合流
とあるビル。そこはユニオンの拠点の一つであった。
ソファに座っている、やせ細った猫背の男──蠱惑のフィザンはタブレット端末を見て、不機嫌そうに呟いた。
「街ン中で魔物の反応があッたらしィですよォ。これ狩りに行かなきャダメなヤツですかねェ?」
その向かい側にいる、微笑を浮かべた細目の男──疑心のサードが言った。
「そりゃそうだろうよ? 俺達の新兵器には魔物のコアが必要不可欠なんだぜ?」
「はァ……操り人形見付けンのもダルいンですよォ……もォいいやァ、そのまま出ちまッても問題ねェわ」
「顔バレすんぞ? ……さてどうすっかな? 結局魔導士協会にソナーは取り付けたけどそれらしいガキはいなかったし? もうこういうとこで小銭稼いでりゃいいんじゃねえの?」
「そろそろ所持金も尽きますしねェ……。仕方ねェ、さッさと行きましョォかァ。獲物を取られたらいよいよ食い扶持無くなりますよォ」
「そいつは大変だな? じゃあ行くか? 新兵器、まだ試してねえんだろ?」
よッこいせ、とフィザンは立ち上がった。
「丁度いい機会ですねェ。極力魔導士連中にはちょッかい出さないで行きましョうか。面倒くせェンで」
二人はその場を後にした。
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「シエル、大丈夫か?」
「うん、だいじょぶ」
俺は隠れさせていたシエルを迎えに、魔物に遭遇しないようにしながら、美術館内の男子トイレに入ったのだ。
遠くからは戦闘音が聞こえる。
「俺はこれから戻らなきゃならんが……シエルはまだここにいろ。魔物との戦闘に巻き込む訳にはいかないからな」
「やだ」
「よし、じゃあ行ってく……って待て、やだってお前……」
「シエルだってたたかえるもん!」
「無茶言うなよ! 確かにシエルは魔力がすげえ多いけども……」
「もうだいすけとこうたにまもられるだけはダメなの! まほうだってつかえるんだから!」
……どうしよう。言っても聞かなそうだしなあ……。だけど、部外者を戦闘に巻き込んだとあってはポイントがどうとか関係ナシに問題だろう。それに、シエルには出来るだけ安全な場所にいて欲しい。
シエルはじっと俺を見る。この目には見覚えがある。やるって決意した悠人のそれとほぼ同じだ。
「……はあ、じゃあ俺から離れないで、俺の言う通りの魔法を使うんだったら、連れて行ってやる」
「ほんとう!?」
「怪我しそうになったら俺が守ってやるからな」
俺はシエルの頭を少し乱暴に撫でた。ワシャワシャーっという擬音が似合いそうだ、が、シエルは気持ちよさそうに目を細めている。子犬みたいだな……。
しかしそんなことを考えている場合ではない。
「よし、早いとこ合流しよう。ここからだと魔物の裏を取る形になるか……。一旦外に出てから裏口に入った方がいいかもしれん」
「ついてく」
俺とシエルは男子トイレを出て、そこから出入口へ。
外に出ると、警察が取り囲んでいた。超大事になっている……! まあ、魔物がいるなら当然か。
「君! 大丈夫かい!? 中に他に人は?」
一人の警官が俺とシエルに気付いて駆け寄ってくる。
「あ、いえ」
俺はポケットから携帯を出し、身分証明の為に、学生証代わりのアプリを起動する。
「エルゼラシュルドの魔導士候補生です。ライセンスはありませんが、緊急事態なので足止めを」
「なんだって? う、ううむ……プロが着くまでは確かに時間が掛かるが……」
相手の目的と正体がわかっていることは伏せておく。一般人を釣り餌にしてるのバレるとヤバイからね!
