絵画の世界へようこそ
俺達は、学園で習ったことを思い出し、実行に移す。
「まず復習だけれど、魔物には大きく分けて二種類いる。自立存在型と、心象世界型。つまり、現実にいるものと、固有の世界を作り出して、そこに存在しているものだね」
「今回の場合は後者だ。そして……心象世界型は大抵の場合、知能を持ってる場合が多いらしい」
「で、心象世界に引きずり込まれた場合は、出口を探すことと、本体の魔物を探すこと。運良く人数が多いから、手分けして行動出来るね」
「だが、敵の戦力がわからん以上、遭遇したら脱兎のごとく逃げなきゃならん。ランクSの魔物だったら全滅もあり得る。いいか? 魔物に殺されてしまえば、結界内でも蘇生はされない。一発でゲームオーバーだ。しかも魔物の攻撃は魔法とほぼ同じ扱いだ。つまり魔力の量が多いほうが防御力が高い。そこでだな」
俺は躊躇なく、地面に頭をこすりつけ、手を地に付けた。
「死んじゃうから守って下さい! なんでもしますから!」
Japazene DOGEZAである。
「ん? 今なんでもするって言いましたわよね?」
「もうそういう冗談言ってる場合じゃないぐらい切羽詰まってるんだよ!」
俺はランクDだ。そして、ここまでの心象世界を持っている魔物ともなれば高ランクは必至。つまり俺は一発でも攻撃を喰らえばポックリ逝く可能性が極めて高いのである。
俺が地面とらぶらぶちゅっちゅしていると、足が二つ遠ざかって行った。呆れられてしまった……。
しかし康太とシエルは俺を見捨てない。
「もう、大輔ったら。僕が大輔を見捨てるわけないでしょ? ランクSじゃなくて申し訳ないけど、お互いに生き残ろうよ。悠人はどうせ死なないし」
「シエルもー」
シエルたんマジ天使。康太もなんか女神に見える。
「ほら、お兄さま、チャンスですわよ」
「いや、でも……」
「日和るものではありませんわ。さあ」
「う、うん……」
なんだか話し合っていたらしい。エリーとエミリアが近付いてきた。遠ざかっていた足は二人のものだったようだ。
俺はもう土下座をやめていた。康太とシエルの善意に触れて、温かい気持ちになったからだ。
「僕も君を守るよ……、その、そう、友達だからね!」
エリーは顔を真っ赤にして言った。そんな、恋する乙女じゃあるまいし。
「まあ、そういうことですわよ」
「でもよう、悠人の方は大丈夫か?」
「アレに近付いていいと思います?」
俺は悠人の方を見る。幽ヶ峰とアルカニアが、悠人を挟むような位置で言い争っていた。
「だから! アタシだけで悠人を守れるって言ってんの! アンタはすっこんでなさい!」
「…………単細胞は一人で突っ込んではぐれるオチが目に見える……。…………そう、私のようなクールキャラこそメインヒロイン……」
「ボッソボソ小さい声で喋ってるだけでしょうが!」
「あ……あのさ、仲良くしようよ、これ一応心象世界の中だし……緊張感とかさ。ね?」
……苦労してるなあ。あれ、二人だからまだ可愛いもんだけど、絶対あれ女の子増えていくだろ。……そうだ、『公崎ハーレム』とでも呼ぼう。わかりやすいな、うん。
「楽しそうね。ええ、とても楽しそうだわ。だってそうでしょう。あんなに騒がしい……いえ、騒がしいと楽しいは違うのかしら?」
突然、上空から声が降ってきた。俺達は一斉に見上げる。絵の具の青空に、女性が浮かんでいた。
「あれが魔物の本体……だろうね。ほとんど人間に近い魔力なのが気になるけれど……どうする、攻撃するかい?」
「……待て、妙だ。なんだ……なんで攻撃して来ない?」
俺達はしかし、警戒して、少しずつ距離を取る。
「あらあら、そうね。それはそうね。だって私は魔物だもの。ええ、怯えて当然だわ? でも安心して? 私、危害を加えるつもりはないの。だって、人を殺したって、私の望みは叶わない。むしろもう叶っているもの。貴方達がここにいる。それは、私の夢だったのよ」
「……ええと、つまり、何が言いたい?」
女性はゆっくりと降りてくる。その顔には、穏やかな微笑が浮かんでいる。
「ようこそ、私──イェルヴァ=シュライグの展覧会へ、可愛い魔法使いさんたち。早速だけれど、お話をしましょう。あなた達の物語、興味があるの」
その笑顔を見た次の瞬間、世界が暗転した。
~~~公崎悠人の場合~~~
「ここは……」
悠人は辺りを見回す。風景が一変していた。さっきまで平原にいたのが、今は陽光の差し込む森の中だ。別の絵に転送されたのだと一瞬で理解した。
しかし立っているのは自分だけである。引き離されてしまったようだ。となると、他の面々も個々に散らばっていると考えるのが妥当だろう。
「油断した……!」
悠人はより一層警戒を強め……ようとした矢先に背後から声を掛けられる。
「あら、あらあら、何か心配事があるのかしら? もしかしてお友達のことかしら。なら貴方は安心するべきよ。みんな、別であって同じ私とお話しているでしょうから。そうでなかったとしても、少なくとも私はそれを望んでいると理解して欲しいわ?」
「……何が言いたい?」
「敵対する気はないと言っているのよ。私は人殺しなんてしないわ? だってそれは素敵なことではないのだもの」
「でも……貴女は魔物だ」
「ええ。そうね。私は紛れも無く魔物だわ。だけど、それそのものに問題はあって?」
「人を殺す……いや、敵意がなければ問題はないのか?」
悠人は考える。この魔物のランクはSでまず間違いはないだろうが、しかし敵意が全く感じられない。むしろ、この女性から感じるのは慈しみだとさえ思う。
