蠱惑と疑心、急襲。
悠人達は一体の魔物を取り囲むようにしている。俺達のいる方向は悠人が立ちはだかっており、安心感が尋常じゃない。
「悠人! もしも攻撃するってんなら、なるべく周囲への影響が少ない魔法を使うか、地面に向けて魔導武装の技を使え! デザインガッチガチの美術館の壁ぶっ壊すよりはコンクリ床の方が被害総額が安い!」
「言われなくたってわかってるよ!」
魔物はランクSに囲まれて動きあぐねているようだ。普通の魔物であるならば、迷わず突っ込んできているのだろうが、元々が人間である以上、理性を失っていても知能はあるらしい。
「時間稼ぎには持って来いだな」
「なんで攻撃しないの? あの人数のランクSなら瞬殺出来るでしょ?」
「迂闊に動いてあの包囲網を崩してみろ、そっから抜けてこっち来んぞ。俺達がアレを防ぎきれると思うか? 康太はともかく、俺は攻撃手段を持ってねえ。出来ることってったらオッサンを連れて逃げ回ることだが……それは避けたい。距離を空けるってことは、あの魔物の行動範囲を広げることに直結する。魔導士がこの場所を目指してきているのもあるからな。近付かれても遠ざけてもダメなんだよ」
「さっきみたいにシエルちゃんに凍らせて貰えば?」
「動きが止まるのは一瞬だったろ。それに戦線をあまり動かしたくない。警官に頼んで野次馬を退散させたが、近くにはいるだろうからな」
「……そこまで考えてたの?」
「命が懸かってるからなあ」
俺は近付かれたらすぐ死ねる自信がある。そもそも、魔物の攻撃は物理攻撃でありながら魔力に直接ダメージを与えるもの。
例えばランクCの魔物が人間の胸を貫こうとしたとして、その人間がランクSならば、魔力がほんの少し減るだけで身体へのダメージは皆無だろう。でも俺なら胸に風穴が空いて死ぬ。体中の魔力が全部奪われてから死ぬ。
魔力とは攻撃力であり防御力だ。ダメージを受ければ減り、無くなれば気を失う程の疲労感が全身を襲うし攻撃が全て通る。魔法を使っても減るのだから、対魔物戦は常に残存魔力量に気を配らねばならない。……まあ俺は気を配るほど魔力無いんですけど。
「ともかく、今はあの硬直状態を維持してもらおう。あそこにいる奴はみんなわかってるはずだ」
魔物が行動を起こそうとすると誰か一人が動いて牽制する。元人間だからこそ御しやすいのかもしれない。
「あと三分ってとこか……」
「倒しちゃダメなの?」
「ダメじゃないが、体裁ってもんがある。まず、結界の中に魔物が存在してるって時点で一般人からすりゃおかしいことだろ? それに、プロの魔導士が追ってた魔物に逃げられ、それを魔導士候補生が討伐なんかしてみろ。マスゴミに何を言われるかわかったもんじゃねえ。ランクSの魔導士候補生が五人もいて討伐出来なかった魔物を、プロに討伐させるってシナリオが必要なんだ。すると魔導士候補生は、プロでもないのに勇敢に魔物を食い止め、それをプロが討伐して救うなんて構図が出来る」
「でも、魔物が結界の中にいることに代わりは無いでしょ?」
そう。一般人の認識では、結界内は絶対安全なのだ。魔物に襲われない唯一の場所なのだ。人が魔物になる、なんてことは公表されていなかったのである。
「魔導士協会は、人間が魔物になるってことを公表するか、結界の不具合だとするか、或いは、あの魔物を、結界を無視する能力をもった存在だとするかの選択を迫られるだろうがな」
体裁ってのは大事だ。世間では、常に現政権に異を唱える存在がいて、今の世の中では魔導士反対だ、魔導士は武力だ、と騒ぐ集団がいる。ヘマをやらかせばそいつらが調子に乗りかねない。
「今回は死人が出たって情報が来ていないからまだしも、今後も元人間の魔物がこの島へ来る可能性はあるだろうからな」
「今までは無かったのに、なんでまた急に?」
「無かったかどうかはわからん。隠蔽していた可能性もあるしなー。今年に入ってから魔物の動きが活発になったって噂は聞いたんだが」
それに、今回の事件は、恨みを持った吉岡という人物が結界の外へ出てしまったことが発端だ。そうそう何度もあることではないだろう。
「よし、そろそろ着く頃だろう。状況を受け渡す準備を……あん?」
美術館の上に人影が見える。微かに魔力も感じるので、魔導士だろうか。しかし二人しかいない。プロの魔導士の場合、出動する際、一名の監督官と四名の機動官で構成される部隊で動くのが鉄則である。ならばアレはなんなのか。
現在の状況としては、美術館と俺の間に悠人と魔物がいる、という形だ。
『悠人、美術館の上になんかいるぞ、警戒しろ』
『見えてるし、魔力を感じたからわかるよ。覚えのある魔力だ……』
まさか。
『ユニオンか……!』