「では、その子は我々が預かっておこう」
「あー……」
シエルは一般人扱いだが、ユニオンに狙われている身でもある。そして、ランクSを遥かに凌ぐ魔力の持ち主で、思考詠唱が可能な魔法使いでもある。
どうしよう。
……ある、一つだけ、魔導士と一般人が一緒に行動出来る方法が。
「この子は俺の使い魔です。……正しくは申請中ですが」
使い魔システム。血による契約を結ぶことで、年齢や性別、人種に種族を問わず、一般人でも魔導士とほぼ同等の扱いを受ける事ができるというもの。
シエルを使い魔にすれば、今後もかなり動きやすくなるかもしれない。
「こんな小さい子を使い魔にしたのかい君……」
警官が目に見えてドン引きしている。やっべえ、児ポ法違反か!?
「い、色々事情があるんスよ!」
警察機関と魔導士協会は、同じ秩序を守る存在でありながら、全く異なる存在だ。勿論管轄も全く異なっているので、魔導士のことを詳しく警察に話すのはタブー、だったはずだ。
「まあ、詮索はよそう。見た目も日本人にはとても見えないし、何かあるんだろうね。異世界のことは僕ら警察は全く関与出来ないからさ」
そう言ってもらえるとありがたい。
「魔導士候補生一年生の規則に『魔物に遭遇した場合、逃げられない状況である場合のみ戦闘を許可する』とあります。勿論、倒すためでなく逃げるための戦闘ですが。プロの魔導士が来るまで時間を稼ぐので、出来るだけ急ぐようにと」
「了解した。健闘を祈るよ」
敬礼される。俺も敬礼をしてその場を後にする──前に、俺は一つだけお願いをする。
「お願いがあるんですがね……」
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「わりい、遅くなった!」
俺はシエルを外に待機させ、単独で中に入って、仲間に向けて叫んだ。
「本当に遅いよ! こっちは死ぬかと思って戦ってんだから!」
「ってかここ戦いづらいのよ! 炎魔法も使えないし、イーちゃんも呼べないじゃない!」
「…………気を遣う……」
悠人とアルカニア、幽ヶ峰が魔物を取り囲むような形で戦っていた。
悠人は相変わらず片手剣と盾を持っている。幽ヶ峰もその身の二倍ほどの大きさの大剣を振りかざしている。意外だったのはアルカニア。初めてその魔導武装を見たのだが、なんとそれは本のタイプであった。つまり、何かしらを召喚して戦う、召喚魔導士だということ。イーちゃんというのはさしずめ召喚獣のことだろう。
「はあ……儂はいつになったら帰れるのやら……」
「ついに諦めがついたみたいな……」
「僕らが守る。安心してくれたまえ」
「覚悟が出来たのかしら」
オッサンは三人で守っているようだ。
「お前らが狭いって言うと思ってな! ちゃんと手は打ってある! オッサン、ちょっと我慢してくれよ!」
俺は怯えるオッサンを肩に担いで、外に出た。
「お前ら! ついてこい! 外でやんぞ!」
「待て! 老体に激しい動きは酔うてしまうぞ!?」
ごめんオッサン。でもちょっと我慢してほしい。
俺が外に出てすぐ、魔物は一直線に俺の方へ向かってきた。
魔物は俺にその手を伸ばす。人間の手だったそれは、紫色の肉のようなモノで覆われ、大きな爪のようになっていた。
「シエルッ!」
「こおっちゃえ!!」
爪が俺に届く寸前、魔物の全身が氷に包まれる。
俺は蒼空を顕現させ、二回跳んで距離を取った。
氷が爆発するように四散し、魔物を縛るものが無くなった瞬間、アルカニアが飛び出してきた。
「よくやったわ鹿沼! 褒めてあげる! 来なさい、イーちゃん!」
アルカニアが本を構え、そして天に掲げる。本は光り出し、アルカニアの真横に炎の玉が現れる。その大きさは、成人男性五人ほどだ。