「魔物は人間の負の感情から産まれる……ならば、負の感情はどうやって産まれるのかしら」
「それは……」
「ええ、答えられなくていいのよ。そんなもの、誰だって同じでみんな違うもの。私の場合は……そうね、哀しみだったわ」
「……生前、絵が売れなかったと聞きました。それのことですか」
「いいえ? そんなことはどうだっていいの。どうせ、趣味の絵だったしね」
「では、若くして亡くなったこと……?」
「そんなことも別に構わないわ。いえ、関係はあるのだけど……」
どうにも要領を得ない。それに、悠人はただ困惑していた。
なにせ、人類の敵であるはずの魔物とこうして普通に会話が出来ているのだから。
「私、もっとお友達が欲しかったのよ。いえ、知り合い……もっと言えば、話し相手が欲しかったの。短すぎる人生では、会える相手も話せる相手も少な過ぎたのよ。だから私は、死んでしまうとわかってから、悲しくって悲しくって仕方なかったわ。今は結界なんて便利なものがあるらしいけれど、私達が生きていた頃は無かったもの」
「……いや、待って下さい! その言い方だとまるで、人間が魔物になっているみたいじゃないですか!」
「ええ、そうよ? 人間の感情に魔力が反応して出来るものと、人間そのものが魔物になってしまうものがいるの。後者は元々人間なのだから、知性があってもおかしくないわよね?」
そんな、まさか。いや、それは結界の無い時代の話だ。人間が魔物になるなんて。
「そんなのあり得ない。と思うのはいいけれど。結界があったって一緒よ。だって魔物である前に人間なのだから。でも、そんな話をしたいのではないわ。ねえ、貴方の話を聞かせて? 私、貴方のその身体の奥にある、とってもとっても怖い感情……そうね、憎悪に興味があるの」
「な……」
バカな。この人……いや、魔物か? ともかく、目の前の女性は人の心が読めるというのか。
悠人は沈黙する。言っていいものか。自分の最も汚い部分を。人にはとても言えないようなことを。
「いいのよ。どんな話であれ、私は気分を害さない。話してくれるだけでいいの。大丈夫、安心して? 私は聞くだけ。必要ならば助言はしないけど、気休めぐらいならしてあげる。貴方のその感情はとても危険なもの。今は自制しているようだけど……それが爆発したとき、貴方はヒトでありながら魔物になるわ。だから……話して? 話すだけでも、貴方は少しでも救われるから」
「…………」
悠人は、少しの間逡巡して、口を開いた。
~~~エリオット=レッセリアの場合~~~
森の中に送られた悠人と違い、エリオットは絵の具の砂漠に送られていた。しかし、不思議と全く暑くはない。むしろ快適なくらいだった。
全てをイェルヴァに話し終えて、エリオットは顔を赤くして俯いた。いや、顔が赤かったのは話している時からずっとである。
イェルヴァはあらあら、と笑っていた。まるで、息子の初恋を聞いた母親のような笑顔だ。
「つまり、その大輔って子が好きなのね?」
実際、初恋の話を聞いていたのだが。
「─────────ッ!」
エリオットはより一層、顔を赤くした。図星だから……ではないと、思いたかった。
「ちッ、ちがッ、ただ僕は仲良くなりたいだけで……!」
「でも、全部話してくれたでしょう? 彼に隠していることを含めて、ね」
「う、うう……」
「実は、その……妹──いや、弟のエミリアが、もう全てを打ち明けたいと言っていて……。でも、僕はまだ大輔の男友達でいたくて……」
「あらあら……まさか、あのエリオットのお孫さんが、まさかこんなに可愛い女の子だったなんてねえ」
そう。エリオット=レッセリアは、正真正銘、生まれ持っての女である。
「む、胸は無駄に大きくて、サラシをどれだけキツく巻いても膨らんでしまうから、結局魔法に頼って、隠すのに無駄に魔力は使うし……! 他の女の子には告白はされるし、ラブレターはたくさん貰うし……。僕ももう疲れてはいるのだけれど……やっぱり、大輔の傍に居られなくなってしまう気がして……」
「あら? 貴女が女の子だったから離れていってしまうような人なのかしら」
「い、いや、それはきっと無いと思う。だけど、隠し事をしていたって事実は変わらない」
「難儀な子ねえ……」
エリオットはううう、と呻いた。恥ずかしさからと……助けを求めるような声で、だ。
「ともかく、貴女自身がどうしたいかを考えなさい。もし、このまま男友達でいたいなら隠していればいいわ。……まあ、貴女ってツメが甘そうだから、すぐにバレる気もするけれど……。でも、恋仲になりたいなら今日明日中に言ってしまうのがいいと思うわ」
「……いや、もう少し、もう少しこのままでいたい。初めて出来た友達だから……でも、いつかは絶対に打ち明けるよ」
エリオットはそう言って、俯いていた顔をイェルヴァへ向けた。
「ええ、貴女がそう決めたのならそれが一番だと思うわ。話してくれてありがとう。私の数少なかった友達の、可愛い可愛いお孫さん。まさか死んでから会えるなんて思ってもいなかったわ。こんなにいいことがあるのなら、死んでみるものね」
「……ええと、それなら、僕のお祖母様のことを聞きたいのですが……。僕が幼い頃に亡くなってしまって。どんな人物だったか、聞かせてもらえれば嬉しいです」
「ええ、勿論。可愛い可愛い私の友達のお話をしましょうか」
中性的な女の子と、母性の溢れる女性は。草木一つない絵の具の砂漠で、昔話に花を咲かせた。




