飛んでくんぞ! ……蒼空!」
「くっ……積乱!」
魔導武装で、迫ってくる氷の塊を壊す。
「康太は!?」
その銃型魔導武装で近寄る全ての氷を正確に破壊していた。
「大丈夫そうだな……エリー達は……」
氷が破壊された衝撃か、四人が倒れていた。
「エリー! エミリア!」
「大輔! 魔物の気配が消えてない!」
「わかってる! お前は幽ヶ峰とアルカニアを!」
煙の中からエリーとエミリアを担いで退散する。
「風水魔法でも倒せねえのか……!」
煙が晴れる。
おぞましい鎧を纏った魔物が、ゆっくりと歩いていた。
「ちっ……なんだってんだよクソッタレ……」
「まだ終わらせてはくれないらしいね」
落ち着いている暇は無さそうだ。