『恐らくね。目的はシエルちゃんかもしれない。警戒しておいて』
ヤツらはシエルを空の神子とか呼んでいた。何か企んでいるのは確かだ。
「シエル……。俺の後ろに隠れてろ」
「うん」
「康太、戦闘用意だ。何があるかわからんぞ……」
「りょーかい」
魔物に加えて不安要素が増えた。魔導士さえ来れば……。
「なんで魔導士は来ない……? そろそろ来るはずだぞ」
「魔導士か? 今頃全く違うところにでも行ってんじゃねえの?」
突然、真後ろから声がした。
「────ッ!?」
俺はシエルを抱き寄せ、ジャンプして距離を取る。オッサンは、康太が腕を引っ張って距離を取っていた。
やせ細った猫背の男と、細目の男が立っている。
「……なんだアンタら。ユニオンっつーロリコン児ポ法違反集団の方々か?」
「あァ? 相変わらず口が達者だなァ、カヌマダイスケェ」
この話し方には聞き覚えがある。そうだ。
「遠隔操作誘拐犯がこんなとこ来て何やってんだ? それも誰かの身体か? ん?」
「てめェ……ふン、そのガキがいるたァ好都合だが……こッちのお仕事も大事でなァ。てめェらの代わりにあの魔物をどうにかしてやる。だからガキ共はとッとと失せなァ」
どうやら、あの魔物に用があるらしい。何か企んでいるので間違いないだろう。
『悠人、どうする?』
すかさず悠人に魔素会話をする。
『僕が魔導犯罪者の言うことを聞くような間抜けに見えるかい?』
『見えてたらつるんでねえよ。何人かこっちに割けるか?』
『僕がそっちに行く。四人で囲めばなんとか動きは封じられるだろうからね。タイミングは任せるよ』
『オーライ』
俺はシエルを抱きしめながら目の前の男に言う。
「悪いけど、魔導犯罪者に獲物を譲るほど魔導士候補生は落ちちゃいねえよ。自首するか自首しろ」
「相ッ変わらずムカつくクソガキだなてめェ、ぶッ殺すぞ? アァ?」
怒りに任せて俺に近付いて来ればそこを悠人に攻撃させられるのだが。怒りは視野を狭める。俺しか見えなくなれば、第三者からの強襲は楽なことだ。
「落ち着けよ? なんか企んでやがるぜ?」
「わかッてンよ。あのガキは喰えねえ。頭が良いッつーよりは単純に性格が悪い」
褒められてる気がしない。
しかし、こちらをガキだと侮ってくれていればいいのだが、警戒されているとなれば、悠人による奇襲作戦も無理だろう。
むしろ相手の使う魔法、そして魔導武装とその能力がわからない以上、俺の方が不利だ。
『康太、ヤツらは俺を知っているから、今のとこ俺に注意が向いてる。向こうはオッサンには用は無いだろうから、お前を攻撃するとは思わない。だがそれはお前が何もしなければ、の話だ。お前は何もするな。オッサンを守ってもらわないといけない』
『わかった』
しかし相手は魔導犯罪者だ。康太を攻撃しないとも限らない。俺だけではカバー出来ないだろう。
『悠人、奇襲はナシだ。こっちに来れるか』
『わかった。陣形を動かす。五秒頂戴』
『流石だな』
言う通り、五秒ピッタリで悠人は俺の隣に来た。
「あァ? てめェは……俺の魔力を吹ッ飛ばしたクソガキじャねェか。よし、サード。俺はあの優男を殺る。てめェはあのガキ連れてる方を殺れ」
「いいけどよ? 空の神子サマはどうすんだ?」
「いつでも奪えンだろ?」
「それもそうだな?」
舐められてる。すごい舐められてる。
しかし今すぐ奪われる訳ではない……いや、警戒はするが。
『大輔、どうする?』
『ここで殺す。ここから引き離すには丁度いいだろ』
『わかった』
俺と悠人は魔導武装を構える。康太は少し離れている。魔物が動いた気配がするが、エリー達が上手くやってくれているらしく大きな動きは無かった。
『エリー、エミリア、聞こえるか』
『うん。そっちには魔導犯罪者が出ているみたいだね。大丈夫なのかい?』
『問題ない。それよりも、魔導士がこちらへ来るのが遅れる可能性が高い。もしもあと五分待って魔導士が来なければ、その魔物を処分を頼むかも知れない』
『それは構いませんけれど……体裁は』
そう、魔導士協会の体裁をどうするのかが大事だ。
『魔導士協会の運営する魔導士育成機関の生徒は、一年生にして魔物を討伐した』
そう。そうだ。何を悩む必要があったのだろう。俺は将来の職場の体裁しか考えてなかったじゃないか。魔導士育成機関の体裁も考えなきゃな。
『……ホント、大輔さんは中間管理職に向いてますわね……。高校一年生が組織の体裁を気にするなんておかしいですわよ……』
『俺は爺ちゃんから監督官の英才教育を受けているのだ……!』
爺ちゃん自身は機動官だったのだが、監督官を志望していた時期もあったそうで、俺はそれを色々と教えてもらった。問題の隠蔽の仕方とかネ!