そして、炎が消えると、四足歩行の、溶岩で構成された獣が立っていた。咆哮する──流れかもしれないが、近所に配慮しているのか大人しかった。
「これで心置きなくやれるよ! チューニングしてて良かった!」
「…………本気出す」
戦闘していた三人が揃った。康太とエリオット兄妹も出てきて、俺の傍についた。シエルもいる。既にオッサンは下ろした。
「シエルちゃん、凄いじゃないか!」
「えへへー」
エリーがシエルをなでなでしている。微笑ましいけどそんなことやってる場合じゃねえ。
「オッサン、知ってることがあるなら教えてくれ。アイツは誰で、アンタはなんで恨まれてる? 魔物についてわかるかもしれねえんだ」
「…………ヤツは、吉岡は不運だった。それだけだ」
「そういうのはいいって。保身なんかしたって意味ねえぞ?」
そんなことで魔物になるほど恨むものか。不幸な人間ってのは、案外自分の不運さを理解していることが多い。ならば何故に人を恨むのか。
「もしもアレが不運を嘆いてるなら、そもそも魔物になんかならねえ」
「……何故そう思う?」
「俺自身がツイてねえからさ。アイツが不幸な人間だったんなら、そもそも不運を理由にして諦めてると思う。でも、恨みが強いからああなってるんだ。不幸ってのは理由にならねえと思うが」
彼の身体はほぼ人間のモノだ。そして、俺はその表情を見た。それは悲痛であった。
「まるで、アンタを狙ってることを悲しんでいるみたいなんだよな。なあ、話してくれよ。なんかあったんだろ」
オッサンは俯いた。
「…………なに、簡単で、どこにでも、よくある話だ。アイツは会社の不祥事を知った。だから消された。社会に出れば、誰にだってある話だ。儂は話を後に聞いただけだがな……」
「転勤先はどこだったのか、知ってるか?」
「鳥取だったか……いや、もう経営からは離れた身でな。息子から少し聞いたに過ぎんから、詳しくはわからん」
「…………」
おかしい。ならば何故オッサンを狙うのだろうか。もしも復讐するのであれば、会社の役員を狙うはずだ。何か別の恨みでもあるのだろうか……?
「ともかく、あの魔物は何故オッサンを狙っているかわからんが、狙われているのは事実なんだ。囮みたいにして悪いが、絶対に傷一つ付けさせねえ。だから協力してくれ、頼む」
「ふん。……儂はな、小僧。吉岡と交流があったのだ。特段仲がいいとか、そういうわけではなかったが……何度か飲みにも行っていた。飲み仲間として、ヤツを救わねばなるまい?」
「……。聞きたいことはまだあるが……今は聞かない。後で少し聞かせて欲しい」
「年上にここまで敬意を払わん貴様の肝の座りっぷりに免じて話してやろう。だが、今は吉岡をどうにかするのが先だ。頼んだぞ、魔導士のヒヨッコども」
オッサンは不敵な笑みを浮かべた。
「……しっかし、さっきまでの慌てっぷりからは想像も付かねえな」
「流石に諦めがつく。もうどうしようもなかろう?」
「……大物なんだか小物なんだか」
「臆病でなければ会社などやれんよ。才覚のない人間は、そうでなければ、な」
「アンタ結構クズかったよ?」
「何を言う。儂を一番に逃すべきだろう。一番偉いのだからな」
「…………ええー」
清々しいクズだった。ちょっと嫌いになれないのは何故か。
「シエルは俺から離れるな。康太は俺と一緒にオッサンを守る。エリオット兄妹はひと暴れしてきてくれ」
「ん。だいすけにぎゅっとする」
シエルが俺の左腕にしがみついた。可愛い……。
「じゃあ僕はここから援護射撃でもしてようかな?」
「誤射したら後で殺されるかもよ」
「……やめとく」
アルカニアに誤射でもしようものなら消し炭にされそうだ。
「では、僕らは加勢してこよう。大輔も気を付けたまえ」
「わたくし達をちゃんと見ていてくださいましね」
二人は戦闘に加わっていった。
ここからが正念場だ。