『五分だ。それを超えて魔導士が来なければそこからはお前らに任せる。幽ヶ峰とアルカニアにも伝えられるか? 魔素回線知らねえんだよな』
『任せたまえ。あの魔物はそこまで強いものでは無さそうだ』
『わたくしの戦う姿を見せたいところなのですけれど……まあいいですわ』
俺は目の前の敵に集中しよう。
「悠人、準備はいいか。魔導犯罪者相手だけどよ」
「本望さ。魔導犯罪者を根絶するために僕は魔導士になるのだから。ウォームアップさ、こんなもの」
「舐めてくれンじゃねェの。サード、殺すぞ、ガキを」
「あーあー? 魔物捕獲するつもりがなんでこんな面倒なことになってんだ?」
細目の男が、笑顔なのに困っているのがわかった。猫背の細い男に振り回されているのだろうか。ちょっと仲良くなれる気がした。
「来い、蒼空」
「積帝、積乱」
ちなみに、魔導武装は名前を呼ばないと顕現しない。スイッチみたいなものだ。
「来いよォ、マニュピレイター」
「来るか? ダウト?」
相手も魔導武装を顕現させた。マニュピレイターと呼ばれた方は鉤爪の形状をしている。ダウトは……サッカーボール程の球だ。戦い方が想像出来ない。
「改めて名乗ろォか。俺ァ『蠱惑のフィザン』。……名乗るなんてルールいらねェンじゃねェの」
「悪党の矜持だぜ? 俺は『疑心のサード』……かもな?」
ユニオンには、交戦前に相手に名乗るルールがあったのか。……ショッピングモールの時って名乗られたっけ……。
「ヒャッハア! やッと殺せるぜウッゼエヤツをよォ!」
「なんで俺ってあんなんと組んだんだろうな……?」
フィザンは悠人に襲いかかり、サードは球を持って俺に迫る。
俺は真上へ跳躍し、蒼空を垂直に構え、こちらへ来るサードに向かう。
「弾き返せ、ダウト?」
球が急に膨らみ、人間が三人は入りそうなほどになる。俺はそれに蒼空を突き立てるが、思い切り弾き返された。とても柔らかい魔導武装らしい。
「ちっ、質量変化系の魔導武装か」
「そう思うか? ならばそう思え?」
サードは俺にダウトを投げてくる。
「柔らかいモンでどうやって攻撃しようってん……ぐおっ!」
蒼空の柄で受け止めると、金属音が鳴った。重く、とても硬い。
更に、ダウトはハリセンボンのように、その全体からトゲを出現させた。
俺はトゲが出てきた瞬間に後方に跳ぶ。トゲは追尾してくるように伸びてきた。
「うざってえ! 風よ爆ぜろ!」
文字通りの爆風を起こして、ダウトそのものを遠くへ吹き飛ばす。ある程度吹き飛んだところで、伸び続けていたトゲは俺の目の前で止まった。どうやら伸びる距離は決まっているらしい。
「私はどこに在るのか?」
トゲを回避し、サードを攻撃しようと探している時に、魔法詠唱が聞こえてきた。急いでサードの姿を探すが、どこにもいない。
「答えはお前の後ろだよ?」
真後ろから声が聞こえた。気配もナシに。
「君はそこに居るのか? そう、例えば空かもしれない?」
普通の詠唱ではない。会話文のような詠唱、それは詠唱の中でも特別な効果を持つ魔法ばかりがある、基本詠唱よりも消費魔力の多いもの。魔導犯罪者め、なんでもアリか……。
と、俺は落下しながら思った。
「……ッ!?」
かなりの高度。美術館らしき建物が小さく見える。
詠唱には移動の魔法語は無かったのに。会話文詠唱はどのような効果を発揮するかを魔法語に組み込まなくてもいいのか……!
しかし飛ばされたのが空中なのは幸運だ。俺の蒼空は空中戦特化の……というか跳べるだけの魔導武装だ。他の魔導武装ならば着地に失敗すれば死ぬだろうが、俺の蒼空は顕現さえしていれば墜落死は無い。頭から地面にぶつかっても死なない。痛いで済む。
早く戻らねば。俺は身体を回転させ、足を真上に。真下へ跳ぶ。四回、全力で空気を蹴って、地上近くまで戻ってくる。
蒼空は、気圧変動や酸素濃度の低い場所でも問題なく活動させてくれる。完全に空気そのものの味方だ。
難なく着地する。
サードが驚いたような顔をしていた。
シエルを探すと、康太の元に移動していた。偉いぞ、シエル。
「思ったよりもずっとはええな? っつか……なんだよ、余裕そうじゃねえか?」
「まさかアレで終わるなんて思ってもないだろ?」
「舐めちゃいねえよ? ま、じゃあもうちょっと本気でやろうかね?」
「えー、いいよ本気なんか。やめよう?」
俺は相手を倒すのではなく、時間稼ぎをしなければならないので、出来れば手を抜いてもらって泥試合、ってのが一番いい。何故なら、俺ではまずこいつには勝てないからだ。悠人にはさっさとフィザンを倒してもらって、こっちに来てもらえればいいのだ。
虚仮の一念、岩をも通せるだろうか。




